黒く輝く月の華
ソロスクをやりすぎて仲間と連携が取れなくなったゆずあめ、チームメンバーに怒られる。
『テイマー部門、準決勝を始めます! 両者、構え!』
リルがメテオラスを構えると、ラキハピさんはオートマタと精霊スライムを呼び出した。
『始め!』
「リルなら出来る。見ているぞ」
「はい!」
箒を左手に持ったリルは、サーチを発動させると共に、初動で突っ込んできたオートマタに対して『あの魔法』を使った。
「『マグナ』」
「ガガガガガガ!!!!!!」
ひえ〜、恐ろしい。オートマタを包み込むようにしてマグナを使うとか、完全に殺しに行ってるじゃん。
決勝に出たい。あの場で勝利を収めたかったという、リルの心を表した攻撃の激しさだ。
「砕け散れ、です。『インフェルノブレス』『グレイシア』」
あ〜! それは金属相手にやっちゃいけないコンボだ!
金属を熱してから急激に冷やすと罅が......ん? 待てよ?
「リル、そいつってもしかして鋼で出来てるのか?」
「そのようですね」
「......叩き割れ。今のオートマタの状態を何かに例えるなら、そいつの体、刀と同じ材質に変化しているはずだ」
「分かりました」
あのオートマタが、鉄やアダマントなどの、そこら辺の金属と同じなら問題無いのだが、鋼なら少し変わってくる。
鋼は熱してから冷ますと、マルテンサイトという結晶構造に変化する。この状態は硬くて脆く、刀を打ち上げる際、絶対に通る過程の道なんだ。
もしリルが間違って熱しようものなら、あのオートマタの金属の粘りが増し、不利になる可能性がある。
「ツクヨミさん......フッ!」
「ガッ......」
ボコボコに変形した上に両腕を斬られたオートマタは、光となってラキハピさんの元に帰って行った。
「来るぞ」
「はい。見えてます」
ラキハピさんの傍でフヨフヨと浮いている精霊スライムから、波の様な魔法が零れ落ちた。
その雫が地面に触れた瞬間、リングの床が割れ、7色の光の奔流が俺目掛けて溢れ出してきた。
「結論、魔法ですから。『クロノスクラビス』」
リルは俺の目の前にクロノスクラビスの魔法陣を出すと、連続使用する形で精霊スライムの魔法を打ち消してくれた。
これは相手の魔法が多段ヒットである可能性を考慮した、リルの頭の良い魔法の使い方だな。
「ぶちかまします。『滅光』」
滅光の黒い輝きを限りなく小さな点に見えるほど、リルは魔法を圧縮した。
この光にどれだけのMPが込められているのかが分からないが、魔法の威力をそのままで、サイズを小さくする技術は相当に難易度が高いことから、尋常ではない量を使っているはずだ。
使用後に倒れないといいが......難しいだろうな。
「父様......勝ってくだ......さい.........」
弱々しく垂れる尻尾をしたリルは、小さな滅光を放った。
「大丈夫だ。リルの勝ちだからな」
音もなく細い軌道を残す黒い塊は、目で追うことすらも許さぬ速度で飛翔し、精霊スライムの核と共にラキハピさんの胸を貫いた。
『勝者、ルナ選手!! 最後に放った魔法に関しては、後ほど詳しく解説しましょう!!!!』
「「「「「ワァァァァァァア!!!!!!」」」」」
解説しないでくれ、レイジさん。リルが俺の知らぬ所で練習した成果なんだ。この子の頑張りを、ちゃんと評価してくれ。
「頑張ったな、リル」
「はい......勝ち......ました」
蒼白い顔のリルを抱きかかえた俺は、出来る限りリルの負担にならないよう、ゆっくりと歩いて帰った。
「ただいま。アルス、マナキャベツの種を。ニクスは部屋の一部分だけ温めてくれ」
「『御意』」
控え室に戻ると、早速リルのケアを始めた。
マナキャベツの種は単体で口にすることでMPが回復出来るからな。後はゆっくり寝かせてあげようという考えだ。
「はい、飲み込んで」
「んぐっ............苦いです」
「良薬は口に苦しと言うからな。良かった、アルスに種を持たせてて。これで楽になるだろ」
魔境の島での農園がある程度育ったタイミングで、セレナに言われたんだ。
『この種、いつか無茶をした時の為に持っときなさい』
ってな。どうせ俺は持ってても使わないからと、アルスに渡していたのが功を奏した。
『王よ。あのソファとその周辺を温めたぞ』
「ありがとうニクス。リル、ちゃんと寝て回復させろ」
「はい......ありがとうございます」
温かいソファにリルを寝かせたら、控え室に備え付けられているタオルケットを被せてあげた。
ここで試しにリルのステータスを見てみると、恐ろしい数字が書いてあった。
「え? HPが800しか無いんだけど......」
まさか、消費するMPが足りなさ過ぎてHPも消費したのか? MP切れなんて生易しい状態を超える、本当に死ぬ直前だったのか?
「無茶をする子だ......はぁ」
冷や汗でびっしょりと濡れたリルの額を撫でていると、隣からひょこっとメルが現れた。
「ん。パパにそっくり」
「あまり似て欲しくなかった部分だな。だけど、リルの性格を考えるなら、こうなってもおかしくない......と思う」
「どういうこと?」
「俺は、楽しすぎて自分が見えなくなって無茶をする、ただのバカだ。でもリルは、俺や家族、仲間の為に無茶をしたんだ。根幹から違うんだよ」
「ふ〜ん」
リルみたいに在りたかったよ、俺は。
大切な人の為に自分を犠牲にするような、そんな優しい人になりたかった。
でも俺は、優しくなれなかった。
自分が傷つくことを恐れて、誰かなんて二の次に考えていた。そしてそれが悔しいとも思えない自分が、嫌いなんだ。
いつの時だってそうだ。優しい人間ってのは、傷つくことを恐れない。ソルも、リルも......皆そうだ。
「パパはやさしいよ。わたしをころさなかったもん」
「どういうことだ?」
メルは俺の顔を見ると、氷龍核を一齧りした。
「神龍を仲間にする人なんてね、居ないはずなんだよ? こんな化け物を相手にして、自分が生き残れるかも分からないのに、私のことを受け入れようとする人間なんか、居ないはずなの」
「でもパパは違った。例えリルちゃんやママが負けちゃっても、パパは戦った。私と真正面から戦って、受け入れてくれた。もうね、あの時に感じたの。『この人には勝てない』『これが本当に優しい心なんだ』って」
「そんな、俺はただ戦力として......」
「違うよ。それならパパは、私を子どもにしないもん。元々はあんな化け物だった私を、普通、娘にしようと思わないよ?」
「そう......かもな」
元よりは俺は異常だった。やること成すことの全てが、スペシャルではなくイレギュラーだった。
そんな俺だからこそ、掴めたものもあるはずなんだ。
例えば、そう。幻獣狼人族の長女と神龍人族の次女とかな。
「弱気にならないで、パパ。強いんだから。誰よりも強くて、誰よりも優しいパパなら勝てるよ。絶対に」
はぁ......こんなに良い子が娘とか、幸せ者だな。幸せすぎて、ため息が出ちゃうくらいだ。
「ありがとう。じゃあ、勝ってくる。リルが起きたら、優勝の言葉をかけてあげようか」
「うん。チェリちゃんも、頑張ってね」
「任せて。リルちゃんが繋げてくれたから」
そうだ。ここまで頑張ったリルの為にも、決勝は勝ちたい。例え相手が誰であろうと、打ち倒すまでだ。
『そこまで! 試合終了ッ! 決勝戦へ進んだのは、今日犬子選手です!!!!!』
「さぁ、技のぶつかり合いと行こうじゃないか」
決勝で俺と当たる選手が決定したので、俺は最後にリルの頭を撫でてあげた。
「行って......らしゃい」
「あぁ。行ってきます」
俺はリルの額にキスをしてから、チェリを連れて控え室を出た。
「テイマー対テイマー。幻獣対幻獣。地獄を見せてやろうぜ、チェリ」
「勿論。最強のテイマー仕込みの技術、そう簡単に打ち破れないわ」
お互いに不敵な笑みを浮かべると、決勝の舞台へと足を進めた。
次回『犬と狼』お楽しみに!