握られた手は
蜜です!
「闘術部門、やはり気を付けるべきは......プロゲーマー、今日犬子。あの人くらいか?」
準々決勝が始まる直前、俺は人に合わせた戦闘スタイルを取るのではなく、自分の持つ戦闘スタイルで戦えるかを脳内でシミュレーションしてみた。
「うん、ソルで躓くわ。犬子さん以前に、ソルが居たわ」
「だよね。私もルナ君か犬子さんで躓くと思った」
「......もしかして初っ端からソルが相手?」
「......見てなかったの?」
やってしもた。そもそも準々決勝すら勝てない可能性が出てきたぞ。
俺の思考が普段の戦闘より上振れてくれれば勝てると思うが、流石にそんな、運に任せるようなことはしたくない。
マズイ、かなりマズイぞこれは。
「ソル。全力で来い」
「任せて。最初からそのつもりだから」
『これより! 闘術部門準々決勝、1回戦を始める! 両者、構え!』
どうせぶつかるなら、全力で当たって負けた方が楽しめる。
負けてもいい、なんてことは微塵も思っちゃいないが、悔いのない勝負にしたいと俺は考えている。
『始め!』
「必殺コンボ、喰らいな」
俺は珍しく先手を取り、ソルの右肩へ向かって真っ直ぐに右手を伸ばした。
そして俺が肩を掴んだタイミングでソルは俺の手を取ったので、俺は右手をソルの首よ横に持っていき、俺側へと倒そうとした。
この時、足を引っ掛けるのを忘れない。
「......あっぶな」
「ありがとな、ソル」
俺はギリギリで体勢を立て直している途中のソルの左手を掴み、背負い投げがクリティカルヒットした。
残りHPは4割程度だろう。一気に畳み掛けるぞ。
「うぅ......ふんっ! えぁい!?」
「立たせると思うな」
立ち上がろうとしたソルの顔面へ強烈な右ストレートを喰らわせ、大きくよろけた。
それでは勝利を頂こうか。戦闘の流れを読んだ俺の勝ち、ということで。
「フッ!」
フラフラのソルへ全力の蹴りを加える瞬間、何とかして俺の足を掴もうと手を伸ばすが、俺はその手を避けた。
最後に俺は、魔闘術の純粋な『魔拳』を使い、ソルをリングの端まで殴り飛ばした。
「はは......負けちゃった。闘術も勝ってね」
「あぁ。任せてくれ」
『そこまで! 勝者、ルナ!!!』
大会だから容赦はしないが、流石に可哀想なコンボを喰らわせた気がする。
俺の使ったコンボを耐えるなら、VIT3万は持ってこないとダメだろうな。だって、一度喰らえばもう復帰はほぼ無理だから。
後でソルに謝ろう。そして感謝を伝えよう。
◇◇
「うへぇ、まさか君が相手とは......」
「激しく同意。当たりたくないプレイヤー2人と連続で当たるとか、俺の頭はおかしくなりそうですよ」
準決勝相手は犬子さんだった。つらい。
だってプロゲーマーだもん。対人戦経験もコミュニケーションも実戦の戦績も、何もかも俺と違う高みに居る人だもん。つらい。
でも倒さなきゃ俺が負ける。負けるのは嫌だ。ソルの想いを引き継ぐ為にも、俺は勝ちたい。
「ルナさん、今更ですけど沢山の部門での優勝、おめでとうございます」
「ありがとうございます。犬子君も入賞、おめでとうございます」
「あはは、ありがとうございます。でも僕はここで優勝するので、よろしくお願いしますね?」
「そうですか。頑張ってください^q^」
「グッ......腹立つぅぅぅ......!!!」
何だよ。ちょっと眉を上げて舌を出しただけだろ?
そんな、対戦相手に煽られまくったFPSゲーマーみたいな表情をしなくても、笑って流せばいいんだよ。
俺は勝ち続けないと最強の座が薄れそうだからな。
ここで負ける訳にはいかない。全力で戦うぞ。
『両者、構え!』
「ルナさんルナさん、僕がプロをやってる格ゲーにある、『ヘリコンボ』って知ってます?」
「知ってますよ。ブレイクダンスみたいな動きでキックして、相手を追い込むコンボですよね」
「そうです。アレ、やってみてもいいですか?」
「ええよ〜」
『始め!!!』
開始の合図が轟くと、犬子君はステップを踏みながら俺に接近し、軽いジャブやキックをした後に先程言った、ヘリコンボへと繋げてきた。
ブレイクダンスの技にある、ヘッドスピンに似た動きで繰り出される蹴りを避けた俺は、そのまま犬子君の動きに合わせて攻防を繰り返した。
犬子君、プロゲーマーなだけあって、動きに無駄が無い。
「まぁ、これは曲芸に近いから、実戦には強くないんですけどね」
「そうですか? 相手の思考の裏を突けると思いますけど」
「それが出来たら僕は世界3位に落ちてないです。僕は......長所を伸ばすタイプだから、短所を突かれると終わるんですよ」
逆に考えろよ。明確な弱点を晒しているにも関わらず、3位という座を守っている今の状況を喜ばないと。
ちゃんと感情に波を打たせないと、その内スランプという名の無感情状態に入るぞ?
あの状況は『やってて楽しくない』『やっててつまらなくもない』という、プラスにもマイナスにも働かない時期なんだ。
スランプは心の筋肉痛とも言えるが、俺としては時間の無駄だと思っている。犬子君がそのスランプに入りかけている今、少しだけ手助けしてあげたいな。
俺も......強者だから。
「犬子さん。ヘリコンボの次に蹴り上げを入れて、そこからパラサイトに持ち込んではどうです? あの動きなら相手に余裕を与えませんし、犬子さん、パラサイト得意でしょ?」
パラサイト。それは近距離戦闘を超えた、ゼロ距離の戦闘に於いて非常に強力なコンボの1つ。
常に相手の体を触れることで、感覚を通じた意識誘導をしつつ確実に相手にダメージを与える、犬子君の得意なコンボだ。
「......僕の得意技、知ってたんですか?」
「はい。先月に出てた大会の映像を見る限り、得意そうだったので。それで、どうです? ちょうどいい実験台があることですし、試しません?」
「いいのかい? 多分ルナさんの方がHP減ってるから、死なない?」
対戦相手である俺に心配する犬子君へ、俺は笑顔を向けた。
「誰も負けるなんて言ってねぇ。やれるもんならやってみろ」
「......イイね」
犬子君、俺が出した提案なんだから、ちゃんと対策が取れるに決まってんだろうが。君と戦うことが分かっている最強戦に於いて、どれだけのシミュレーションをしたと思っている。
既に俺の戦術の内にいること、今更思い出しても遅いからな。
「ふっ!」
ヘリコンボから繋げられた強烈な蹴り上げ、そしてパラサイトへ移る前に素早い回し蹴りを俺はしゃがんで避け、犬子君の軸足である右足を狙い、俺は魔拳を打ち込んだ。
ボギィ!! と骨が砕ける音を立て、犬子君は倒れ込んだ。
「嘘ッ!?」
「ここはユアストだ。あのゲームのように骨折も無く、大きなノックバックで距離も取れない世界だ。限りなくリアルに近いゲームで、舐めた動きをしてくれるねぇ?」
「まさか......最初からこれを狙ってた?」
「いぇすいぇす、いぐざくとり〜。自分の心理状態を明かすリスク、よく覚えて帰ることだ」
俺は更に魔拳を打ち込み、犬子君の左肩、そして左足の骨も砕いてやった。
これでもう動けない上に瀕死の状態に出来た。
犬子君が自分で弱点を出したからこそ、上手く行った戦術だったな。
「うわぁ、初めてこんな負け方した。真似していい?」
「お好きに。まぁなんだ。心が疲れた時はこうやって遊ぼう。犬子君のリフレッシュになるだろ?」
もう起き上がれない、ボロボロの状態の犬子君に手を差し出すと、俺は強く掴み返した。
「......ははっ、なんだろうね。ようやく友達になれたのかな」
「そう......だな。友達レベルが2になった感じかな。敬語が抜けるから、これからもレベリング頑張れ」
「あぁ。ありがとう、ルナ」
「こちらこそ。よろしく、犬子君」
残っているMPを右手に流し込むと、犬子君はポリゴンとなって散った。
『そこまで! 勝者、ルナ!!!』
「あ〜、楽しかった。HP、残り2割くらいしか無いけど、多分バレてないよな」
意外にも犬子君の攻撃が強いことを脳に刻み、俺は決勝戦の控え室へ転移した。
「決勝はスピード勝負だ。本気で勝ちに行くぞ」
辛苦です!
次回『蒼惶の刀』お楽しみに!
(蒼惶:そうこう。落ち着かないさま)