甘さを捨てた男
折り返し、ですね。
「よ〜し、3人とも〜。ちょっくらバトルしようぜ〜」
「「「は〜い」」」
朝ごはんや謝罪、帰還報告諸々が終わった俺は、銀髪娘3人を連れて島の開けた場所に来た。
『ルナさんルナさん。本当に私1人で大丈夫ですか?』
「大丈夫だ。もっと言えば、市販の刀でも問題無いくらいだからな。ただまぁ、フーのメンタルを考えて、今回はフー1人で頼む」
『んも〜、ツンデレさんなんですからぁ〜』
「飴と鞭を使い分けてるだけだ」
『......アレ? オモッテタノトチガウ......』
フーよ、今までの俺と思って接しているなら、それは甘いぞ。
俺はこの1週間、どれだけソルニウムを補給してきたと思っている? 今の俺は......そう。過剰分のソルニウムを使って、フーの言葉に返信出来るのだ。
もしソルニウムが枯渇していたら......フーとレスバトルが始まるだけだな。
「じゃあやるぞー。このコインが落ちたら合図な〜。フーは戦闘中、アシストすんなよ〜。では【軍神】......からのソイッ!」
俺は1リテを取り出し、フルパワーでコイントスをした。
『わ〜、500メートルも飛んでる〜』
「父様、高く飛ばしすぎです。これでは始まりません」
「ん? もう始まってるぞ?」
「「「『え?』」」」
俺が指をさした地面に、ピカピカと光る1枚のコインが、細い透明な糸に繋がれた状態で落ちていた。
『うわ、ズル......それが大人のやる事ですか?』
「誰も『落ちるまで待つ』なんて言ってないからな。ほれ、早く来な。戦いたくてウズウズしてんだよ」
俺が使ったのは釣り糸だ。この糸は透明で視認が難しいのだが、耐久性以外は使い所が無い性能なんだ。
だから、今みたいな騙し討ちには使いやすい。
でもこんな方法で3人を倒しても面白くないので、俺は改めて3人と向かい合った。
「メルちゃん、行きますよ!」
「うん」
ハッキリと口に出したリルの言葉にメルは反応し、ベルは仕事がないかの様に、ダラーっとし始めた。
そして俺はリルの攻撃を避け、メルの魔法を斬った瞬間にベルの真後ろに転移すると、予想通り、リルの指揮でベルは動いていた。
「ふ〜ん、ブラフか。リルは良い指揮を出すようになったな」
「んなっ!?」
ベルの胸に真っ直ぐと布都御魂剣を差し込み、ベルのダウンを取った。
これで1対2だ。人数有利だったのに、残念だなぁ?
「次はどっちが死ぬ番だ? ほら、早く来いよ。喋らせる時間があるなら体を動かせ!」
「「ッ!!」」
殺意を全開にして布都御魂剣を構え、俺は腰を低くして姿勢を維持した。
この状態は1番気合いの入る姿勢なんだ。戦いに行くも、逃げるにしても、腰を低く構えるのが俺は得意なんだ。
「行きますっ!」
「『ヘル・バースト』」
3秒ほど待っていると、リルが真っ直ぐ斬り込むと共に、メルの超攻撃的な炎の魔法がゆっくりと飛んできた。
「『シーっ』、静かに」
「......?」
リルが俺の胸に刃を入れる瞬間、俺はリルに優しい表情を向けて口に手を当てた。
するとリルは、まるで寸止めが目的だったかのように俺の目の前で刃を止めた。
「消えろ」
そうしてリルが動きを止めている間に、俺は行動詠唱でクロノスクラビスを発動させて魔法を打ち消した。
「リル、お前の負けだよ」
「え?......う......そ......」
「メル、背後には気を付けろ」
「うぐぅ......」
俺は流れる様にリルのお腹に刃を入れ、引き抜き、それと同時にメルの背中には大量の氷の槍が刺さった。
「はい、俺の勝ち。皆上手く騙されたな〜」
「やってる事が悪魔でしたね。いえ、大悪魔のベルさんを倒したのを見るに、悪魔を超えてましたね」
「よせって、褒めんなよ」
「褒めると言うより、慄いてますね。ここまで上手く相手の心理を突く戦いをする人は初めて見たので」
フーをメイド姿に戻した俺は、今回の戦闘が予定通りに進んだことを喜んだ。
何せ、ここまで上手く行くとは思っていなかったからな。師匠とやった鬼ごっこ、そこで使う心理戦の経験が活きたんだ。
完璧とは言えなかったが、95パーセントの結果だった。
「と、父様。どうやって私の動きを止めたのですか? 魔法ですか?」
「うん、うん。いつのまにまほうをつかってたの?」
よい、よいぞ。我が答えてやろうではないか。
「アレは勝手にリルが動かなくなっただけだぞ。メルに関しては、索敵の範囲が狭すぎるのが原因だ。試合が始まってすぐ、ベルの元に転移すると同時に『アイスニードル』を使ったんだが......自分の魔法と俺の転移に気を取られすぎていたな」
「そんな! 確かに私は父様を貫こうとして......」
「貫こうとして、俺の言葉に耳を傾けたな。甘えてもいい時の表情、声色、姿勢だったから、戦闘という思考を放棄したな」
「あっ......まさか私は、本当に自分で......」
面白いだろう。普段から甘えてる対象の人の表情を機敏に読み取るリルからすれば、思いっ切りその癖を逆手に取られたんだからな。
戦闘に於ける癖ではなく、生活に於ける癖を読まれたんだ。
新たな発見をしたことだろう。
「よし、それじゃあ勝者へのご褒美でも貰うとするかな。まず、リル」
「は、はい!」
「後でモフらせろ」
「はい!」
「次に、メル」
「ん〜?」
「お昼寝するぞ。逃がさんからな」
「うん」
「最後、ベル」
「な〜に〜?」
「髪の三つ編みの練習をさせてくれ。お前に似合うと思ってな。練習したいんだ」
「ありがと〜!」
「では......撤収ッ!!!」
戦いの反省は程々に、俺は3人の頭を撫でてあげた。
今回の戦闘で俺は、この1週間での成長ぶりを1割ほど実感出来た。
そう、まだ1割だ。過去の経験を現在に投影する事が出来るかのチェックが終わったんだ。
◇◇
「ほにゃぁ〜」
寝室で寝転がってリルを撫でていると、リルのふやけた声が部屋中に小さく広がった。
まるで猫の様な声を出す姿に、俺は小さく笑った。
「ほれほれ〜、リルにゃんは耳の付け根が好きなんでちゅか〜?」
「好きでちゅ〜」
「可愛いなぁもう。どこからその可愛さを取ってきたんだ? 全く............最高だ」
「えへへ〜」
狼の気高さなど微塵も感じさせない、子犬の如き愛くるしさを放つリルに、俺もリラックスしてモフモフタイムを続けた。
「パパ、パパ!」
「どうしたメル嬢。何かお困りで?」
「チェリがたいへん!!!」
「チェリが?......分かった。直ぐに行こう」
モフられたまま眠ったリルにそっと布団を掛け、報告のあったチェリの元へと走った。
俺はメルと共に城の裏手に来ると、そこには見た事の無い人物が宵斬桜の下で座っていた。
「あ......ご飯......」
顔を上げたその人物は、春の象徴である桜色の髪を持ち、若葉の様な優しい緑色の目をしている女の子だった。
髪に付けている桜の髪飾りが非常に似合っており、良いセンスを感じさせる。
「え〜っと、どちら様で?」
「チェリ。あなたの......妹? 娘? 孫?」
「いや知らんがな。それとまぁ、大体の事は分かった。俺が育ててた宵斬桜の苗木が、ようやく上限まで成長したってとこか?」
「そう。可愛い......でしょ?」
「可愛いぞ。桜のイメージが合っていて良いと思う」
「ふっふっふー。これはあなたの理想の......ねぇ、あなたのことは何て呼んだらいいの?」
「なるほど。急に話題を帰るところは俺ソックリだな」
「うんうん。パパににてる」
呼び方か......別に何でもいいけどな。ただ、父様、パパ、お父さんと来て、もうこれ以上俺の事を父親と呼ぶ奴は居ないだろうし、この際何でもいいわ。
「呼び方は好きにしな。ところでチェリは、メルと同じような扱いで大丈夫か? 一緒に戦ったり、ご飯を食べたりして、生活を共にするんだが」
「いいよ? だけどご飯は兄さんの血でお願い」
「おぉぅ......ニイサァン......」
「あ、ダメだった?」
「いや、別にいいんだ。ただなんか......ビックリしただけだ。まさか妹の方向へ行くと思ってなかったからさ」
「なるほどね。取り敢えず、よろしくね」
「あぁ。よろしく」
「よろしく〜」
こうして俺に、小さな妹(仮)が出来てしまった。
武術大会の開催1か月前にして、色々なイベントが起こりすぎだと俺は思う。
もう少し、ゆっくりと準備させてくれないものか。
「帰るか。ソルに報告せねば」
まぁ、イベントフラグ建てたの、全部俺だけどっ!
ここに来て新しい子が来ましたね!
栄えある妹ポジを掴み取ったのは、結構前からコツコツと血を捧げて育てていたチェリちゃん!!
作者の好きなキャラ、最終章にて登場です。やったぁ!
では、次回もお楽しみに!