久しぶりの銀髪さん
次回予告ならおやつに食べました。甘かったです。
「この1週間で腕を上げたな、月斗」
「ありがとうございます。師匠にそう言って貰えるとは嬉しいですけど、寂しいですね」
「寂しいか?」
「寂しいですよ、そりゃ。高みに至るって、達成感と共に寂しさも来ますから」
「俺にはよく分かんねぇ感覚だな」
4月に入り、今日には東京へ帰ることを師匠に伝えると、少しだけ態度を変えて会話を持ちかけてきた。
「陽菜、今日は来ねぇのか?」
「来ませんね。大学選びや今後に必要な事を話し合ってるので、こっちに来る暇が無いんですよ」
「ふ〜ん。お前は将来、どうすんだ?」
「陽菜と幸せに死ぬことですかね」
「そういうことじゃねぇよ」
「分かってます。将来と言うか、高校を卒業したら就職します。ゲーム会社ですね。仕事での役割も、小出しにして教えて貰ってます」
「......早くね?」
「えぇ。あっちとしても、優秀な人材を取られたくないんでしょう」
少しずつだが、レイジさんからどんな仕事をするのか、その為にはどんな技術が必要なのか、など、大事なことは教えて貰っている。
文面の裏に『こっちに来てね』という文字が見える事から、俺の言ったことはそこまで間違っていないだろう。
「はい、フルハウス。俺の勝ちですね」
「ツーペア......昔からポーカーだけは強いよな、月斗」
「駆け引きが上手いと言ってください」
「運が強い」
「よし、次帰ってきたらボコボコにします」
「ハッ、出来るもんならやってみやがれ。バカ弟子」
師匠に頭をグリグリと撫でられ、俺は真っ直ぐ背筋を伸ばして、別れの言葉を告げた。
「......では、また来ますね」
「もう来んな。お前は強い」
お、おいおい。師匠がそんな事を言うなんて、何があったんだ?
でも、気持ちは分かる。久しぶりに道場に来て、久しぶりに師匠に稽古を付けてもらって、懐かしい気持ちになったんだろう。
師匠も老いたのかもしれんな。意外なことに。
「絶対にまた来ます。その時は......そうですね。一緒にお酒でも飲みましょう。それで、一緒に鬼ごっこをしたり、またこうやってポーカーでもしましょう」
「......そうだな。すまん、気がおかしくなっていた。じゃあ次にお前達が来る時まで、ポーカーの練習をしておこう」
「そうしてください。今の師匠、弱すぎるので」
「言うじゃねぇか。お?」
「事実ですからね。では」
「おう。行ってこい」
俺は師匠に背中を押され、道場を後にした。
こんな気持ちは久しぶりだ。寂しいけれど、達成感もある、この複雑な気持ち。
ユアストの第1回武術大会で優勝した時の様な虚しい気持ちではなく、ちゃんとした達成感。
1度でも、あの師匠から逃げ切れた鬼ごっこ。忘れられない思い出だ。
「......また、来ます」
俺は振り返り、少しだけ上擦った声でそう口に出し、家に帰った。
「おかえり月斗君。師匠はどうだった?」
実家の俺の部屋で荷物整理をし、トランクに荷物を詰め込んでいると、後ろからそ〜っと陽菜が部屋に入ってきた。
「ただいま。師匠は寂しくて大泣きしてたぞ。『帰らないで〜』って」
「ふふっ、それはそれは光栄な事だね......本当は?」
「寂しがってたよ。ただ、また来る約束をしたら元気になった。次に帰ってくる時は、人数が増えてるかもしれんからな」
「......幸せにしてね」
「あぁ。任せてくれ」
俺の背中から抱きつき、腕を回してくる陽菜の肩を触りながら俺は、優しく囁いた。
この人だけは不幸にしちゃいけない。世界で1人だけ、俺の事を愛してくれている人を。
幸せにしてあげたい。自分の手で、その未来を作ってあげたい。
そして、笑顔で居て欲しい。くだらないことで笑えるような、そんな生活を送りたい。
「帰ろっか」
「そうだな。あ、太一さん達との話し合いは終わったのか?」
「違うでしょ?」
「いや、何か恥ずかしいからやだ。まだお義父さんとは呼びづらい」
「そっか......話し合いは終わったよ。東京にある大学にした。偏差値もクリアしてるし、落ちないよ」
「陽菜がそう断言するなら大丈夫だな。それなら俺も、心置き無くゲームが出来るぜ」
「仕事になるもんね」
「あぁ。ユアスト以外じゃ配信でもして、アテナから数字を分けてもらうとしよう。陽菜に不自由はさせないつもりだ」
楽しく生きる為に、楽しいと感じる方法で稼がないとだしな。
成功の道中には必ず失敗が待ち受けてるから、その失敗をちゃんと経験して、成功へ物事を運びたいな。
「よし、帰ろう。挨拶はしたし、チャチャッと帰ろうぜ」
「うん!」
そうして俺達は、父さん達に帰宅する事を伝え、本来はもう少し先にある誕生日のプレゼントを貰って帰った。
中身はまだ見てないが、多分日用品とかだろう。
「たっだいま〜!」
「ただいま」
陽菜を先頭にして家に着いた俺達は、軽く家の掃除をしてからユアストにログインした。
◇ ◆ ◇
「あ゛あ゛あ゛! か゛え゛って゛き゛た゛ぁ゛!!」
「ぅう......朝からうるさいですねぇ、父様......え? 父様?」
ルナとしてログインした俺は、いつも通り、魔境の島の家にて目が覚めた。
広い寝室には可愛い娘が4人寝ており、懐かしさすら覚え......は? 4人?
「何かフーが居るんだけど!?」
「なんすか。私がこのベッドで寝ちゃいけないんすか」
「ダメだわボケェ! 出てけ! ここは聖域じゃあ!!!!」
「フッ......リルさん。言ってやってください」
「どうしてフーさんはここで寝てるんですか?」
「裏切ったなこの狼子どもぉぉぉぉ!!!!!」
フーは光の帯を作るようにして寝室から出て行った。
予想するに、リル達が寂しいと言い、俺やソルの代わりとして一緒のベッドで寝ていたのだろう。
もれなくウチの子は、俺の寂しがり屋を受け継いでるからな。その対応をしてくれたフーには感謝したい。
「パパたち、うるさすぎ。それとおはよう」
「あぁ。おはようメル、リル。元気にしてたか?」
「うぅ......元気じゃなかったですよぉ......父様が居なかったこの56日間、私はご飯が喉を通りませんでした」
「そんなにか......ごめんな」
涙をポロポロと零すリルを抱きしめ、俺はモフモフのケモ耳ごと頭を撫でた。
すると、ヌルッとやって来たメルが俺の耳元で囁いた。
「ごはん、モリモリたべてたよ。『父様より強くなって、驚かせます!』っていってたもん」
「リル......愛いやつめ......」
「全部聞こえてます。私のお耳を舐めないでください」
「舐めて欲しいのか? 物理的に」
「えっ......えへっ、それは、流石に......へへっ」
「何かソルに似てきたなぁこの子」
反応がソルそのものなんだよな。『えへっ』の使い方と言うか、使う時の感情が完全一致してるんだよな。本当に。
っと、そんな事を考えていたらソルがログインしてきたぞ。それとついでに、ようやくベルが目を覚ましたぞ。
「あ、お父さん......おはよ〜」
「おはようルナ君!」
「おはよう2人とも。起きて早速で悪いが、朝ごはんにするか。俺は他のメンツを呼んでくるから、3人はソルの手伝いをしてあげてくれ」
「はい!」
「「は〜い」」
「久しぶりのここでの料理、腕が鳴るね!」
そうか。そう言えば花嫁修業をしてたんだよな。
ということは、以前より料理の腕前が上がって......いや、料理って一朝一夕で上手くなるものじゃないし、上手くなる為の素材を揃えた、って所か?
何にせよ、久しぶりのルナちゃんのユアストだ。得られる経験の全てを楽しんでいこう。
「さ、まずはフーに謝罪だな」
楽しんでいこう。
次回『甘さを捨てた男』お楽しみに!