間違いの無い言葉
「陽菜......見付けた」
夜の公園のブランコに、陽菜が座っていた。
当然と言えば当然だが、陽菜はまだこちらに気が付いておらず、やはりまだ、目の焦点が合っていなかった。
「陽菜! おい陽菜!」
俺は陽菜の正面で膝立ちし、陽菜の肩を揺らした。
「つ......きと......君?」
「そうだ。お前のことが大好きな月斗君だ」
「......どうして? どうして......ここに?」
「ただの迷子だ。ちょっと陽菜と遊びに行こうと思ったら、思ったより遠くに来てしまってな。携帯も忘れたから、帰り道が分からないんだ」
普段は行かない方向に進んでしまったからな。地理能力がそれほど高くない俺としては、本当にただの迷子なんだ。
「陽菜。帰ろう」
「......嫌」
「どうして嫌なんだ? 話してくれ」
俺は背筋を伸ばし、陽菜と目線を合わせ、話を聞く姿勢をとった。
「だって私のプロポーズ......断られたもん」
「それが、お前が帰らない理由なのか?」
「うん......だって私......月斗君ともっと一緒に居たかった。もっと好きになりたかった。もっと......もっと私を、好きになって欲しかった」
う〜ん、やはり人間ってよく分からない生き物だ。
自分を含め、誰がを何をしたくて、その為には何をして、何を考えねばならないのか。
それが全く分からない。
だが、その相手を想う気持ち......相手をよく知り、近くに居たいと想う気持ちこそが、好きという感情なのだと感じた。
「はぁ。理由になってねぇよ......お前の言葉に反応しなかった俺も悪いけど、ここまで押しといて、急に引いたと見せかけるお前も悪い。『待つよ』じゃねぇんだよ。陽菜。お前、待つフリをして全力疾走してるのに気付いてるか?」
「し、知らない」
「だろうな。知ってたらあそこでプロポーズなんかせんわな。あのな? 引くって言うのは、アプローチそのものを止めないとダメなんだ」
「......そのもの?」
「あぁ。相手から押させる為に、自分は餌を吊り下げて待つ。これだけなんだよ。釣りに例えると分かりやすいな。陽菜は釣り堀に来て、手掴みで魚を採ろうとしてんの。分かる?」
言ってて思った。陽菜は我慢が出来なかったんだ。
10年も目当ての魚を追い続け、やっとこさ自分の前に来たところを、釣るのではなく、手掴みに行った。
これが1番的確な例えだろう。
だが、気持ちは考えてやれる。長い年月をかけて追っていたんだ。目の前に来たら我慢しろ、という方が難しい。
そんなこと、鋼の自制心を持ってなきゃ出来ない話だ。
「もう少し......これはせめて、武術大会の後に言おうと思ったんだがな。ぶちまけるか」
俺は数秒悩んだ後に、陽菜と真っ直ぐに目を合わせた。
「実はな、婚約指輪は買ってある。もう引けない状況も自分で作ったから、後は陽菜が待つだけだったんだ」
「え?......嘘......」
「嘘じゃねぇよ。陽菜にサプライズしようと思って、買うだけ買って受け取ってないんだ。だからまぁ......あのプロポーズに関しては、『はい』とだけ言っておこう」
口約束になるが、それでもいいなら俺は『はい』と答えるぞ。
もう間違えない。間違いのない言葉で、正しい選択をするんだ。
「うっ......ごめんね......ごめんね......!」
陽菜は涙を流し、倒れるようにして俺に抱きついてきた。
「いいよ。ただ、もう俺の前で『死にたい』なんて言うなよ。俺の心が死んでしまうからな」
「うん......ごめんね」
「......はぁ。俺から見れば、俺という小さな魚が湖で泳いでいたら、急に大きな漁船に追われている感覚だぞ」
凄まじい速さで俺の感情を変え、生活を変え、人生を変えた存在だ。
いずれは向かい合わなければいけない存在だが、そうするには時間が足りなさ過ぎる。
そうしてようやく船の速度が落ち、俺が振り向こうとした瞬間に......大きく広がった網が目の前に迫っていたんだ。
最早ホラーだ。人生バッドエンドと思うくらいにな。
「何にせよ、陽菜が無事で良かった......疲れた」
数分ほど陽菜を抱きしめた後、俺はもう片方のブランコに座ると、ここまで全力疾走してきた疲れが降りてきた。
「どれくらい走ったの?」
「多分......15キロくらいか? アドレナリンドバドバだったから、痛みも疲れも感じなかったぞ」
「痛み?......あ、足から血が! 大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃない。めちゃくちゃ痛い」
「なら早くおばさん達に連絡しなきゃ......あれ? 携帯は?」
「2人とも家に置いて来ました。チャンチャン」
陽菜は運動靴を履いているが、俺は裸足だからな。
途中で小石やアスファルトを全力で踏み込んでいるから、足の裏から痺れるような痛みを感じる。
出来れば早く、父さん達が迎えに来て欲しいが......もう少し時間がかかるだろうな。
「まぁ、足より陽菜が無事で良かった。今はそれだけだ」
「もう......でも、ありがとう。迎えに来てくれて」
「当然の事をしたまでだ......と言いたいけど、母さんに言われなかったらこの体は動いていなかった。俺の方こそ......ごめん」
あの時、本当に陽菜が大切なら直ぐにでも追いかけるべきだった。でも俺は動けな......いや、動かなかった。
自分の意志の弱さか、或いは陽菜を信じれない自分が居たのか。何にせよ、俺が弱かったから走り出せなかったんだ。
次は無いぞ、俺。もし次に陽菜を追い詰めるような事をすれば、もう俺を動かせる人間は俺しか居ないんだからな。
自分という装置を動かす、そのレバーを引く強さを、これから鍛えていかないと。
「いいよ。結果的に迎えに来てくれたんだし、それで。もし迎えに来てくれなかったら......」
「来なかったら?」
「......分かんないや。どうして逃げ出したのかも、何でこんな所に来たのかも、分かんない」
多分、思い出の場所だったからじゃないかなぁ。
ここは昔、俺と陽菜が迷子になった時の公園だ。
今もあの時のように星が輝き、月が俺達を照らしている。
「今思えば、あの日から陽菜が好きになったのかもしれんな。ずっと一緒に居たいって気持ちから、これだけ遠くに来たんだろう」
「あの日から......ふふっ、迷子がきっかけ?」
「あぁ。あの時の俺は自制心が弱かったからな。多分、幼いながらに陽菜を手放したくなかったんだと思うぞ」
「......嬉しい。そのお陰で私は、今まで知らない場所に来れたんだもん」
「ポジティブが行き過ぎてるぞ、お前は」
俺は軽く笑いながら、隣に座ってる陽菜の頭をポンポンと撫でてあげた。
普通なら怒るところだろうに、全く陽菜は......
そんな風に思っていると、真剣な表情をした陽菜が俺と目を合わせてきた。
「ねぇねぇ。私のこと、好き?」
「好きじゃないな」
「え?......あ〜、そうい「ちなみに大好きでもない」......ど、どういうこと?」
本当に陽菜は、鋭敏なのか鈍感なのか、ハッキリして欲しいところだ。
「愛してるんだ。好きとか大好きとか、そんな前提の話をするのは今更だろ?」
「月斗君......」
ブランコから立った陽菜が俺の前に来ると、俺と向かい合うようにして膝に座ってきた。
そして俺が何か言おうと瞬間に──
「うむっ」
開こうとした口を、陽菜の口で塞がれた。
「......私も。月斗君のことを、愛してます」
陽菜は息継ぎをしてからそう告げると、再度俺の唇を奪ってきた。
「暴れん坊だな、陽菜は」
俺は陽菜を抱きしめながら、猛省した。
今日の出来事は本当に危なかった。もし母さんに背中を押されなかったら、俺はこんなにも大切な人を失うところだった。
陽菜との関係で初めて何かを言われたが、助かった。
今まで上手くいっていた分、何かが起きた際に対するハードルがどんどん高くなっていて、もう自分一人では越えられない高さになっていた。
それを乗り越える勇気をくれた母さんに、感謝したい。
「あ〜居た居た。って、おぉ......時間置いてまた来るわ」
「待って父さん!! 行かないでくれ!!!」
恐ろしいタイミングでお迎えが来たが、これまた恐ろしい速度で帰ろうとしていた。
「いやだって、陽菜ちゃんが帰り道知ってるだろ?」
「えっ......そうなのか? 陽菜」
「てへ☆」
「な? んじゃ、ごゆっくり〜。ご飯はチンして食べるんだぞ〜」
陽菜ぁ......帰り道知ってたんかワレェ......!!
本当に迷子だったの、俺だけかよ。この公園、あの時に辿り着いて以来1度も来てねぇよ!
「はぁ......帰ろう」
「もう1回ちゅーして!」
「はいはい」
俺は最後に、たっぷりと陽菜にキスをした。
そして陽菜が満足したのを確認してから公園の出口へ行くと、1足の運動靴と包帯、絆創膏が入った袋が置いてあった。
「うわ、父さんの配慮が神がかってる......」
「良いお父さんだね。いや、お義父さんだね!」
「だな。家族にここまで配慮が出来る父親に、俺もなりたいよ」
俺は怪我をしてる部分に処置を施し、先に帰ってしまった父さんに感謝をしてから靴を履くと、陽菜が俺の手を掴んできた。
「......お父さんになりたい。つまり──」
「シーっ。その先は言わせないぞ」
「ず〜る〜い〜!!!」
「ずるくない。結婚するまではそういう事はしません」
「......じゃあ、結婚してから」
「それならいいぞ。全部、2人の責任だからな」
「ひょへへへへへへ!!!」
「笑い方壊れてるぞ」
そんな話をしながら、俺は陽菜と一緒に家へ帰った。
どうも。友人に外良し、中良し、センス無しと言われたゆずあめです。
何とか3月部分が無事に終われそうで、ホッとしています。(あと2話くらい)
では、前書きで書きたかったけど雰囲気的に書けないから後書きに書いたところで、次回予告をば。
次回『日進月歩』お楽しみに!