選択ミス
◇ ◆ ◇
「月斗君。盛大にやっちゃったね」
「共犯者が何を言う」
「楽しめた?」
「あぁ。陽菜のお陰でな。ありがとう」
王女と戦闘をした後、刀をソルに返した俺はロークスの宿屋でログアウトした。
そしてリアルで起きると、ニヤニヤした陽菜が居たので、縁側に連れ込んで膝枕をして貰っている。
「勝つとは思ってたけど、結構な反響を生んだみたいだね。別人説とかチート説とか」
「当たってんじゃん。まぁ、中身はバレてないだろうけど」
「それがね......中の人ルナ君説が、そこそこ有力な説になってるよ。実際には、ルナ君の妹のルミちゃん説だけど」
「本質は変わってないな。というかルミとか覚えてる奴がいる事にビックリだ」
「確かにね。でも、それだけルナ君のファンが居るってことだよ」
日が沈みかけている時刻、西側にある縁側に居る俺達には、藍色の空と小さな星が輝き始めた。
「俺は陽菜に見てもらいたい......もう、最近の行動原理は自分より陽菜の方が上なんだよ」
横になりながら陽菜の右手を掴み、俺は自分の胸の前に持ってきた。
すると陽菜は、左手を使って俺の頭を撫でてきた。
「もっと見て欲しいなら、もっと私を近付けて。もっと私が欲しいなら、もっと私を抱き寄せてくれないと。月斗君の方から近付いてくれるのを、私はずっと待ってるよ」
「......どう近付けたら良いのか、分からないんだ」
体が近くに居すぎて、どうやって心を近付けるのが正解かが分からない。
どんな言葉をかけ、どんな風に触れ、どうやって近付けるのか......同棲してそれなりの時間が経った今でも分からない。
「う〜ん、私の心の内を言ってもいい? 現実突き付けちゃうかもしれないけど」
「いいよ。陽菜の心なら知りたい」
「うん。それなら私と結婚して。恋人という枠組みが月斗君を縛り付けてると思うから、だからもう、私と結婚して。そうすれば、私達を囲む邪魔な枠組みは無くなるから」
ハッキリとした口調で、陽菜からプロポーズされてしまった。
目は真っ直ぐに俺の目を貫き、俺の心にまで届く決意を持っている。生半可な気持ちじゃない、本気のプロポーズを受けた。
......でもどうしようか。まさかこのタイミングで言われるとは思ってなかったし、プロポーズするにしても俺から言うものだと思い込んでいた。
どう答える? 『はい』か『いいえ』の、究極の二択だぞ?
「あ、居た居た。月斗〜、陽菜ちゃ〜ん。ご飯出来たよ〜......って、何かヤバそうな空気だし、母さん逃げるね」
恐ろしいタイミングで母さんが来たと思ったら、これまた恐ろしい速度で戻って行った。
だが、今の俺は大きな任務を抱えている。
陽菜の言葉にどう返すか、その返答を。
俺は膝枕から起き、陽菜の手を握って言った。
「......ご飯、食べないか?」
この返答は、送るにしては遅すぎた。
この返答は、最愛の人を傷つけた。
この返答は、自分を守る言葉だった。
「......死にたい」
焦点の合わない目で陽菜はそう呟き、大粒の涙を零しながら走って行ってしまった......家の出口へ。
「あ......あぁ......いや、そ......んな......」
俺の弁解の言葉は遅く、脆く、もう陽菜には届かない。
「......どう、しよう」
陽菜のあんな顔、今までに見たことが無かった。
あの表情をさせない為に今まで頑張ってきたのに、馬鹿な俺は選択ミスをしたんだ。
俺は『はい』でも『いいえ』でもない、最悪の選択肢を選んだ。
「......終わった。俺の人生バッドエンドだ。18歳になる2週間前にして、もう佳境に入っちまった」
こんな時は言葉が出てくるんだな、俺。
「気色悪い男だよ、本当に。暗いし、自信は無いし、考えはひねくれてるし、ダサいし、馬鹿だし......もう何の取り柄も無ぇよ」
取り返しのつかないミスとはこの事だ。1人の少女の人生を奪い、自分だけを守る選択肢を取った事が。
「......陽菜が居なくなったら俺、生きる意味無ぇな」
「じゃあ、そんな月斗に生きる意味をあげる」
もう、どうやって消えようか考えていると、後ろから母さんがいつもの口調で話しかけてきた。
「陽菜ちゃんを追いかけなさい。アンタの為に、10年間も押しに押しまくった女の子が、その反動で引いただけなんだから......今ここで追いかけないなら、陽菜ちゃんは本当に月斗の元から引いちゃうよ」
「......もう手遅れだよ。知ってるか? 母さん。ゲームにはセーブとロードがあるのに、現実じゃ無いんだぜ。
母さんの言ったことは、もう出来ないんだよ......」
人生は『決定』ボタンを押したら、もう引けないんだ。
巻き戻しも、ロードも、タイムスリップも......やり直す術なんて無いんだよ。
「全く、アンタは恵まれていたことに気付けないなんて、バカだねぇ......どれだけ陽菜ちゃんがセーブしてくれたか、覚えてないの?」
「......セーブなんて出来てない」
「してるよ。あの陽菜ちゃんが、月斗相手に生半可な気持ちで挑む訳無いでしょ。伝説のモンスターを相手にする時みたいに、事前に何回もセーブしてんのよ、あの子は」
「何言ってんだよ......」
母さんの言っている意味が分からない。
「もう......無理。何も......何も考えたくない」
未だ母さんに背を向けたままの俺は、陽菜が居た温もりを捨てるように、俺の右側へと倒れた。
「月斗。立ちなさい」
「無理」
「無理じゃない。別れるならせめて、その旨を陽菜ちゃんに伝えなさい」
母さんにそう言われた瞬間、俺は喉が詰まるような感覚を覚えた。
今までに食べた物を吐き出すような、いや、それ以上の......内蔵を吐き出すかのような感覚だ。
「......やだ。陽、菜と......別れ、たくな、い」
「なら立ちなさい。泣き止めとは言わない。でも、立ちなさい。母さん達はね、いつだって月斗が前を向いて走る姿を見てきたの。何かの壁にぶつかっても、決して止まらなかった月斗を応援してるの。今の月斗だって、立って前を......上を向いて進む姿を信じてるから」
温かい言葉をかけてくれる母さんに、俺は振り向いて──
「でも「強く......なったんでしょ? 母さんにも見せてよ。あの日から変わった姿を」
この言葉に俺は、ハッとした。
俺が陽菜と出会ったと認識する前、道場に行くことを決めた時のこと。
俺はどんな理想を抱いて、言葉にした?
『力が欲しい』と。自分を、誰かを守る力が。
......違うな。そんな綺麗なものじゃない。俺は、いじめっ子への復讐の為に力を欲したんだ。
でも、力は振るい方次第で武器にも防具にもなるんだ。
昔の俺は、相手を殺す刀になりたかった。でも今は......
「陽菜の力になりたい。陽菜を守る、そんな人に」
「なら行っといで。母さん達は万が一の為に動くから、月斗はちゃっちゃと行......はぁ。行動に移すまでが遅いんだから......」
俺は直ぐに立ち上がり、全力で廊下を走って家を出た。
母さんが何かを言っていたが、陽菜より大切な話ではないだろう。だから、申し訳ないが無視させてもらう。
「ごめん......ごめん陽菜」
月の光が俺の行く先を照らす道で、俺は目から光る物を零しながら裸足で全力疾走していた。
「どこ、どこ......どこだ!」
あまりの踏み込みの強さに足から血が出るが、夢中で走っているから痛みに気付かなかった。
「道場も居ない。田んぼも、小学校の近くも......!」
陽菜との記憶が強い場所に行ったが、何度見てもその場所に陽菜は居なかった。
時間だけが過ぎ、ようやく俺が足の怪我に気付いた頃。
「......ここ、どこだよ」
必死に走るあまり、帰り道が分からない程遠くまで来ていた。
「あ......公園......ちょっと、休憩しよう」
点滅する該当の方を向くと、ブランコと滑り台だけが佇む、小さな公園があった。
そして俺は、1度休憩しようと思い、公園に入ると──
「陽菜......見付けた」
ブランコに座る、最愛の人を見付けた。