次元を超える技術 4
「やばいやばいやばいやばい!」
「オラ待てゴrrrラァァ!!!!」
「嫌だぁぁぁぁ!!!!」
春を感じさせる、色鮮やかな花が咲く山の中に、2人の男の声がこだまする。
「逃げんなゴラァァァ!!」
「鬼ごっこだから無理に決まってんでしょうがぁ!!」
そこらじゅうに生えている木を使い、フリーランニングで師匠から逃げている。
気を登り、飛び降り、フェイントをかけながら50パーセントの力で逃げる。
この時、地面で咲いている花を踏まないように気を付ける。
「キツいぞこれ......どんなポイントで種蒔いてんだよ。いじめか?」
俺が着地する地点に花が生えていて、まるで予めこの地点に着地することを読まれているようだ。
「あ〜、読まれてんのか。オーケーオーケー。ということはここで俺が師匠の読みに気付いたことも読まれているだろうし、裏をかくか」
あの人の事だ、どうせ俺がこのタイミングで読まれていることも戦力の内だろう。そして次の一手も、ちゃんと読まれているはずだ。
「だから......あの椚に登ることがシナリオで......その先の左にある木が次に使う木だから......」
走りながら脳を全力で回転させ、読まれているはずの椚の木へ、足跡を消すために敢えて速度を落としてから登った。
そして次の木に移る直前──
「よぉ」
「きゃあ〜。こわ〜い」
「......え?」
師匠が下で捕まえる準備をしているのを横目に、俺は椚で体を反転させ、来た道を引き返した。
「ははははは! ッシャァ!! あの人に読みで勝ったぞぉ!!! 俺天才ッ!!!!」
全力で叫びながら山をかけ上がり、途中で痕跡を消すために木に登って反対側に足跡を残してから靴を脱いだ。
そしてある程度走ったところで再度靴を履き、また50パーセントの力で走る。
「今までの鬼ごっこは30分制限だから、あと5分逃げ切れば勝ちだ!」
今日の為に東京で腕時計を買い、時間を合わせておいた。
他にも運動靴や生地の厚いズボンなど、山で走り回る気満々の準備をしたぞ。
そして皆がのんびりしている山頂へ着くと──
「しゅ〜〜〜りょ〜〜〜!」
「だぁぁ!!! 初めて負けたぁぁぁ!!!!」
師匠との鬼ごっこは、人生で初めての白星で終わった。
「やったぁぁぁ!! やったぞ陽菜〜!!!」
「凄いよ! よくあの師匠から逃げ切ったね!!」
全力ダッシュで陽菜の元へ駆けつけ、そのまま陽菜をギューッと強く抱きしめた。
「いや〜、読みで勝てたんだ。途中から師匠に誘導されていることに気付いてな。逆手に取って逃げ切った」
「尚更凄いよ!! おめでとう!」
「ありがとう。本当に嬉しい」
少しの間陽菜を抱きしめてから、俺は靴の中に入った土を取り除いた。
「靴、脱いだの?」
「あぁ。足跡の管理までしてたからな。っていうか土が全然取れない。イライラしてきた」
「感情の変化激しいね。女の子みたい」
「......取れた! これで良し。さ、次は陽菜の番だぞ」
「え? 私もやるの?」
「え? やらないのか? 最近は運動不足とかに悩んでそうだったし、ちょうど良いと思ったんだが......」
俺は知っている。前に陽菜が、家でも出来る筋トレや運動の方法を調べていたことを。そして次の日、『2人でやろう』って言った瞬間に俺が『外でやればいいじゃん』と言って、結局2人で近所の公園で走ったことを。
そう、彼女は今、何故か運動不足に悩んでいるのだ!
......知らんけど。
「おいおい、月斗は着替え持ってきてるだろうが、陽菜は無いだろ」
「それがあるんですよ。一応陽菜の体のサイズは知ってるので、俺の服を買う時に一緒に買いました」
俺は師匠にそう言って、山に持ってきていたリュックの中から陽菜の分の服を取り出した。
あ、ちゃんと服を触る前にウェットティッシュで手を拭いたぞ。さっきはそのままの手で陽菜を抱きしめたけど、ちょっと順番を間違えてしまったんだ。
「運動用と普段用、2着買ってある。運動用のはシンプルなデザインで、普段用は陽菜に似合うかを3時間考えてから選んだヤツだ」
陽菜に運動用として買ったシンプルな厚手のシャツと、動きやすいスウェットパンツを渡した。
「おぉ〜、ありがとう。でもこれ幾らしたの? 払うよ?」
「お金はいい。元々こっちの服はプレゼント用だし、ついでとして買った物だからな。取り敢えずこれ着て頑張れ」
「仕方ないにゃあ......ここまでされたら、やるっきゃないっしょ!」
「おう。楽しんでこい」
俺は着替えを入れる袋を陽菜に渡し、離れて行くのを見送ってから父さん達の座っているレジャーシートの上に座った。
「あ〜、楽しかった。改めて自分の思考力が分かったし、明日も頑張れる」
「明日もやるの?」
「実家に居る間は毎日やるよ。その為にトランクに荷物を入れて来たんだから。あ、洗濯は自分でやるから心配なく」
父さんが注いでくれた麦茶を飲み干してから再度リュックに手を伸ばし、俺は1冊のノートとペンを取り出した。
「何してるんだ?」
「記録。昔から記録を付けてる。今日は何を学んで、何が出来て、何が出来なかったのか。そして次に何を重視してやるのかを正確に書くんだ」
「へぇ。父さん、月斗がこんな真面目な姿を見るの、受験勉強以来だ。全く知らなかった」
「お母さんも知らなかった。隠れてやってたの?」
「いいや? 普段は道場で書いてた。時々師匠にアドバイスを貰いながら、ちゃんと可能な範囲で出来ることを増やしていったんだ」
ただVR空間で自在に体を動けるのは、『強い』プレイヤーでしかない。そんな奴はこの世に山ほど居るし、ユアストでは正樹やコキュートス君などが筆頭だろう。
そして頭を使って戦略を構築出来るプレイヤーは、『上手い』プレイヤーだ。
こちらは強いプレイヤーに比べて数は減るが、翔や翠さんなんかはこのタイプだろう。
だが、俺はこのどちらに偏るでもなく、『強くて上手い』プレイヤーを目指しているんだ。
FPSゲームに例えるなら、アタッカーとオーダーが出来る人間と言えるだろう。
ユアストで言うなら......そうだな。幻獣やアルカナさんとかが、上手くて強い存在と言えるかな?
高い知能と応用力、そして純粋な強さを兼ね備えているプレイヤーに、俺はなりたいんだ。
「ただ『出来る』だけじゃ意味が無い。ちゃんと『出来た』と言えてから、ようやく身になるんだ。父さんだって、イラストを書く時に意識することを、実際に書いてから力にしているだろ?」
「まぁな。言っている意味は分かるぞ。経験と結び付けて覚えようって魂胆だな」
「そうそう。だから記録をね。今日の反省点を出して、次に活かさんと」
「でもお前、ゲームの為にやってるならゲームでやれないとダメなんじゃねぇのか?」
ふっふっふ......忘れてたZE☆
「しまったやらかした......VR機器、家に置いてきた」
「ったく、ウチの息子はどこか抜けてんだから......父さんの貸してやるよ。ユアストならレベリングして250はあるし、お前のステータスにも近いだろ」
「数値は?」
「大体全部6,500くらいか?」
「ひっ......分かった。有難く貸させてもらう」
「今『低っく!』って言いかけなかったか?」
「そんな事ない。『ひぇ〜! 高すぎ〜!』って言おうとした」
「嘘丸見えなんだよなぁ」
俺は種族が『人間』だから高いのであって、普通はこれくらいの数値なのだろう。それに加えて『最弱無敗』とか、色んな制限があってあの数値なのだから、人と比べるのは良くないな。
「あ、もしかしてラキハピでやらなきゃダメ?」
「勿論。お前なら出来るだろ?」
「スーッ......事務所に怒られないの?」
「今マネ君に連絡してる......炎上するような事をしなければオッケーだとよ」
「それならまぁ。無言で森林まで走り抜けるから大丈夫かな」
「因みにログアウト地点は砂漠です。噴水は登録してないので遭難中です」
「終わった......もうやる意味無ぇ」
多分、カリディの砂漠だよな。俺、あそこは空飛んでたから地形とか知らないし、第一知っていたとしても砂漠だから変化するよな。
最初から詰んだ状態でスタートするのか? 嘘やろ?
「まぁまぁ。お前なら出来る。父さんは信じてるぞ」
「くそぉ......前回の配信で『12時間砂漠閉じ込め』がトレンドに上がったの、知ってるからな」
「な、何故それを!? まさか見ていたのか!?」
「切り抜きは見た。マジであそこから始まるなら、ちょっと色々な手段を使わないと脱出出来ねぇけど」
「出れるのか!?」
「父さんが『お前なら出来る』って言ったんだろうに。まぁ、やれるだけやるよ。息子を信じなさい」
「超信じてる!!! 頑張れ!!!!!」
やれやれ。鬼ごっこの次は砂漠脱出か。中々に大変だなぁ。
ということで、次はラキハピさんに憑依したルナ君スタートとなります。お楽しみに!