次元を超える技術 2
も
う
そ ダ
う メ
や 思 だ
り っ
遂 た
げ が
た
ガンッ! ガガンッ!!
昼前の道場に、木刀がぶつかり合う鈍い音が響いていた。
「はぁ......はぁ......」
「どうした月斗。体力落ちたか?」
「いや、逆ですよ逆。師匠の体力が増えてます」
「はっ、俺を褒めるなら俺より強くなってからにしな」
「遠い未来ですねぇ......フッ!」
不意を突いた俺の渾身の一撃は、師匠の木刀で軽く受け流されてしまった。
「読めてるぞ」
「今のはどうするべきでした?」
「落ち着いて正面で構えるべきだったな。月斗なら出来るはずだ」
「分かりました」
ちくせう。ゲームなら落ち着いて動けるのに、リアルで動くとなると焦っちゃうんだよな。
って言うかさ、おかしくない? この現実の空間で落ち着いて戦うとか、今更だけどおかしくない?
......違うか。現実で出来るからこそ、ゲームでも出来るのか。
「よし、次は山に行くぞ。昼はどうする?」
あらら、もうそんな時間か。2時間くらい全力で打ち合ってたけど、体感時間は30分くらいだったぞ。
それにしても、昼ご飯は陽菜が作ってると思うんだよな。
一旦帰るか。
「あ〜、食べてからまた来ます。多分、陽菜が待ってるので」
「ふ〜ん......ふ〜ん?」
「何ですか? 食べさせませんよ?」
「ケッ! あの月斗が色気付いたらコレかぁ!」
いやいや師匠。これにはワケがあるんですよ、ワケが。
「俺を色気付かせたのは陽菜ですよ。まぁ、その陽菜の魅力にどっぷり浸かったのは俺ですけど」
「いちいち癪に障る言い方をするじゃねぇか。お? 何だ? 俺が独身なのをいい事に、随分と煽り散らかしてんなぁ?」
「いえいえ、他意は無いですから。これは......そう。陽菜がくれた幸せパワーの力です」
「あぁ。お前が煽ってるのはよ〜く分かったぞ。折角俺の山の、綺麗な春を見せてやろうと思ったのに、鬼ごっこをするのは決定だな」
「え? 元からやる予定じゃなかったんですか?」
「は? お前、あれだけ打ち合ったのに鬼ごっこする気だったのか?」
「「え?」」
ここに来て認識の違いが出てしまった。俺としては『山に行く=地獄の鬼ごっこ』だったのだが、どうやら師匠は本当に遊ぶ気だったらしい。
鬼ごっこをせずに師匠の山に行けるなんて、そんな大層な事、考えすらしなかった。
「ま、まぁいい。取り敢えず飯食ってこい。それとお前らの家族も連れて来い。俺の山を自慢したい」
「分かりました。師匠はお昼、何を食べるんです?」
「味付け無しの鶏胸肉と野菜だな。あと大豆」
「動物の餌ですか?」
味付け無しって、それは健康面を考えたと言うより、調理の手間が面倒だからじゃないか?
「あ? お前栄養豊富な食材舐めてんのか?」
「え? もしかして師匠、料理って言葉知らないんですか?」
「知る訳ねぇだろ男舐めんな!」
「俺は1人暮らしの時から料理してますから! こっちこそ男舐めんな!!」
「「ぐぬぬ......!!」」
不毛だ。実に不毛な争いである。無益で無意味な無駄な争いだ。
「月斗く〜ん? お稽古終わった〜?」
一触即発と言える状況の道場内に、明るく響く、綺麗な声が聞こえてきた。
「遂に来たか。優秀な弟子が揃っちまった。クソが」
「なんか師匠の殺意が収まってないけど」
「そうなんだよ陽菜〜、助けてくれよ〜。師匠が俺のこと、いじめてくるんだ」
俺の元までやって来た陽菜を後ろから抱きしめながら、俺は師匠の顔を見ながら言い放った。
「月斗。お前は男の強さを捨てたのか?」
「はっ! こうして甘えられる存在が居るって見せ付けてんですよォ!」
「お前はいつの間に性格が歪んだのか......昔の月斗は、もっと謙虚に、慎ましい奴だったのに......」
「陽菜が変えてくれました。俺のッ!! 恋人のッ!! 陽・菜・が!!!!!」
「なぁ陽菜。コイツ、さっきから俺の心をズタズタに引き裂いてくるんだが何なんだ? お前、月斗に何したんだ?」
今までに見たことの無い、半泣きの師匠が陽菜に答えを求めていた。
別に悪意しか無いんだよ? 負け犬の遠吠えだし、俺のHPが0だからこその小さな攻撃だ。故に刺さる。
しかも陽菜という確実な武器を手に入れた俺からすれば、戦場で這いつくばっている兵士の目の前に、世界最強のハンドガンが落ちてきた様な物だ。
だが、これは諸刃の剣でもある。だって──
「月斗君? 師匠をいじめちゃダメでしょ? 反省しなさい!」
「......はい。ごめんなさい師匠」
だって、陽菜は俺と師匠の中間に居るんだもん。
陽菜の刃は、俺にも師匠にも向いてるんだ。
「ったく、俺も嫁さん見付けて、お前に自慢したいわ」
「ダメですよ師匠。私の月斗君に、変な女を見せ付けないでください。目が腐ります」
「......え? もしかしてお前も月斗側なのか? 嘘だろ?」
はっはっは! 残念だったな師匠! 陽菜は俺サイドについているんだよォ!!! こうなったら負け無しだぜっ!! ヒャッハー!!!
......と、言いたいが──
「陽菜、相手の人を悪く言うのは辞めろ。師匠の事はどれだけ言っても構わないが、その師匠を好きな人を悪く言うのは辞めよう。陽菜も嫌だろ? 俺の事を悪く言われるのは」
「......確かに。ごめんなさい師匠......を好きな人」
「うむ。宜しい」
「全く良くねぇがな。俺は一生独身だと言うことが分かって幸せだ」
あぁダメだ。この人、悟りを開いてしまっている。
こうなったら手を付けられない。いや、付けたくない。
今すぐにでも退散させてもらおう。
「じゃあ師匠、俺達は一旦帰りますね」
「おう、早く行け。シッシッ!」
ハエを追い払う様に手を振った師匠に挨拶をして、陽菜と一緒に道場を出ようとしたのだが......何故か陽菜が足を止めた。
まさか?
「師匠もご飯、一緒に食べませんか?」
「え? 本当か? 良いのか!?」
「はい! 月斗君の実家なんですけど、ご両親からは許可貰ってるので。どうですか?」
「絶対に行く。少し待ってろ」
あぁ......本当に『まさか』の結果だった。ちくしょう。
俺の独占していた陽菜の手料理がぁ! 正樹にしか食べられたこと無いのにぃ!! 悔゛し゛い゛!!!
「月斗君?」
「......何でもない。東京に帰ったら、お腹いっぱい陽菜の手料理を食べるから」
「うん! いっぱい食べて、元気な月斗君でいてね!」
「勿論ですとも。ただ、太りたくないから油は控えめにしような。ゲーム以外でも運動量は多いが、ちゃんと健康に気を配ろう」
陽菜の頭をワシワシと撫でると、陽菜は妙なドヤ顔をして俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「ふっふっふ......実はそれについて、お父さんとちょっとお話をしてね。私、調理師の免許を取ろうと思うの!」
「待て。調理師の免許って確か、週4日以上で1日数時間以上の飲食店での調理勤務が必要じゃなかったか? しかも、それを2年以上じゃなかったか?」
「よく知ってるね。その通り、実務経験が必要だよ。だからね、私、アルバイトしようかなって思うの!」
アルバイト。アルバイトと言えば、アレだよな。働くアレだよな。お店で働いて、お金を貰うアレ。
うん、分かるよ。それくらい俺でも分かるよ。だけどさぁ、アルバイトをするって事は、陽菜と一緒に居れる時間が減ると言うこ......と......?
「落ち着け。落ち着くんだ俺」
「だ、大丈夫? 目の焦点合ってないけど......」
「大丈夫じゃない。いやでも......あぁそうか」
「本当に大丈夫? 心配事があるなら言ってね?」
言いたい。今思ってること、全て言いたい。けどダメだ。これを言ってしまえば、俺は陽菜を束縛することになってしまう。
俺は陽菜と一緒に居たいが、陽菜を縛り付けたい訳じゃない。だから、ここはグッと我慢して、陽菜の意見を尊重すべきじゃないだろうか?
「大丈夫だ。何でもない。それでアルバイトの話だが、俺は陽菜を応援するよ。実務経験を積んで、立派な調理師になってくれ」
俺は出来る限り、最大限の笑顔でそう言ったのだが、陽菜はムッとして俺の顔を両手で挟んできた。
「も〜! 寂しい時の月斗君は、いつもそうやって作った笑顔をするんだから」
やっぱりバレてたか。最近は陽菜への愛が重いとは自覚しているのだが、重いという感覚が段々と鈍くなってきたのも自覚しているんだ。
精一杯、陽菜に心配をかけないようにしていたが、それが逆効果になっているかもしれない。
「大丈夫だよ。働く時間は最低限にするし、今までと殆ど変わらないよ?」
「ありがとう......でも、陽菜の自由にしてくれていいんだぞ? 勤務時間を最低限にした結果、受験資格が得られなかったら悲しいし、その辺は陽菜が決めてくれ」
「もう。先を見通すのが大好きだね、月斗君は。私が免許を取った暁には、キッチンに立つ私の左手に、綺麗な指輪を付けてよね!」
「勿論だ。その時には陽菜を、可愛い恋人から綺麗な奥さんにしてやるよ」
陽菜の肩を優しく抱き寄せてあげると、突然真後ろから聞きたくない声が聞こえてきた。
「言うじゃないか。今のセリフ、結構好きだぞ」
「「あっ......」」
そうだった。この人の摺り足、本当に聞こえないんだった。
やってしまったな。完全にオフモードの会話を、この場で1番聞かれたくない人物に聞かれてしまったぞ。
よし、こんな時は開き直ろう。全てを自然に還し、あたかも普段からこんな会話をしている体を装おうり
「じゃあ、行きますか」
「う、うん!」
「気持ち悪りぃ精神力してるぜ、お前」
道場の戸締りをしている師匠を横目に、俺は陽菜と手を繋ぎ、師匠を連れて実家へと戻った。
前書きで遊びまくる柑橘類はココです。どうも。
今回は師匠と月斗君の仲の良さをアピールしたのですが、伝わっていれば嬉しいです。
次回はその3。家族+師匠のお話です。お楽しみに!