原初の天狼、相対す 後編
心の奥に
「ねぇ、早くアンタのフェンリルと戦わせなさいよ!」
「だってよリル。お前が決めな」
「戦いません。戦っても利益が無いので」
「だそうだ。狼少女、決闘依頼ならそこのパパにして貰え」
俺は突っかかって来た幻獣狼獣人の子どもの肩を掴み、少し離れた場所でニコニコしている犬子さんに手を差し出した。
「あの人はパパじゃないわ!」
「じゃあ誰なんだよ。お兄ちゃんか?」
「ち、違うに決まってるでしょ! あの人は......その......」
え? もしかして犬子さん、幼女とデキてるの?
あ〜あ、遂にモフモフの邪道、ケモ耳幼女と恋人関係になっちゃったのかぁ。
「飼い主ですよ。と言っても、マナは『お兄ちゃん』って呼びますけどね」
「ちょっとぉ!!!」
なるほど。ロリコンの願望を叶えてしまった訳か。
俺としてはロリっ子と言うよりは、ケモ耳に命を捧げているからなぁ......う〜む。
もし、リルに『お兄ちゃん』と言われたら、自分はどう反応するだろうか。
「アリだな」
「父様?」
「ナシだな」
父様呼びが1番しっくりくる。やはりリルは今のまま成長してくれ。
「それでルナさん。申し訳ないんですけど、マナと戦ってもらってもいいですかね?」
「無理に決まってるでしょう。俺がその子の首を斬り落としてもいいなら構いませんが......」
布都御魂剣の刃を抜いた状態で顕現させ、刃先を首に向けながら様子を伺うと、相手のフェンリル......マナが目を大きく見開いた。
「ねぇお兄ちゃん、この人......」
「ルナさんは戦闘に於いては容赦しないからね。今までマナは可愛がられてきたけど、真に強い人にはその可愛さは二の次なんだよ」
「一応言っておくけど、俺はリルを平気で殺せる心を持ってるからな」
「え、怖い......アンタの頭大丈夫なの?」
「寧ろ俺の頭を普通だと思ってるお前にビックリしてる」
この子、生意気な雰囲気が昔のメルに似ているな。
犬子さんの前だから強がっているのかもしれないが、何にせよ戦うことになれば言葉は要らない。
さぁさぁ、戦闘を取るかお別れを取るか、どっちだ?
「ルナさん。戦ってもいいですか?」
「分かりました。それじゃあ、犬子君と俺、リルとマナの勝負にしましょう。ただ見ているだけじゃなくて、遊びましょう」
「分かりました」
......と、言う訳で始まった戦闘だが、マナが手も足も出せずにリルに負け、俺も魔法を使って犬子さんを瞬殺という結果になった。
強気に挑んだマナだったが、リルのツクヨミさんで一撃入れられただけで負けたのは、俺もビックリしたな。
「なんで......なんで勝てないのよ......」
「勝てないことを考えるより、どうして負けたのかを考えた方が良いぞ」
「それが分かんないのよ!!!」
「まず1つずつ洗えばいい。お前とリルの装備の差。お前とリルの技術の差。お前とリルの思考の違い。そして、お前とリルの経験の差をな」
敵に塩を送りたくはないが、1人のケモ耳っ娘として助けてあげよう。
「あ、アンタは何を考えて動いていたの?」
ボロボロの姿で立ち上がったマナが、汚れ1つ無いリルに向かって、悔しそうに尋ねていた。
「今日の晩ご飯がお魚だと母様が仰ってたので、塩焼きなのかお刺身なのかを考えていました」
「......は?」
「私としてはお刺身が良いのですが、多分塩焼きでしょうね。フーさんなら焼く手間を惜しんでお刺身にすると思いますが、母様は手間を惜しみませんからね」
あ〜あ、可哀想に。練度が低すぎて、リルに敵としてすら見られていなかったか。
というか俺も刺身がいいなぁ。焼き魚は骨を取るのが面倒だから、刺身の方が好きだ。
まぁ、ソルが作ってくれたら何でも食べるけどさ。
「ということで犬子君。ウチのリルと対等に戦わせたかったら、あと2ヶ月でちゃんと育ててください。大会で戦えることを楽しみにしています」
「はい......ではまた」
連携の練習もちゃんと積むべきと言いたいが、犬子さんなら分かってるだろう。プロの実力、見せてくれ。
そうしてトボトボと歩く2人を見送り、俺は2人を集めて次の予定を話す。
「さ、ランザがいつの間にか逃げてるし、釣りでもして帰るか」
「あのミスリルの釣竿を使うのですか?」
「そうだ。2本に分けられるから、2人で釣るぞ」
俺が釣竿をインベントリから取り出して見せると、リルは俺の右手を握り、ベルが俺の背中によじ登ってきた。
「あれ? ベルちゃんは?」
「「パパの膝で寝る / 俺の膝で寝る」」
「あ〜......納得しました」
どこで釣ろうか悩む。月の映る池でもいいが、さっき行ったばかりだしな。海は潮風が好きじゃないからパスして、後は......
「ペリクロ草原の川で釣るか。フィデムの草原には居なかったが、ここは居るからな」
「父様、フィデムの川にも言ったのですか?」
「あぁ。それとなリル。次からフィデムの草原に関する話はしないでくれ。辺りを滅茶苦茶にしたくなるんだ」
「わ、分かりました。気を付けます」
「頼んだぞ」
前にも言った気がするが、本当に思い出したくないんだ。
ソルとの2人っきりの旅行だと思ったのに、その実はただのサバイバル生活だった。
あの時間は楽しかったが、苦しんだ時の方が多かった。
今のように、食に困らない生活が幸せな事だと気づいたんだ。
◇◇
「父様、大変です。お魚さんが来てくれません」
「気長に待つんだ」
「父様、大変です。ワイバーンが飛んできています」
「大丈夫だ。ラース、追い払ってこい」
『了解ッス!』
「父様、大変です。眠くなってきました」
「忙しいな。1分程度の会話の内容がハチャメチャだぞ」
ニクス山の中腹から、ペリクロ草原に流れる川に向かって糸を垂らし、ベルを抱きかかえて魚がヒットをするのを待っていると、隣で一緒に釣りをしているリルがぶっ壊れてしまった。
『追い払ってきたッス! 超ビビってましたよ!』
「おう、おかえり。ついでに魚も追い払ってくれたみたいだな」
『......申し訳ないッス』
「仕方ないさ、元々ボウズの可能性は高かったし。そろそろ帰るかね」
時刻は16時を過ぎたところだ。そろそろ家に帰って、今日は早めにログアウトするとしよう。
そろそろ終業式もあるし、春休みに入ってから本格的に練習を積もうと考えているから、それまでは陽菜との時間を大切にしたい。
ライバルでもあり、友達でもあり、パートナーでもある陽菜と、ちょっとでも長く一緒に居たい。
「ベル......ベル、起きろ」
「......は〜い」
「帰るぞ」
「は〜い」
俺は、半分ほど意識が無いベルを抱きかかえ、ラース君を戻してから城を経由して家に帰った。
そして家のドアを開けると、優しく木を打ち付ける音が鳴り、帰宅を知らせた。
「おかえり。待ってたよ」
「ただいま」
トコトコと玄関まで迎えに来たソルを抱きしめ、リビングでのんびりしながら今日の出来事を話した。
次回『見付けられない想いの塊』