原初の天狼、相対す 前編
『相対』の読み仮名は敢えて明確にしません。
『そうたい』でも『あいたい』でも、好きに読んでいただけると嬉しいです。
「リル、ベル。戦闘訓練に行くぞ。今日は懐かしのアルトム森林だ」
「「は〜い」」
巣箱に塗った塗料が乾くのに2日かかるので、俺は久しぶりに装備を縛って戦いたいなと思い、2人を連れ出した。
装備を縛る......そう、リルと出会ったあの場所で、あの装備で戦おうと思ったんだ。
「落ち着く森ですね〜」
「だね〜」
「だな。でもピクシーだけは、見付けたら即抹殺だぞ。アイツは俺とリルを巡り合わせたモンスターだが、憎しみの方が強いからな」
「分かりました。ツクヨミさんで真っ二つにします!」
「魔法で〜、見付ける〜?」
「いや、自分から探す必要は無い。出会ったら消す。それだけだ」
「りょ〜か〜い」
──なんて、呑気に歩いているが、俺はベルを肩車している上にリルと手を繋いでいるし、それもリルの左手と手を繋いでいる。
つまり、急に戦闘が始まれば誰も対処が出来ない状況だ。
「なぁリル、左手じゃダメなのか?」
「ダメです。右手じゃないと父様、直ぐに手を離してしまいますから」
「いや、ベルを肩車してるんだから当然だろ。片手で支えなきゃ落ちるぞ?」
「い〜い〜ん〜で〜す〜! ベルちゃんは賢いですからね。どうせ糸で固定してますもん。それとは別に、父様は私と手を繋ぐのが嫌なんですか? もしそうであれば、私......」
や、ヤバイ。地雷が俺の足元まで転がってきた挙句、踏んですらいないのに起爆準備に入りやがった。
「嫌だと思ったことなんて1度も無いぞ。右手で繋ぐから......だから俯かないでくれ」
「はい!」
危ない危ない。あまりにリルの要望に答えなかったら、リルはワガママモードに入ってしまうからな。
今みたいなギリギリで止められるなら良いが、時々理不尽なモードチェンジに入るから気を付けなければならない。
我慢されるよりは良いから、このまま育って欲しい。
「ほい、着いたな。久しぶりの愛剣の出番だ」
月の映る池......今は昼間だから太陽を移しているが、この池の近くでリルはフェンリルの姿に変身した。
それに対して俺は、初めてフェルさんの所で買ったアイアンソードを右手に握り、装備を初期装備に変えた。
『父様とここで戦うのは3回目ですね』
「そう............だな」
『今、2回目の戦いを忘れましたね? あの時は一緒にフェンリルを倒したというのに......』
「あ〜、ごめんって。リルがブチ切れた時の話だよな」
『むぅ』
申し訳のぉござる。拙者、楽しいか極度につらい記憶しか残らない者でして、あの時のリル事件は水に流してしまった次第でござる。
もう二度と、あんな思いをさせとう無いからの。
「じゃ〜あ〜、始めるよ〜?」
「頼んだ」
「両者〜、構え〜」
イマイチ気合いの入らない合図だが、俺は剣をだらりと下げて、リルと向かい合った。
「始め!!!」
『「え?......あっ」』
急に気迫のある合図を出されちゃ、合図を出された側も驚くだろう。
「先攻どうぞ。あの時もリルが先だったし」
『分かりました。では......人間は我を幻獣と呼ぶそうだな』
「ぶふぅ!」
リル、お前は凄いよ。俺の想像の斜め上どころか、次元が違う結果を持ってきたぞ。
「懐かしいなオイ! ってかそこまで再現する必要あるか?」
本当に懐かしい。確か、俺が『え? 幻獣?』って呟いた時に、リルがそう答えたんだっけ。
今でもあの時のことは鮮明に覚えている。恐怖と喜び、相反する2つの感情に溢れていたあの気持ちを。
『フッ......人間、か。食べるのは久しぶりだな』
「おぅふ、出会いの言葉ァ!」
これはリルが最初に発した言葉だったか。俺の真後ろに突然現れて、食べる前提で喋ってきたんだよな。
「あ〜、あ〜、フェンリルさん? 3つ程質問していいかな?」
『良いぞ。申してみよ』
「じゃあ1つ目。あなたの日常は幸せですか?」
初手から変化球だ。俺だってあの頃の再現をしたいが、如何せん答えは見えてるのでな。だから俺は、せめてこの子か幸せかを聞いてみた。
素直な感想を聞かせてくれ。
『幸せだな。1年経たない程前か......その時には想像も出来ない程、今の我は幸せだ』
「そうか。では2つ目を、家族は居ますか? また、居るのならばどのような方ですか?」
リルの時に聞けば『カッコイイ!』『凄い!』とか、『とても強い方です!』と答えるのは明白だ。
ならばフェンリルの時に聞けば、より広い視点から答えてくれるのではないだろうか。
『強い父親と、優しい母親。そして頭の良い妹が2人居る。父親は立派で、いつも我の事を気にかけてくれる。正直、自分より我達に時間を割く姿を見て、こちらが申し訳なくなるのだ』
え、本当に? 俺としてはリル達に自分の時間をあげている考えが無いから、本心から楽しみたくて遊んでいるんだが......そんな風に思われていたのか。
ソルの優しさを引き継いだのかな? リルは家族想いの優しい子だよ。
『母親は本当に優しい。我が何かを失敗しても叱るのではなく、優しい言葉で手順を洗い直し、そこからミスを見付けてくれるのだ。決して我が悪いとは言わず、『どうしてこうなったのか』を、一緒に考えてくれる』
はぁ......好き。ソルのそういう、人に寄り添って考えてくれるところ......本当に好き。大好き。
いや〜、分かるよフェンリルさん。ソルの優しさに俺は、何度となく救われてきたからな。
あの優しさが無ければ俺は、君の父親にもなれていないよ。
『次女である妹は、無口なのだが母親の様に優しい。我の知り得ぬ魔法を扱い、いつも我達を守り、敵を討ち滅ぼしてくれる......我が妹ながら誇らしい。誰よりも強く、気高く、優しい。自慢の妹だ』
あぁ、俺もそう思う。メルは幼さが強いが、その心の在り方は大人なんだよな。
普段は1人で居ることが多いように見えるが、実際はリルやベルのサポートをしてあげているし、あのセレナと2番目に仲が良いのがメルだという事を俺は知っている。
悪い意味で、孤立しやすい2人が仲良く話している姿を見ると、俺は良い環境を作れたと思えるんだ。
『3女の妹はのんびり屋だ。基本的に大人しい印象が強いが、こと父さ......父親の事になると、途端に活発になる。あのやる気に満ち溢れる姿は、太陽かと錯覚する程だ』
知ってる。ベルはグータラしている子だと思いがちだが、実際の所は凄く元気な子だ。
AGIが低い故に足は遅いが、気持ちの切り替え速度に関しては誰よりも速いことだろう。
その切り替えの速さが戦闘に於ける戦略切り替えにも繋がり、見付けることの難しい、小さな勝利の光を掴むんだよな。
『返答はこんな所か。最後の質問、申してみよ』
「最後は──」
勿論、決まっている。
「お前、俺にテイムされないか?」
「はい! 父様に頂いた『リル』という名を胸に、これからも父様と母様、そして家族みんなの為に頑張ります!」
俺は、いつもの姿に戻り、目の前で笑うリルを抱きしめた。
あの日の俺は、こういう未来を望んでいた訳じゃない。ただ楽しく、ただ強くなりたかった。
でも今は違う。これまでの経験で得た大切なものを守り、自分だけじゃない、4人の為に強くなりたいと思っている。
自分という存在は大事だ。大事......大事だからこそ、自分以外の人に目を向けたい。
天邪鬼かもしれない。周りとは違うかもしれない。でもそれでいいんだ。俺は俺だ。自分しか出来ない経験を積み、ちゃんと1人の人間として育っているんだ。
結果が良ければ、過程は気にしないのだろう?
そういう社会だって、俺は前に勉強したし、過程より結果が重視される事を以前から知っているからな。
ただ、過程あってこその結果だと、それを忘れてはいけない。千里の道も一歩からと言うように、始めの1歩と続く2歩が大事だと、そう胸に刻んでいる。
「これからもよろしくな、リル」
「はい。私の方こそ、よろしくお願いします」
俺はリルを再度抱きしめ、頭を撫でた。
「戦闘訓練って〜、何だっけ〜?」
妙に力を入れて書き始めたゆずあめ。果たしてこの柑橘類の運命や如何に!?
次回『中編』お楽しみに!
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