フリット、弟子になる
ひ、光の速さで進んで行きますッ!
「まず、俺に剣を刺そうか!」
俺がハッキリと言い切ると、フリットは口をポカーンと開けて固まり、見学のレイラも目を見開いていた。
「ど、どど、どうした? 頭がおかしくなったのか?」
「失礼な奴だな。まずは血に慣れないとダメだろ? お前、剣を刺したことも刺されたことも無いんだから、血を見て気絶されたら困るんだよ。だからだ」
「なる......ほど。よし。やるぞ!」
フリットは自分で頬を叩くと、やる気に満ちた目で俺を見てきた。
「おう。じゃあ好きな所を刺せ。例え即死する急所を突いたとしても、俺は死なないからな」
そう言って俺は装備していた花鳥風月を外し、シンプルなシャツとズボンに着替えた。
これなら穴が空いても大丈夫だし、フリットも刺しやすいだろう。
「じゃあ、行くぞ」
「あぁ」
「せいっ!」
ぷすっ
「「「......?」」」
え〜、問題が発生しました。なんとフリット君。力が弱すぎるせいで、俺の力を入れていないVITを貫通することが出来ませんでした。
減ったHP。なんと1。涙が出るね。
「て、テスカ?」
「はぁ......まさかこのアイテムを使う時が来るとは。久しぶりだ」
俺はインベントリから『半呪の腕輪』を取り出し、左手に装備した。そしてもう1つ、『半呪の指輪』を右手の人差し指に付けた。
どちらもハートの形のデザインが施されているが、これで俺のステータスは4分の1まで落ちた。
これなら、流石のフリット君でも俺のVITを突破出来るだろう。
「ほい、再チャレンジだ。もっぺんやってみ?」
「あ、あぁ。じゃあ......はぁぁぁ!!!」
グサッ!
今度はちゃんと刃が通り、俺のお腹に剣が刺さった。
「うん、上出来だ。意外にも真っ直ぐと刺せているし、突きの筋は良いな。姉譲りか?」
「わ、分からん。というかお前......痛くないのか?」
「痛いに決まってんだろ。どこの誰が、腹に剣を刺されて痛くないと思うんだ? 俺は人間だぞ?」
正直に言って、めちゃくちゃ痛い。痛い。痛いけど、これ以上に痛く、冷たく、怖いことを経験しているが故に、この程度の部位欠損も無い攻撃は耐えられるのだ。
まぁ、左手の薬指を斬られよう物なら、俺は怒り狂って魔法をブッ放す自信はあるから、そこだけは気を付けてもらおう。
「はい、今フリットは血を見た訳だが、平気か?」
「あぁ。血とかそんな事よりも、刃が通らないお前の硬さや、腹に剣を刺しても何とも思わないお前の方に恐怖した」
「なら良し。次のステップだ。俺の腕を斬り落としてみよう。ただ、俺の右腕を落とすこと。いいな?」
「なぁ、いきなり段階を飛ばしすぎじゃないか? 流石の俺も、剣を握った初日に人間の腕を飛ばすとか......想像出来ないぞ」
少し怯えた目でフリットが見てくるが、戦争がいつ始まるか分からない以上、最短ルートで駆け上がらないと間に合わなくなる可能性があるんだよな。
「やれ。もしこれが本物の戦場なら、剣を初めて握ったとか、初めての戦闘だとか、ンなもん関係なくなる。死んで負けるか、殺して勝つか。この二択だと思え」
あ、ついFSの時の考え方で言っちゃった。
でもあながち間違ってないし、ウダウダ言ってる時間は無いと教えられるなら何でもいいや。
「はぁ......やるぞ」
「頑張れ」
「斬られる側が『頑張れ』って......はぁぁあ!!」
フリットが力を込めて剣を振り下ろすが、俺の腕を斬り落とすには至らなかった。
ヤベェよ。めちゃくちゃ痛てぇよ。スパッと斬られた方が2億倍くらい楽だよ。半分くらいで止まるのが一番痛てぇよ。
「......よし、もう1回」
「大丈夫、なのか?」
「はよしろ。マジで痛てぇんだよ」
「す、すまない」
ホントにこのゲームはリアルに作られてるな。
現実での部位欠損とか、これの何十倍も何百倍も痛いと思うが、ゲームでそれを擬似的に体感するって、ハッキリ言って頭おかしい。
そしてそれに慣れつつある俺も、頭おかしい。
「はい、お疲れさん」
「はぁ......はぁ......」
「どう? グロい? つってもポリゴンしか見えんからグロくないと思うが」
「いや、結構苦しいぞ。人を斬るって、つらいことなんだな......」
そうだよな。お前達現地人は、文字通りこの世界で『生きている』んだもんな。俺達語り人みたいに、ゲームだからって思考は出来ないよな。
「そうか。だがそれは確実にお前を強くするからな。その気持ち、慣れちゃダメだが忘れるな。いいか?」
「あぁ。次は何をやるんだ?」
「次は......う〜ん」
花鳥風月に着替えて腕を復活させた俺は、質疑応答で書いた紙をペラペラと捲りながら、隣でウィンドウを幾つも出してテイムモンスターの項目を開いた。
「あ、いたいた。ゴブ君、カルビ君、おいで」
『『はい!』』
「うわぁぁぁぁ!!!!」
「ヒィィ!!」
しまった。2人に何のモンスターを出すか、言うのを忘れてた。
「何事だ! も、モンスターだと!? それもイビルゴブリン!?!? 団長!!」
「あ〜あ〜、やっちゃったZE☆」
2人の叫び声を聞いた騎士団の1人が、俺のイビルゴブリンとオークを見て報告しに行っちゃった。
「ごめんな。フリットがモンスターに慣れる為に出したんだが、面倒な事になっちまった」
「い、いや、いいんだ。実際に外に出たら、こんな風に突然モンスターは現れるのだろう?」
「ん〜......うん。そうだな」
「何の迷いがあったのだ!?」
「いや、俺の場合は違うけど、普通ならそうだよな〜って思って」
「はぁ。そう、なのか」
サーチで常に索敵しているから、突然モンスターが現れてビックリ! みたいな展開は殆どない。
どちらかと言うと、『え? お前出て来るん!?』という、モンスターの種類にビックリする。
そのお陰で引く判断も攻める判断も出来ているから、俺としては何とも言い難い。
「モンスターだと!? どういうこ......と......って何だよテスカかよ」
「あはは、すまんな騎士長さん。事前に言うの忘れてたわ」
「全く。一応、これからこの訓練場で出しそうなモンスターなどを教えて貰えるか? 何かあってもパニックにならないよう、頼む」
だよな。俺も言おうと思ってたわ。本当にごめん、騎士長さん。
「了解。まず、イビルゴブリンとオーク、それにアースモールとロックゴーレム。それから全属性のドラゴンとラースドラゴンだな」
「「待て待て待て待て!!!」」
「何だ? 俺のペット達が豪華すぎて、度肝抜けたか?」
「「抜けるわ!!!」」
はっは〜ん。流石は俺のペット達だ。レアモンスターでもそうじゃなくても、並のプレイヤーなら薙ぎ倒せるくらいには育てているから、俺のペット軍団は優秀なのだ。
いや〜、俺も鼻が高いよ。うんうん。
「ラースドラゴンって、伝説のドラゴンの一体......だよな? 騎士長」
「は、はい。魔神が作ったとされる、憤怒を司る悪魔と対を為す存在かと」
「し、神話上の話じゃなかったのか?」
「分かりません」
お〜、やっぱりラースドラゴンって恐れられてるんだ。
前にソルが言っていたが、ラースドラゴンを討伐したプレイヤーって、10人くらいしか居ないそうだ。
圧倒的攻撃力と圧倒的防御力の前に、倒すことを諦めてサタンの部屋に直行するプレイヤーが大半を占めるらしい。
テイムしたら心強い仲間になるのに、勿体ないよな。
「まぁいい。テスカ、それで俺はこれから何を?」
「こっちのゴブリンと戦わせようと思ったのだが......確実に負ける未来が見えたからな。予定を変更して、先にレベリングの旅に出るぞ。用意してこい」
「は、はぁ!? 今からか!?」
「今からだ。お前の向上心と心の強さはある程度分かったから、ここからは精神力で鍛え上げるぞ。ほれ、さっさと用意してこんかい」
「え、えぇぇぇ!?」
背中をバシッと叩いてやると、フリットは城へと走って行った。
「テスカさん、その......大丈夫なのでしょうか?」
「ん? 何が?」
フリットを見送り、カルビ君達に謝罪してから光に戻していると、レイラが口を出してきた。
「いえ、騎士の者を連れて行かれるのかな、と」
「連れて行く訳ないじゃん。騎士長さんならまだしも、俺やフリットの邪魔しかしないような奴なんて、連れて行くだけ無駄だぞ?」
「ですが、万が一モンスターに囲われでもしたら......」
「そんなもん、俺と俺の娘で片付ける。幻獣が何十体と襲ってくるダンジョンをクリアした実績はあるからな。だが、もし負ける未来が見えたなら......俺は命懸けでフリットを生かそう」
ピンチになったらリル達を頼る。特に、攻撃力の高いメルと空間魔法が使えるベルは頼りっぱなしになるだろう。
リルは癒しだ。主に俺の心を癒す。
でも、今のリルはかなり強いからなぁ。第3種族くらいのプレイヤーなら、余裕で勝てそうなんだよな。リル。
「ま、そもそも万が一の状況を作らないのが上級者だ。行くダンジョンは未定だが、フリットは死なせねぇよ」
「......よろしくお願いします」
さてと、どこのダンジョンでガキンチョを育てますかな。
次回『フリット、イニティへ行く』お楽しみに!