雪の降る道
3タテ決めても漁夫の利で負けます。許゛さ゛ん゛
「月斗く〜ん、起きろ〜!」
「あぃ......」
ルシファー戦の後から悪魔狩りをお休みして、遂に冬休みが開けてしまった今日。
いつもの如く陽菜に起こされ、ぼ〜っとしながら登校の準備を終わらせた。
「月斗君、行こ」
「あぁい」
ノロノロと動く俺の背中を陽菜が押して、何とか家を出て通学路を歩き始めた。
「......寒い」
今日の東京は、肺の奥まで凍りそうな気温だ。多分、もう少ししたら雪が降ると思う。傘、忘れちゃったな。
......そんな事はどうでもいい。陽菜のポケットに手を突っ込もう。
「ひゃ! 手、冷たいね〜!」
「逆に陽菜は温かいな。もう少しだけ入れてていいか?」
「いいけど......他の人に見られるかもしれないよ?」
「大丈夫大丈夫。見られる前に引っこ抜くから」
俺は改めて、陽菜の制服の上から着ているコートに手を入れ、ポケットの中で陽菜の手を握った。
凄く温かい。カイロの様にポカポカしている。
もう少し。あと少しだけ握っていたい。
──ねぇあの人、彼女のポッケに手入れてない?
──ホントだ! 仲良さそうだね!
少しの間、何も考えずに歩いていると近くの生徒から視線を感じた。
「あっやべ!......ん? 陽菜?」
「な〜に〜?」
イタズラを成功させた時の顔をしながら、陽菜は俺の手をより強く掴んできた。
「おい離せ! 流石に見られてるから! なぁ頼む! 離してくれ!」
「だ〜め。私の言ったことに何にも答えてくれなかった月斗君への罰です」
「え、何か言ってたのか?」
「ずっと言ってたよ。まぁ? 月斗君の耳には入ってなかったみたいだけど?」
「ごめん。本当にごめん。だから手を離してくれ」
「許しません。このまま教室まで行きます」
陽菜はプイっと顔を背け、俺の手をガッチリと掴んだまま歩き始めた。
あぁ、忘れていた。陽菜の握力は俺と同等なんだった......もうダメだ。俺の高校生活終わった。
「う、嘘だろぉぉぉ............」
◇◇
「で、あのトマト月斗が出来た、と」
「そういうこと。家と外じゃ全然違って、すっごく可愛いの!」
「もう辞めてくれぇ......」
机に突っ伏し、誰の顔も見ないようにしていると陽菜が頬を突っついてくる。
辞めて! 俺のライフはもうゼロよ!
「えへへ、可愛い。抱きしめたくなう゛ぅ゛ん。何でもない」
「ん? 抱きしめたいくらい、鈴原達なら言っても問題なかろうに」
「うんうん。陽菜ちゃん達ならアリでしょ」
な、何を根拠に正樹と早川はアリだと言っているんだ?
普通、外でガッツリイチャついてるカップルとか、あまり視界に入れたくないだろ?
「ノンノン。ダメだなんだよ2人とも。月斗君はねぇ、家では甘やかせてくれるんだけど、外じゃ全然なの」
「「へー」」
「ホントにね、この冬休み、ずっと一緒に居て分かったの。『あぁ、私の表情を誰にも渡したくないんだな〜』って」
「なるほどなぁ。2人で居る時だけの表情を、月斗は死守しているワケか」
正樹がつむじを指で押してきた。やめろよ。お腹壊すだろ。
......確か迷信なんだっけ、つむじの話。
「もうほっといてくれ......俺に生きる資格は無い」
「スゲェ凹み方してんな。お前って意外にメンタル弱い?」
「そうだよ田中君。だから守ってあげなきゃダメなの」
酷いよ陽菜。なんでこの状態で更に頭を撫でてくるんだよ。周りからの視線が実体化して刺さってる感覚がするんだが?
頼む。早く授業が始まってくれ。この地獄から抜け出さてくれ!!
「そう言えば始業式だったね、今日」
「え?」
◇◇
「よし、これでホームルームは終わりだ。日直挨拶」
「きり〜つ、礼。さようなら〜」
「「「「「さようなら」」」」」
「ハイさようなら。明日からも頑張れぇい」
帰りのホームルームが終わり、皆が荷物を整理した頃、俺は灰となっていた。
だって──
◆朝・体育館にて◆
「ねぇあの人、さっき門で手を繋いでた人じゃない?」
「確かに。そう言えば鈴原さんの彼氏なんだっけ」
「そうそう。全然話した事ないから知らないけど、何か怖そう」
「そうかな? まぁでも、鈴原さんと真反対な感じはするよね」
「うんうん」
俺が体育館に入るや否や、かなりの数の生徒の注目を浴びてしまった。
朝の出来事をここで話し、どんどんと噂が拡散され、目立っていく......まるでネットで炎上したみたいだな。
あぁ、俺の初めての炎上は陽菜と手を繋いだ事か。恥ずかしいな。
「月斗君、堂々としないと。ほら、胸張って」
「無理。人の目が怖すぎて顔を上げれん」
そろそろクラスごとに整列しないといけないのだが、陽菜がちょこちょこと俺の傍にやって来た。
そして俺の顔を下から覗き込むと、いつもの太陽の様に明るい笑顔で俺の目を奪ってきた。
「私だけを見て」
決して大きくはない声だ。だが、今の陽菜が言った言葉は周囲に響いていた。
「大丈夫。月斗君なら周りなんて気にしなくていいの。それにさ、私だけを見てくれたら、必然的に周りも気にしなくなるでしょ?」
「ま、まぁ......」
「ならいつもと変わらないじゃん。ほら、顔を上げて私を見て? あなたの愛する彼女が立ってますよ?」
陽菜は小さくはにかみながら俺の手を握り、そのまま自分の頭へと持っていった。
「可愛い奴め」
「えへへ」
そうして最後に頬っぺをむぎゅ〜っと手のひらで押してから、陽菜を女子の並ぶ列へと戻した。
俺は前を向いて陽菜を見続け、何とか始業式を終えた。
◆◆
ということで、後から自分が何をやったかを理解して灰になっているんだ。
「月斗君。か〜えろっ!」
「あぁ」
横から話しかけてきた陽菜に返事をしつつ、帰る用意を始めた。
「今日の晩ご飯、何食べたい?」
「あぁ」
「ね〜え、何が食べたいの?」
「あぁ」
「ふむふむ......次『あぁ』って言ったら、晩ご飯は私にするよ?」
「あ......ん?」
陽菜が何を言っているのか分からなくなり、手を止めて顔を上げた。
すると静かに怒った顔をしている陽菜が目に入ってきた。
「今『あぁ』って言いかけたよね?」
「言ってない。『アクアパッツァがいいな〜』って言おうとしただけだ」
「そうかな? 私としては、発音がカタカタの『ア』」じゃなくて、月斗君が返事の時にする『あぁ』の、平仮名の『あ』だと思ったけど」
「そ、そんな訳無いだろ? それに陽菜『が』晩ご飯って、どういうことだ? カニバリズム?」
「え?」
「え?」
待ってくれ。どうして陽菜も驚いているんだ?
「あれ、『答えなければ私が肉になって食わせてやる』的な感じだと思ったんだが」
「月斗、変なところで鈍いよね。普通、人を食べるって言ったら、アレしかないでしょ?」
「アレ?..................あっ」
いや待て。陽菜、もしかして教室でとんでもない事を言ってくれたな? コイツ、平然とした顔でとてつもなく勇気が要る言葉を発したな!?
凄いな。恥ずかしいとか以前に尊敬する。流石だ。
「全く。で、晩ご飯は何がいいの?」
「陽菜が作った物は何でも美味しいからなぁ......でも強いて言うなら、今日は魚の気分かな」
心の扉を全開にして答えると、陽菜はパッと笑顔になって俺の手を掴んだ。可愛い。
「じゃあ帰りにお魚買って帰ろ!」
「あぁ......あっ」
「月斗君? どうしたの?」
「いや、何でもない。行くか」
どうやら大丈夫だったようだ。危なかったね、俺の貞操。
それから俺達は、続々と帰って行く生徒に紛れ、手を繋いで買い物をしにスーパーへ赴いた。
道中、何故か沢山の視線の矢が刺さった気がするが、俺の目には陽菜しか映ってないからな。痛くはないが少し痒い。
そして帰り道、雪の降る道を2人で歩く。
「はぁ。明日からの俺、大丈夫かなぁ」
「大丈夫だよ。私が守るもん」
「はいはい......じゃあ陽菜は俺が守るよ」
「うん!」
左手に買い物袋。右手で陽菜と手を繋ぎ、朝と同じ様にポケットに手を入れて帰った。
帰りはすれ違う人が少ないですからね。外出モードを解いているのでしょう。
次回『美味しさの秘密』お楽しみに!