新年早々
いや〜、暑いですねぇ(投稿時5月下旬)
「ふわぁ......あと何分?」
「あと10分だよ。もう少し耐えて」
「......今日は眠い」
大晦日の豪勢な晩ご飯が終わり、大人達が酒盛りをしている頃。
俺は陽菜の膝枕で横になっていた。
「珍しいね。いつもはこの時間も元気なのに」
「心が疲れた......やっぱ陽菜と2人っきりがいい」
「もう、そんなこと言っちゃって......襲うよ?」
「大人達の前で出来るならやってみろ」
「よし」
「おい待て。何が『よし』だ。ねぇ、待って、お願い待って!」
急に服のボタンを外し始めた陽菜を何とか抑えこみ、襲撃を阻止する事に成功した。
だが、絵面が非常に宜しくない。
今は俺が陽菜に覆いかぶさり、両手を抑えている。うん。これ、どう見ても俺が襲おうとしてる場面だよね。
「あ!月斗がおっぱじめた!」
「な訳あるかい!陽菜を止めようとしただけだ!」
「でも、こっちからは完全に陽菜ちゃんを襲ってる風にしか見えないけど」
「本当は逆なんだ。父さん、息子を信じてくれ」
「ムス......コ!?」
「もういい」
これ以上ツッコミを入れても面倒な事にしかならないと判断し、俺は父さんとの会話を終えると同時に陽菜を解放した。
「ふふっ、目、覚めた?」
「......そこまでだな。もっかい膝枕して」
「欲張りさんだね......はい」
「ありがとう」
今度は寝かけないように気を付けないと。ここで寝たら新年早々イタズラスタートをぶちかましてしまう。
「あ゛ぁ......膝枕はどうしてこんなに安心するのか」
「私パワーの成せる技だからね」
「もう陽菜パワーだけで生きていけるわ」
「要介護だね」
「あぁ。もう全部陽菜の助けで生きていきたい」
「ダメ人間まっしぐら生活、する?」
「......しない。それだと陽菜が幸せになれん」
「もう!そういう所なんだよ!?これだから月斗君は......あ〜好き。超好き!」
苦しい。陽菜の胸が俺の口を完全に塞いでいる。
酸素が、足らん。
「お〜い、そろそろ明けるぞ〜」
「新しい酒?」
「年だぞ、息子よ」
「分かってるよ」
主語の重要性がよく分かる会話である。そして口頭だからこそ伝わりにくい、『あける』という言葉。
ってそんな事考えてる場合じゃない。年が明ける。
そして時計の針が0時を指した瞬間、テレビから除夜の鐘の音が聞こえた。
「「「「「「明けましておめでとうございます」」」」」」
「今年も......これからもよろしくな、陽菜」
「うん!私の方こそ、よろしくね!」
うんうん。新年早々陽菜の笑顔を見れるとは、良いスタートでありますな。
「月斗ォ、お年玉いるか?」
「正直お金に困っとらんのですよ、父上」
「ケッ!父親より金を持っている息子なんて、日本でお前くらいだぞ!」
「まぁ、その金も殆ど使わないけど。でも?まぁちょっと?大金が?必要に?なるかもしれないし?......貰います」
「フッ、お前なら出来るさ。ほら」
「ありがとう。父さん」
大金。有名な言葉でいえば、『給料3ヶ月分』だな。
まぁ、実際は35万円くらいだから、平均給与から計算して、大体『給料1ヶ月分』だがな。
お兄さん、今収入0だからこの話には何の意味も無いけど。
何の意味も無いけど!!!
「月斗、大金なんて必要になるの?大学進学?」
「い、いや違う。大学行っても行かなくても働ける場所を貰ってるから、多分就職に......」
「じゃあ何で大金が?」
「母さん。察してやれよ。月斗も男なんだから」
別に今年買う訳じゃないけどね?まだ学生だし、流石にマズイ展開になるのは目に見えてるからな。
「月斗君は就職か〜。陽菜はどうするの〜?」
「う〜ん、悩んでる。私、月斗君と一緒に居たいあまり、将来の事が『月斗君のお嫁さん』以外何も考えてなかった」
「あらあら。でも、そろそろ真剣に考えないと大変になるよ?」
「うん。春までに決めるつもり」
おぉ、陽菜と陽奈さんが真剣な話をしている。
これは俺も茶々入れる事が出来んな。
「......旧暦で言えばもう春だけどな」
「つ〜き〜と〜く〜ん〜?」
「ごめんごめん」
だって、『新春』って言うじゃん?だから、別にいっかな〜程度で言っただけなんだ。それも小声で。
まさか聞こえてるとは思わなかった。
「でも、本当にどうしよう。学びたい事がある訳でないし、大学生として生きていける私のイメージが湧かないや」
「学びたい事じゃなくても、何かやりたい事とか無いか?例えば、昔に憧れた職業とか」
「......調理師?」
「なんで?」
「月斗君の栄養管理の為」
「お前俺に毒されすぎだ。陽菜自信がやりたい事は無いのか?」
「だって、ちっちゃい頃からずっと月斗君しか見てなかったしぃ〜......う〜ん」
愛が深いね。嬉しいけど心配になる。
高校卒業後、俺はレイジさんの会社で働くとして、ひなはどうするか。
どうやって陽菜が明るい道を歩めるか、それは俺には決められない。
完全に個人の問題だからな。
「最悪、俺が養ってあげるからな。深く考え込まなくてもいいと思うが、浅くは考えるなよ」
「うん。分かった」
考え込んで今を生きていけなくくらいなら、深く考え込まなくてもいいと俺は言うぞ。
ただ、『これでいっか』と浅く考える事は許さない。
今や陽菜の人生は俺の人生でもある。壊すくらいなら逃げる選択だってあるからな。
「月君のその言葉、昔の僕にかけて欲しかったよ」
「太一さんも、将来で悩んでたんですか?」
「うん。まだ陽奈とは出会う前でね。僕は成績平凡スポーツ平凡、才能平凡努力平凡という、逆にレアな人間だったんだ。だから、将来も何となくで選んで、少し後悔したよ」
太一さんが後悔とか、俺には想像出来んな。
「僕は進学せずに就職したんだけどね、そこが結構ブラックでね。適当に決めたが故に後から変えられず、鬱になってたんだ」
「......えぇ」
「それで、職場でガッツリ倒れて、救急車で運ばれて入院することになったんだ。そこで陽奈に出会って、色々と考えるようになったね。
仕事もそうだし、勉強もそう。当時の僕は陽奈に言われて、また勉強して大学に行ってから就職しようと決めたね」
「懐かしいわねぇ。あの時は確か、私も入院してたんだっけ?」
「そうだよ。陽奈は確か、交通事故で運ばれたんじゃなかったかな。だから記憶が半分無いんだよね」
「「「「えっ!?」」」」
ちょっと待って。新年早々話題がぶっ飛び過ぎではないか!?
何かもう、1周回って眠くなってきたんだけど。
「お母さん記憶無いの!?」
「あらあら、ここに来て遂にバレちゃった。お母さんね、16の頃に車にポーンされてね、そこまでの記憶を完全に失ったのよ」
「こ、言葉とかは?」
「勿論ぜ〜んぶ忘れたわ。だから、人生を1からやり直してる時にパパと出会ったのよ〜」
「知らなかった......」
衝撃エピソードだ。陽菜のご両親、かなり壮絶なエピソードを持ってらっしゃる。
太一さんは鬱になったり、陽奈さんは記憶喪失になったりと、もうそれだけで1日語り明かせそうな話題だ。
「うふふ、正直に言っちゃえば、その時の記憶も無いんだけどね!何か気付いたらパパが彼氏になってたの!」
「「えぇ......?」」
「あはは、刷り込み作戦とも言えるね。陽奈が1人で生きていけるまで手助けしつつ、1人前になったら結婚しよう
と思ってね」
「そう。ママはね、パパに人生決められてたのよ。ちょうど月斗君みたいにね」
「......何かシンパシーを感じると思えば、そういう事でしたか」
「そうなのよ!だから、月斗君の気持ちは大体分かるわ!そうね......例えば、陽菜が居ないと不安になったりしない?こう、『今まであったものが無くなる〜』みたいな感覚」
ヤベぇよ。めちゃくちゃ経験あるよ。特に高校1年の時は酷かったもん。生きる気力が失われつつあったからな。
正直、ゲームが無きゃ大阪に帰っている可能性すらあったもん。
陽奈さんもきっと、太一さんが居ない時はこんな感覚だったのだろう。
「凄く分かります。というか、陽菜が俺にそうしたのって......遺伝ですか?」
「ん〜、私は無意識だったから、多分遺伝だね」
「遺伝だと思うわよ」
「遺伝だと思う。僕の時よりスムーズに月斗君を落としていたから、陽菜は僕より上手だよ」
「えっへん!」
なんて事を極めているんだ?この親子は。
人の人生を弄るのが得意とは、傍から見ればただの危険人物っスよ。
......そのお陰で今の幸せがあると考えると、何も言えんが。
「全く。人の人生を変える為に自分の人生も使うとは......」
「仕方ないじゃん。好きになっちゃったんだもん」
「陽菜......」
可愛すぎるぜベイベー!俺、陽菜になら人生あげちゃうよ!
「まぁ、陽菜は陽菜の人生があるからね。月君に迷惑をかけない範囲で考えてね」
「うん!ありがとうお父さん!」
お義父さん、感謝やでぇ。俺の身も案じてくれるとは、流石です。
「さ、話も一段落ついたし......寝よう。大人達は自分で寝床を探して下さい。俺は陽菜と寝るんで、陽菜の部屋とリビングが空いてます。どうぞご自由に」
俺は陽菜をお姫様だっこし、4人に向かってそう告げた。
「ナチュラルに陽菜ちゃん持ってったねアンタ」
「俺の陽菜だもん。母さんにはやらん」
「いいよ。ちゃんと幸せに出来るなら、母さんが取ることは無いし」
当たり前だ。陽菜を幸せにするのは俺だからな。その権利を手放す気なんて毛頭ない。
「じゃ、おやすみ陽菜」
「おやすみ月斗君」
いつものように同じベッドでくっ付きながら、新年最初の眠りについた。
次回へ続く