これはマズイ
胃茶胃茶
「あ゛あ゛あ゛あぁぁ......生き返るぅ」
陽菜が沸かしてくれたお風呂に入り、一日の疲れを洗い流していた。
「あとはリグナさんに腕輪渡して、別荘用の家具も調達して......あ、メルのアクセサリーも作らないと」
やる事が沢山だ。だが、リアルでもやる事が沢山だ。
「陽菜と遊ぶ。陽菜とご飯食べる。陽菜と寝る......うん、幸せまみれ」
陽菜と居る全ての時間が幸せだ。同じ空間に居るだけで胸が暖かくなり、目を合わせば集中し、会話をすれば笑顔になる。
「そうだね! 幸せいっぱいだね!」
「あぁ、そう......だ......え?」
おかしい。聞こえちゃいけない声が聞こえた気がする。
そう思って顔を左に向けると、最低限大切な所が見えないようにタオルを巻いた陽菜が立っていた。
「おや、タオルの中が気になるかな〜?」
「ち、ちちょいちょいちょい!? なんで入ってんのぉ!?」
「そりゃあ、お風呂に入る為ですよ」
「そ、そうじゃなくて......いや、そうだな? そうだよ? そうなんだよ? でも、そうじゃなくてぇ......」
「ふふっ、まぁまぁ落ち着いて。別に最低限隠していたら、一緒に入れるでしょ?」
「ええぇぇ?......スーッ」
薄く息を吸い、酸素を脳へ送る。考えよう。
今、俺の隣には陽菜が居る。最低限見えないようにした、結構アウトな姿の陽菜が。
そして陽菜はシャワーで全身を濡らし、髪をお湯でじっくりと流している。
とても綺麗だ。肌は白く温かみのある肌色で、艶やかな髪を掬う手は妖艶とも言える色気を持っている。
「月斗く〜ん、髪洗って〜」
「はい?」
「私の髪を洗ってください。お願いします」
「え、えぇ?」
急に謙って言ってきたな。っていうか俺、人の髪なんて洗った事が無いから何も分からないぞ。
「あの、洗うのは別にいいんだが、経験無いぞ?」
「大丈夫。引っ張らなければ痛くないから」
「そ、そうか。まぁ、一瞬の経験として有難く受けさせて貰おう」
「うん。優しくしてね?」
「うん。その台詞はなんか違うな」
良かった。陽菜は平常運転だった。常にアクセル全開、最高速だな。
「えっと......では、始めます」
俺は座る陽菜の後ろに立ち、シャンプーを手に付けた。
このシャンプーはリンスインシャンプーという物だな。
「うん!」
「あ、鏡見たらありのままの俺が見えるから、目ェ開けんなよ」
「..................うん」
「溜めが長い。まぁ、上手いこと見ないようにな」
「はぁい」
状況と心境が嵐の様だ。俺は何故陽菜の髪を洗い、何故陽菜がこの場に居ることに順応しているのか。
これが自制心を鍛えた人間のスキルなのか。それとも、ただ単に、心の奥から陽菜を求めているからだろうか。
「......両方か」
陽菜の髪を泡立てたシャンプーでモコモコにし、束にしてから綺麗に洗っていく。
「あ〜気持ちいい〜」
「ははっ、痒いところはございませんか?」
「無い! 最初から無い!」
「それは良かった。じゃあ流すぞ〜」
俺は忠告してからお湯を出し、シャワーでゆっくりとシャンプーを流す。
「あぎゃあぁぁ!! 目がぁぁぁ!!!」
どうやらシャンプーが目に入ったらしい。俺の忠告は何処へ。
「あ〜あ。耐えろ」
「ふんぎゅぅぅ......」
肩を震わせながら耐える姿に、微笑みながらシャンプーを流していく。
陽菜は髪が長いので、最後まで綺麗に流すのに時間がかかった。だがちゃんと流し終えた。
「はい、目を洗うか?」
「う、うん......」
陽菜にシャワーを渡した瞬間に俺はしゃがみこみ、陽菜の目を汚さないようにした。
「ちっ......」
「おい聞こえてんぞ。ってか、いつから陽菜は性欲魔人になったんだ」
「今だね。最っ高に興奮します」
「きゃーおまわりさーん」
そんな軽いジョークを交えつつ目を洗い終えると、陽菜は徐にタオルを外した。
「次は体を洗って?」
「いいぞ。タワシ持ってくる」
「死ぬ! それは死ぬから! い、いいの? 将来、月斗君のお嫁さんの背中がタワシの傷まみれで!!」
「......ダメだな。仕方ない、便所用ブラシを」
「ねぇ死ぬよ? それ、雑菌の事も考えたら普通に死ぬよ? お願いだから硬い物で考えるの辞めて!」
「ったく......めちゃくちゃ恥ずかしいこっちの身にもなれよなぁ」
俺の精神と脳を同時に破壊しに来るなんて、今日はどうしたんだ。このままだとフェンリルになっちゃうぞ? 俺。
「わ、私だって......」
「ん?」
「私だって、すっごく恥ずかしいんだからね!」
顔を真っ赤にした陽菜が振り返り、俺と目を合わせた。
そして2秒程目線を合わせていると、陽菜の目が泳ぎ始めた。
「そろ、そろそろ、洗って、くれ......ますか?」
「はいよ。タオル取って」
「は、はい!」
「ありがとう」
俺は陽菜から洗体タオルを受け取り、ボディーソープを付けて泡立て始めた。
まずは首から洗い、肩、腕、背中と洗おう。それと前は自分でやってもらって......よし、後の事は考えない。僕何も知〜らない!
「ん〜、人に洗われるとくすぐったい」
「人に洗われる、か」
「あそっか、月斗君もひとりっ子だから、両親以外に洗われた事無いのか」
「そうだな。陽菜もか?」
「うん。でも今、初めて両親以外に洗ってもらってる。すっごく幸せだよ?」
「......もっと幸せにしてやるから、今はその幸せを噛み締めときな」
「......え? それはプロポーズ?」
「ではない。大体、お風呂で彼女の体洗いながらプロポーズする奴がいるか」
「地球は広いからね。多分いる」
「広すぎるわ! まぁ、もう1段階、幸せ度が上がったらプロポーズしようかな。突然やられるのと前フリがあるの、どっちがいい?」
「あの、プロポーズの手順を事前に決める人はいないと思うんだけど......」
「地球は広いぞ。多分いる」
陽菜から受け取った言葉を俺なりに返し、体を洗っていく。今は、ちょうど背中を洗い終えたところだ。
「ほら、前と下は自分で洗いな」
「いや、前はいけるでしょ〜」
「いけません。そんな事させれば、洗うと称して揉みしだくぞ」
「いいよ。だから洗って」
「......」
何だろう。下手な言葉で返したら、500倍くらいのパワーを乗せてカウンターが飛んできた気分だ。
俺は一体、どこまで陽菜の体を触れば良いのだろうか。
「陽菜、意外と胸ある?」
取り敢えず鏡越しで見ないようにに横を向いて洗い始めると、陽菜の胸に気付いてしまった。
「ありますよ? えぇ。これでも巨乳に入る大きさだと自負していますわよ?」
「へぇ。服着てる時見るとそうは見えないんだが......これが着痩せってやつか」
「ふふんっ」
可愛いなぁ。でもまさか、こうして一緒にお風呂に入って初めて気付くとは......まだまだ陽菜への理解が足りないな。
「良いな。俺、もっと陽菜の事知りたくなったわ」
「えへへ、ぜ〜んぶ話したげる。だから月斗君も話してね?」
「あぁ。お互いをより知っていこうか」
陽菜の姿がエロいとか、今の状況がおかしい事に関しての意識が消え、ただ単に陽菜が愛おしく感じる。
最近はやたらと色仕掛けをしてくるが、その内側に居る陽菜の気持ちは凄く素直だ。ただ自分を求めてくれている。ただ自分の事が好き......そんな気持ちが伝わる。
「──で、残ったのは下だから、流石にそこは自分で洗え」
「分かった。じゃあ、先に湯船に浸かってて。私も直ぐに飛び込むぜっ!」
「はいはい」
そうして俺は再度湯船に浸かると、体の緊張がゆっくりと解れていく。
やはり陽菜は強い......色んな意味で。俺、我慢するのが精一杯だ。
世のカップルの男性は、このような状況の時はどうしているのだろうか。フェンリルになっているのだろうか。人間なのだろうか。
うん。フェンリルを何かの隠語にするのは辞めよう。リルに殺されるわ。
「ではでは! 陽菜選手も湯船にインします!」
「ゆっくり片足からどうぞ。そしたら、俺にもたれかかっていいぞ」
「私良い子。片足から入るの」
止めれて良かった。忠告しなければ飛び込む気だったみたいだ。
そして、陽菜がゆっくりと右足から湯船に入れ、次に左足を湯船に入れた時に思ったんだ。
「向き......おかしくね?」
「ふぅ......えへへ」
対面するのはマズくないだろうかマズイです誰か助けてくださいお願いしますヤバイヤバイヤバイ!!
「これはマズイ。目が開けられない」
「おや、1人だけシャンプー中ですかな?」
「何言うとんねん。いや、マジでヤバイからな? 今の俺、よく生きてると、そう褒めたくなるくらい凄い状況だからな!?」
「ふっふっふ。これが悩殺」
「マジで死ぬぅ」
「残念、貴方はここでは死にまセーン☆」
そう言いながら俺に抱きついてきたのが分かる。なんと言いますか、全体的に柔らかい感覚がします。はい。
俺はそ〜っと、ゆ〜っくり目を開けると、陽菜が横を向いているのが見えた。依然として顔は真っ赤だが、綺麗な横顔だ。
「陽菜、綺麗だな」
「おっ、おう。急なストレート褒め言葉は私に刺さるよ」
「仕方ないだろ。本当に綺麗なんだから......あ、可愛いぞ。大人の色気と女の子の可愛さを併せ持っている」
「ふふっ、ありがと」
陽菜の髪を撫でながら、そっと自分に陽菜の体を抱き寄せた。
「好きだ」
素直な気持ちを口から出し、優しく抱きしめた。
「つ、月斗君!? どうしたの? 遂にデレ期来た!?」
「ずっと前からデレデレだよ......今日は少し、素直なだけだ」
「おっほほぉ、永遠にそのままで居て欲しい気持ちと、普段の月斗君で居て欲しい気持ちが世界大戦してるぅ」
「勝ったのは?」
「私です。両方の月斗君を味わえるので、漁夫の利してきました」
「......陽菜らしい、上手い戦術だ」
シンプルに上手く返された。どんな頭の回転スピードをしているか。陽菜は天才なのかもしれん。
「はぁぁ。俺、このままで耐えられるかなぁ」
「耐えろ! 耐えるんだ! 君なら出来る!」
「真っ先に攻撃してきた奴が耐えろとは、陽菜は鬼だぞ......」
「ま、まぁ。恋人から婚約者らしいスキンシップになったと言えば、こんな感じかな? って」
「えっ、そう思ってたのか。単純に誘惑しに来てるのかと思ってた」
「えぇぇん? それじゃあ発情期の犬と変わらないじゃん!」
「ごめん」
なんと、こんな状況で初めて陽菜の心の内を知れてしまった。やはり人間と言うのは何を考えているか分からない。
外目では綺麗な人間を演じていても、内側でドス黒い物を持っている人間も居れば、陽菜の様な、純粋な気持ちが原因の大胆な行動を取る人間も居る。
「そうか、婚約者か〜。そう言えば婚約って、プロポーズしたら婚約なんじゃなかったっけ?」
「う〜ん、結婚の約束って感じだから、月斗君が私のお父さんに『陽菜をください』って言ったあの時が、ある意味プロポーズかもね」
「......やめるんだ。甘くて苦い過去の話はやめるんだ」
「えへへ〜! あの時は嬉しかったな〜! 月斗君がああ言ってくれたから、私も月斗君と暮らす決意も出来たし......本当に感謝してる」
陽菜が俺の目を真っ直ぐに見て、真剣な顔で感謝を告げる。その目には沢山の想いが込められ、未来への期待が沢山詰まっていた。
「俺もだよ。あの時、馬鹿正直に太一さんに言って良かったと思ってる。あの機会を作ってくれて、これからも一緒に居てくれる陽菜に感謝してる。ありがとう」
「うん......」
陽菜と唇を重ね、再度優しく抱きしめた。
「さぁ、そろそろ上がろう。のぼせるわ」
「うん!」
誤字に怯えて5時に起きようとして13時に起きるような休日を過ごすゆずあめさんです。
次回『学校だろうと変わらない』お楽しみに!