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Your story 〜最弱最強のプレイヤー〜  作者: ゆずあめ
第10章 穏やかな日々
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夜空に浮かぶ2つの月

 



『ワォォォォォン!!!』


 

 フェンリルがリルの後ろに現れると、即座にリルへ襲いかかった。


 大きな右前脚から繰り出される強烈な一撃だ。



 流石のリルでも、防御しないと痛手となるだろう。



 俺が今すぐに走っても間に合わない。リルが避けなければ絶対に被弾する。



 そしてリルが後ろへ振り返ると同時に、フェンリルの爪がリルの体へ食い込──



 まなかった。




「ガハッ......痛ぇ」


「え......?」



 久しぶりに身を挺して誰かを守ったが、かなり痛いな。



 今はそんな事どうでもいい。リルが無事ならそれでいい。



 あの一瞬で、よく行動詠唱に転移を選択したな、俺。褒めてあげよう。



「やぁ犬っころ。狼より犬の方がお似合いだぞ?」


『ガルルルルルゥゥ』


「唸ってねぇでさっさと来いや! このポンコツAIがよぉ!」


『ワフッ!』



 フェンリルは人の言葉を理解する。そして行動も理解し、作戦を口頭で伝えようものなら先回りされ、口頭で伝えずとも先回りされる。



 これは幻獣やサタンなどの、高性能なAIが積まれているモンスターに共通する事だ。



 そしてフェンリルは幻獣として最初の関門だ。頭を空っぽにして戦わないといけない。



「フー......いや、辞めよう。ここは俺の力でやろう」



 一瞬、俺が左手に刀を顕現させようとしたのを読んだのか、フェンリルが大きく後ろへ跳んだ。



「アホ犬が。ビビり散らかしてんじゃねぇぞ」



 リルは一切臆する事無く戦ったぞ。それに対してこのフェンリル、人間に対して慎重になりすぎだ。



「おいおい、幻獣ってのは人間に後れを取る生き物なのか? 過去に神獣と呼ばれて、楽チンな勝利が息づいているのか?あぁ?」


『ガルルルルル!!』


「唸ってねぇで答えろよ! リルはちゃんと答えたぞ!

 お前みたいに動かねぇで見ているだけじゃなく、俺を殺す気で遊んでたんだぞッ!!!」



 あの時はお互いにヘラヘラして全力で『遊んで』いた。

 デスペナルティも痛くない。ただ出会えた事に感謝し、お互いの命を奪い合った。

 

 全く先の読めない互いの行動に、フェイントや小手先のテクニックだけで削りあった精神。

 一撃が重い故に、喰らってはいけない体当たりを喰らって消えかけた俺のHP。


 あの熱い、それこそ血が沸騰する様な熱い戦いはどこへ行った?



 10メートル先で立ち竦む犬に、俺は吠えた。




「それがどうだ? お前みたいなただの狼がフェンリルを名乗るゥ? ハッ、バカじゃねぇの?

 フェンリルってのは唸って吠えて、4本も足があるのに1歩も動かねぇヤツを言うのか??」




「そんなヤツ、もうフェンリル辞めろよ。リルに失礼だ」


 

 コイツを見ていると、段々と何も出来ない自分と姿を重ねてしまう。



「お前もうダメだよ。狼を名乗るのを辞めてくれ。月を象徴するのは辞めてくれ。リルが可哀想になるだろう? なぁ」




「なぁ......動いてくれよ、俺......」



 俺は涙を流しながら、1歩も動かない自分に絶望した。



「これじゃあ......リルの家族なんて......言えないだろう? 頼むよ、動いてくれよぉ! なぁ!」



 自分の足をどれだけ叩いても、前へ進むどころか後ろへ振り返る事も出来ない。



 そして目の前の犬は一頻(ひとしき)り唸ると、大きな息を吐いて俺に近寄った。



『人間よ。1つ、昔話をしよう』


「......え?」




『ある女が言った。『月は2つも要らない』と。

 そしてある男は言った。『月は2つ必要』だと。

 女は夜空に浮かぶ、2つの半月が気に入らなかった。

『あの不完全な月は月ではない。全くの別物』だと。

 だが男は言った。『月とは2つで1つ。我々の様な存在』だと。

 しかし女は言う。『私達は満月同士の存在だ。あの様な欠けた存在ではない』と。

 男は納得したように頷き、女を殺してから言った。『月は2つも要らない』と』




『人間よ。お前は私に月の象徴を辞めろと言ったな』


「......あぁ」


『それは本来、男が女を殺したように、月は2つも要らないからか?』


「いいや。お前は月じゃないからだ」


『して、それは何を指す? お前の月とは何だ?』



 何なんだコイツは? 何故昔話をする? 何故俺に質問する? 何故俺と話したがる?



 それじゃあまるで──



「フェンリルじゃないか.....昔の」



 昔の。そう、リルだ。あの時のリルも、俺とおしゃべりをしてくれた。

 



『ならば私も月のはずだ。だがお前は否定した。何故だ?』




 なんだコイツ。リルが居るのに、一丁前にフェンリル名乗やがって。



 絶対にポリゴンに変えてやるからな。



 よし、覚悟を決めよう。例えここで俺が死んでも、後ろに居るリルだけは守ると。死ぬ直前にバカみたいに魔法を撃ちまくって、絶対にリルだけは生かしてみせる。




「すぅぅ......はぁ。あのな、フェンリルってのはこの世に一体しか居ない」


『ほう? それは私だな』





「リルに決まってんだろ。バカかお前」





『......』



「それとな、俺の中では月は2つある。1つはリルという月。皆を優しく照らし、絶対に無くてはならない存在だ。そして月が照らすには、太陽が必要だ」


「太陽はもう居るんだ。リルの母親である、ソルがな。

 ソルは全てを明るく照らし、月にパワーをくれる存在なんだ。俺の大切な婚約者だ」



「そして最後に、もう1つの月。それはお前でも、お空に浮かぶお月様でもない」




「俺だ」




「リルが優しく照らせなくなった時。ソルが皆に送るパワーが無くなった時。その光を浴びて育つはずのものが育たない時......そんな時に俺は居る」




「ステラ『癒しの光』『鼓舞の光』」



「その象徴がこの剣だ。お前はステラの錆にすらなれない、月の欠片以下の存在だという事を教えてやろう」


「本当のフェンリルはリルただ1人。元女神のアルテミスが育てたリルだけだ。お前の様なパチモン臭ぇ犬じゃない。本当のフェンリルだ」





「これで最後だ。いいか? よく聞け。お前みたいな紛い物のフェンリルがなぁ、本物のフェンリルである、リルを穢すなぁ!!!!!」




 俺がどれだけの愛情を込めてリルと一緒に居ると思う?

 俺がどれだけリルに救われていると思う?

 俺がどれだけリルに感謝していると思う?


 俺がどれだけ......




「俺がどれだけ、リルが好きか分かってねぇだろアホ犬がぁ!!!!!」




 気付けば俺はフェンリルの方へ駆け出し、ありったけの力を込めてフェンリルの鼻をぶん殴っていた。


 ただの八つ当たりパンチでごめんな。




『ぶふっうぅぅ!!!』


「はぁ......はぁ......」



 痛みで後退するフェンリルを追いかけようとすると、突如左手を誰かに掴まれた。



「父様」


「リル」



 リルは1度フェンリルの方を見ると、首を横に振って残念そうに言った。



「確かに、アレではフェンリルを名乗る事は許されませんね。フェンリルとはどういう存在であるか、今一度あの犬に教えてあげましょう」



 リルの瞳には小さな闘志の炎が燃えており、俺はリルの頭をワシャワシャと撫でた。



「んんー!」


「行ってこい。フェンリルの力を見せてやれ」


「はい!......ですが、その前に父様」



 後ろへ下がろうとした俺をリルが止めた。






「仲直り......しませんか?」




次回『半月はやがて満月となる』

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