リルという存在
生きてます
「リッルリル〜♪ メチャつよフェンリル・リッルリル〜♪」
「父様、その歌は何ですか?」
「リルのテーマソング。1億人が泣いた名曲だ」
魔境の島(命名)の開拓中、俺はリルと木こり作業の仕上げをしていた。
もう既に家を建て、農場やら果樹園を作っても大丈夫な程の土地を確保したので、景観の為の木こりをしている最中だな。
適当に歌いながら布都御魂剣を振っていると、リルが釣れてしまった。
「それは凄いですね! じゃあメルちゃんの歌や、母様の歌なんかもあったりしますか?」
「無い。リルだけ」
「え......」
「そんな悲しそうな顔をするな。1億人が悲しむぞ?
お前はアイドルなんだ。常に笑顔でいなさい。リルの笑顔は皆を笑顔にするパワーを持っている」
「そう......ですね。でも本当に1億人も泣くのでしょうか?」
「泣かない。強いて言うなら俺が泣く」
「もう! 父様! 嘘か本当か分からないことは言わないでください!」
「いや、嘘っていうか、どこからどう聞いても冗談だろ!?」
「え......冗談......? 私の笑顔には、皆さんを笑顔にする力が無い......と?」
「あ、それは本当にあるぞ。リルの笑顔は万病に効く力を持っている。これは俺が俺を被検体に実験してるから100パーセント本当だ」
「そうですか。良かったぁ」
おっかしいなぁ。何かリルの様子が変だぞ。いつもなら冗談だと分かった上で乗ってくれたりするのに、何故真に受けてしまったのか。
何と言うか、純粋になっている?
「リル、風邪でも引いたか?」
「引いてませんよ? 最近はずっと父様と一緒に居るので、そもそも病気になるような事がありません」
「何を言っているのか分からないが.....そっか。じゃあ何かあったか? いつものリルと少し違うぞ」
「う〜ん......父様が遊んでくれなくなった事ぐらいですかね......」
「お嬢さん、また地獄の鬼ごっこをしたいと申すか?」
「はい!」
なるほどな。ただ単に構って欲しかっただけか。
最近はバタバタとあっちへ行ったりこっちへ行ったりしていたから、リルと遊んでなかったもんな。
「丁度良い。リル、俺と仲を深めようか」
「......?」
俺の突拍子もない言葉に首を傾げるリル。
可愛い狼の耳をピコピコと動かしながら思考している様だが、俺から答えを言ってしまおう。
「単純に考えてくれ。俺は『リルと仲良くなろう』と言ったんだ」
「こ、これまでは仲良くなかったと!?」
「そんな訳ない。俺はリルと仲が良い自信があるし、愛を持って接しているぞ。一瞬たりともリルを邪魔と思った事は無いし、普段はずっと居て欲しいと思っている」
「で、では何故『仲良くなろう』と?」
「簡単簡単。リルと腹を割って話したいからだ。今日はリルの全てを教えてくれ。俺も全てを話す。お互いにぶちまけた方が、もっと仲良くなれるしもっと大好きになれるだろ?」
俺、よく考えたらソル以外と1対1で話す回数が少ないんだよな。
そのせいで、1人1人、何をどういう風に考えているのかあまり分からない。
これはちょっとした発言から仲違いを起こさない為にも必要だ。沢山話そう。
「確かに......分かりました」
「あぁ。じゃあ初めに、質問形式と会話形式、どっちがいい?」
「気分によって変えたいです。明確にしたい時は質問形式で、それ以外は普通に父様とおしゃべりしたいです」
「はい。ウチの子は天才だということが分かりました」
「えへへ〜」
もうダメかも。このままじゃリルの尊さで俺が浄化され、前から聞きたいことを聞く前に死ぬかも。
だって......ほら、気付いたら頭を撫でているんだもん。
『私、席を外した方が良いですよねそうですよねそうですよ絶対そうです』
「フー? うるさいぞ〜」
『そう思うなら私を仕舞ってください。一家団欒に混ざる他人の気持ち、分かりますか?』
「お、おう。すまん」
俺は布都御魂剣を仕舞い、先程切り終えた最後の木の切り株に座ってからリルを膝の上に乗せた。
「父様〜、暖かいです〜」
「あぁ。少しゆっくりしながら話そうか。早速質問してもいいか?」
「はい!」
さてさて、まずは何から聞こうかな。
「じゃあ最初に。『どうして俺の娘』となったんだ?」
「それはですね、父様の心の奥にある、相手への温かさを知ったからですね。私と父様は最初、敵として出会い、殺し合う仲でしたよね」
「そうだな」
「でも父様、私と出会った時、最初に何と言ったか覚えてますか?」
「忘れる訳ないだろ?『俺にテイムされないか?』だな。確か3つ目の質問の時だ」
「そうです。あの時、心から思いましたよ。『こんな人がいるんだ』って。本来は大人数で殺しにかかるモンスターを相手に1人で挑み、その上自分の仲間にしようとするなんて......初めての経験で、とっても面白かったです」
懐かしい。あの時は物理攻撃無効のピクシーに追いかけられ、逃げに逃げまくった先に着いた、月の映る池で星空を見ていた時に、リルが現れたんだっけ。
とても驚いたなぁ。もう帰ろうと思って後ろに振り返ったら、デッカイ狼がこちらを見ていたんだもんなぁ。
「で、何故娘に? ペット的な位置は嫌だったのか?」
「そうですねぇ......今思えば、何故父様の娘になろうと思ったのか、明確には覚えていません。ですが、確かな事はあります」
「何だ?」
「『この人の大切な存在でありたい』という思いです。
父様の大切な存在になれば、もっと父様という人間の温かさを知れる。もっと明るく、優しく私の道を照らしてくれると、そう思いました」
母さん。俺は誰かを優しく照らせる存在になっていたよ。
陽菜はどうか分からないけれど、ゲームの世界で......自分の娘の道はてらせたんだ。
「............そうか」
俺はリルの髪に顔を埋め、優しく抱きしめた。
目から様々な感情の塊が零れ落ちるが、リルが受け止めてくれた。
「私は......父様の大切な存在になれましたか? 父様の大切な娘として、テイムモンスターとして生きていますか?」
「あぁ。お前は俺の、大切な娘だよ。強くて優しい、少しおしゃべりで、でも人を傷付けるような事は言わない良い子だよ」
「それは......嬉しいです。ある意味では、私の夢が叶いましたねっ」
そう言って俺に全体重を預けてくれるリルは優しく笑い、冬の寒さを打ち消す程の温かさを持っていた。
「はぁ。他に聞きたいことがあったのに全部忘れたよ」
「あはは、また何か気になる事を思い出せば、その時に聞いてください。それと、私からも質問していいですか?」
「もちろん。何でも聞いてくれ」
ここからはリルのターンだ。全ての質問に答えよう。
「では、父様は夢はありますか? 私が父様の大切な存在になりたいという夢の様に、父様にも何か夢はありますか?」
「夢......それは俺という人間に対する質問でいいか?」
「はい」
「そうだな。ぶっちゃけ、今はソルを幸せにする事しか考えていない」
「母様を......詳しく教えてください」
「あぁ。まず、俺はソルに命を助けられてるんだ。俺としては、最初に出会った時に」
「命を?」
「そう。周りから虐められてて、今みたいな力もない俺は、為す術もなくその現状を受け入れていた。誰も俺を肯定してくれない。誰も俺の傍に居てくれない。誰も俺という存在を見てくれない......そんな状態だった」
「............」
「でも、俺の両親だけは味方だったんだ。俺が死んだ目で家に帰ってきても、優しく抱きしめて言ってくれた。『父さんと母さんは味方だから。つらい事を全部話してくれ』と」
思い出すだけでも心がキツく締められそうだ。
自然とリルを抱く腕に力が入る。
「それで全部話して、俺に力を付けようと道場へ行くことになったんだ。精神的な力よりも先に、肉体的な力を得ようと、な」
「はい」
「そしてその道場でソルと出会ったんだ。もう10年前だな」
「そんなに......なるほど」
「あぁ。ソルは最初、凄く明るい笑顔で接してくれたんだ。『名前は何? 好きな食べ物は?』って......色々と聞いてきたよ。まぁ、俺は名前くらいしか言えなかったんだけどな」
「想像出来ないですね。今の父様を見ていると、お話を聞く限りの昔の父様が嘘に聞こえます」
まぁ、そう思うよな。俺も嘘だと思うもん。あの時に陽菜が居なければ、今みたいに明るい俺は存在しないだろう。
例えるなら、ずっと新月の様なものだ。俺を照らす太陽が殆ど存在しない、暗い世界だな。
「残念ながら全て真実だ。どうしても気になるなら今度ソルに聞いてみろ。多分、嫌な顔をしてこう言ってくるぞ。『それはルナ君から許可を取ったの?』って」
「確かに......父様の嫌な記憶を掘り返すというのは、私が勝手にしてはいけない事ですもんね......」
「まぁ、身内になら言ってもいいと思ってる。その方が、俺という『人間』をより知って貰えるだろうし」
「はい」
「それで、道場で肉体を鍛えながらもソルと話をして、俺の現状を知ってくれた時は泣いてくれたよ。あの時こそ、『本当の味方』の存在を知ったのかもな」
「それは、父様のご両親は本当の味方ではないと?」
「いや、そうじゃない。父さん達は味方だ。ただソルの場合は、『人としての味方』なんだ。
飽くまで父さん達は『家族としての味方』。俺という人間に対し、家族としての愛情が強い」
「なるほど。母様は家族としての愛を父様に持っていないので、真に人間として見てくれた、という訳ですね」
「そうだ。リルは賢いな」
「えへへ」
抽象的なので分かりづらいだろうに、リルなりに頑張って咀嚼してくれているのが伝わる。
「それから家族の助けもあって、俺は普通の人間になったんだ。まぁ、普通を知らないから何も言えないが、ソルと道場とゲームに依存してたと思うが」
「依存ですか?」
「あぁ。今の俺、ソルが居ないと精神がおかしくなりそうなんだ。常に不安で、何をするにしてもやる気が出なくて......心のどこかで、ソルという存在が居ないと生きていけないんだ」
自覚している。いや、自覚出来るようになっている。
ユアストで一緒に暮らすようになり、リアルでも同棲を始めたからこそ分かるが、俺は陽菜が居ないとダメになる。
陽菜の事を好きすぎるが故に、俺は人間として誤った道を歩んでいるのではないか? そう思うほどに、俺は依存していると思う。
「でも、それは愛があるからこそ、なんですよね?
先程父様が言ったように、両親からの家族としての愛ではなく、1人の人間としての愛を持っているからこそ、父様は母様を必要としているんですよね?」
俺は思わず絶句した。
今の心の状態って、あの時と逆になっているだけなのではないか?
陽菜は多分、何の問題もなく暮らしてい......いや、分からない。俺は陽菜ではないから、陽菜の全てを理解している訳ではない。
もしかしたら、何か問題を抱えているのかもしれない。
もしそうだったとしたら、あの時、俺を優しく照らしてくれた陽菜のポジションを、今度は俺がならなければならない。
「悪いリル。ちょっと落ちるわ。待っててくれ」
「はい」
俺は直ぐにログアウトした。陽菜に何か問題があるなら、一緒に考えたい。
◇ ◆ ◇
「陽菜! 何か悩みはあるか!」
VRヘッドセットを外した俺は、椅子に座って本を読んでいた陽菜に突撃訪問した。
「え? 無いよ? っていうかログアウトしたってことは、木こり地獄は終わったの?」
「あ、あぁ。終わった。ところで陽菜。陽菜は今、悩み事とかないか?」
「な、悩み? う〜ん............あ、あるかも」
「何だ? 教えてくれ」
数秒ほど考えてから、陽菜は打ち明けてくれた。
「プロポーズはいつですか? それが気になって夜しか眠れません」
俺は思わず絶句した。(2回目)
「......陽菜。もう少し......あと少し......も少しちょびっと待ってくれ」
「それはいつになりそう? あんまり遅いと私からしちゃうよ?」
「待て待て待て待て! それは絶対に俺から言うから! も少し......も少しちょびっとなんだ......!」
「も少しちょびっと、ねぇ?」
本に栞を挟み、机に置いてから陽菜は俺の目を真っ直ぐに見た。
「け「待ちぃ!」......ほう。じゃあ悩みというか、独り言を1つ。あ〜! クリスマスプレゼントは指輪がいいな〜!」
「声デカすぎだろ! 陽菜、いや陽菜さん? もう少しなんだ。俺の心の踏ん切りが付くまで、も少しちょびっと待ってくれ!」
俺は必死に懇願した。ここで言われちゃったら心が弾け飛ぶ。そんな事になれば、きっと俺は............いや、うん。想像しないでおこう。
ワガママなのは分かっているが、俺から言いたい。
お互いに覚悟を決めた時に、言いたい。
「じゃあ、も少しちょびっとだけ待つね。さっきも言ったけど、あんまりに遅かったら寝てる間に指輪付けるからね?」
「わ、分かった。時間をくれた事に感謝します。じゃあ、ちょっとゲームに戻る。木は切ったから、後は地面と家なんだ」
「うん! 後で私も行くよ。じゃあね。大好きだよ」
「俺も大好きだよ」
陽菜の頬にキスをしてから、俺は部屋に戻ってユアストにログインした。
◇ ◆ ◇
「どうでしたか? 父様」
「危なかった。あと少しで俺が死ぬところだった」
「やっぱり......ちゃんと母様の事を幸せにしてくださいね?」
「あぁ」
ちょっとした勘違いをリルにさせつつ、開拓作業が再開された。
何か.....おかしい気が!?
あ、次回から別荘建築編に入ります。とある人物も出てくるので、楽しんでくださると嬉しいです。では!