閑話 海水浴という名の戦争 後編
あい!
◇南の海岸にて◇
「ソル。俺達はここまで、なんやかんやお互いを傷付けまいと、大きく争う事はしなかったよな」
「そうだね......でも、今回ばかりは、私のワガママに付き合ってね」
「あぁ。それに、これは一種の戦争だ。互いが互いの欲しいものを求める、欲に塗れた争いだ」
互いに木刀を構え、向き合った。
「本気で行くよ。では、いざ尋常に......」
「尋常に......」
「「勝負!!」」
◇20分前◇
全ての始まりは、ソルの一言からだった。
「ねぇルナ君。久しぶりに私と打ち合わない?」
またもやリル達に生き埋めにされていると、ソルが俺の顔を覗き込みながら言ってきた。
「......ここで?」
本当に、ここで打ち合わなきゃならんのか?周りの目とか、もっとちゃんとした遊びは無いのか?
「うん。それに、これはアレだよ。愛の確かめ合いだよ」
「殺し愛ってか?やかましいわ!」
「えへへ、でもね、最近の私を客観的に見たら、刀の腕が落ちてる気がしてね。感覚を取り戻したいの」
ソルが真剣な顔で言ってきた。
「嫌だ。ソルを傷付けたくない」
「そう言うと思った。だからね、報酬を用意してるの」
「報酬?」
毎度ながら、色々と用意してるな。だけど、ソルを傷付けること以上の報酬って、限りなく0に近いぞ?
「うん。ルナ君が勝ったら、私は24時間、ルナ君の言う事を何でも聞くよ。リアルでも、ゲームでも。別にエッチな事でも大歓迎だからね!」
「ん?」
「逆に、私が勝ったらルナ君をリアルで襲う」
「ん???」
「どう?」
............ん?理解が追いつかないぞ。
「いや、今のどこに『どう?』って聞く要素があるんだ!俺が負けたらとんでもねぇ事になるじゃないか!」
絶対に受けちゃならん勝負だ。そう、あれだ。
『ここで負けたら、高校生生活終わるナリ。そうだ!勝負を回避して、貞操を守るナリ!』ってヤツだ。
「ちなみに拒否権は無いよ。打ち合ってくれなかったら、速攻でログアウトするから。その後は......分かるね?」
アッ......死ぬのか?俺。というかソルさん、性欲に塗れてないですか?大丈夫?
いや、もしかしたらこれが正常なのかもしれない。俺の自制心が強すぎる可能性がある。
待て、今はそんな事を考えてる場合じゃない。ソルとの打ち合いについてだ。
「......刀は?」
俺は砂の山から転移を使って抜け出し、ソルから刀を貰った。
「これ。私のと同じ性能の木刀」
「条件は?」
「決闘システムを使って、最初に一撃当てた方の勝利。
あと、魔法の使用禁止とステータスの制限。お互いにレベル10の、最初の人間の時のステータスね。あと、3本勝負」
これなら......受けてもいいかな。いや、受けるしかないんだけどさ。
「分かったよ。どこでやるんだ?流石にリル達からは離すんだろ?」
「いや、丁度いいから見てもらおうよ。私達がどんな強さをしているのか、ちゃんと知ってもらえるし」
確かに。俺はともかく、ソルの強さってリル達には正しく伝わっていないかもしれない。
そう考えると、これは良い機会なのかもな。
「分かった。俺は最初から全力でやるぞ?......2人の生活の為に」
「うん。私だってルナ君が欲しいからね。全力でやるよ」
ひぇぇぇ!頑張れ俺!未来の陽菜との生活の為、命を賭して勝つんだぞ!
「じゃ、数年ぶりの打ち合い。やろっか」
「あぁ」
◇10分後◇
「へぇ、お前らが勝負か......俺も見るぜ!」
「俺も。勉強の為に観戦させてもらいます」
リル達を呼びに行くと、マサキ達も見に来ると言ってきた。
「見るのはいいけど、静かにしててくれよ?ソルもそうだが、音のする方に武器をぶん投げるかもしれんからな」
「お、おう!」
「分かりました!」
お互いに試合の全てを「見る」からな。雑音がすれば、自然とその方向へ攻撃してしまう。
ま、今回はそうならないと思うけど。
「父様。母様と何かあったのですか?」
「リルちゃんのいうとおり。パパ、すっごくしんけんな顔してる」
「ん?まぁ、ソルが持ち出した賭けに負けたら人生大変な事になるからな。だから、命を賭けて人生を選ぼうと思ったんだ」
「「「???」」」
「何を賭けられたんだ?ルナ」
「貞操だ。俺が負けたら......大人の階段がジェットエンジン付きのエレベーターになる」
「「Oh......」」
「貞操って何ですか?父様」
「ん〜とな、まぁ、あと1年は大切しないといけない、俺の守るべきものだ」
我ながら上手く誤魔化......例えられたと思う。
大人になるのに必要な段階というか、ちゃんとした考えとも言うべき事だしな。
「あ、来たきた。ルナ君!早速やろっ!」
◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇
『ソル』から決闘申請が届きました。
<ルール>
・3ポイント先取
・最初に一撃を当てた方に1ポイント
・1ポイント取った後10秒は両者無敵
・『木刀』1本のみの勝負
<制限>
・第1種族『人間』のレベル10のステータス制限
・装備品の付与効果の無効化
・魔法の使用不可
・『刀術』以外のスキル使用不可
・『刀術』スキルレベルが1に固定
申請を受諾しますか?『はい』『いいえ』
◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇
公平だ。実に公平な試合だ。俺はこの試合を大会でしたかったんだ。
あぁ、こんな所に俺が求める戦いがあったなんて、酷い皮肉だな。
運営が最初からこの試合にしなかった事。大切な人に教えられた事。自分でその提案をしなかった事。
振り返れば、俺は舗装された道を歩いていた事に気付いたよ。
「懐かしい」
「でしょ?」
本当に懐かしい。昔から陽菜と打ち合う時は、俺は何故か自分を振り返ってしまうんだ。
「ソル。俺達はここまで、なんやかんやお互いを傷付けまいと、大きく争う事はしなかったよな」
「そうだね......でも、今回ばかりは、私のワガママに付き合ってね」
「あぁ。それに、これは一種の戦争だ。互いが互いの欲しいものを求める、欲に塗れた争いだ」
互いに木刀を構え、向き合った。
「本気で行くよ。では、いざ尋常に......」
「尋常に......」
「「勝負!!」」
◇━━━━━━━━━◇
決闘を開始します。
◇━━━━━━━━━◇
決闘が始まった瞬間、俺達は木刀の切っ先を地面の砂に刺し、お互いを見た。
「......」
「......」
だよなぁ。まずは『見る』よなぁ。試合の基本だもん。
相手の流れを見る。呼吸を読んで、視線を読む。空気の動き方や僅かな体の動きを見るんだ。
砂浜でやろうとしたのは、良い判断だな、ソル。その考えは凄いよ。尊敬する。
そして見合うこと1分。ようやく試合が動き始めた。
ソルが先手だ。木刀を地面ギリギリに浮かして下段に見せているが、刀の向きが下を向いている為、俺から見て時計回りに回転させて攻撃するのだろう。
ガンッ!
予想通り、時計回りに回転して俺の右腕に当てようとしてきたな。
次の動きも読めるぞ。足の踏み込みからして、蹴りだな。
「ふっ!」
良し。ソルの綺麗な脚をちゃんと捉えて回避出来た。
ここまで来て、また木刀を下ろして向き合った。
ソルは俺の読みの精度をチェックしているんだろう。
ここまでで3度の動きがあったが、全部読まれているからな。
そして20秒後、ソルが頷いてこちらを見た。
これは次手に誘われてるな。まぁ、乗るとしよう。
俺はソルに素早く近付き、上段から木刀を振り下ろした。
ガシッ!と音を立てながら受け流され、俺の木刀はソルの右後ろの砂に刺さった。
するとすかさず右足を軸に回し蹴りをしてきたので、ここからが俺のターンだ。
「......よっ」
「っ!」
ソルの右足を掴み、俺は最速で地面に伏せる事で回し蹴りを回避し、ソルが体勢を立て直す2秒の隙に、刺さった木刀を抜いてソルの足に当てた。
◇━━━━━━━◇
『ルナ』1ポイント
◇━━━━━━━◇
「ん〜」
ソルが次の動きを確認しているので、俺は木刀を持って元の位置に戻った。
「......良し」
10秒後、ソルがダッシュで俺の前まで来て、木刀を振らずに足で砂を巻き上げた。
「ヴェッ!」
「えいっ」
◇━━━━━━━◇
『ソル』1ポイント
◇━━━━━━━◇
怯んだ瞬間に木刀を当てられ、ポイントを取られてしまった。
いや〜、忘れていた。まさか砂を使ってくるとは。やっぱりうまいなぁ、ソル。ルール内で使える物は全部使うの、本当に上手いよ。
ふむ、ルール内か。ルール......これ、スキルが使えなくても、他のアイテムは使えるんだよ......な?
物は試しだ。ソルに何か言われたら辞めるとしよう。
俺は『反転の横笛』を取り出し、音を鳴らしてみた。
ピーっと高い音が鳴ると、俺の体が光に包まれた。
「「「「「え?」」」」」
「やった」
俺の見た目が金髪ショートのロリになり、直ぐに笛をしまってソルへ突撃した。
「え!?」
「そいっ!」
◇━━━━━━━◇
『ルナ』2ポイント
◇━━━━━━━◇
「ルナ君、それはズルじゃない?」
「使える物を、使ったまでさ......」
「くぅ......いいよ。次が本番だし」
俺はまた元の位置へ戻り、木刀を構えた。
視点が低くなった事により、見える世界もある。
その内の1つは、ソルの小指の動きだな。
上からでは見えなかったが、下からなら小指が見え、細かい力の調整をしている事が分かった。
「じゃあ、行くよ」
ソルがわざわざ宣言してから俺に詰め寄ると、左手から巫女服をぶん投げて来た。
「えちょ待っ」
「ふんっ!」
◇━━━━━━━◇
『ソル』2ポイント
◇━━━━━━━◇
「すみません。元に戻すんで、許して下さい」
「ふふん。分かればよろしい」
俺はソルの巫女服をインベントリに仕舞い、横笛を出して体を戻した。
「あれ?私の巫女服......」
「記念に貰ってく。俺が勝ったら、久しぶりに着てもらうぞ」
「なるほど。分かった」
嘘ですソルの香りがしたから反射的に仕舞っただけです。
だって......頭から思い切っり被ったんだもん。その時に、フワッと良い香りがしたんだもん......
ぼく悪くないもん!!!
「じゃ、ラスト......やろうか」
「うん」
最後に見合うと、またソルが先手をとってやってきた。
「ふっ!」
また砂を巻き上げ、俺の視界を完全に奪った。
ガンッ!
「見」
目は見えないが、試合を見ろ。人は見えないが、刀を見ろ。
見た先は読み、考え、行動に移せ。
ガンッ!ガガン!
ワンテンポ入れてからの2連撃。これは陽菜の癖だな、次は蹴りがくる。
ブンッ!
予想通り、右足での蹴りだ。しゃがんで対処出来る。
「はっ!」
「読」
バガンッ!
蹴ったあと直ぐに上段からの振り下ろし。これは陽菜との経験で覚えた流れだ。
試合の流れをよく読み、次は考えよう。
「ふんっ!」
次は左足からの蹴りだな。考えれば分かる。バランス調整も兼ねているのだろう。
「考」
ブンッ!
蹴りを避け、俺はソルの左側へ一気に飛び退いた。
さぁ、最後の一手だ。久しぶりに熱い戦いになったな。
「行」
師匠の教えの1つ『見読考行』という戦い方だ。
読んで字の如く、見て、読み、考えて行動するというものだ。
今の俺は砂で目が見えんが、ソルの動きがよ〜く分かる。次は木刀で切り払うのだろう?
ザッ、ザッ、と足音が聞こえる。後2歩だな。
そして俺は、ソルの攻撃に合わせて突きを「んむっ!」
「「「「え?」」」」
ヤバい!完全に読みミスした!まさかここでキスをしてくるとは......直ぐに退かな「ごめんね」
◇━━━━━━━━━━━━━━━◇
『ソル』3ポイント先取により勝利!
◇━━━━━━━━━━━━━━━◇
あ......視界が戻っていく......
ちゃんと目を開けると、俺はソルに抱き締められた。
「んふふ〜、勝った!」
「......あの」
「えへへ〜、ルナ君。覚悟は出来てるね?」
「いや、その......出来てません」
嫌だ!まだこんな所で高校生生活を終わりたくない!!
「大丈夫。痛くしないから」
「それ、逆のセリフだろう?」
「ルナ。男を見せろ。女に負けたんだから、もう諦めるんだ」
「そうですよ。それにしても意外でした。ルナさんが負けるとは、思いもしませんでした」
あぁ、どんどん皆が集まってくる......
「父様。大切なもの......守れませんでしたね」
「どんまい」
2人とも......俺はもう、ダメなのかもしれない。
「じゃあルナ君。リアルでまた会おう。さらばっ!」
そう言ってソルはログアウトしてしまった。
「......」
割と本気でどうしようか考えていると、マサキに肩をポンポンと叩かれた。
「ルナ。多分ソルにも考えがあるはずだ。そこをちゃんと聞いてあげて、何とか回避しろ」
「でも......できるかな......あきらめようかな」
「大丈夫だ。ベストフレンドを信じてくれよ?」
マサキがニカッと笑ってサムズアップした。
「......分かった。何とか食い止めてみる」
「ルナさん、ソルさんとは家が近いんですか?」
「いや?隣で寝て、一緒にゲームしてる」
「「え゛......」」
あ、あぁ、あぁぁぁ!!!マズイ!
「ルナ!早くログアウトしろ!割とマジで間に合わなくるぞ!」
「リルちゃん達の事は守りますから、早く行ってください!」
「わ、分かった!頼む!!」
そうして最後にドタバタしながら、俺もログアウトした。
あふたぁへ続く→