2人なら
心なか 長雨ふる坂 しのぶれど
枯れず湧く水 二人の世界
ゆずあめ
ちょっと頭おかしくなってきました。
「ルナ君。私も海底神殿に行くよ」
ゲーム内時刻で朝7時に起きると、急にソルが言い放った。
「やめとけ。お前もこんな姿になるぞ?」
俺は小さくなった身長、反転した性別、色が変わった髪と目を見せた。そして、称号効果が反転した事による弱さも見せた。
「別にいいの。ルナ君と2人で、私は神殿に行きたい」
「そう簡単にはいかないと思うがな......ま、やるだけやってみるか。これで変な反転の仕方をしても、俺に文句言うなよ?」
「当たり前だよ。私から行こうとしてるんだもん......あ、神殿の事を知ってる人はいる?」
「居ないと思う。前提としてクラーケンを倒さなきゃだから、まだ入場条件を満たしてる奴も少ないぞ」
クラーケンから入手出来る『海底神殿の鍵』が必要だからな。
......それで入れるのは反転の空中神殿だけど。
「そっか。じゃあ取り敢えず、リビングに行こ?」
「嫌だ」
「じゃあご飯はどうするの?」
「ここで食べる。俺はこんな姿、リル達に見せたくない」
「え〜、もう。じゃあ私に抱きついて。全身でギューって」
ソルがベッドから降り、手を広げて言うので抱きついた。
これは寧ろ、しがみつくと言った方が良いだろう。
あぁ、暖かいなぁソル。ずっと抱きついていたい。
そしてソルも俺を抱きしめると、徐に部屋のドアを開けた。
「捕まえたからね」
「え?......まさか」
いや、嘘だ。嘘だよな?嘘だと言ってくれよ?なぁ!
「リビングダーッシュ!」
「やめろぉぉぉぉ!!!!!」
今の俺はデスペナにより、HPが1だ。
つまり、ここでソルから手を離して落ちるとデスペナが13時間追加され、今日は何も出来なくなる。
嵌められた......俺に癒しを提供するフリをして、こんな姿を家族に晒そうとするなんて......
バンッ!
「おはよう皆!」
「やめてぇ......」
ソルがドアを開け、リビングに入ってしまった。俺はソルのお腹にしがみついているので何も見えないが、返って良かった。
皆の反応が怖すぎて、マトモに顔を見れない。
「母様、その子は誰ですか?」
「いもうと?」
「「「あぁ......なるほど」」」
嫌だ。女性陣の言葉が怖い。でもそれより怖い存在が2つ、近付いている。
「主、それは『イメージチェンジ』というものですか?」
「随分と可愛くなられましたな。ルナ様」
「「えっ!?」」
待て、待つんだ。5人にはバレたが、娘達にはバレていない。これならまだ、プライドを捨てる事で俺は生きていけるのでは無いだろうか。
よし、ここはまず、簡単に堕とせそうなメルから──
「は、はじめまして......メルおねぇちゃん」
「はうっ!」
撃墜完了だ。
次の標的、リルに行こう。でもここでは気を付けねばならない。リルはお姉ちゃんと呼んでも、抗体が出来ている可能性がある。
なので、ここは少し、変化球をぶつけてみよう。
「......ぉはよ、リルねぇ」
「はうっ!」
任務完了だ。これにて帰還する。
......どこに?
「あ、詰んだ」
ソルのお腹に顔を付け、俺は小さく呟いた。
「ふふっ、楽しかった?」
俺はソルの質問に対し、ふるふると首を横に振った。
「でも自分からやったんだから、私は何も言えないよ?」
「シテ......コロ...シテ......コロシテ!」
「んなっ、ダメです!貴女の事は私が守ります!」
「ん。メルおねえちゃんが、てきを消そう」
ヤメテ......ツライヨ。
今の俺には “ BADEND“ しかないんだ。
一思いに殺して、また13時間やり直すよ。
そしてログアウトして時間を飛ばすんだ......!ははっ!
「イヤ......シニタイ」
「ダメです。取り敢えず母様から離れましょう?まずはお名前を教えてください」
「ナマエ......『テスカトリポカ』」
適当に思い付いた単語で答えよう。もう俺の心はダメだ。
「うわぁ、あの人、神を名乗りましたよ」
「どこかで会ったのかな?だとしたらかなり運がいいよね」
「ですな。あの方は中々、表に出る方ではありませんからな」
「テスカトリポカ......懐かしいわね。よく弓の練習台にしたものだわ」
可哀想だな。本物のテスカトリポカさん。
「テスカトリポカと言うのですね!」
「いいなまえ」
あ......さらに詰んだ。俺、ここから『嘘ですルナ君です』って、どうやって言えばいいんだ?
「ほら、テストデ・ポカちゃん、お顔を見せてあげたら?」
「別にテストでポカやらかしてねぇよ!」
「「え?」」
「あっ」
もういいや。潔く首を差し出そう。その方が楽だろ、絶対。
俺はソルから降り、2人に顔を向けた。あぁ、緊張する。
「はぁ......や、やぁリル、メル。俺だよ、ルナだ」
「え?父様?」
「きみはパパじゃないよ?」
「「「「ぷふっ」」」」
女性陣に笑われたんだけど、なんで?初見ならこういう反応が妥当だろう。
「じゃあ証明しよう。2人とも、主の元へ戻りなさい」
俺はそう言ってからウィンドウを操作し、強制的に2人を俺の中に戻した。
これで証明にならなかったら、それこそ悲劇だな。
『『あっ!』』
「はい、Q.E.D.」
悲しい事に、2人にとってのパパさんは、娘と同等以下の身長のロリっ子に変化しました。
「ルナ君、これで吹っ切れた?」
「まぁな。取り敢えず全員に、今の俺の状態と経緯、あとこれからの予定を話そうか」
流石にウダウダと言ってられないからな。切り替えていこう。
そして午前中は報告......いや、作戦会議となり、今の俺でどうやって神殿を攻略するか、どのよう物が必要か、そこら辺を全部話した。
「父様、本当に可愛くなりましたね!」
「うん。パパというより、いもうとだよ」
「この世界で完全な女体化は意図してなかったからな。ルミの時みたいに、ギリギリ男の娘ならまだ耐えられるが、完全な幼女はしんどいよ」
「あのゲームではリルちゃんになってたのに?」
俺の中では、それは違うんだ。それを話そうか。
「あっちにリルは居ないからな。故に、『リルになりきる』事が出来たんだ。
だが今の俺はどうだ?見た事もない不思議な幼女な上に、戦闘も生産もできない、悲しい人間だぞ?」
金髪に銀眼の幼女なんて、俺は知らないぞ。
しかも戦闘はクソザコナメクジ、生産はゴミ量産機となり、『もうお前は何もするな』と言われる事間違いなしだ。
「別に何も出来なくても、ルナ君はルナ君だよ。私の大好きな、私の婚約者」
「うっ......で、でもさぁ」
そこで婚約者を持ち出すのはずるいぜ。でも、嬉しいな。
「う〜ん......本当に父様は何も出来ないのですか?」
「パパのいまのステータスは?」
「LUC以外が500も無いくらいだ。ちなみに元は約2万だぞ」
「「あちゃ〜」」
2人とも額に手を当てて、可愛いな。
まぁ、LUCに関しては称号効果がそこまで及んでないので、今まで通り9,850あるのだ。
ってか俺、3つほど未確認の称号があるが、ここでチェックしたら悲しい事になるよな。
見ないようにしたいが、少し気になる。
「そうだ。称号以外の確認をしようか。もしかしたら使えるのがあるかもしれん」
「天文学的な確率だけどね。まぁ、やってみよう!ルナ君なら良いのが出るよ!」
ソルに下げて上げられつつ、俺は『帝剣:海閃』と『帝衣:海の衣』、そして『覚書:東の島国の貿易者』を取り出した。
「じゃあまず、真っ青な剣の説明文から」
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『帝剣:海閃』
帝王クラーケンの力が封じ込められた剣。
その内には帝王クラーケンの力が封じ込められている。
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「エンプレス構文じゃねぇか完成度たけーなオイ」
「ありゃま、まさかのネタアイテム?」
「よく分からない説明ですね。性能はどうなんですか?父様に合うと良いのですが......」
「ん〜とな......こんなん」
◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇
『帝剣:海閃』
Rare:25
製作者:──
攻撃力:1,111
耐久値:11,111/11,111
特殊技:⦅水帝⦆
付与効果:『水属性付与』『一閃』
『生命力増強:1,000』『魔力増強:100』
『耐久値回復:海水』『太陽光強化』
『剣術補正:大』『STR補正:中』
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『一閃』
・意識して発動すると、横一文字に強力な斬撃を放つ。
◇----------------------------------------------------------◇
⦅水帝⦆
・この特殊技は常に発動する。
・水属性魔法、及びその進化魔法の威力が1.25倍。
・水泳速度が1.5倍。
・水属性の『魔剣術』発動時、水の剣を生成する。
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「攻撃力と耐久値、思いっ切りゲソだな」
「でも剣の性能、かなり良いよね」
「そうですよね。また海に行かれるなら、ちょうど良い性能をしています」
そう。この⦅水帝⦆君が中々に良い仕事をしてくれる。
パッシブで水魔法にバフが掛かり、水泳速度も上がる事で、水中のモンスターから逃げやすくなるだろう。
そして水の剣......これ多分、霊剣の劣化版かな?
「ま、綺麗だけど微妙だな。これならフーの方が......ダメだ」
「後ろで聞いてたら何故か『ダメ』だと言われました」
「違う、そういう意味じゃない。今の俺、布都御魂剣を抜く事が出来ない。抜刀攻撃を縛れば使えるが......俺から抜刀攻撃を取れば、残るのは対応力ぐらいだ」
「な〜るほど。身長と刀のバランスですか」
「いぇす」
まぁ、その対応力すらゴミステータスの前に砕け散るだろうがな。
「まぁ、そこは追い追い考えるか。切り替えて.....次は服だな」
俺は海閃を仕舞い、海の衣のウィンドウを出した。
まずは説明文からだな。
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『帝衣:海の衣』
──青く、蒼く──暗く、昏く──
海に認められし者が着用すると、女性ならばドレスに。
男性ならば羽織袴に変化する。
明るく──冷たく──
彼の者は神殿にて待っている。
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「意味深だな」
「意味深だね」
「父様、『羽織袴』って何ですか?」
これからテキストの考察しようと思っていたら、リルが羽織袴について聞いてきた。
「ん〜と、そうだな......浴衣の礼装バージョン、とでも言おうかな。袴はズボンの和服バージョン......的な?」
誰かミーに語彙力ぷりーず。ついでに知識もギヴキヴ!
「あとアレだね。結婚式の時に着るよね」
「あ〜、和婚か。確か羽織袴を着てるよな」
結婚式か......そう遠くない内に、俺達もするのかもしれんな。
「そうなんですね。ではこの、『彼の者は神殿にて待っている』とは?」
「「分からない」」
本当に分からない。誰が待っている?何故待っている?神殿のどこで待っている?
分からない事が多すぎる。
「行くしかないか......ソル、本当に俺と来るんだな?」
「勿論。私のルナ君をロリっ子にした神殿なんて、私が消し飛ばしてあげる」
「頼む。それじゃあ少し、買い物に行こう。久しぶりにポーションが必要になるかもしれん。あと矢も」
今回、付喪神達は連れて行けない。あの神殿の効果で何かが変わってしまったら、俺は何も出来ずに死ぬだろうからな。
故に、リル達も連れて行けない。
この神殿は、完全に2人で攻略するしかない。
そうなると、咄嗟にステラを出す事が間に合わなかった時や、ステラの太陽光が切れた時に、回復が出来なくなる。
そのために、ポーションやらなんやらが必要になる。
「ふっふっふ。ポーションなら私が作ったフルーツ味のがあるし、矢も1000本ちょっと買ってあるよ。だから直ぐに行けるよ?」
「おいフー。俺の彼女、用意周到過ぎねぇか?最高なんだけど」
「ソウデスネー」
「しかも見ろよあの笑顔。綺麗すぎて10回くらい惚れ直すんだけど。抱きついちゃってもいいかな?」
「イインジャナイデスカー」
「だよな!」
「ハヤクシンデンイケー」
フーにぼやかれながらも、俺はソルに抱きついた。
「えへへ〜、でもこれ、第三者から見たらただの姉妹じゃない?」
「そうですね。完全に父様が母様の妹に見えますね」
「狐耳刺しますか?」
フーが恐ろしい事を言った気がするが、気にせずにソルを抱きしめた。
いや、どちらかと言えば『しがみついた』かな?
「じゃあこのまま、抱っこして行こっか。街の人とかプレイヤーにはバレないし、ゆっくり歩いて行く?」
「え〜......直ぐに出たい」
「ダメです。ルナ君に拒否権はありません」
嘘だろ?確かに今の俺はフラカンも使えないゴミカスだけど、それを逆手に取られるとは思わなかった。
「良かったじゃないですか、父様。母様に抱っこをされるなんて、普段の父様では味わう事が出来ませんよ?」
リルのこの言葉に、俺はハッとした。
「リル......お前、天才か?」
「えへへ、父様の娘ですからね!」
今すぐにでもリルの頭を撫でたいが、そもそも今の身長じゃあ、子供を撫でるのも大変だ。
腕を伸ばし、顔に手が当たらないように動かすのはそれなりに難しい。
普段みたいに、上から手をポンと置ければ良いのだが......仕方ない。次の機会にしよう。
「仲良いですね。ではお二人とも、気を付けて下さいね」
「うん!行ってきます!」
「行ってくる。フー、皆で留守番頼む」
「はい。何かあったら顕現させるんですよ?」
「あぁ」
「私じゃダメだと思ったら、シリカさんを呼ぶんですよ?」
「あぁ」
「遠くの敵を倒したかったら、セレナさんを呼ぶんですよ?」
「......」
「敵の防御力が高い時は「うるっせぇな!必要になったら呼ぶから黙って待ってろ!」......ようやくツッコミましたか。では、今度こそ行ってらっしゃい」
フーによる『ちゃんとティッシュとハンカチ持った?』を、マシンガンにした様なセリフを終わらせ、俺とソルは家を出た。
「ルナ君、どさくさに紛れておっぱい触ってもいいんだよ?」
「なんでやねん。家出てからの第一声、おかしすぎやろ」
って言うかソルさん、触るんじゃなくて当たってるんですよ。だから触らなくてもその柔らかさは十分に伝わっているのです。
「ふふっ、ちょっとでも今の状態を楽しんでもらおうと思ってね。
普段と違う視点だから、かなり大変でしょ?」
「......まぁ」
俺達は敷地の門を出て、王都の南へ向かって歩きながら話した。
「でしょ?だから少しでも、ルナ君にとってプラスになるような事をさせてあげたくてね」
「......ありがと」
俺はソルの首元に腕を絡ませ、小さくお礼を言った。
俺は、こんな状況でも俺の事を考えてくれているソルが大好きだ。
今は水着を作るのに忙しいだろうに、ロリっ子になってしまった俺の事まで考えて、とても大変だろう。
ソルがやりたい事が俺によって出来ないくらいなら、俺は別行動をすべきだと思ったんだ。
でも、それはソルが許してくれない。
例えどんな状態であろうとも、ソルは隣に居てくれる。
そんなソルに、俺は心からのお礼をした。
「ソルも何かやりたい事とかあれば、何でも言ってくれ。俺に出来る事なら、精一杯やるよ」
「本当に?」
「あぁ。俺はソルの婚約者だからな。2人でしかやれない事も出来ちゃうんだ」
「えへへ、私も言ったけど、なんか照れるね。
それじゃあ1つ、このゲームでの私の夢を叶えて欲しいな」
「夢?なんだ?」
「私ね、森の中のお家に住む事が夢なの。ルナ君やリルちゃん以外の声がしない、鳥の声だけが聞こえる森で」
「そいつぁ良い。でも食料とかはどうするんだ?」
「自給自足。誰も居ない森なら、畑とか作れるでしょ?今だって、果物と野菜は育ててるんだよ?だからいけるかなって」
「自給自足.....」
「うん。お家にピッタリな場所がいいな」
ソルは別に、あの城を捨てるとは言っていない。
寧ろ、ちゃんとした家が欲しいと言っているんだな。
ギルドハウスでは無く、俺とソルの家が。
「うん、いいな。体が戻ったら、色んな森を探してこようか。もしかしたら孤島とかになるかもしれんが、それでもいいか?」
「本当に?いいの?」
「勿論。俺とソルの家だ。1から作るのも面白いだろう」
木工スキルのレベル上げや、デザインの勉強にもなるだろう。
イベントの時とか、誰かに会う時だけ王都に戻って、他の時間はゆっくり過ごす......楽しいだろな。
「良し、取り敢えず神殿だ。新居の前にやる事が山積みだからな」
「そうだね!結局読んでないけど、覚書とかも気になるもんね!」
「あぁ。その為にも、目の前の障害を取り除かんとな」
「頑張ろう。2人で」
「そうだな。2人なら出来るだろう。海底神殿、攻略してやろうぜ」
そして王都を出てソルの箒に相乗りし、何事もなく南の海まで飛行した。
「......ゴブリンに負ける俺はもう居ない。気合いを入れろ」
「ルナく〜ん!行っくよ〜!」
「あぁ」
人目の付かない位置から箒に乗り、海底神殿の真上からカツオドリの如く、空から神殿前まで突っ込んだ。
◇━━━━━━━━━━━━━━━◇
『反転の空中神殿』に入りました。
◇━━━━━━━━━━━━━━━◇
夢.....いいですね。
私も自給自足の生活化してみたいものです。
お金という存在を忘れられる、何の柵もない世界で。
次回『塞ぐ心と差し込む光』