執事の悩み 後編 下
サクッとコロッと
◇アルスside◇
主に入り、無事に東にある海に辿り着いた。
「じゃあアルス、やろうか」
主が我との戦闘......もとい『会話』を提案してくれた。
これを機に、主についての全てを知ろう。
はははっ、とても楽しみだ。
あの戦神、『アグニ』様が認める人間の戦闘が。
「御意に」
そして審判はフー様が担当して頂けるようだ。信頼の面も、全く問題の無い選択だ。主、ナイスチョイス。
「では、両者構えてくだすぁい」
「......」
「......」
ダメだ。笑ってしまってはダメだ。主とフー様の前だぞ?それも真剣勝負の前に笑ってみろ、この戦闘が始まる前に、主に殺される。
でも......厳しい。肩が震えてしまう。
「ごほん......では。始め!」
始まった。まずは雷を体に纏い、簡易的な鎧を作成した。
これは雷神として、全力の戦闘を行う時に使う『雷器』の技術の応用だ。これなら主でも、対象の痺れくらいは来るのではないだろうか。
本気でやろう。本気で殺しにいこう。我の主を。
「主よ......我は本気でいきます」
「あぁ。是非とも本気で来てくれ。じゃないと楽しめないからな」
楽......しむ?分からない。
「......主は本気で来てくれますか?」
「え?まぁ、本気だぞ?早くしないとリル達と遊ぶ時間が短くなっちゃうからな。本気で首を落としにいくぞ?多分」
我はからかわれているのだろうか。主は本当に、本当に我を殺す気なのか?分からない、分からないぞ。
本当に不思議な方だ。
ただ、何故か『知りたい』とは思えない。『あぁ、この人はこういう人なんだな』程度にしか思えない。
これは、執事としては最低の事なのだろう。
仕える主の事を知らず、知ろうともせず、ただ傍に居るだけ。
ただの話し相手なら、それこそソル様がいらっしゃるのだから我は不要だ。
我は......必要とされているのだろうか?
分からない。ここで主と戦うことで、知れると祈ろう。
「......多分、ですか」
「いやまぁ、本気で来る奴ってさ......もう殺しに来てるはずなんだよなぁ。『斬』」
バチィ!
「ッ!」
嘘、嘘だ。鎧の麻痺攻撃を地力で耐えた!?
幾ら主が雷神だろうと、これだけの魔力を込めた鎧......そう簡単に防げるものではないぞ!?
不味い、この一閃を避けなければ我は──
──我は、死ぬ。
「あらあら、肩から血が流れてるではないか。どうしたアルス。早く来い。雷神とはそんなものか?」
首に当たる直前に雷を足に集中させ、何とか肩を軽く切られる程度に抑えられた。
あの速度に耐久力、何よりもパワーが凄まじい。
比べるのは申し訳ないが、ヴリトラとは比にならない強さだ。、
「いえ......『雷器』......いきます」
我は雷器で直剣を作り出し、この一刀に全てを注ぐ。
足の裏に、爆発的なまでの魔力を注ぎ込んだ雷を纏わせ、一気に加速して『突きに見せかけた切り上げ』を行おう。
光の速さにまで達するであろう、不可視の斬撃。
主でも、流石に死ぬだろう。
いざ──
ブォン!
主は体を横にずらし、我の攻撃を完璧に避けた。
......は?
避けられた。避けられた。避けられた。避けられた!
何故?どうして?どうやって?何があって我の攻撃を避けた?
今のは視認できていないはずの攻撃。それをどうやって避け......待て、考えろアルス。主はどうやって避けた?避けるのに必要なことは?
まず避けた方法。これは単純、ただ体を横にずらされ、我の剣の軌道から離れただけだ。
では避けるのに必要なことは?
1、技術
圧倒的なまでの回避の技術。相手の剣の間合いを読み、絶対に自身に当たらない距離に移動する技術だ。
2、反射神経
ほぼ光と同等と言えるであろう攻撃、主はそれを『見て』から避けと言うのか?
それならば主は、人間ではない、それこそ神をも超える、『化け物』であるぞ。
3、経験
恐らくこれと技術だ。
主の膨大な戦闘経験による『先読み』と『回避力』。これが今の回避に必要なことだろう。
ただ、今の速度での突きに見せかけた切り上げを予測するなど、一体主は、どのような化け物と戦っていたのだ?
そして4。ステータス
知能の値が高ければ高いほど、反射神経、および思考速度や魔法に関する影響が出る。
主がもし、我と......いや、我以上の、神と同等の知能を持っていた場合、見てから避ける事もできるだろう。
よし、ならば次手は......「アクアスフィ「させませ......」
パチン!
何だ?何が起きた?主の詠唱を食い止めたと思ったら、我の体が一切動かなくなった。
何か引き金のようなことは......今の指鳴らしが発動条件か?
では、何の魔法だ?雷神の動きさえも完全に止める魔法など、我は知らない。
そのような強力な魔法があるなんて......知りたい。
一体この人は、どれ程の魔法を持っているのだ?
「『斬』」
まて、諦めるな。まだ口は動くんだ。我も詠唱しろ。
「『雷盾』!」
我の残りの魔力全てを注ぎ、主の攻撃を耐え忍んだ。
「『魔糸術:停糸』『戦神』『魔刀術:炎纏』」
あれは闇属性の魔糸術!?それに戦神?さらに魔刀術?
焦るな。まだ焦るな。如何に主と言えど、さらに追撃は──
「『蔦よ』〖鏡花水月〗......王手だ」
終わった......詰みだ。
蔦に体を拘束され、眼前の主は刀を振り上げている。
これはもう、負けを認めるしかないだろう。
「『不死鳥化』『焔』」
嗚呼、主は不死鳥でもあったのか。その美しい炎の翼......え?主が......2人?
そして我は『後ろから』心臓を貫かれ、生命力が0になった。
「負......けま......した..........」
完敗だ。この方は例え戦神であっても、雷神であっても......勝つ事は厳しい存在だろう。
咄嗟の判断、瞬間的な次手、更に次手の構築の精度。
そして経験から推測される相手の攻撃......我程度じゃ、一撃も与える事が出来なかった。
「うん。俺の勝ちだ。再戦はいつでも受け付けよう。ソルをモフっている時以外、だけどな」
成程。我はそもそも、この方に対する認識を間違えていた。
神器の力に溺れ、己を過信した人物だと、最初は思った。
次に、フー様達付喪神に頼り、人任せな人物だと思った。
そして最後、ただの考え無しの人だと思った。
その全てが、間違いだった。それも、最悪の間違いだった。
今なら分かる。シリカ様が我に怒りを見せたその意味が。
この人は、凄まじい経験の上に立ち、それに相応しい武器も持ち、環境までを手に入れて尚、まだ高みを目指しているのだ。
自分を過信する事無く進み続け、例え周りに人が居なくなろうとも上を目指す、ある種の馬鹿。
究極の馬鹿だ。
真っ直ぐに1つの事しか考えない......故に、その考えが向かう方向次第では、どんな分野に於いても頂点に立ち、上に登り続ける。
今はただの愛妻家に見えるが、それは馬鹿故に、ソル様を愛しているからだ。
我は......こんな人に仕えていたのか。
何でもっと早く知ろうとしなかったのか。
もっと早く、この人の真意に触れられていれば......あぁ、悔やんでも悔やみきれない。
これからはこの人に仕えよう。
旧名インドラ、現在の名はアルス。
主であるルナ様に仕える執事だ。
雷神であり、戦神である、魔に落ちた雷の虎である。
我は今、新たな目標が出来た。
それは、『主のようになる事』だ。
主のように考え、主のように強く、そして......主の代わりになれるような、そんな者に。
『アルス。おい、アルス!聞こえるか!』
おっと、早速主からの命が来た。我はこの命を遂行しなければならない。
より、主に近付く為に──
『ここでソルから離れるか抱き続けるか、どっちがいいと思う!?』
我はアルス。主のような男にはならないと、そう誓った。
次回なんですが、1度休憩回を挟んでからアレが始まります。
休憩のヒントは、神界に行く前に行っていた事です。
では、次回もお楽しみに!