帰ってきたら実家が消えていた件
へぶしっ!
「さぁ、大阪へ向けてレッツゴー!」
「お〜」
530人と戦った次の日。陽菜に『月斗君の実家へ行くぞぉ!』と言われたので、急遽帰省の用意をして新幹線に乗った。
「もう、元気ないね!ほら、シャキッとして!」
「いや、そうじゃなくて......なんで俺の実家なんだ?」
「そりゃあ勿論、ご両親に挨拶するためだよ」
「挨......拶?」
待て、考えろ。これはただ『こんにちは』をする挨拶なのか?
いや、違うな。絶対そんな挨拶ではない。それは『あいさつ』だとすると、この『挨拶』はそう、所謂結婚の......なわけない。まだ18にもなっていない上に、学生だ。
今後働く場所は9割方決まったようなものだが、まだ学生だ。『すちゅーでんと』なのだ。
将来を考えて動かねばならない、高校生なのだ。
いや待て、将来を考えているから『挨拶』しに行くのか?
いやそれこそ待てよ。百歩譲ってウチの親が許しても、陽菜の両親が許すか?
ただ『お付き合いさせて頂いてます〜』的な事なら、そこまで大きく『挨拶』とは言わないだろう。せめて......そうだな。報告と言うだろう。
ならば何故、陽菜は『挨拶』と言った?
分からない。
◇◇
「お〜い、着いたよ〜?」
「......」
「ねぇ、早くしないと進むよ〜?」
「......」
「起きろ!!!」
「はい!」
思考の沼でダンスパーティーを開いていたら、陽菜につまみ出されてしまった。
「あ、やば。出ます!もう出ますから!だから引っ張らないで!」
「ふんす。私の言葉を全スルーした男は私が連れて行くのです」
「やめて......恥ずかしい......」
陽菜が全力で腕に抱きつきながら移動を開始した。
嫌だ!俺まだ、こんな所で社会的地位を失いたくない!!
もしこんな所を友達にでも見られたら......あ、友達いなかったわ☆
ならいいや。節度を持って、イチャつきながら帰るとしよう。
「おぉ、久しぶりに見る景色だね〜!」
「ここは都会の中の都会だぞ?そんなに見たか?」
「いやいや。ここは帰省した時の定番ネタでしょ?ほら、『懐かしい景色だ......』って言うアレ」
「なるほど。でも俺、割とマジでここら辺の事を知らない。ここどこ?」
多分、帰るのは2年ぶりなんだよな。
正月にも帰らなかったし、この高層ビルや様々な明るい店が立ち並ぶ光景は、俺の記憶にはもう殆ど残っていない。
「駅だね」
「そりゃそうだな」
「お家まで、結構遠いとこだね」
「そりゃそうだな。実家は田舎の中の都会って場所だし」
「どうやって行こうか」
「......まさかノープランで行く予定だったのか?」
「うん」
「夏休み前から言ってたのに......マジか」
悲報です。俺の彼女、実家に行くと決意したものの、実家に帰る手段を何も考えていませんでした。
「しゃ〜ない。携帯出して歩くか。散歩と行こうや」
「了解であります!月斗隊長、先導をお願いします!」
「先には行かん。一緒に行くぞ」
携帯で3Dマップを起動してから、俺は陽菜の手を取って言った。
「......うん。ありがと」
「全く。昔みたいにどっちかが後ろに行くんじゃなくて、2人で一緒に横に並んで行こうぜ?その方が、その方が......恋人らしいだろ?」
「うん!えへへ〜」
陽菜が凄まじい勢いで抱きついてきた。
「危ないぞ?ほら、ここから結構曲がり道が多いんだし、手を繋いで行こう」
「うん!」
そうして駅から歩く事3時間。隣町に着くと、一気に景色に緑が増えた。
「この畑、懐かしいな。元気なおじいちゃんがキャベツを作ってたの、覚えてるか?」
「もちろん。一緒にキャベツとか大根とか、よく貰ってたよね」
「あぁ......まだ鍛えてる時の俺には、あれは良いトレーニングだった......」
「私の分も持ってたもんね」
懐かしい。陽菜と過ごした、昔の記憶がどんどん溢れてくる。
当然、良い記憶だけでなく、嫌な記憶も。
「あっ」
「ん?」
「え?」
畑を見て歩いていると、10メートル程先の曲がり角から一人の男が何かを言った。
「月見里......?」
あぁ、トラウマだ。6歳の俺の心に、深い傷を負わせた男だ。
名前も知らない。顔も忘れたい。言葉も思い出したくない。
逃げたい。隠れたい。走り出したい。
呼吸がどんどん早くなる。喉が詰まり、呼吸が苦しい。
どうしてアイツがここに居る?引っ越したんじゃなかったのか?どうしてこんな所で出会うんだ?
『月斗君。大丈夫だよ』
「......」
頭の中の陽菜が声を掛けてくれる......が、立ち直れない。
どうやら俺は、想像以上に弱いらしい。
『もう大丈夫』『何も気にする必要がない』そう思っていても、心の奥ではどこか、俺の事を縛り付けている。
ダメだ。もう無理かもしれない。
こんな所、来るんじゃなかっ「大丈夫だよ。月斗君」......
「......え?」
「私が居る。私は月斗君の隣に居る。辛い時は寄りかかって欲しいし、進む時は手を繋いで欲しい。そんな私が、隣に居る。だから......一緒に進もう?寄りかかってもいいから、手を繋いで一緒に、ね?」
『救われた』とはこういう事を言うのだろうか。
どうしてそう、いつも俺を明るく照らしてくれるんだ?
どうして、こんなにも心が暖かくなる言葉を掛けてくれるんだ?
どうして............いや、違う。俺が掛ける言葉は1つだけだ。
「......ありがとう。寄りかかってしまうけど、一緒に行こうか。陽菜」
「うん!それに前にいた人、もう居ないよ?」
「え?」
そう言われて前を見ると、あの男は消えていた。
「あの人が、月斗君を虐めていたんだよね?」
「あぁ。背も伸びて顔付きも変わっているけど......間違いなくアイツだ」
「どうして戻ってきたんだろうね。いや、いいや。そんな事を気にするだけ無駄だし。じゃ、行こ?」
陽菜が強く手を握り、俺と一緒に歩いてくれた。
「あぁ。一緒に行こうか」
◇◇
「う〜ん、実家が消滅している」
「謎の屋敷になってるね」
携帯に打ち込んだ実家の住所の場所に来ると、そこに俺の住んでいた家は無く、大きな和風建築が建っていた。
「これは聞くしかないな」
流石に実家が消えている、なんて事はないはずなので、取り敢えず父さんに電話をしてみた。
『もすもす』
『どぅ〜した月斗。パパンの声が恋しくなったか?』
『帰ってきたら実家が消えている件』
『あ〜、もしかして屋敷が見えてる?』
『屋敷の目の前にいる』
『おかえり。そこが君の実家だよ』
『ん?おかしいなぁ。俺の記憶、もしかして弄られてる?』
『いや?父さんがリフォームした事を伝え忘れていただけだな』
『えぇ......?じゃあこの門、入っていいの?』
『息子を実家に入らせない親がいると思うのか?入って来い』
『了解』
......帰ってきたら実家が屋敷になっている件について。
「と言うことだ。どうやらここらしいぞ、俺の実家」
「元々大きめな一軒家が、更に立派になったねぇ〜」
「ホントだよ......じゃ、行くか」
そうして門をくぐって敷地に入ると、どこかで見た事のあるような風景が広がっていた。
「「......既視感」」
2人で頷いて家を見ていると、父さんが出てきた。
「おかえり......って陽菜ちゃんも一緒か」
「はい!」
「ただい......ま?いや、お邪魔しますに近いな」
「ただいまでいいんだよ。ここはお前の家でもあるからな」
「じゃあただいま。何でリフォームしたか、とか、色々聞かせてくれよ?」
「あぁ。取り敢えず入りな。前とは全然違うから、案内するぞ。ほら、陽菜ちゃんもおいで」
「お邪魔します!」
そうして家に入り、廊下を歩くと、またもや既視感センパイがこんにちはしてきた。
「いやさぁ......父さん、何か案内なくても分かる気がしてきたぞ?」
「私もです。数時間以上、ここに居たような記憶がありますね」
「ん?そうなのか?んで、そこの廊下を出たら縁側に出るぞ。父さん、縁側に座るのが夢だったからな。叶えてみたんだ」
「「あぁ、やっぱり......」」
この景色、この構造、全て見覚えがある。
「これさ、お稲荷さんの所の屋敷と一緒だよな」
「うん。お家の雰囲気とか、構造とか、多分全部一緒」
「お稲荷さん?」
父さんはお稲荷さんが分かっていないようなので、ユアストで撮ったスクリーンショットを見せてみた。
「父さん、この画像だよ。この屋敷、写真のとそっくりだろ?」
「おぉ、って事はあの時の撮影って、もしかしたらユアストの人だったのか」
「「撮影?」」
「あぁ、リフォームが完了してすぐ、スーツを着た兄ちゃんがやって来てな。家の外観の撮影許可を求められたから、住所がバレないようなら使ってもいいと、許可を出したんだ。それがまさか、ユアストに使われてるとはなぁ......」
何それ。使用用途も説明しないとか、怖すぎるだろ。よく許可を出したな、父さん。
「ふふっ、2人で住みたいって言ってた家に、実際に来ちゃったね?」
「おっ、もうそんな話をしてたのか?やるなぁ月斗」
「い、いいいいや?べべ別にそんな話はしてなぁいよ?」
「テンプレだな。で?どれくらいまで進んだんだ?父さんに聞かせておくれよ。陽菜ちゃんと一緒に、な」
え、待って、マジで待って。お願いします待ってください。
「ほ、ほら。そういう話は......母さんもいないと、ね?今後に関わるしさ......」
ただの延命処置だが、それでもいい。2回に分けて話す心労に比べたら、2人に一気に話した方がいいだろう。
「え?月斗のレベルの話だが......母さんも交えるのか?」
「え?」
「月斗君、自分から罠に嵌ったね。ふふふっ」
レベ......ル?陽菜の話じゃなくて?ユアストの話?嘘でしょ?
俺、埋められてもいない幻の地雷を踏んで起爆させた?
「い、いいよ?話してあげようじゃないか」
「あれれ〜?何の話をしようとしてたのかな〜?パパ、気になりまちゅ〜!」
「うっざ!話すわけないだろ!」
不味いぞ。これは不味い。イカの天日干しに蜂蜜をかけた時くらいに不味い。
「え〜月斗君、私も気になるな〜?」
「気にならんでいい!忘れろ!」
「いや〜、気になりまちゅ〜」
「可愛く言っても無駄だ!絶対に言わんからな!」
まだこの話は早い気がするのだ。俺は考えている事だが、もしかしたら陽菜は考えていないかもしれない。
そんな状況でこの話をしてみろ、百年の恋も冷めるわ。
「と、とにかく!これは絶対に話さないからな!!」
「何を話さないの?母さんにも聞かせて?」
「......え?」
不味い。魔王が降臨した。
魔王、降臨