努力は散らない
し っ て た
朝7時──
「うぅ......頭痛い......気持ち悪い......」
思いっ切り寝て、思いっ切り体調を崩した。
「はぁ......暑っつ。いや違う、俺が熱いのか」
喉の奥が熱く、頭をクラクラするし、体がだるい。
なんで......今日、体育祭なのに......
「体温計は......あそこか」
フラフラしながらリビングまで行き、色々な道具が入っているホルダーの中にある体温計を取り出した。
「さんじゅうはちどにぶ......38度2分!?」
これはアレっすね。学校行きたくても『来るな!』って言われる体温っすね。
「おわた。俺の努力、綺麗に散った」
この日のために鬼ごっこをしてきたのに。
この日のためにステータス制限してたのに。
この日のために頑張ってきたのに。
全部......消えちゃった。
「あぁ、ちくしょう。もうなっちまったもんはしょうが無い。取り敢えず学校に連絡だ」
携帯を取り出し、学校に連絡する。
「もしもし、月見里月斗です」
『おう月見里か。どうした?気になる事でもあったか?』
「いえ......風邪引きました」
『......マジか。熱と症状は?』
「体温は38度2分です。症状は頭痛と目眩、倦怠感と吐き気ですね」
『分かった。今日は体育祭だが......ゆっくり休め。次の登校日は月曜だから、それまでに治すように頑張れよ』
「......はい。すみません。では失礼します」
『おう。お大事に』
そうして連絡を終え、机に突っ伏した。
「はぁぁぁぁ......辛いし悲しいししんどいし気持ち悪いし......なんだよこれぇ」
風邪と一緒に絶望感まで持ってくるなよ。
「母さんにも......連絡しとくか」
体育祭、見るとかなんとか言ってたし。
「......しもしもマイマザー?」
『しもしもマイサン。緊張でもしたの?』
「いや、風邪引いたから今日休む」
『あらら、熱は?』
「熱は──」
そこから先生に言ったことと同じような感じになった。
『そりゃあ不味いね。ご飯作れないでしょ?』
「まぁ......火事になる覚悟を決めれば出来るけど......」
『やめときなさい。う〜ん......あ!そうだ!』
「なに?」
『今ね、父さんが仕事で埼玉にいるから、月斗の所に行くように言うよ』
「......え?仕事?父さんの仕事って......プログラミングとイラストレーターじゃなかったっけ?」
リアルでDEX値高いんだよな、父さん。
配信者やってる場合じゃないだろ。
『そこに生配信が加わるんだけどね』
「は?」
『ラッキーハッピーちゃん、何と事務所に所属することになりました〜!......そのために埼玉に行ってるのよ』
「......意味分かんねぇけど、まぁ......大成したんだな」
『うん、そゆこと。だから帰りは大阪じゃなく、東京の方に行くように言っとくね』
「分かった......じゃあ、また今度」
『お大事にね、月斗』
そうして電話は切れた。
「はぁぁぁぁ......風邪と絶望感と困惑が一気にぃ......」
なんで配信者として大成しちゃったんだよ。
イラストも描けて、プログラミングも出来て、なんで配信者で大成しちゃったんだよ。
「......もしかして、自分で描いた絵をアバターに、自分で組んだプログラミングで動かし、それで大成したのか?」
誰だよウチの父親に尖った2つの才能を渡した奴は。
父親がその2つを元に、3つ目の武器を作りやがったぞ。
「......まぁいいや。寝とこ」
水を飲み、トイレに行ってからベッドで寝た。
そして11時頃──
ピロン!
「んぅ......陽菜か。ん?なんで陽菜?今体育祭じゃ──」
メッセージを見て気付いた。
『私も風邪引いた!昨日キスした後強制ログアウトさせられちゃったからそのまま寝たんだけど、起きたら高熱だった!』
「お前もか......キスパワー怖いな」
体調不良の儀式、キス。
ピロン!
『それでね、先生に連絡したら「月見里も風邪引いたんだよ」って言われて、不純異性交友を疑われたよ!』
「......不純か?」
否、あれは『act of god』だ。そう、『不可抗力』である。
断じて不純ではない異性の交友だ。綺麗だ。純潔だ。......二重の意味で。
『ちゃんと弁明したし、誤解は解けたよ!って報告ね』
『ありがとう。それで陽菜の方はご飯とか大丈夫か?』
『うん!私は作り置きがあるからレンジでチンするだけだから、問題ナッシング!』
『それは良かった。俺は死にかけてるんで、たまたま埼玉にいる父親に来てもらうことになった』
『え?大丈夫なの?死なれたら私も死ぬよ?』
『怖いわ。それと多分大丈夫。さっき寝て、少し回復したから。水飲んで寝たら何とかなる』
と、信じてる。今は早く、父さんの助けが欲しいぜ。
『頑張ってね!それと夏休みまであと少しだし、夏バテにも気を付けてね!』
「あぁ......陽菜が優しい。癒される......」
『ありがとう。気を付けるよ。それじゃあお互い、お大事に』
『うん!お大事に!』
「はぁぁぁぁ......癒されたぁぁぁ......」
今の俺は凄くポジティブだ。
これまでの努力?んなもん経験として俺の後ろを着いてきてる。
今日への気持ち?陽菜から心配されたらそれだけでいい。幸せだ。
ステータス制限?風邪治ったら究極のレベリングをしてやるさ。最弱から最強まで、一気に成り上がってやる。
「そうだ。自信を持て。向上心を持て。俺は出来る、風邪は治るし俺は強くなる」
名前の由来のように......誰かを、陽菜を優しく照らせるように、強くなるぞ。
すると、ガチャっと音がなり、父さんが入ってきた。
「お〜っす、月斗。大丈夫か〜?」
「あ、父さん......久しぶり」
久しぶりに顔を見たけど、結構イケメンだな、ウチの父さん。
俺にも遺伝してるか?
「母さんから月斗が風邪引いた〜って聞いたけど、結構ヤバそうだな」
「すんまそん......ご飯、頼んます」
「はいよ。色々と話したい事もあるけど、まずは昼ごはんにするか」
あ〜、助かる〜!
本音を言えば、これが父さんじゃなくて陽菜が良かった。
「父さんより陽菜ちゃんの方が良かったろ?」
「んぐっ......い、いや?そんな事ないよ?」
心を読むなよ。......ってか何で陽菜がいいってバレたんだろ。
ん〜......分からん。
「嘘つけ。あれだけイチャコラしてて好きじゃない訳ないだろ?父さんは知ってるぞ?お前が陽菜ちゃんと付き合ってるの」
「......ど、どこでバレた?」
「お前と陽菜ちゃん、ユアストでどれだけ有名だと思ってんだ。正直父さんより有名だぞ?それに、月斗はFSの大会で優勝してんだし、そっちの方でももっと有名だろ?」
そうだった。ラッキーハッピーは父さんなんだった。
対外的に親子として俺とソルとリルは知られてたんだし、当然父さんも知ってるよな。
「......そうだよ。陽菜の事はだ〜い好きだよ」
「ん。よく言った。それでこそ父さんの息子だ」
何言ってんだかね。へへっ
「あそうだ。1週間くらい泊まっていい?」
「......なんで?」
「家に帰るより、ここの方が仕事しながら事務所に行きやすいから」
大阪から埼玉と、東京から埼玉じゃ、そりゃ後者を取るか。
「分かった。でも風邪伝染らんように気ぃ付けや?」
「当たり前ぽよ。それで配信も出来なかったら父さん、お仕事無くなっちゃう」
「......多才だなぁ」
そういう所は憧れる。俺にも何か、いい感じの才能をくれ。
「何言ってんだ。これは努力で身につけたものだぞ?それこそ運で手に入れたの、配信くらいだぞ?」
「......そう?」
「あぁ。絵は小さい頃から描き続けた結果だし、プログラミングやモデリングなんかも、何年十数年と練習してきたからだ」
そして父さんは料理をしながらも、話を続けた。
「だからさ、月斗だって天性の才ってのは無いかもしれんが、努力の才はあるはずだ。現に道場の経験、色んなゲームで役立ってんだろ?」
「まぁ」
正直、道場の経験が無ければFSもユアストも、上を目指そうとは思わなかっただろう。
それどころか、陽菜にも出会わず、暗く冷たい道を歩んでたんじゃないかな。
あぁ、そう思うと陽菜に感謝したくなる。
俺を動かしてくれてありがとう。陽の光の当たる、明るい方に動かしてくれてありがとう。
「それと、道場に行く経緯は陽菜ちゃんから聞いたか?」
「......聞いたよ。全部陽菜が動かしたんだろ?」
「あぁ。当時の陽菜ちゃん、凄く必死だったんだぞ?お前を何とかしたい一心で、家が少し遠いにも関わらず、毎日来てたからな」
「そうなの?」
知らなかった。陽菜がそこまでしてくれていたなんて。
「そうだよ。だから感謝しとけよ?感謝して、そのまま結婚してもいいんだぞ?」
「ぶふぅ!な、何を!?」
「お前......陽菜ちゃん以上の出会いがあると、本気で思ってんのか?」
父さんが真っ直ぐ見つめてきた。
「無い。100パーセント無い。陽菜以上の人間なんて、俺と出会わない」
しんどいけれど、俺も真っ直ぐ見つめて返す。
「うん。なら覚悟を決める、準備をしておけ」
「......準備って言われてもなぁ......」
お金の心配?愛の心配?フラれる心配?なんか色々あるぞ?
「金の心配は要らないだろ?月斗、中学の時のFPSの大会で幾ら稼いだか、忘れたのか?」
「......す、数千万?」
「アホか。9桁だわ」
待って、そんなの記憶にないんだけど。
預金通帳とか高校に入ってから見てないぞ?
「月斗、本当は仕送りとか家賃とか、そういうのお前自身で払えるんだぞ?」
「じ、じゃあなんで父さん達が払ってるの?」
「それはな。せめてもの、父さん達からの愛だよ。本当は一緒に暮らして、沢山の愛を注いでやりたかった。でもお前は自立する方向を選んだ。......だから、せめて家賃と仕送り制にして、父さん達の愛を受け取って欲しかったんだ」
なんか......不器用だな。愛は沢山貰ったし、今度は俺が返す番だろうに。
「そっか......ありがとう」
「ふっ、それにそこまでの桁は要らないにせよ、結構お金が掛かるんだし、減らさせたくなかったんだよ」
「......うん」
そりゃあいざってなったら、全部俺の金でやりたいさ。
俺個人の事に、父さん達からお金を出させたくないしな。
「ほら、お粥出来たぞ。梅干しと卵入りだ」
「ありがとう」
俺の前に、鍋敷きの上に置かれた土鍋のお粥を出してくれた。
「いただきます」
「おう。食ったら寝ろよ?それと隣の部屋借りるわ」
「うん。ご自由にどうぞ」
今は物置にすらなっていない俺の隣の部屋か。
敷布団が1枚あるくらいかな?あそこ。
っていうか、ちゃんと掃除してて良かった。
埃まみれだったら危なかったな。
「......ごちそうさまでした」
それから俺は土鍋を洗い、水を飲んでから寝た。
自分もしんどいだろうに、月斗君の為に『!』を付けて元気っぽさを出している辺り、月斗君への愛が伝わりますねぇ....
そりゃあそんな健気な恋人にメールを貰ったら癒されるでしょう。素敵です。
そしてパッパ、思い切り過ぎでは?もっとこう、時間をかけて.....9年経ってましたね。
.....なるほど?なるほどなるほど?
では次回は、記念すべき200話ですね!
80話くらいで言ってた番外編、もうちょっと書いたり消したりしてますけど、小さく小出しにしていこうかな、と。
では次回も楽しんでくれると嬉しいです。ではでは