体育祭前日の衝撃
9展開
俺がPKに殺られてから2週間ほどが経ち、6月に入った。
イベント『姫の白騎士』は終了し、王女から依頼を受けることが出来なくなった。
そして様々なプレイヤーがディクトへ進む中、俺は依然としてレベル1の状態をキープしている。
「ねぇ月斗君。そろそろレベル上げなくていいの? ずっと農作業かリルちゃんと遊んでるけど、そろそろ戦わない?」
「ん〜? 体育祭終わるまでは上げないからいいんだ。あの低ステータスでリルと遊ぶ......死の鬼ごっこは、中々に特訓になるからな」
そう、この2週間、ずっと農作業か鬼ごっこをしていた。
フレイヤさんとヘルメスから貰った種を植えて水を撒き、雑草を刈る。
そしてそれが終われば、リルと一緒にフィールドに出て、立体的な動きを加えた鬼ごっこをする。
鉱山内でゴーレムを撒きながらの鬼ごっこや、森林で木を使った鬼ごっこ。
さらにはニクス山での極寒鬼ごっこだ。
「あれ、何がどうなってるか分からないんだよねぇ」
「陽菜もやってみるか? 動体視力と反射神経、空間把握能力にVR空間での体の動かし方を学べるぞ」
「私はいっかなぁ。2人が楽しそうにしてるのを、メルちゃんと眺めるのでいいや」
「そうか」
最近はメルのメスガキ度合いがかなり落ち着き、リルとも仲良く遊んでいる時が多くなった。
「体育祭......俺はVRアスレに命を懸けて挑むんだ......!」
「急に何を......って思ったけど、このクラスじゃ私と月斗君だけだもんね。頑張らないと!」
「そっすよ陽菜さん。それに体育祭の後はテストもあるし、ちゃんと勉強しないといけないぞ?」
赤点取ったら夏休みに遊べないからな。
補習に再テストに返却に......とにかく日にちがかかるものだ。
「大丈夫! 最近はユアスト内で勉強してるから!」
「えぇ? そんなこと出来たっけ?」
「出来るよ。まずスマホで問題集と答えの写真を撮るでしょ?」
「うん」
「それをヘッドセットとスマホを同期させて読み込ませるでしょ?」
「うん」
「それからその写真を見て問題の答えをゲーム内の紙に書いて、それから答え合わせするの」
「......うん?」
読み込んで問題を見る所までは理解出来た。でも紙?
ユアストに紙なんて売ってたか?
「紙ってあったか?」
「あるよ。サラサラモフモフのがね」
「確かにな。あれにはいつも癒されて......じゃない! ペーパーの方だ!」
「ノリツッコミする所は関西人の血が出てるねぇ?......で、紙だけど、これは私が作ったの!」
「陽菜が? どうやって?」
「お野菜のゴミから裁縫スキルで作れるよ」
オヤサイノ......ゴミ?
「再生紙的な?」
「そうそう! 神匠になれば出来るようになったの。お陰でレベルがグングン上がるよ!」
「ほぇ〜......俺、裁縫と料理は神匠じゃないからなぁ」
「ね! でも、手伝ってくれてるから経験値は入ってるんでしょ?」
「一応な。でも前よりレベルが上がりにくく感じる」
なんでだろうな。向上心も持って、『最弱無敗』も指輪達も付けてるのに。
「あれじゃない? DEXが低いからじゃない?」
「あっ......その発送は無かった」
「何処に送るの?」
「陽菜の心」
「きゃ〜! 嬉しい〜!」
「何言うとんねん」
でも、DEXが低いのは考えもしなかったな。
目からウロコというか、目からウロボロスというか。
「そういえば今までに振ったSPも消されてるんだよね?」
「そうだな。400くらいだっけか? 全部貫通して消されたな」
「それってさ、SPをちゃんと振る人ほど不利にならない?」
「......なるな。これ、炎上案件では?」
「かもね〜。温存する人かしない人かで、ステータスに生まれる差がどんどん開くからね。ちなみに今どれくらい余ってるの?」
「1540だな。特化させたら1万5000いくぞ」
「......え? ちょっと何言ってるか分からない」
ん? 何かおかしかっただろうか。
「いま、1540って言った?」
「あぁ。せんごひゃくよんじゅうって言った」
「......なんでそんなにあるの?」
「そりゃあ使わなければ貯まるだろう。ソシャゲの石と一緒だよ。使わなければ、地道に集まるんだよ」
ソシャゲのガチャは計画的に。
「そ、それっていつから貯めてたの?」
「いつだろ?......記憶にあるのは最初のフェンリル戦かな」
「えぇ!? そんなに前から!?」
「し〜っ、静かに」
「あ、うん」
いきなり大声を出すもんだから、クラスメイトからの視線が飛んできている。
「って事はメルちゃんとの戦いの時も......?」
「あぁ。SPは振ってないな」
「なんで振らずにあんなに火力が......」
「装備とスキルと称号任せだ。正直言って、称号の効果がバカでかいんだ。あれだけで素の10倍以上ダメージ出てるからな」
「......そんなにダメージアップの称号あったっけ?」
「ある。それにステータスの上がる称号もあるから、それでだな。だから俺は最弱と言ってたんだよ......今は文字通りの最弱だが」
どうも〜! ユアスト始めたての人よりステータスの低い、正真正銘の最弱で〜す!
「とりあえず、体育祭まではレベル上げはしないから、活動するのは体育祭が終わってからだな」
「どれだけ体育祭に力を入れてるの?」
「そりゃあ、陽菜と同じ種目に出るんだぞ? 全力でやるために鍛えるに決まってんだろ」
「えへ、えへへ〜そっか〜。なら私も鍛えようかな」
「あぁ。2人で優勝をもぎ取ればいい。......赤組と白組で分かれなければな」
「ちょ、ちょっと! フラグ建てるのやめてよ!」
う〜ん......これはやらかした?
そして1週間後の体育祭前日──
「ほい、運命の組み分けだ。名前の裏に書いてあるから、名前を表にして後ろに回せ〜」
そうして回ってきた紙を見ると......?
「あ......あぁ......あの時、月斗君がフラグ建てるからぁ......」
「すまんな。マジで分かれるとは思ってなかった」
俺は白組で、陽菜は赤組だった。
悲しい事に、それぞれの名前に近い色になってしまった。
「月斗ぉ! 俺も白組だぞぉ!」
「そうか」
遠くから正樹の声が聞こえた。ってか正樹以外の声も聞こえる。
「私白組だった〜!」
「私赤組〜!」
「あ、僕赤組だ」
「ウチも赤〜!」
すると陽菜の前の席の子が、陽菜に話しかけていた。
「ねぇねぇ陽菜ちゃん。陽菜ちゃんは何組?」
「ん〜? 私は赤組だよ〜」
「そうなの!? 私も赤なの! 一緒に頑張ろうね!」
「うん! 頑張ろうね! 雫ちゃん!」
おかしいな、俺の記憶じゃ陽菜が俺か正樹以外の話してるの、見たことないぞ。
「俺......クラスメイト正樹以外知らない」
「え? 嘘でしょ?」
「どうしたの〜?」
俺が独り言を呟くと、陽菜と雫と呼ばれていた子が聞いてきた。
「いや、俺友達少ないなぁ〜って」
「月見里君って友達少ないの?」
「あ、うん。そうなんだ」
ヤバい、人が怖くて目を合わせて会話できない。
「こ〜ら。月斗君、顔を見て話しなさい」
陽菜が俺の顔を持ち上げてきた。
「うぅ......ん?」
「どうしたの? 髪に何か付いてた?」
「いや、何でもない。えっと、月見里月斗です」
「うんうん。私は早川雫だよ! よろしくね!」
「あ、うん。よろしく」
この人の顔、既視感がある気がする。どっかで会った事がある?
......いや、思い出せんな。
思い出せないという事は、どうでもいい事だったんだろうか。
「お前ら〜席に戻れ〜。明日の当日はこの組み分けで行くから、間違えんなよ〜」
「「「「「はい!」」」」」
「はい、以上だ。今日はホームルーム無しだ。明日の為に体調整えろよ? じゃあ、解散!」
おぉマジか。直ぐに帰れるパティーンか。
「じゃあ帰るか。今日も鬼ごっこするかね」
「また〜? 飽きないね〜?」
「なになに〜? 何の話?」
早川さんが話に入ってきた。コミュ力高いなぁ、この人。
「ゲームの話だよ」
「そうそう。月斗君が鬼ごっこばっかりやってるの」
「鬼ごっこ? なんのゲームやってるの? 私も知りたい!」
ピピピ!
ここで俺の第六感が『ゲーム名を言うな』と全力で警報音を出している!
こういう時の直感には信じよう。
「そこら辺のゲームだよ」
「ユアストだよ。知ってる?」
「あ〜知ってる! 私もやってるもん!」
ひ、ひひひ陽菜さん!?......いや、俺の直感が外れた事を祈ろう。
「へ〜そうなんだ! 名前は?」
「『ピグレット』って名前でやってるよ!」
「「え?」」
クソがァ! 直感め! こんな時に働きやがってぇ!!
「は、はははは早川さん、子豚が好きなの?」
「うん! 昔にテレビで見て、そっから大好きなんだ!」
いや待てよ。たまたまピグレットと言う名前なだけであって、俺の知っている『Piggy』では無い可能性がある。
寧ろ、その可能性しかない。
「ソ、ソウナノカー」
「陽菜ちゃん達はどんな名前でやってるの?」
「わ、私は......言えない、かなぁ」
「え〜どうして? あ、ネタネームにしちゃったとか?」
「う、うん。そんな感じ......」
上手く切り抜けんなよ。俺に降り掛かる謎のプレッシャーが凄いんだぞ!
「じゃあ月見里君は?」
「え、俺? 俺は『アルティメットスーパーヒーロー』って名前でやってる」
「「ぶほっ!!」」
全国のアルティメットスーパーヒーローさん、ごめんなさい。名前を借ります。
「いやな、人助けをするのが好きで、よく街中で犯罪者と鬼ごっこをしているんだ」
この完璧な話題の繋ぎ方、誇れそう。
「な、何それぇ! すっごく面白いじゃん! 通り名とかあるの?」
「え? それは知らないな。俺、他の人と話したりしないし、周りからの呼ばれ方とか1つしか知らない」
待って。やらかした! 今のなし!
「1つだけ? どんなの?」
「い......言えない。凄く心にくる名前だから、言いたくないんだ」
「あ、そっか......ロールプレイしてたら、それを嫌う人もいるもんね......ごめん」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
すまん、ピギー(仮)さん。俺は君を騙した事を反省している。
「月斗君、そろそろ帰ろ? 鬼ごっこするんでしょ?」
「そうだったな」
「じゃあまた明日、雫ちゃん!」
「うん! 陽菜ちゃん! 月見里君! 頑張ろうね!」
そうして俺と陽菜は帰ることにした。
だけど、ここで少しカマをかけてみよう。
「じゃあな、ピギー」
「ッ!?」
当たっていたようだ。ちくせう。
それから何事も無く教室を出て廊下を歩く。
「ねぇ、雫ちゃんって......」
「あぁ。まさかの同い年な上、同じ学校の同じクラスだったな」
「そんな事ある?」
「知らん。でも最後の反応的に、あいつはピギーだ」
どこかで見た事ある顔って、ピギーなら当たり前の事だ。
「って事は月斗君、結構長い付き合いなんじゃ?」
「3年か4年か? それなりに?」
「むむむ! これは月斗君が取られないようにしないと!」
「何言ってんだか。取られるも何も、もう取ってるじゃん」
俺の右手が掴まれてるのがその証拠だな。
「でも心配になるのが女の子なんだよ?」
「そうなのか。俺は陽菜を信じてるから、心配にはならんけどな」
「本当に? 私が他の男子といたらどう思う?」
「その男子を殴り殺したくは思う」
「おぉ......過激......ふへへ」
「照れんな」
ユアストでピギーから何か連絡来るかな?
少しだけ楽しみだ。
「ほら、帰るぞ。今日も今日とて、明日の為の鬼ごっこだ」
「うん!」
マジかよピギー.....あなたそんなに近くに.....
あ、早川さんは至って普通の明るい女の子ですよ。
特にこれといった事は.....コミュ力くらいですかね?
この出会いがどう響くのか、楽しみですね〜
では次回『鬼ごっこ』お楽しみに!