第八話『計画は狂うのが道理です』
後悔。
後悔後悔。
なんであの時アズに任せたかなぁ。というか――
「――なんでこんなクエスト受けてきてくれたのか教えてくださいませんかね、アズさん?」
やっぱりこの子、俺を自ら手を加えることなく殺したいんじゃないかと思えてきた。なんか憎まれるようなことしたかな?
――待て。人生を振り返るのはやめよう。不本意にも絶対やってるという確信を持ててしまってるから時間の無駄だ。
「今回は易しめのクエスト受けようとしたんだよ? カウンターで『ニーヴェがクエスト受けるんですけどおすすめありますか?』って訊いたらこれを薦められたんだよ! だから私は何も悪くないよね?」
いや、カウンターの人も俺のパーティ戦での最強ぶりを評価してそのクエストを選んだのは悪かった。でも明らかに、アズがソロって言わなかったのが悪い。
「わかった。わかったから今度はちゃんと『ソロクエスト』って言おうね」
「あっ……」
ようやくわかったか。もうこれっきりにしてくれ。金は何生涯分もあるかもしれないけど、持ち主が一生涯分しか寿命ないんだから。
「反省してくれたならそれでいいから、ほらさっさと行こう。クリューが追ってくるかもだし」
割とありそうなのが自分で言ってて怖い。
「うん。ごめんね。次はちゃんと選ぶから!」
そうそう。それでよろし――全然よろしくねぇっ! 今度は絶対に俺が選ぶ! 自分の命が懸かってるんだよっ!
「それで目的地まではどうやって行くの?」
そうだすっかり忘れてた。ここからどう行くかを話し合ってなかった。
「とりあえずエリュトロンの住処はここから東向きだから、だいたい東向きに歩きながら計画を話すよ」
今回の計画はこうだ。前回のスケイオ討伐クエストの際は日帰りで行ける距離で、さらにナリアトは市街なので武器も現地調達で何とかなるという計画だった。まぁ誰かさんに台無しにされたけどね。
ただし今回は違う。エリュトロンの住処は山頂付近にあるため、近くには山の中腹にある村・ターニュしかない。しかしターニュは過疎ってて、大した宿屋もなければ武器屋なんか一つもないという最悪の辺境地。
ということで、ナリアト含めた東方面の大きな街を二つ経由してターニュまで辿り着こうという算段。徹夜で行軍とか死にに行くようなもんだからね。ちゃんと寝てもおそらくお陀仏は免れないけど。やっぱりどっかで泊まった方がいい。
「もう空暗いねー」
アズの声を聞いて空を見上げると、本当にもう真っ暗だ。星一つない夜だ。なんか不吉。
さて、経由地その一・ソロップまではあと二時間弱かかるんだけど……くそ、結局徹夜で歩き通しか。
「アズ、ソロップまで歩けるか?」
「ソロップ……? ソロップってあのソロップ?」
ソロップソロップうるせぇよ。この超短時間でよく三回も言えたな。聞いてるこっちは飽きたよ。
「そうそれ」
俺の返答を聞いたアズは、その大きな蒼い眼を丸くする。
「嘘でしょ?! 無理無理無理、絶対無理! だって徹夜じゃん! 馬鹿なの?」
ああこっちは徹夜する気の大馬鹿者だよ。
「それじゃここで一晩過ごすか? それかまだ近いから王都帰るか?」
どの代替案も嫌な選択肢だろう? それなら最初の案が一番良かったと思うだろう? さぁどうだアズ、答えよっ!
「王都帰る! 行こっ! ほらさっさと!」
「はぁ?!」
はぁ? 大事なことなので言葉でも心中でも言いました。そんなことしたらクリューに捕まって終わりだよ? も〜わかってないなぁアズは。今なら許してあげるから一緒に徹夜しよう。
――言葉にしようとして、やめた。「一緒に徹夜しよう」って、若干アウトだわ。勘違いされそうで怖いわ。
というか、王都に戻って都合が悪いのは俺だけ? だとしたらアズの即答の理由もわかる。はいはい俺のことはどうでもいいってか。
「アズはさ、俺がクリューに捕まってもいいの?」
これでいいって言ったら俺はこいつを捨てて逃げる。生憎金の入った鞄は俺が持ってるんだ。アズには軽量魔法をかけてるとはいえ空よりは重いから男の俺が持つって言ってあるけど、本当はいざという時のために金だけ持って一人で逃げるための布石なんだよね。
――こんなクズみたいに生きてたらそろそろ天罰下るよね。
「あっそうか! そういえば王都にはクリューちゃんがいたんだった!」
そうだよやっと気づいたか。誰かこのおバカさん何とかしてあげて。まぁいいって言わなかっただけ評価しとくか。
「むぅ……じゃあしょうがない。ソロップまで歩こう」
よし来た。実は俺も結構眠たいけど頑張って歩きますか。
それから一時間ほど経って。
「まだ着かないの〜? もう歩けないよ〜!」
おいコラ歩け。置いてくぞ。俺は美少女にも容赦しない。それは本人もわかってるはずなのにどうしてだろう?
「ほら半分くらいまで来たから。もうちょっとだから頑張ろう」
もうちょっとっていうのはもちろん大嘘。少しでも気持ちを軽くするための超絶ポジティブ発言。これで誰でもポジティブに! ポジティブは伝染するんだよ!
「もうちょっとって……半分でしょ?」
あら、痛いところ突かれちゃった。
「しかもこんな暗い道をニーヴェと二人だなんて、ロマンチックだけど不安に押し潰されそうだよぉ」
そりゃ白魔導士と二人っきりは最高に不安でしょうね。あぁなんか俺も歩きたくなくなってきた。ネガティブも伝染するんだね。
『おい、まさかここでこいつと一緒に待つんじゃねぇだろうな?』
もはやそのつもりですが。今更どうしたよ我が友悪魔ニーヴェ。天使と交代ごうたいで出てきやがって。前みたいに一緒に出てきてみろ――俺の頭の中で処理落ちして行動不能になるから今の方がまだマシだったわ。まぁできれば出てこないでいただきたいけどね。
『いや、出てきたいから出てくる。それ以外の理由はねぇだろ』
まぁそうだね。それで用件は?
『さっき思考してたようにこいつ置いてトンズラしろよ。そうすりゃ邪魔者も消えて目的も早く果たせて楽だぜ?』
トンズラって久しぶりに聞いたわ。死語使ってくんじゃねぇ。っていうか、もう俺は二人で休憩する気になったんだ。本当に酷いこと言うなぁお前は。前にも思ってたけど、俺の心の中のどこに住んでるのやら。
『お前が考えてるから俺が言うんだよ。お前の邪心がなきゃ俺は存在しない。いい加減自分の性格の悪さ認めろ?』
難しい言い回しとかわかんないから無視で。用が済んだならもう帰っていいよ。てか早く帰れ。
『はいはい。じゃあまたな。せいぜい頑張れよ』
また? 頼むから二度と来ないでくれ。悪魔が来ると俺正義の味方になれるからなんか心地良いってのはまた別の話。
というか天使も悪魔も別々に来ると割とすぐ帰ってくれるのね。
「ニーヴェ?」
はっ! また脳内アクセル全開で全くアズのこと見えてなかった。とにかく返答しないと。
「もーしょーがないな〜。じゃあここで休憩しよう。そんでゆっくり休んだらまた歩こう」
「ありがとう!」
女の子はこの笑顔が武器なんだよなぁ。これズルいよね。クリューの笑顔も綺麗なことは綺麗だったけどあの時は気が立ちすぎてて武器をいなしちゃったんだよね。
ちなみに俺は女好きなんじゃなくて笑顔が好きなんだからね? こういう所で好感度獲得していきたい。
実質初のソロクエストへの挑戦は、往路だけでそれがクエスト何個分かくらいになりそうで末恐ろしいなぁと満天の真反対ともいえる漆黒の夜空を見て憂鬱に思った。