第五話『逃走は至難の業です』
木陰を抜ける涼しい風が頬を撫でる。心地いい。
美少女二人と共に王城まで凱旋。最高のシチュエーション。
その目的は自分の手柄を取られるのをこの眼で見ること。改めて訊くけど、これは正当な扱いですか?
「いやぁいい気分だなぁ。まさかニーヴェくんが私とパーティ組みたいだなんて〜」
さっきからずっとニヤニヤしているクリュー。鬱陶しいったらありゃしない。
対してアズリスは何も言わず俯きながら歩を進める。恐ろしいったらありゃしない。
あの、すみません。すっごく居心地悪いんで帰っていいですか? そう言う為の攣ってない舌も生憎今は持ち合わせがない。
誰か助けて。こんなに切実に思ったの初めてなんだけど。
一歩、また一歩と王城は迫る。もう二度とあんな屈辱は味わいたくない。あれを味わうくらいなら俺は酒場で会ったオッサンの靴を舐めるね。できればどっちも避けたいけど。
舌がまるで機能しないのでその分頭を酷使しつつ歩いていると、ふと道端の草むらが揺れる。
「何?!」
ビビるアズ。これくらいでビビるとはあの時よくついてきたな。
バタンッ。
「何?!」
今度は前方で何かが倒れたかのような音。その音の主は――
「ねぇ助けて。脚が震えて立てないんだけど……」
いや待てクリュー。膝から崩れ落ちたのか? 騎士だろ? 最高勲章持ってんでしょ?
あ、そういえば俺今呪文唱えられないから助けられないよ。てことでみんなで一緒に食われましょ。
そうだこんな自称騎士に構ってる場合じゃなかった。草むらに視線を移す。
直後草むらから飛び出したのは――
――四本の脚。黒い毛並み。ギラついた双眸。
「スケイオ……?」
いいやアズ。あれはスケイオじゃない。そんな街に居座って一日に一回住民を要求する極悪魔獣じゃない。現に体は二回りほど小さい。
それでも、あいつ――イルヴィーは厄介だ。その牙や爪には毒を持つ。とりあえず逃げた方がいいと思う。お願いだからこの意思を伝える方法を誰か教えてくれない? このままじゃほんとに死にそう。この世にとてつもなく大きな悔いを遺したまま死ぬのは嫌だなぁ。という思いの圧力をかけた視線を、殺しかねないくらいにクリューに向ける。
しかし使えない剣を持っただけの凡人はまだ立つことすらできない。
ちくしょう。舌打ちすらすることもままならない状況にイライラは積もりに積もってそろそろ山になるくらいだ。こうなりゃ俺が戦うしかない。
座り込んだままの塵芥が腰につけている剣を勝手に奪い取る。
改めて見るとめちゃめちゃいい剣だな。これでもかというほど手の込んだ装飾。
柄は天馬の羽をモチーフとして宝石で彩られている。せっかくの白い金属が台無しだ。ちなみにこんなに白く輝く金属なんて俺も今まで見たことがない。
刀身には飛龍の装飾。透明なクリスタライトという金属でできている。こっちは綺麗だと思った。息を呑――みそうになった。
なぜ息を呑みきらなかったかというと、「この剣ってそういえば俺の手柄を横取りしたから今持つことができてるんじゃないの?」という考えが浮かんだからだ。あぁ、またイライラが募ってきた。
「え、ちょっとニーヴェくん、何してるの? 一人じゃ戦えないんじゃ……?」
クリューの心配。要らないよそんなの。というか自分だって一人じゃまともに戦えないじゃんか。
「ニーヴェ大丈夫? あれスケイオに似てるけど毒持ってないよね?」
大丈夫。ちゃんと持ってるから。
スケイオに近づくクリューのように、今度は俺がイルヴィーにゆっくり歩み寄る。
今まで気づかれていなかったようで、初めて目が合う。イルヴィーにはまとわりつく羽虫はいないし、肉に飢えているのかして血の匂いも全然しない。
その黄色い爛々とした目を見て、やはり脚が竦んでしまう。いつ噛み殺されるかわからない。しかし作戦通り、剣をイルヴィーの前に差し出す。
光り輝くその剣に少し目を瞑るイルヴィーだがすぐに目が慣れてきたようで、そろそろと俺に近寄ってくる。頼む、頼むから剣に興味を持ってくれ!
舌なめずりするイルヴィー。俺はあんまり美味しくないですぜ? たぶん悪口の味しかしないと思う。
ダメ元で剣を横にゆっくり揺らしてみる。するとイルヴィーの視線は剣に移り、同じように首を横に振り始めた。なんかこうしてると可愛いな。でもたぶん幼少期に「お母さんこれ飼いたい!」って言ったら「毒持ってて危ないからやめなさい」って冷めきった顔で返されそうだ。そして青年の今でも飼いたくはないね。
そうだそうだ。作戦が失敗しないうちに。横に揺らしていた剣を、大きく振りかぶって――イルヴィーは「こいついきなり何しだすんだ」って言ってるような顔で見てたけど――ぶん投げる。イルヴィーはしっかりと宙を舞う剣を追って草むらの中におかえりなすった。
さよならイルヴィー。もう二度と俺たちの前に現れないでね。次は投げるものないからね。
「は?! ちょっとニーヴェくん?! あれ私の剣だよ? わかってるでしょ?」
当たり前だよ。だからやったんだよ。自分のだったらやってねぇよ。
「ちょっと勘弁してよぉ。あれ二本しか持ってないんだからね? 弁償してよね?」
ごめんイルヴィー。まだ投げるものあったみたい。
ていうか弁償って。そういえばイルヴィーとの対面で忘れてたけど舌の違和感がなくなった気がする。
「あ、あ、らりるれろ。治った! てか弁償?!」
でもよく考えたら確かに今回は弁償すべきだ。
「あぁ俺が悪いよ。今回くらいは払ってやるよ。だからパーティの件はなかったことにしてくれない?」
ようやく言葉を発せたこととさりげなくあの約束をなかったことにしようとすることに成功した喜びで口角が上がりまくる。
「それとこれとは話が別だよ〜。ていうかニーヴェくん、ニヤけてどうしたの? 気持ち悪いよ?」
それなんかちょっと前に言われた気がする。誰にだっけなぁ。てかさりげない作戦失敗かよ。
「まぁそんなこと置いといて。ほら剣作ってもらうんだろ? さっさと王都行こう」
そして勲章もらうの見る前に王都の雑踏に紛れて逃げよう。そのためにはアズと打ち合わせしないと。どうすべきか。
「そうだね! よぉし張り切って進むぞ〜!」
そうそう。イルヴィーが戻ってきて俺がもう一本弁償しなきゃならないことになる前に早くこの場から離れようね。
「なぁアズ」
返事がない。ただの歩く人形のようだ。
「アズ?」
アズがこちらを見る。視線が突き刺さって痛いからもうちょっといつもみたく真ん丸な目で見てくれないかな。それなら可愛げがあるのに。
「何?」
えぇ。もしかして怒ってんの? そうだとしたらなんで? 俺何かしたかな?
「なんで怒ってんのさ? 俺が何かしたなら謝るけど……」
「だって……」
恥ずかしそうに、しかしやはり機嫌が悪そうにアズは続ける。
「だってニーヴェ、ずっとクリューちゃんと喋ってるんだもん」
ぱえぇ?! そんなことですかアズさん?! ちょっとそれくらい許してくださいよぉ、付き合ってるわけでもあるまいし。しかしそんなことを言ったら頬に紅葉が発生するのでやめておく。
「ごめんごめん。ちょうど今から話したいと思ってたんだ」
嘘はついてないよね?
「そうなの?! なになに〜?」
こいつ単純だな。アズって好きな人にはもっとチョロくなりそうで怖い。
王都まであと少し。早めに作戦を練った方が良さそうだ。




