第五十三話『自強化不可の白魔導士はそれでもなお自強化したいのです』
ついに最終話です。今まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
自強化魔法の詠唱。今まで何百何千と試みて、全く効果がなかった。だけど、この状況だ。ここで成功しなきゃ、いったいどこで成功するってんだ!
「ごめんね、君にその魔法は使えないんだ! ほかの魔法にチャレンジしてみてね!」
なんか天から声が聞こえてきたんだけど。え、こんなの初めて。
周りの騎士たちのざわめきも一段と大きくなってきた。
「おい、今のって……」
「誰か言ったか?」
「あんなに響いていたのに、叫んで出しているような声でもなかったわよ」
どうやらみんなにも聞こえているみたい。ドッキリ?
「あはは、ドッキリなわけないよ~。さて、と。おめでとう、ニーヴェルング・ヴァイスくん」
あれ、俺またなんかやっちゃいました? なんで魔法不発して祝われてんの?
「なんだてめぇ煽ってんのかコラぁ、姿見せろや!」
あはは、と快活な笑い声が空から響く。
「君、言ってることの重大さわかってないでしょ? 私は神だよ。名前はモニカ。だからそっちには行けないんだ、ごめんね」
モニカ……? でも、神話のモニカとは口調が違うし、そもそもモニカならさっきまで一緒に旅を――
「神だか何だか知らんが、ニーヴェルングとの対決を邪魔されては困るな、モニカを名乗る者よ」
「ほう、トゥローネ・シュッツァー。なかなか言うじゃないか。お前が魔法を使えるか使えないかは、私の裁量に依るというのに」
口調、変わってる……? え、もしかしてどこぞのカス王と同じ人格信号機? それはさておき、魔法を使えるか使えないかの裁量が、モニカの手の中にある……? そんなこと、神話の本に書いてなかった。
「ほざけ。そんなこと、聞いたこともない。いくら神だからといって、俺の持つ魔法の力に干渉されてたまるか」
トゥローネは右手を高く掲げ、高らかに詠唱する。
「創造神の怒りより生まれし獄炎よ、矢となりて、ニーヴェルング・ヴァイスを貫くまで天より降り注げ!」
「だから、そういう詠唱の時点で私の力の干渉を許していることに気づけ、愚かな人間。罰としてその魔法の発動は不許可とする」
モニカの声が言う通り、いつまで経っても炎の矢は降って来ない。
「何、だと……?」
なるほど、魔法の詠唱は本来、創造神であるモニカへの感謝によって成り立っている。確かに、神話ではモニカが最初に魔法を使っていたし、炎の魔法などはモニカによって初めて生み出されている。では、モニカへの感謝の気持ちが、魔法の発動条件なのだとしたら……?
「トゥローネ、前から思っていたが、お前の詠唱は形だけなんだ。人間たちの魔法を使える力を、魔法そのものに繋いでいるのは私なのに。そのような気持ちの者に、魔法を使う資格などない」
モニカの声は、悲しみに満ちていた。人間と魔法の媒介――それがどんなに大変なものかわからないけれど、彼女に負担がないわけはない。人間たちにここまでの豊かさと、強さを与えてくれた彼女に感謝し、彼女をいたわらなければ。
でも、納得のいかないことがまだある。
「なあモニカ、俺は何で白魔法しか使えないんだ? 物心ついた時から、ずっとモニカの神話を読んできた。その話は今も信じてるし、魔法を使うたびに君に感謝を込めて詠唱してる。なのに、どうして」
「君のことが嫌いなわけじゃないんだ。勘違いさせて、傷つけてしまったかもしれないね。でも、逆なんだよ」
不意に、どこからともなく光の粒が多数現れる。それは俺の目の前に、一人の少女を形作った。少しぼやけてはいるが、大きな黒い帽子を被り、濃紺の長い髪を後ろでまとめて銀色のローブを纏う少女の姿がそこにはあった。
「君が――私の知る人間の中で最も私を想ってくれる君が、もし魔法を自由に使えたなら……。君はおそらく、今よりずっと多く戦っていただろう? どれだけ君が強くなろうと、魔法には限界がある。君には、矢面に立ってほしくなかった。私は君を失いたくなかった。私は……君に生きていて欲しいんだ」
彼女の帽子のつばがつくっていた影の中、緑色の瞳は潤み、眦には涙が光っている。
「おい、ニーヴェルング! どこを見ている! モニカの声の邪魔は入ったといえど、決闘は続いているぞ!」
どうやら、モニカの姿は俺以外には見えていないようだ。さらに、途中で声すらも俺にしか聞こえていないようだ。しかし、トゥローネは今何もできない以上、モニカの話を聴かない手はない。
「でも、君は一人で魔獣に立ち向かおうとした。自強化もできない状態で、やろうとしたんだ。そんな君を、誰が止める?」
モニカは首を少しだけ傾げながら、震える声で訊く。
「おい、ニーヴェルング! 聞いているのか!? 魔法を使わなくとも、お前にくらいは勝てるぞ!」
トゥローネは長剣を抜き、こちらに切りかかる。しかし、彼と俺の間、ちょうどモニカの像が映し出されているすぐ後ろに、誰かが立ちふさがる。
「やめて!!」
それは、モニカ――否、モニカのふりをした人間の少女。
「改めて言うよ、おめでとう。他強化の魔法以外の詠唱は、さっきので九千九百九十九回目だ。まぁ飽きずによくやるもんだ。しかもそのすべてに、君から私への感謝の気持ちがこもっていた。そこまで、私のことを想ってくれて、ありがとう。一万回目からは、もう止めないよ。これからも、変わらぬ君でいて欲しい」
その言葉を聞いて、いや、聞く前に、俺は走り出していた。
「モニカ、今まで守ってくれて、本当にありがとう。これからも、俺は負けない。君への感謝も忘れない。だから、大切な人を守らせてほしいんだ。ニーヴェルング・ヴァイスに、全身体能力の強化をっ!」
瞬間、俺の体はトゥローネの真ん前に移動し、顔と顔は突き合わされ、剣と剣は火花を散らすほどにぶつかり合っていた。
「ふっ!」
しかしその均衡も束の間、俺が少し力を込めると、トゥローネは数百歩分ほど先の木の幹まで吹っ飛び、それにぶつかって気を失った。
俺は振り返り、俺を守ろうとしてくれた少女を見る。
「大丈夫か?」
帽子は俺の移動の際の風圧で飛び、綺麗で丸い群青色の瞳がよく見える。
「大丈夫か、アズ?」
その少女は大きな目から、大粒の涙をこぼしていた。
「なんだ、気づいてたんだね……」
「初めは、本物のモニカだって思ってた。でもさ、だんだんおかしいって思い始めたんだ。瞳の色、青色だし。魔獣にビビるし、弓矢下手だし。そんでお前、空間転移魔法使うとき、思いっきり俺のこと『ニーヴェ』って呼んでただろ? その声が完全にアズだったんだよ。でも、お前魔法なんて使えたんだな」
俺は笑って言う。アズが魔法を使うところなんて見たことがなかったから、そこだけが気がかりだった。
アズは首を横に振る。
「私、練習してたんだ。ニーヴェと旅してる間に。いつか、お荷物になって置いていかれるんじゃないかって思って……。レウコン経由でここに向かうって聞いたとき、思ったんだ。『ああ、私、王都に置いて行かれるんだ』って。それで、この計画を考えたの。言うことを聞けなくて、本当にごめんなさい」
アズは頭を深く下げる。涙が雨のように彼女の近くの地面にこぼれる。
アズは、俺が見ていないところでずっと魔法の練習をしていたんだ。さすがに弓の腕までは間に合わなかったにしても、氷の剣を作る魔法、そしてそれの扱い方、治癒魔法の詠唱……彼女は、この期間ではほぼ不可能ってくらいの上達をしている。俺がストナたちに呼ばれて魔獣を倒しに行っているときも、俺が寝ているときも、彼女はこっそり頑張っていたんだ。
でも、違うんだ。アズを置いていこうとしたのは、俺が魔獣にやられそうになったとき巻き添えになってほしくなかったからだ。アズがどれだけ強くとも、俺はアズを危険にさらすような真似はしたくなかった。
アズは頭を上げて、言葉を続ける。群青色の双眸を見て、俺は数秒固まってしまう。
「でも私は、ニーヴェが死んじゃうかもしれないってときに、自分だけ待っているなんてできなかった。魔法の中で一番難しいって言われてる空間転移魔法をほぼ習得した私なら、ニーヴェの手助けもできるかもって思っ――」
俺はアズの華奢な体を抱きしめた。
「もう、いいよ、アズ。本当に、ほんっとうにありがとう……! 俺は君が、大好きだ」
アズは一瞬驚いた顔をしてから、にこりと微笑んだ。
「……私も」
一連の光景を固唾を呑んで見守っていた騎士の中の一人が、ゆっくりと拍手をし始めると、その後他の全員が一斉に手を叩き始めた。
「ニーヴェくん、君には勲章を与えないといけないね。エリュトロン討伐、トゥローネに取り憑いていた魔獣の討伐、さらに、魔法の発動には創造神・モニカへの感謝が不可欠なことを思い出させてくれたこと。どれも素晴らしい功績だよ」
アズをもう一度強く抱きしめてから、俺は王・レウシスに向き直る。
ついに、俺にも勲章がもらえるのか……!
「そうと決まれば、すぐに式典を執り行うぞ。アズリス、お前の空間転移魔法成功率はどれくらいだ?」
「え、確か、三十回くらいやって失敗したことないですけど……」
成功率三分の一って全魔導士の平均だったんかい。ビビり損じゃん。
「では、ニーヴェルングとわし、そしてもう一人勲章を授与されるべきクリュー・ポースを連れて王城まで転移してくれ。早急に準備をせねばならん。後の者は、魔法を使うなり移動用魔獣に乗るなりして、一時間後の式典に間に合うようにしろ。それと、誰かトゥローネの治癒も頼む。やつはおそらく気絶しているだけだろうから、すぐに復帰できるはずだ」
騎士たちは次々に承知の意を表し、行動し始めた。
「あ、あのぉ……ニーヴェさん、ちょっといいですか……?」
その声に応えて、俺は王都に行く前の一仕事をした。
*****
「ギャプッ! ギャプッ!」
街道にネッセスの声が響く――
『ギャプッ! ギャプッ! ギャプオォォォォォォォオッ!』
――否、大量のネッセスの声が轟く。
「ひゃっほーう! こんなに言うこと聞いてくれるネッセスに乗るの初めてです!」
黒いローブの魔導士・イグナは叫ぶ。
「……これもすべて、統制の効く魔獣を呼び出せるように僕をパワーアップしてくださった、ニーヴェさんのおかげですね」
白髪の黒魔導士・リオンはイグナに言う。
「ですね! このペースだと、三十分もあればレウコンに着いちゃいますよ!」
*****
空間転移魔法は無事成功し、一時間後、俺は勲章の授与式を迎えた。
「クリュー・ポース」
「はいっ」
レウシスの威厳に満ちた声に返事をして、クリューは一歩前へ出る。金色の鎧に包まれ、赤いマントを羽織る姿は、まさに実力のある騎士だ。誰のおかげだと思ってるんだろう。
「トゥローネ・シュッツァーに取り憑いた魔獣を直接倒した功績により、勲章を与える。よくやった」
「ありがとうございますっ!」
クリューは恭しく片手サイズの勲章を受け取り、元の場所――俺の右に戻る。
「続いて、ニーヴェルング・ヴァイス」
「はい」
俺は、やたらと装飾品の付いた、汚れ一つない白のローブを着て、レウシスのすぐ前に立つ。
「赤空龍・エリュトロンを単独で倒したこと、トゥローネ・シュッツァーに取り憑いた魔獣を引きずり出したこと、そして我々に魔法の詠唱の意味を再確認させてくれたこと、以上の三つの功績により、勲章を与える。おめでとう、ニーヴェくん! 勲章をもらうのは初めてだよね! 本当に今まで長かったね! 僕はずっと応援して」
「うるせぇぇぇぇぇえっ! 急に人格変えんなガチでビビったわ! そんで友達モードになってから早口すぎるわ! ニーヴェくんヲタクかお前!!」
俺はレウシスの手から三つの勲章を受け取り、クリューの横に戻る。
勲章ですか? もちろん家宝にしますよ。
*****
それから二週間が経った。俺は今回の報酬金で新しく買った広い家で、五億年ぶりにゆっくり過ごしていた。嘘です、三か月ぶりです。
「ねえニーヴェ、本当にもうクエストは受けないの?」
アズリス・シュッツァーはパンにバターを塗りながら訊く。
「当たり前だろ。もう一生遊んで暮らせるだけの金があるんだから、わざわざ命の危険を冒してまで行く必要なんてねぇよ。それに、もう家族もいるんだし」
我ながら、言ってて少し恥ずかしかったぞ、今のセリフ。
「王国最強の魔導士ニーヴェルング・ヴァイス・シュッツァーがこんなゆっくりしてていいの? まだまだ悪い魔獣はこの国にたくさんいるのに。私だってもう戦えるんだから、ニーヴェが行くならついていくよ?」
「えぇ~、でもぉ~……」
ウジウジしていると、家の扉を叩く音がする。一回、二回、さんか――あ、三回目で壊れた。
「おい誰だよ! 築1年も経ってねぇんだぞ! 王冠くらい優しく扱え!」
叫びながら、さっきまでドアがあったであろう場所まで駆け寄る。そこには、クソジジイがいた。
「やっほー、ニーヴェくん。そろそろ休憩も済んだだろう?」
「てめぇかよっ! 王冠の扱い一番わかってるはずじゃねぇか!?」
魔獣討伐に派遣されそうなので、全力で話を逸らしにかかる。
「王冠は触りすぎてよく雑に扱っちゃうんだよね。さて、本題に入るんだけど」
こいつが一番王冠の扱いゴミだったか。そんですぐ話戻された。俺の扱いはよくわかってんな。
「君、このまま一般市民になろうとしているな? あのようなゴミ共に混ざろうとするとは……お前もゴミだったということか。お前のようなゴミには魔獣を急ぎ倒して来て欲しい、ニーヴェルング・シュッツァーよ!」
「人格コロコロ変わりすぎて結局何が言いたいのか理解するのに時間かかったわ! せめてしゃべり終えるまでは人格保てよ!」
やっぱり魔獣討伐の催促か。どうやって躱す……?
「あ、ちなみに、アズリスちゃんの親が魔導士の名家だってことは最近知ったよね? 彼女の家族は、ニーヴェくんが冒険に行かなかったらすぐに離婚させるって言ってたよ。じゃ、頑張ってね」
え、離婚……? 離婚っすか……? ちょっと叫ばせてください。
「なんでやねんっっっ!!」
『ヴァイス 自強化不可の白魔導士は一人で魔獣を倒したい』
これにて完結です!!
長編小説を完結させたのは、これが二度目です。この小説は、あるとても面白いギャグ小説にインスパイアされ、どうしても書きたいと思って脇目も振らず書き始めてからというもの、たくさん悩んで、たくさん楽しんで書いてきた作品です。
この作品が私をいくらか成長させてくれたと信じています。そして、こんなにもたくさんの方々に読んでいただけたこと、本当に嬉しく思います。皆さんがこの作品を通して、少しでも幸せになっていただけたなら、それ以上の喜びはありません。
もしかすると、またニーヴェくんたちが登場する短編を書くかもしれませんし、全く別の新作も準備している途中ですので、これからの氷華青も応援していただけると嬉しいです。
長い間、本当にありがとうございました!!




