第五十話『白魔導士の相手は話題のあの人です』
肩を揺さぶられる。あれ、俺、何してたんだっけ……? 確か「空間転移魔法」で西の街か地獄かのどっちかに連れていかれて……。
「ここどこ?! 地獄じゃありませんように!!」
勢いよく体を起こす。するとそこには、青い双眸を丸くしてこちらを見つめるモニカがいた。
「良かった、ニーヴェルング。起きてこられたんだな」
「お、おう」
とりあえずここがどこなのか確認しないと。見回すと、辺りは荒れ果てた土に、遠雷の鳴り止まぬ曇天。さらには多数の怪我人と、綺麗に並べられた棺桶。
「ああ、地獄か……やっぱ空間転移魔法成功しなかったんだね」
「安心しろ、ニーヴェルング。ここは西の街だ。私たちは生きて目的地に到達したんだ」
「嘘でしょ? 地獄より地獄じゃね?!」
さらに辺りに目を向けると、騎士団と思わしき銀の甲冑を身に纏う一団が円を描くように並んでいる。内側には剣を持った者。外側には弓矢を番えた者。
彼らの視線は、円の中央に立つ、たった一人に集中している。
「なるほどな、やっとわかったぜ」
レウシスが俺を呼んでいた理由も。
王国中の騎士がよって掛かっても数多く倒されてしまっている理由も。
最近、とある魔導士の活躍を耳にしなかった理由も。
「ようやく来たな、私の息子だった者、ニーヴェルングよ」
騎士団が包囲を緩め、俺に道を作る。
「トゥローネ・シュッツァー……どうして……!」
「私が王国に背いた理由か? それはお前が、一人でエリュトロンを倒したと聞いたからだ。あれは、他の魔法も使えない、自強化もできないような無能の白魔導士が、簡単に倒すことのできる魔獣ではないはずだぞ。だからお前の力を試すため、王国に牙を剥くことにした」
簡単に……? 行程は簡単に見えたかもしれないが、あれは俺が考えた作戦がたまたま上手くいったし、しかもエリュトロンが俺をナメていたからできたことだ。それを、俺が何も努力していないかのように言うなんて。
「ふざけんな……俺だって苦労してんだよ……っ! しかも、そんなクソみたいな理由だけで、こんなに人を怪我させて、殺していいわけねぇだろ!」
俺の叫びに、トゥローネは血走った目を見開く。
「正当防衛だ、ニーヴェルング。彼らは俺が王に背くと宣言した矢先に、大勢で斬りかかってきた。それを、何の抵抗も無しに受けろというのか?」
「そもそも王を裏切るのが間違ってるだろ! 俺の力を試すだけなら、王都の訓練所でもなんでも使ってやればいいはずだ!」
「それがだね、ニーヴェくん」
息を切らして叫び続ける俺に、老人が歩み寄る。立派な赤いガウンと金色に光る王冠。国王のレウシスだ。
「彼はどうやら、魔獣に心を支配されているみたいなんだ。そして彼が執拗に君を呼んでいるものだから、君に急いで来てもらったってことなのさ」
相変わらず俺にだけ友達口調なのは健在か。それはどうでもいいとして、魔獣に心を支配されているときたか。
「さあ、ニーヴェルング。正々堂々、ここで戦おうじゃないか」
トゥローネは王国最強の魔導士。そして彼に取り憑いているのは、得体の知れない魔獣。彼の力はその魔獣によって格段に上がっていると予測できる。自強化すらできないクソ雑魚白魔導士が、足元にすら及ぶことのできないような相手であることはわかっている。それでも――
「わかった。やるよ」
トゥローネ本来の目的を失った彼が、その力で王国を危機に陥れるかもしれない以上、俺がここで戦って、わずかな勝機を掴むしかない。ここで魔獣を倒せば、トゥローネに俺の単独の力を見せつけることも、王国を守ることもできる。
「ふっ、それでこそ、私の血が流れる者だ」
騎士たちの間を通り抜け、トゥローネの近くまで行く。
「む、無理だろ……いくらエリュトロンを倒したからって……トゥローネさんは格が違う」
「ニーヴェくん、大丈夫かな……?」
そう囁く、青色の髪の魔導騎士や金色の長髪の女剣騎士たちを視界の端に追いやって、俺は正面からトゥローネに向き合う。
騎士団が包囲を完全に解き、数十歩分後ろに下がる。
「お前の決意を変えるつもりはないが、一応伝えておこう……死んでも、知らないぞ?」
「その言葉、そっくりそのままあんたにお返しするよ。自惚れんなよ、最強魔導士さん」
強く顔をしかめたトゥローネの右腕が、雷を纏う。
「神より賜りし雷の咆哮よ、ニーヴェルング・ヴァイスを焼き払うとともに、その周囲を包囲せよ!」
魔法の詠唱というのは、本当に馬鹿みたいなものだ。人語の分からない下等魔獣に対しては効果てきめんだが、人語を理解出来る上等魔獣や人間に対しては、これから何が起こるのか明白に知られてしまう。
トゥローネの詠唱を聞き終わる前に、俺は彼に至近距離まで迫った。さすがに、自分を雷で焼くことはしないだろう。
予想通り、数十発の雷霆はこちらには落ちず、俺がさっきまでいた辺りを黒焦げにするだけだった。
トゥローネの懐まで入ってから、俺は長い詠唱を始める。左手にホワイトエルツを持って。
「ニーヴェルング! それではトゥローネさんの思惑にはまってしまっている!」
「ふははっ、ニーヴェルングよ、そう来るだろうと思っていたぞ! 生命を宿らす水の流れよ、ひとたび止まりて氷となり、ニーヴェルング・ヴァイスを貫く死の剣として顕現せよ!」
トゥローネの右手がこちらに突き出され、そこから先の尖った氷が出てくる。
でも、動きが読まれていることくらい読めている。
詠唱をしつつ、イグナに買ってもらった剣を取り出してかろうじて氷を防ぐ。
「うあっ!」
直撃は免れていたものの、ぶつかり合った衝撃で体が飛ばされる。
「おいおい、その程度か? エリュトロンを倒した白魔導士というのは、随分と骨のないやつだな」
「くそっ……」
さっき呻いてしまったせいで、詠唱が途切れた。
「そろそろ終わり、だな。お前を倒した後、俺様がこいつの体を乗っ取って、この国を魔獣のものにしてやろう」
今話しているのは、トゥローネではない。やはり、あの中に魔獣が取り憑いているのだ。
俺は諦めずに詠唱を初めからやり直す。白いローブについた土すら払わぬままに。
「失望したぞ、ニーヴェルング。やはりお前は、シュッツァー家の穢れだ」
再びトゥローネが話す。もはや、それも魔獣が彼の真似をしているのかもしれない。魔獣がどこまで彼を侵蝕しているのかがわからない。
「始まりの炎よ、この戦いを終わらせよう。無数の火球となりて我の周りに現れよ。そしてニーヴェルング・ヴァイスの血、肉、骨を一つ残らず焼き尽くせ。彼に永遠の眠りを約束せよ!」
なんかすごいイタいポエムみたいだけど、あれで一つの詠唱です。結構長い方。それで、詠唱が長いと……その分威力が高くなっちゃう。あかん、これ死ぬやつや。
俺を丸ごと飲み込めるような大きさの火球が、次々と襲いかかる。それを、前後左右に飛んだり転がったりしてかわしていく。詠唱中の口には土が入ってしまい、砂利を噛んで歯が音を立てるが、それでも詠唱を続ける。
しかしそれも長くは続かず。次第に避けきれなくなり、ローブはところどころ焦げていく。火球に横から水魔法が飛んでくるが、全く威力は減衰しない。
俺を援護するためにその水魔法を放った水魔導士は、火球の灰となった。
もはや誰も手出しはできない。やっぱり、トゥローネは最強の魔導士だ。
つまずいてしまった俺は、火球を天高く掲げるトゥローネに向き合う。
「トゥローネ、俺の負けでいい。だから最後に一つだけ、言いたいことがある」
「なんだ、置き土産か? 言ってみろ」
俺は跪いたまま膝を揃え、その前に手をつく。そして、思い切り頭を地面に叩きつけ、こう言った。
「本っ当に申し訳ありませんでしたっっっ! 自分調子乗ってました! 『エリュトロン倒した俺ならトゥローネさんにも勝てるかも〜』とか、アホな頭で考えちゃってました! でも、めちゃくちゃ反省しているので、何とか、何とか命だけは助けてくれませんか?! もう王国とかどうなってもいいんで! せめて、俺の命だけでもっ!!! し、死にたくないよぉぉぉぉっ!」
『はああああああああっ?!』
騎士団や王やモニカの叫びが、平原にこだました。
お久しぶりです!
更新が遅れて申し訳ありませんでしたm(_ _)m
これからもぼちぼち更新していきますので、どうか応援よろしくお願いします!




