第四十一話『思い浮かべたのは同じ人物です』
状況がよくわからん! なんで? なんでリオンが俺の部屋にいるんだ?!
「どうして、ニーヴェさんが……? ほわぁ……!」
「なんで顔がとろけてんだよ?! 相部屋なら困るだろ!」
こいつ意味がわからん。まあアズやイグナと相部屋じゃないだけマシだけど。
「だって、ニーヴェさんから色々お話を聞けるじゃないですか。僕だってお話ししたいことが沢山ありますし……」
リオンの淡青色の瞳がこちらを伺う。
ま、話し相手になってくれるならいいか。一人で過ごす宿の部屋も悪くないけど、男二人で楽しく会話しながらも悪くない。
「じゃあ、まず俺から話した方がい」
「待ってください! 僕から! 僕からいきます!」
「急に食い気味に来るのやめろ! 心臓飛び出るから!」
え、俺の話聞きたいんじゃなかったの……? 普通にこれまでの出来事話したかっただけなの?
「す、すみません……つい暴力的になってしまいまして……」
うん。暴力的にはなってないから大丈夫。ただただ積極的になったってだけだから。
「……えっと、あれです……あの、ニーヴェさんのお話からだと……僕のハードルが上がっちゃうと思いまして…………」
何それめっちゃハードル上がるんですけど?! いや、やべぇって。ハードルでハードル上げてきた。やっぱ最高峰の黒魔導士って高等スキル使うんすね。
「お、おう、ま、まあ話を聞こうか?」
「今の一瞬でめちゃくちゃ動揺してますけど何かあったんですか……?」
「べ、別に何も? 他人のハードルのせいで俺のハードル上がったとか思ってないけど?」
「たぶんさっき自分の思ってることブチまけてくれたんでしょうけど、その言葉の意味がわからないので僕の話に進ませてもらいますね」
良いのか悪いのかよくわからんな、それ……。
俺の動揺、困惑、その他もろもろを全部知らないで、リオンは語りだす。
「以前、ニーヴェさんに初めてお会いした日があったじゃないですか?」
群衆から頑張って逃れてようやくアズに会えたと思ったらめちゃくちゃ無駄な金銭消費しててブチ切れたやつね。うん、もちろん頭に刻まれてる。
ってことで俺は頷いた。
「あの日、ある変わった女魔導士さんに出会ったんですけど……」
変わった女魔導士? そんなやつ俺は一人しか覚えてないぞ?
「もしかしてそれってイグナとかいうやつ?」
「名前はイグナ・マギアスというらしいんですけど」
「「あ、それそれ」」
お、よかった。運良く覚えてたヤツで。
「なっんで変わった女魔導士ですぐにその人の名前が浮かぶんです?! 他にも沢山いらしたでしょう?!」
静かな宿屋の一室で一人で騒ぎ立てるリオン。こいつこんなキャラじゃなかったよね?
まあ確かに、俺だってこういう役職でこういう仕事をしているからこそ、たくさんの人たちと出会わないわけではない。
「そりゃあそうかもしれんけど……さっきまで一緒にいたイグナ以外忘れちった☆」
「あなた記憶力どうなってるんです?! さすがに他の一人や二人覚えていらっしゃるでしょう?!」
「いや、だから覚えてないって。まあとりあえず冷静になれよ」
俺が正直に否定してなだめ続けると、リオンは俯く。こちらに向いた、冒険者のものらしからぬ綺麗な白髪が彼の強さと清さを物語っている。
「わかりました……ですがもう一つだけお訊きしてもいいですか……?」
なんかそういうときってエグいの来るよね。
「お、おう、なんでも来い!」
「あのヤバい人と、さっきまで一緒にいらっしゃったんですか……?」
イグナ、ヤバい人扱い。
「そうそう、イグナと一緒に来たよ。あとアズも……うん…………とりあえず、会う?」
イグナがヤバい人扱いされてるから改めさせないと。リオンの勘違いが勘違いじゃなかったならイグナのヤバい行動を止めないと。あいつ秒で枕投げ誘って来たし。
「すみません、まだ心の準備ができていないので……後で会わせていただきます……」
そんなに怖いなら会わなくてもいいけどね。
「まあいいや。ごめん、話止めちゃって」
「いえいえ、滅相もございません。続けますと、そのイグナさんに出会って、僕の名前を大声で叫ばれたんですよ」
「ガチでヤベェ奴じゃねぇか! なんだよそれ!」
急に出会った人の名前叫ぶとか怖すぎるんだが。俺とアズといた時はまだまともな状態だったのか。
「ああ、いえ、色々お話しした上でですよ?」
ああ、なんだ。リオンって気づかなくて話してたら、「僕リオンでした」って言われるドッキリね。それはどっちも悪くない。
リオンは存在自体がドッキリの人だから別に悪くない。うん、それでいい。
「それならどこがヤバい人なんだ?」
そう訊いて、すぐにその答えが脳裏によぎった。
「あ、ローブか」
「ローブに決まってるじゃないですか……」
ですよねぇ。あんなスモールサイズのローブ着てるやつガチでヤバいやつだよね。
「と、とにかく、そんなイグナさんの仕業で僕の正体が民衆と冒険者たちに知れ渡ってしまい、僕はネッセスを召喚して街から逃げ出しました」
「何それめちゃくちゃ面白いじゃん」
あれ、俺が用意してる渾身の「リフリーのカタコト話」が負けそうじゃね? ハードルガンガン上がってるよ、これ。
「お、面白くはないですよ……必死だったんですから……」
まあそりゃ、大群集に追いかけられたら慣れてない人は怖いに決まってるけど、俺はもう慣れちゃってるからなぁ。できたら慣れたくないよね。
「で、そのままフィルストを経由してここ、セコンまでネッセスに乗ってきたってわけか」
「いえ、僕がネッセスに引きずられて」
「ぶふぉっ! あ、ごめん、続けて。勝手に想像して笑ってただけ」
こんなん笑うなって方がおかしい。
「クズですねあなた?! 人の不幸を笑うなんて酷いですよ?!」
「クズで結構。十七年間クズとしてやってきたんだ、今更直せと言われて直せるもんじゃねぇ」
「開き直ってる! 一生のクズだ!!」
あんまりクズって言われると俺の鋼のメンタルが砕かれるんだけど。
「まあまあ落ち着けって。で、ネッセスに引きずられてどうなったんだ?」
この話の持ってき方からつまらない話になるわけがない。余程のスべりセンスがないとこのフリじゃあスべれんぞ?
「砂埃にまみれながら痛い思いをしてたら、『そこのネッセス、止まれ!』という声が聞こえまして……」
ほうほう、優しい人だな。普通、暴走するネッセスみたいな世界一止まらないものを止めようとはしないよ?
「そのお方に助けていただきました。彼の経営するお城のようなレストランにも連れて行っていただきましたし――」
「待ってくれ、何だそのファンタジーにも出てこないくらいバカみたいな建物は」
ん、待てよ? お城のようなレストランって、なんか聞いたことあるぞ……?
――このお金で一つの街みたいなレストラン建ててね。
確かそうやって心の中で言ったよね、あん時の俺。
「もしかしてそこの店主って――グリアってやつ?」
「グリアさんって言うお方なんですけど……」
「「あ、それそれ」」
このくだり二回目ね。なんで俺の知ってるやつばっかり出てくるんだよ意味わかんねぇ。
てかめちゃんこ面白いじゃねぇかその話。あのナチュラルサイコパスと会えたのかよ。いいなぁ、俺もう二度と会いたくないけど、すごい面白いやつだったからなぁ。
でもあいつ、街じゃなくて城建てたのか。センス狂ってんな。
ってことで、俺のリフリートークの前に完全に越えられないハードルが立てられましたとさ。




