第三十五話『魔導士たちは邁進中(?)です』
ヒリヒリと痛む体に鞭打ち立ち上がる。もう誰も僕のことを追いかけてきてはいない。
「あの、大丈夫ですか……?」
赤茶色の髪の男性は心配した声色で話しかけてくれる。絶対に、この人はいい人だ。それだけは確信が持てる。
「あ、ふぁいっ、大丈夫です……」
そう呟いて、ローブに付いた砂埃を払う。それまでも何度も払っているにもかかわらずまだ落ちない。あの男性も一緒に払ってくれるが、落ちない。
「あ、あの……僕、リオン・シュヴァルツと申します……この度は助けていただき――」
「あ、そういうのいいですよ。僕は今、神様にもらったプレゼントに報いるために日々生きているので、お礼なんて必要ありまリオン・シュヴァルツですって?!」
なんか途中まで意味わからんこと言った挙句にすっごい滑らかにツッコミに切り替えてきた!
「ええ、まあ……あの、あんまり大きい声で呼ばれると人が近寄ってくるのでお控え願いたいんですが…………」
「そ、それはすみません」
丁重に謝ってくれる辺りやっぱりこの人、いい人だ。
「あ、あの……二つほどお訊きしたいことがあるのですが……」
「うん? 何でしょう? 何でも答えますよ。性癖とか以外なら」
そんなこと言われたら訊く予定なかったのに訊きたくなってくるじゃない。
「え、えっと……そうじゃなくて…………あなたのお名前は……?」
「いやいや、リオンさんに名乗るほどの者ではありませんよ。ですが、訊かれたからにはお答えします。グリアという、ソロップの外れに店を構えるしがない人間です」
グリアさん。命の恩人。心に刻もう。あんなこと言ってたけれど、何かお礼をしたい。でもその前にもう一つだけ質問してから。
「あの、グリアさんのお話を聴く限りここはソロップなんでしょうが……それならいつからここにあんなお城が?」
目が見えるようになった時、真っ先に網膜を刺激したのは、王城よりよく見ると少しだけ小さなお城。一瞬、もうレウコンに着いたのかと思った。
「ああ、あれですか。うちのレストランです」
「――――え? あの…………お城……」
グリアさんが質問の意味をわかってくれないことに僕がおどおどしていると、彼はにこりと笑う。
「ですから、あのお城が僕のレストランです」
言葉の意味がわかるまで数秒かかった。
「――は?! ば?! ぱっ?! あなたは王様ですか?! それともこの国のナンバーツーですか?! はたまたニーヴェさんくらいの大金持ちですか?! 驚きすぎて話に花が咲きましたよ?!」
「え、もしかしてさっきの『ぱっ?!』っていうのが開花音ですか?! さすがにないですよね?!」
そうですが何か? というか驚愕オンパレードなんですけど。
そこで唐突に、僕の腹が鳴る。
「あはは、まあネッセスにあれだけ引きずられたらお腹も空きますよね。それでは、僕がご馳走しましょう」
どういう理論かわからないけれどお腹は確かに空いているので行ってみよう。
道中、僕は訊く。
「あのぉ、先程言ってた『神様からのプレゼント』というのがお城なんですか……? 僕がここを七日前くらいに訪れたとき、こんなのはなかったと思うんですけれど……」
「そうなんですよ。実は何日か前、僕が肥育するネッセスの群れのうちの一頭に乗っかって、群れを走らせていたときにですね、なんと百匹のネッセスをコントロールすることができず、彼らがレストランの壁にぶつかってしまったのです。まあもちろん、穴が開きますよね」
「……で、ですよね…………」
でもそこまでの話だと、この人が調子乗って百匹をコントロールしようとして出来なくて残念だったねというだけだ。きっとその後に神からの贈り物があったんだろう。
「それから数分間気絶して、ネッセスたちが全員いることを確認したあと、レストランの残骸に目を向けると……何と鞄が二つほどあるではありませんか。それの中身を確認すると、中にはたくさんの金貨袋がありました。これはきっと神様の贈り物だ! と思って、早速お城のようなレストランを建てたということですね」
いや、レストランの再建はわかる。でもお城みたいなの建てる必要ある?
「……ちなみに、あの……お、お客さんは……?」
「元のレストランでも少なかったですが、最近めっきり減りました。たぶんお城に慄いているんでしょう」
「何それ! 意味なさすぎっ!」
しかしグリアさんは白い歯を剥き出しにして言う。肉ばかり食べているのか、犬歯だけ大きい。
「まあでも、結局まだまだお金あるので、この先お客さんが来なくても一生を生ききれますけどね」
なんだこの人。腹立つからお城崩れればいいのに。
「あ、着きましたよ」
そうだそうだ、この人は僕の恩人だった。危うく(金持ちアピールがウザすぎて)忘れるところだった。自分から訊いたんだけど。
「おーい、開けてくれー!」
巨大な扉の前でグリアさんが叫ぶと、中から衝突音がした。何度も、何度も、何度も。
そしてようやく、扉はぶっ壊れて開いた。大きな蝶番が本来曲がらない方向に曲がって折れて、バカでかい二枚の木の板はこちらを押し潰さんとするように倒れてくる。
「ああ、死ぬっ! 逃げないと!」
本能による反射で僕は逃げる。グリアさんも何とか助かったようだ。
誰がこんなことをしたのかと扉があった方を見ると、中では膨大な数のネッセスが、整列して待っていた。
「ああもう……これで十三枚目ですよ……どうやったらちゃんと開けてくれるんですかねぇ……?」
グリアさんが呆れたように言う。ネッセスだからちゃんと開けられないでしょ。
「ギャプッ! ギャプッ!」
ネッセスが我慢できずにグリアさんに擦り寄る。たくさんのネッセスが一気に。
「うぉわああああやめて! そんなに来ないで! こ、殺される! 擦り寄り殺される!」
なんですかそのショボそうな殺られ方。
「と、とりあえず……そこのドアの先に食堂がありますので、そこでお待ちください! すぐに二、三匹調理しますので!」
「わ、わかりまひた!」
とは言ったものの……よく考えたらさっきのナチュラルサイコパス発言じゃないか?! どうしよう、僕も調理されないかな……すごい怖くなってきた。
*****
「それで……西の街だっけ? どんな魔獣が出てきたの?」
手を引くイグナに訊く。力が強くて腕がもげそう。そんなこと本人に言ったらキレてほんとにもがれそうだけど。
「どんな魔獣……ですか。最強のニーヴェさんでもそんなことが気になるんですねぇ」
別に最強じゃないけど。最強だったら俺、殺されかけたりしてないよ? 何回かガチで危なかったときあったからね? 一回魔獣の口に丸ごと入ったことあるし。飲み込まれてたらやばかった。
「気になるだろ。まあそれよりも気になるのは俺と共闘する仲間だけどな!」
まさかイグナなんて言わないだろうな。こいつと組んだら俺……森焼くぞ? 環境破壊しまくるぞ? 「サル全焼き事件」の犯人と組んじゃうんだぞ?
──あれ、意外といけちゃう?
「仲間ですか。仲間なら聞いていますよ!
………………あ。ですが、今ここでは言わないでおきます。着いてからのお楽しみってことで。すっっごくびっくりすると思いますよ!」
何なにナニWhatその「………………あ」って! これまでに俺と共闘した人にいい思い出ないんですけど? 言うならば「仲魔」よ。
あとさ。
「仲間『なら』って何よ? 魔獣は知らない感じ? え、さっき言葉濁したのもそういうこと?」
イグナは図星を指されたように固まった。すごいな、よくできた石像みたいだ。ん? イグナみたいな石像なのか。違う違う、石像みたいなイグナだ。
やばい、十七歳にして老化が始まっておる。
「ニーヴェ、相手がわからなくても大丈夫なの?」
お、これまで一度も話してなかった、というかさっき追いついてきたアズリスがようやく言葉を発した。
「ん? 余裕で足ガクガクじゃが?」
「ごめん色々ツッコんでいい?」
え? 何、ツッコミポイントとか「急な爺言葉」と「余裕と足ガクガクのコントラスト」しか見つからないんだけど?
「急に言葉が老いるの何?! それと『余裕で足ガクガク』っておかしいよね?!」
はい、これからは石像とツッコミガールと足ガクガクお爺さんでお送りしていきます。




