第三十四話『黒魔導士は魔導士と魔獣に振り回されすぎです』
ため息が出てしまう。
「え、また魔獣討伐の依頼ですか……? なんで僕なんです? ほ、他にも適任はいるはずでしょう?」
ナリアトの街で久しぶりに長いこと休もうと思っていたのだが、滞在二日目にしてギルドの人に依頼をされた。
まったく、僕がギルドに行っている訳でもないのに、街中を捜してまで勝手にクエストを舞い込ませるのはやめて欲しい。
めちゃくちゃ強めに訊いた僕に、ギルドの従業員である女性は頭を下げる。
「申し訳ございません! ですが、本当に倒せないので、王様もお困りでして……リオン様ならその魔獣を倒せるのではないかと」
ああ、あの二重人格の。あの人が困っているだけなら全然いいんだけれど、こういう時の大概が国民が困っているということと一致するからなぁ。
「そ、それなら行きますよ……場所はどこですか?」
「行ってくださるんですね! 場所は西の街です!」
女性は顔を晴らして言った。
ナリアトは東の街。ここから西の街に行くには、国土中央にある平原を通るか、それなりに整備されている道を通って王都レウコンを経由してすごく遠回りで行くか。
平原は魔獣がわんさか棲息していて、一人でそこを通るのはほぼ不可能と言ってもいい。
「レウコンまで行くかぁ……」
そう言って街道を一歩先に進もうとした瞬間。
――ドスン。
「いっててて……」
「どわっ! あ、ごめんなさい、お怪我はないですか?」
僕とぶつかったのは、黒い長髪、そして赤い瞳の女の子。
「ふぁいっ?! お、おケガないでふっ!」
「あのぉ、普通『ふぁいっ?!』っていうのは時間差で言うものじゃないと思うんですけど……」
女の子は僕の反応に違和感を覚えているが、僕も僕で違和感を覚えるものがあった。
「ローブのサイズおかしくないですか?!」
こんなに大声でツッコんだの人生で何回かしかないんだけど。
そのツッコミに、女の子は苦笑しつつ言う。
「あはは……サイズに合うものがなくて。ところで、ニーヴェさん見ませんでした? あの、バカみたいに全身真っ白の白魔導士の」
ニーヴェさん。彼なら昨日見た。しかし、どこの誰とも知らない人に、彼の居場所を教える訳にはいかない。
「そ、その前に……あなた、のお名前を伺っても……?」
女の子は手を打つ。
「そうでした! いやぁ、忘れてましたよぉ〜。私の名はイグナ・マギアス。ニーヴェさんとは一緒にしりとりをした関係です! って、しりとりだけじゃ親密度を表す指標にはならな」
「ほんとですか?! それは仲がいいんですね! 羨ましいです! 彼ならターニュに向かいましたよ! イグナさん、いや、イグナ師匠、ご達者で!」
しりとりとかめちゃくちゃ羨ましいんですけど。ニーヴェさんが先攻なら「利子→昇天」、僕が先攻なら「臨終→売り渡し→昇天」みたいになりそう。
どっちみち僕は昇天するし、なんなら先攻だったら初手で死んでる。
そして僕はニーヴェさんのことをどれだけ金の亡者だと思っているんだろう。
「急にテンション爆上がり?! と、とりあえずありがとうございます! でも、師匠とかやめてくださいよ〜。私は一介の魔導士なんですからぁ」
ダメだこの人、僕がテンション上がって軽はずみに言った言葉で表情がとろけてしまっている。
「あの、ちなみにお弟子さん、お名前は?」
甚だしく調子に乗っている。どうしよう、僕じゃこの人を捌ききれないかもしれない。
「え、えっと……リオン・シュヴァルツと申します……」
僕が名乗っても彼女は何も言及せず、それどころかさらに表情を緩めて言う。
「んふふ、私のお弟子さんのお名前は?」
間違ってもこの人に「師匠」なんて言うんじゃなかったと心底後悔しつつ、聞こえていなかったらしい自己紹介をもう一度行う。
「あ、あの、リオン、シュヴァルツ……リオン・シュヴァルツです!」
そこでようやく、イグナさんは僕の名前を理解してくれたみたいだ。その真ん丸の瞳がさらに丸くなり、甘めの声で驚愕を言葉にする。
「り、り、リオン・シュヴァルツさん?! 謎に包まれた腕利き黒魔導士の?! マジですか?! サインください!」
そう叫ばれて、僕は僕とイグナさんが犯した失態に気づく。
そう、街ゆく人々があまねく足を止め、僕らのことをじっと見ていたのだ。
これまでの僕の功績から、僕は国民の皆さんから人気を博しているようで、僕がリオン・シュヴァルツだとわかると大勢が僕を追いかけてくる。そんな経験が過去に何度もあったので気のせいではないはず。
そして僕は大勢の人に囲まれるのが嫌いで、その状況に出くわすと三日三晩失神し続けるというアレルギー反応のようなものが現れる。これも過去に何度も経験したので気のせいなら僕は三日間も記憶が飛んでいたことになってそれはそれでまずいことになる。
さて、今回もそんな状況になりそうな場面なんですけれども。国王に依頼を受けているし、ここは何としても三日間の失神を避けたいところ。
「い、イグナさん……また今度、ゆっくり話しましょう……!」
詠唱。来い、魔獣!
「ギャプゥゥゥゥウッッッ!」
ネッセスを召喚し、途端に走り出したその背にかろうじて掴まる。
「うわぁ、本当に召喚できるんだ……! そして鳴き声のクセが強いっ!」
「待ってくれリオンさん! あんたは俺の憧れなんだ!」
「リオンくーん! やっと見つけた! 五年も捜してたんだから!」
ネッセスに掴まる僕を、たくさんの人々が追いかけてくる。しかしネッセスは早い。このままレウコンまで走ってもらおう。
「は、早いっ! そして鳴き声のクセが強いっ! さようならリオンさん、またどこかで!」
イグナさんが手を振ってくれるが、爆速ネッセスに跨ることもできず引きずられながら移動する僕に手を振り返すことができるはずもない。
「ギャプッ、ギャプッ、ギャプォォォォォオッ!」
僕を殺しかねない勢いで、ネッセスは進む。よし、このまま行けば、レウコンまで一時間と少しで着く。でも僕、魔獣のコントロール出来ないんだけどちゃんと目的地に着くかな?
――リオンの死まで、あと二十分。
「ちょっ! やめてっ! そんな根も葉もない嘘で読者の方々を困惑させないで!」
*****
イグナは、がらんとしたナリアトの街道に一人突っ立っていた。
「いやぁ、リオンさんって本当にいたんだぁ。ぜんっぜんイメージと違って弱々しかったけど。また会えるといいなぁ。それと鳴き声のクセが強かったなぁ……!」
そして彼女は大事な――おそらく大事なことに気づく。
「あ、そうだ。ニーヴェさんのところ行かないと」
*****
もう砂埃と涙で周りの景色が見えません。でも痛いのでたぶんまだ生きています。
「びええええんここどこですかぁぁぁ?! 誰かたすげでぇぇえ!」
「そこのネッセス! 止まりなさい!」
お願いだから止めてください。もう轢かれてでも止めて。轢かれたら止められないね。バカだね僕。
――ドスン。
何で今日ぶつかってばっかりなの?
「はぁ、はぁ……止まってくれましたね」
「ギャプッ! ギャプッ!」
目をこすって立ち上がり、ローブに付いた砂埃を払いながら命の恩人の方を見ると、そこには赤茶色の髪と瞳をした若い男の人がいた。
「おい、ちょっと待て! 主人公なのに俺が全く出てきてないじゃないか!」
「ニーヴェはあれだけ活躍したんだからあと百那由多年くらい出番なくてもいいよ」
「はあ?! 来来来来来来来来来来来来来世に期待するしかねぇじゃん! 何とかしてよ作者様!」
「早く人生リセットできるように今から来世の準備させてあげようか?」
「冗談でもやめて! 死ななくてもほっぺたからフシュゥゥするから!」
こんにちは、氷華青です! 更新が予定より早くなってしまい申し訳ございません(?)
さて、今回はリオンくん回ということで、自身も言っていた通りニーヴェくんが一回も出てこないんですよね。それゆえ後書きに少しだけ登場させました! 久しぶりなのに全く出てこないのでは悲しいことになりますからね(笑)
次話もついてきていただけたら幸いです!
…………「ほっぺたフシュゥゥ」って可愛いですね(?)




