第二十三話『双子はどちらもヤバいやつです』
暴風が吹き荒れた。目を開いているのがままならなくなって瞑目した。たぶんアズも。
風のせいで何も聞こえない。どうなっているのかも、俺たちに命の危険が迫っているのかも。
風が収まったのがわかって目を開く。するとそこには、エルレクドが大きな傷を負って死んでいた。
「な、何が起きたの?」
「知らん」
「即答?! しかもその即答ダッサっ!」
そんなこと言われたって知らないものは知らないでしょ。
「ふぅ。ようやく片付いた。二人とも、大丈夫?」
エルレクドの死体だけじゃなかった。翡翠色の鎧に身を包んだ美少女が、そこにいた。
水色のショートヘアに、誰かと同じエメラルドグリーンの双眸。
すっごく見たことある眼だけど誰か思い出せない。
「大丈夫です! ありがとうございます! あ、私はアズリスです! こっちは雑魚白魔導士のニーヴェです!」
適当かつ辛辣っ! 酷い。しかもめちゃくちゃテンション上がってる。
「礼には及ばないわよ。私はエイラ・ポース。エルレクドの討伐クエスト受けてたんだ」
ポース……? なんだか聞いたことあるファミリーネーム。
「アズリスちゃん? それとニーヴェ、くん? もしかして、その名前と黒い髪、それにその綺麗な橙の瞳は……」
向こうも俺たちのこと覚えがあるみたい。
「クリューが言ってた天才白魔導士くんたち?!」
そういえばあいつ、クリュー・ポースだったな。
「あー……そうです。ちなみにクリューとはどんなご関係で?」
親戚かな? エイラさんがあの強さなら血の繋がりとかはほぼほぼなさそう。
「双子で、私が姉だよ!」
バリバリあったわ。双子って……一番血の繋がり強くね?
「え、やっぱりクリューちゃんって強いんじゃ……?」
やめろアズ! そんな危険な思想は完全に今後危険だ! 絶対に危険な目に遭う! すごい、さっきの二文で意味が同じこと三回も言ってる?!
「あはは、エイラさんご冗談を〜。従姉妹とかじゃないんですか? それか再従姉妹とか? それとも異父姉妹とか異母姉妹とかでもいいんですよ? あとは……異父母姉妹とか?」
「それもう姉妹とかじゃなく他人だから!」
確かに。
「私たちは父も母も同じだよ。クリューはまだまだ未熟だけど、いずれは強い剣士になるんだから!」
本当ならあと五百回くらい必要だった「まだ」を省略してくれてありがとう。
なるほど、それならエイラと俺たちは同じくらいの歳なのか。
「ちなみにエイラってなんさぃえばっ! ぶぼっ?!」
鉄拳二回くらった。一回目は前から来たからまだわかる。けどなんで二回目横から来たの?
「女の子に歳を訊くとか軽く犯罪だからね?」
そしたら世界中の公的機関動けなくなって世界が止まるよ。
そんで二回目アズか。だから容赦という神の救いの手がまるで効いてなかったのね。
「……素数」
「その見た目で素数なら十七か十九か二十三だよ! そんでクリューと同い年ってことは十七か十三だよ! だから十七だよ! 俺と同い年! 証明完りょぐぱっ!」
また殴られたんだが。この子らやべぇよ。年齢予想されただけで人殺しになろうとしてるよ。
「ニーヴェ、反省するまで、どれだけ送り返されてもあの世に送り続けるからね?」
アズ、死神はお前だけだったか。
「なにその死神っ! この世から紙がなくなるまで宛先『地獄』の票を俺につけて送ろうとしてんの?! 駐屯兵さんこいつです!」
こいつは何としても獄に繋がねばならん! そうでなければ俺という犠牲者が出る!
「違うよニーヴェ、誤解してる」
「ぽよ?」
なんて気の抜けたお返事なんだいニーヴェくん。そんなのじゃ街中歩けないよ? それより俺がしているらしい誤解が気になる。俺は少し、アズを危険視しすぎてるのかもしれ――
「――紙がなくなったら刺青してでも送るから」
「駐屯兵さんこいつです! いつも対応してるのよりヤバいやつです!」
駐屯兵への偏見がすごく混じってるのは放っといて欲しい。
「ニーヴェくん、ここただの道だから駐屯兵さんいないよ? それと…………年齢、正解」
合ってたんだ。あのデタラメな証明も役に立つんだね。でもあの証明なんだかクリューを幼いと思ってるみたいですっごくその通りなんだけど。
それとすごく興味深いことを聞いた。そういえばここ道だったね。
「…………エイラ――確かにそうだな」
駐屯兵ゼロの道のど真ん中で全身ホワイトで騒いでるヤバいやつは俺でした。
思えば俺が最初にエルレクドにあった時、あの時はこんなに平和なやり取りはしていなかった。
*****
あの、涙と血を垂れ流しながら死を覚悟した瞬間の後、暴風じゃなく雷光が俺の目を潰した。
目を開けた時、そこにいたのはもちろんエイラではなかった。大剣を肩に担ぎ、体の周りに稲妻を纏わせた騎士だった。エルレクドは見るも無惨に焼け焦げていた。
「お父……さん…………?」
「聞いたぞニーヴェルング。白魔法への適性があったらしいな」
俺の父であり、王国でもストナ――あの財宝龍と戦って殺されそうになってた剣士。実戦ではあれでも鍛錬中はめちゃくちゃ強いらしい――と一二を争う剣士であるトゥローネは、喜ぶよりむしろ不快感を覚えているようにそう言った。
「そう、だよ。あったんだよ! どれだけ剣が出来なくても、弓が出来なくても……俺にはこれが、白魔法があったんだ!」
これが俺が両親に見捨てられた理由だ。うちの家庭は戦士の名門で、剣や弓ができる人たちばかりだった。でも俺は、その全てができなかった。それでも俺には道があった。これで父に認めてもらえるなら……!
「しかし、自強化ができないと聞くが? それはすなわちパーティに成り下がるということだろう? ならばお前は家には入れない。我々――シュッツァー家は皆、一人で魔獣と戦ってきたのだから」
それから彼はすぐに去り、俺はフリート死亡の報せを、彼と共闘するはずであった人々に伝えた。
*****
思い出した。俺の本当の名前。ニーヴェルング・シュッツァー。同じような状況に遭遇して思い出したけど、これまでは忙しくて色々忘れていた。名前もそうだ。だけど、俺がソロクエストをクリアしようとするもう一つの理由もできた。
トゥローネ・シュッツァーに認めてもらうため。それがどれだけ難しいことか、わかっているつもりだ。何がなんでも、エリュトロンを倒さなくてはならない。
「どうしたの、ニーヴェくん?」
エイラに話しかけられはっとする。
「ごめん、ちょっと考え事してた」
「アズちゃんをどうやってオトすかって?」
「は、違うんだけど。何? ちょっと一緒に歩いてるからって俺がこいつのこと好きだとでも? うわぁ気持ち悪いんだけどぉ。そんな風に働く思考が気持ち悪ぅい」
久々に悪口頑張った気がする。ここで嫌われとかないとクリューとかいう奴につきまとわれるから容赦はしない。
「アズちゃん、ニーヴェくんって面白いね」
は。ダメだこの人、人を見極めるセンサーが機能停止してる。
「面白いんすか?! こんなにゴミ発言してんのに?!」
「もぉエイラぁ。茶化さないでよぉ」
どこをどう茶化してるのかよくわかんないんですけど?!
「うふふ。二人ともお幸せにね! 私はまだエルレクド討伐しないといけないからこの辺りでお別れするね!」
「ちょっと、誤解解く前に逃げるんすか?!」
やべぇあいつ結構な危険人物だぞ? あ、アズもクリューもイグナもそうだったわ。俺が出会う女子たちほとんど危険だわ。もう女子に近づかないようにしないと――いや、グリアとかレウシスとかも危険だった。
これだと人に近づけないけどそれは寂しいから「殺されない程度に仲良く」することにする。それってどんな関係ですか。
まぁそんなこと考えててもしょうがないから、さっさとナリアト行きますか。アズに殺されるかエリュトロンに殺されるか、ニーヴェくんに残された道は二つに一つ!
……もう冒険やめようかな(涙目)。




