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ヴァイス 自強化不可の白魔導士は一人で魔獣を倒したい  作者: 氷華青
第三章『ソロクエストと過去は目標です』
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第二十二話『金の飛龍はトラウマです』

 不意に蘇る、幼少の頃の記憶。それは温かく、時に反吐が出るほど苦しいものだった。


*****


「今日からお前の名はニーヴェルング・ヴァイスだ。これからよろしく」


 俺の師匠である白魔導士フリート・ヴァイスは、その瞬間俺の父となった。艶のある綺麗な黒髪を、しかしでたらめに短く切ったような髪型にした、白いものの金色で少しばかり装飾されたローブの男だった。


 この世に跋扈ばっこする人間に悪影響を及ぼす魔獣を一匹残らず殲滅すべく、師匠は魔法による「自強化」で一人で戦っていた。彼は魔獣討伐への「最大の一騎」とも言われるほどに、その実力を認められていた。

 両親に見捨てられた俺は、実父と仲のよかったフリートを頼った。「弟子として養ってくれないか」と。実は俺もその当時、一人でたくさんの魔獣を倒していくフリートに憧れを抱き、白魔導士になりたいと思っていた。




 俺が()()()()()()()と知ったのは、それからすぐのことだった。


「嘘、だろ…………?」


「…………まぁ、そんなこともあるさ。魔法自体はとてつもなく強力だ。お前には白魔導士の適性がある」


 違う。一人で倒せないなら白魔導士になる意味はない。俺は一人で戦いたい。それが俺の憧れだから。その時より小さな頃から抱いていた憧憬だから。


「ないよ……ない、ない、無いんだよ……っ! 自強化できなきゃ、一人で勝てなきゃダメなんだよ! どれだけ()()が強かろうと、それしかできないやつに何の意味があるんだよ?! ただの足手まといじゃねぇのか?! そんなの……違う。俺は、師匠みたいに――」


 俺が言葉を続けるのを止めたのは、眼の前で起こったことがあまりにも信じられないことだったからだ。


 師匠が、土下座をしていた。


「俺が悪いことをした。何年も、何年も、俺が間違った背中を見せてきてしまったお前には本当にそう思う。ただ、その能力は世界を救える。白魔導士は一人で戦う職業じゃない。俺がただ共闘を、誰かとの協力を避けてきただけなんだ。一人で戦うことこそが俺の弱さなんだ。だから!」


 フリート・ヴァイスは顔を上げた。それもいつもの凛々しく涼し気な顔は跡形もないような、涙でぐしゃぐしゃの顔を。


「頼むから、白魔法を……白魔導士になるのを諦めないでくれ!」


 心を打たれた。頷くより他に動作の選択肢はなかった。




 それからひっそりと指南書を買って他の属性の魔法もやってみようとしたが、白魔法以外に適性は全くなかった。天は俺に、誰かの手助けをしろと言ってるんだと自覚した。


 師匠はあれから、一人で戦いに出向かなくなった。今まで複数人でクエストを受けているところなど片手で数えても指が余るくらいしか見たことがない人が、急に逆転したかのようだった。




 ターニュがある山の二つ隣の山間に、アニレーという村がある。ある日、師匠は日雇いのクエストに参加するために、そこで仲間と落ち合う予定だった。


「ニーヴェ、ついてくるか?」


 その提案はいつものことだった。俺が白魔導士をやり始めて二年ほど経ち、「詠唱は長いが腕のいい白魔導士」という評判も出てきていたので俺にも仕事が時々入ってきた頃だった。


「最近師匠の戦ってる姿見たことないし、久しぶりについて行くよ」


 少しずつその提案を断る回数も増えてきていたので、久々について行けることが嬉しかった。


 最も忌まわしい記憶きょうふはその日、アニレーに向かう途中で俺の心に深く刻み込まれた。


「ふぅ……登山道を歩くのはさすがに疲れるな」


「疲れない白魔法とかなかったっけ?」


 一瞬で楽をしようとした俺に師匠は笑いかけて、それからこう言う。


「そんなものを使ってはニーヴェが一人で登る時に疲れて進めなくなるからな」


「なんだよその献身的な自立支援! 親か?! 親だったわっ! それと俺、さすがにこんな魔獣が出そうなところ一人で行かないわ!」


 ツッコミが雪崩のように出てくる今日はとても調子がいい。それと冗談でもこんな雪の積もった山で雪崩って考えるんじゃなかった。


「ははは、久しぶりにお前のツッコミ聞いたぞ。やっぱり一人より複数人で行く道の方が楽しいな!」


 二年前の俺の決意をまるで信用していないかのような「一人より複数人で」というフレーズ。


「俺の大木のような決意を舐めてんのか? あの日の俺はマジだったよ?」


「この世界に木こりは何人もいるぞ?」


 そこに大木があったからといってすぐ切り倒そうとするのやめて。しかも誰の涙見て意を決したと思ってんだ。自分で育てた木切り倒すのかよ。


「でも林業なら切り倒すよね」


「それで本当にいいのか……?」


 あ、この人俺の心の中のプロセスすっ飛ばしてるから思いっきり勘違いしてる。


 雲一つない空の下、こんなやり取りをしている俺の心も快晴だった。


 しかし、そこに何かが陰を落とした。雲ではない。


「エルレクド……!」


 飛龍は喉を震わせ、俺たちを威嚇する。


「下がってろ」


 師匠は俺を後ろに庇い、右手に杖、左手に風属性の魔導書を持って立つ。魔導書は魔法を強化するためのもので、なくても適性があるならば使える。そして土属性のエルレクドには風属性が有効だ。一気に攻撃を叩き込みたいのだろう。


「わかった。後ろからサポートするよ」


 そう言って長い詠唱を始める俺。この時はまだ白魔法に慣れていなくて、今よりさらに長い詠唱をしなければ大きな強化ができなかった。


 眼前の恐怖に少し脚を震わせつつも、今より長い詠唱を上手く回らぬ舌で行う。その間にも、エルレクドの突進を師匠が風魔法でいなし、師匠の魔法攻撃をエルレクドが空中を旋回して避ける。


 今思えば、俺が弱いことがわかっているエルレクドが俺を狙うのを、師匠は必死で守ってくれていたのかもしれない。




 そして戦いは続き、エルレクドが十何度目かの空中旋回をした後。もうすぐ、もうすぐで詠唱は終わっていたはずだった。しかし。


「危ないっ!」


 師匠の上を飛び越え、くるりと回ってエルレクドが俺に突撃してきた。師匠の声が聞こえたものの俺は全く対応できず、ただ詠唱を続けるだけだったが、一瞬後には体が吹き飛ばされたのを感じた。

 その予想外の衝撃に驚き、師匠がいるであろう方向を見ると、彼の心臓の辺りはエルレクドの鋭い牙に引き裂かれていた。鮮血がものすごい勢いで噴き出す。数瞬後には体に穴が空き、トレードマークであった白いローブはそこだけがびっしりと血赤色に染まっていた。


 どうして。どうしてどうして。


 しかしその混乱する思考に語りかける何かがあった。

 逃げろ――逃げろニーヴェルング!


 もうすぐでアニレーということもあり、助けを求めるために雪の積もる山道をひたすらに走った。何度も転んで、その度に白い俺のローブと雪が赤くなる。


「助けて、たす……けて、たずけでっ!」


 その涙ながらの声は届かないこともわからずに、ただただ叫びながら地面に赤い斑点を付けていく。


 エルレクドはすぐにフリート・ヴァイス()()()()()()を食べ終え、俺に迫ってくる。


「やめ、こ、殺される! 殺さ……れる……ッ!」


*****


 師匠のあまりに惨い死を思い出し、憚りも忘れて吐瀉物を撒き散らす。


「ちょっとニーヴェ?! どうしたの?!」


 何とかアズの腕にだけは吐かずに済んだものの、甚だしく不快感を覚えた彼女は見るからにスピードを落とす。


「うわぁぁぁあっ! うぉいっ! 止まらないで! ぶっ殺される!」


 ファインプレーで飛龍の突撃をかわし、九死に一生を得る。もう次はねぇぞ。


「早く走り始めて! 貫き殺されるから!」


「わかった! でも一回経験したことあるような言い方だね!」


 一回眼の前で見せられてんだよ。


 そう言い返そうとすると、急に左手がすごい力で引っ張られてちぎれそうになる。


「ぼばばばばばばっ! ちぎり殺される! 引っ張り殺される! 擦り減らし殺される!」


 なんて正確な注意喚起。当のアズさんは全く耳に入れていないご様子ですけど。殺人鬼ですか? 俺は今殺人鬼と殺人魔獣にサンドウィッチされてるんですか?


 そんなこんなでアズを走らせながら俺も脚を回して頑張っていると、何度目かの殺されピンチがやってきた。お口がっ、お口が近くにっ?! へいへい俺、語彙力ぅ。


「びぇぇぇぇえっ?! もう無理! バイバイ、アズっ! エルレクドさぁん俺は美味しくないですよぉぉぉおっ!」


「諦めてるようで最後の最期で自分不味いアピールしてる! 諦めてないよこの人?!」


 そんなアズを見る間もなく、諦めたか諦めてないのかよくわからない自分に自分で困惑していたその時。


 明らかに人為的な暴風が吹いた。

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