第一話『白魔導士は腹黒です』
というわけで龍の巣窟から颯爽と抜け出してきたわけなんだけど。
不意に腹がなる。朝から丸パン五つしか食べていない。食堂で食い過ぎだろって色んな人に言われたんだがそれは置いといて、どこかで腹ごしらえしないと。もうすぐ陽は南中しそうだ。
「あ」
声を出すつもりはなかったけど、あまりの歓喜に自然と声帯が仕事をする。
眼前に食事処っ! と思ったけど一瞬で萎える。家に金貨袋忘れてきたわ。
「ざけんなくそっ! ○ね!」
ガキ特有の暴言を吐いていく十七歳。暴言は友達。良い子は真似しないでね。
ということで詰んだかのように見えたニーヴェ氏だけど……。くっくっく、奥の手を使うしかないようだな。
俺の「奥の手」。それは……
「それは残念だったわね。だからさっきからずっとお腹鳴ってるの?」
俺の身の回りの世話等々の多数の仕事を、食ったり寝たり戦いを横で見に行ったりして一日を過ごす暇人の俺の代わりにこなしてくれている青髪ロングと青眼の美少女・アズリスは言う。
そ、食い逃げなんて勇敢なことできない俺の「奥の手」は、家まで我慢。
「なぁアズ、とりあえずそのニヤけ面今すぐやめて飯作ってくれない?」
もう耐える必要も無いのでお願いしてみる。この状況を面白がるこいつは今日倒したドラ公より怖い。
「えーどーしよっかなー」
こいつ人の怒りを誘うの上手いな。まぁそんなことで怒って昼飯を台無しにしたくはない。俺は冷静だ。
「そ、そこをなんとか……ね?」
こう言ったらさすがのアズも作ってくれるだろう。顔の前で両手を合わせて頼みこむ。
「えーでも面白いからもうちょいそのままでいてよー」
今手元に武器があったら俺はここを血の海にしてた。うん、冷静に。
その後ちゃんと作ってくれて助かった。乳白色のスープを飲んで、食用魔獣――名前忘れたけど大丈夫かな?――のステーキを食べて、パンを齧ってを繰り返し、短い食事の時間という名の唯一の安息の時間はすぐに終わった。
「ごちそうさまでした」
今度はちゃんと感謝して手を合わせる。
食器を片付けながら、今日アズに言わなければならないことがあったと気づく。
「なぁアズ、俺さ――」
大事な話ですよ感丸出しで話し始めた俺の努力も虚しく、アズはこちらを向くこともせずに言った。
「何?」
「いやあのさ……俺、独り立ちしようと思うんだ」
アズは驚いた顔をしてこちらを向いた。それからその顔は、少し困った顔、心配していそうな顔という俺に対して嬉しい二変化を遂げた後、俺が世界で一番嫌いなろくでもないことを考えていそうな笑顔に変化してしまった。
怒らない、怒らない。ニーヴェ、俺は十七歳だ。帰り道ではガキみたいなこと言ったけど、俺はもうガキじゃない。冷静に。何を言われても冷静に。
「ぶふっ、あははっ、そんなのニーヴェに出来んの〜?」
これさ、怒ってもいいよね? 完全なる煽りじゃね?
「出来る! 絶対に出来る! 誰が何と言おうと出来る!」
アズはさっきの笑顔がまるでなかったかのように真剣な表情をする。これでまだ揶揄うようなら俺の拳が火を噴くことになる。
「でもさ、正直寂しいよ。私は今のこの生活が一番幸せだと思ってるから」
まぁそりゃ、月に百万ゴールドとかいう破格の給料なら俺のお手伝いやってくれるよね。月イチで家建てれるわ。
「そんなこと言ってさ、給料欲しいだけじゃないの?」
我ながら最低の質問。さっきの揶揄いのお返しだ。
「そんなことない! 私はこうやって、ニーヴェと話せてるだけで幸せだよ!」
嘘じゃなさそうだ。それでも困るけど。疑って申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「そっか……それはごめん。でも行かなきゃ。アズには新しい仕事場を見つけてもらわなきゃだけど、俺は行きたい。一人で魔獣倒して、堂々とこの国に名を轟かせたいんだ!」
今は「腕はいいけど口は悪い白魔導士」という唯一無二の称号で有名だけど。
「そんな夢があったんだね。それなら――」
アズの口が弛む。行くことを許してくれそうだ。
「――お給料要らないから、私もついてっていい?」
……は? いや違うじゃん。俺がせっかくさ、物語の主人公っぽく夢を宣言してるのにさ、一人で行かせてくれよ。もしかして話聞いてなかったのかな? よし確認しよう。
「あのさ、俺一人でって言ったじゃん?」
しかしアズ、何を今更といった顔で言う。
「うん。だから私、その時はダンジョンの入口とかで待ってるから」
あれ、そんな人今日龍の洞窟にいなかったっけ? そんなことされたら俺腹立っちゃう。
「それはやめて欲しいんだけど。ほら危ないし。あとそんなことされたら俺の頭の中のマグマが煮えたぎっちゃって戦いに集中できないし。なぁアズ、考えてみてくれよ。アズが今から戦いに行こうとしてるのにさ、『じゃあ俺、ここで待ってるわ。健闘祈る!』って言われたらどう?」
どうだアズ。正直に答えろっ!
「んー。まぁニーヴェに言われたらそりゃイラつくよねぇ」
ほら見ろ。なんで俺だけなのかは知らないけど、人にされて嫌なことは自分はしちゃダメなんだぞ? そんなの常識だろ。
…………もし今神様が天上から見てるのなら俺に雷落としそう。なんでかはあえて言わない。
「もういいよ。これ以上言っても無駄だわ。アズありがと。ついてきていいよ」
途端にアズの顔が晴れる。
「ほんとに?! やったぁ!」
それからアズは「あ」と思い出したように、
「一応訊くけどお給料は無しだよね?」
なんだこいつ。
「当たり前だろ。じゃあ荷物持ってさっさと出よう」
辺りに散らばる魔力増強アクセサリー――ジャラジャラして邪魔だから外した――をもう一度着け、魔獣の革で作られた丈夫なカバンにとりあえず全財産を詰め込んでいく。
アズも支度しだして、一時間程度で二人とも荷造りを終えて住居の中は綺麗に戻った。
「忘れ物ない? 大事にしてるものほど忘れるんだよ?」
「ないわよ。ほら行こ?」
でも俺は動かない。なぜって?
「どこ行けばいい? アズに任せようか?」
目的地決まってないもん。
アズは目を白黒させて言う。
「ニーヴェってさ、救いようのない馬鹿だよね? とりあえずギルド行ってなにか手頃なクエストないか確認! 常識でしょ?」
こいつ冒険経験ないだろ。なんでそんなに詳しいんだ? というか冒険経験ある俺が知らないのもおかしいけど。だってギルド入ったら貼り紙とか見る前に誰かに呼び止められて契約してダンジョンに直行だったからさぁ。
「そ、そうなの……?」
「ええ。ニーヴェが何度もクエストに挑戦するから、私も調べてみたのよ」
そんなことまで。もしかして、アズって……。
「もしかしてアズってさ」
自然とアズに顔が近づく。アズの顔がどんどん赤くなる。
「なに?」
「連れてって正解だった感じ?」
アズの顔は赤いままで、加えて俺の左頬も赤くなった。あービンタ痛てぇ。やっぱりこういう仕事してるとビンタ食らう機会多いよね。たまにダンジョンの中でもチームメイト(仮)にやられたりするし。あ、仕事じゃなくて性格の問題か。
「そうじゃないでしょうがーっ!」
連れてって正解じゃなかったってこと? よく分からない。それとも質問の内容がおかしいってこと? それだったらもっと分からない。
まぁとりあえず謝るか。うん、それに越したことはない。
「ごめんごめん。それで、ギルドだったよね」
そして数分後。ギルドに着いた俺たち、の中でも特に俺は囲まれるのだった。
本当はさっさと肩慣らし程度のクエストを受けて、色んな人に見つからないうちにおさらばしたかったんだけど、それがどの程度かもわかんないんだなぁ。
そしてそうもいかないのが俺のこれまでの黒子としての成績を加味した上での人生であって。そうそう、白魔導士なのに黒子。何の皮肉だよ。ちなみに俺は黒より白の方が好きです。何の発表だよ。
「なぁニーヴェ、俺らと組まないか? 一日だけでいいから! 魔王の城の場所を突き止めたんだ! きっと財宝たくさんあるぞ〜?」
だから宝要らないって。
「ニーヴェ、私たちと組まない? 倒したら王様から勲章貰える魔獣と戦いに行くんだよ! ニーヴェがいたら勝てると思うんだけどなぁ〜」
はいはい、いつもの一定のダメージを与えた者にしか勲章貰えないやつね。あれで俺貰えたことないもん。ダメージとか与えられないから。
そういう自分たちのことしか考えてないやつらを手で制しようとする。が、失敗。仕方なく声を張り上げる。手で制せるくらいのオーラ欲しいわ。
「あぁもう! そういうのいいからっ! 俺はソロクエストに行きたいの! わかるかお前ら?! ソロクエストっ!」
群衆は一瞬黙り込み、それから全員で笑い出す。
「はははっ、ニーヴェがソロクエスト? 無理だろそんn――嘘ですごめんなさい。出来る出来ます保証します」
今のは途中で俺の暖かな眼差しを向けられたから口調が変わった。みんなからしたら暖かいの真反対かもしれないけど。
「ニーヴェ正気?」
それ家でも訊かれた。
「正気正気、今までのどんなクエスト受けるよりやる気あるし? 俺正直一人だと弱いから最初はとりあえずその辺のスライムとか倒しに行ってくるからさ? 宝とかいいから囲まずに遠くの方から応援とかして貰えればいいかなって」
そんなことを言っていると、先に囲みから抜け出した――というか押し出されたアズがクエストを受けてきてくれたみたい。
「お、アズどうだった?」
「ばっちりっ!」
紙を渡してくるアズ。どれどれどうせスライム討伐だろ? じゃなきゃ街道封鎖してる弱そうな魔獣討伐? まぁなんでもいいから読んでみよっと。
「どれどれ……東の街に現れた魔獣・スケイオを討伐……」
あれスケイオって東の街の人間を一日一人食べてるっていうあのめっちゃ怖い魔獣? 国の敏腕騎士がどれだけかかっても漏れなく喰われてるっていうあの? ふざけんな勝手になんてクエ受けてきてんだこいつ。
「なぁアズ。ごめんちょっと殴っていい? じゃないと俺の気が済まない」
いかん口が勝手に。待て落ち着け俺。とりあえず理由を訊こう。
「やっぱ今のナシ。俺は怒ってないから、なんでこんなソロクエスト初心者の自強化できない白魔導士がクソムズゴミクエ受けないといけないのか教えてくれないか、脳無しアズさんよぉ?」
いかん口が勝手に。アズの顔は怒りの赤に染まってしまった。そんなことしてるといつか血管詰まって死んじゃうよ? てか俺の暴言がすごすぎてほんとにみんな距離取っちゃった。応援はしてくれてないと思うけど。
「怒ってるじゃんか! 私は私なりに考えてたんだよ?! 一回でこの国に名を轟かせられるような最低難易度のクエストを受けてきたんだよ?!」
あーなるほど。俺が悪かったんだ。
「そ、そっかぁ。ありがとアズ。俺が間違ってたわ。ごめんアズ。俺なんて最悪の人間だよな。死んだ方がマシだわ、うん。ちょうどいいわそのクエスト行って死んでくる……」
「そこまで落ち込まなくても……。私もごめん。てっきり一回で目標達成したいんだと思ってた。だってさ、ニーヴェいつも一回の魔法でクエストクリアしてるって言ってたじゃん? だから回りくどく何回もちっちゃいの受けるの嫌かなと思って」
あんなに自慢げに話した俺が悪かったんだ。自分の過去をこんなに悔いたの初めて。
「アズ、じゃあ行こっか。じゃあなみんな。達者で」
もう死ぬ覚悟ができたと自分を騙すしかない。
「え、うん」
心配してる顔と笑いを堪えてそうな顔と呆れた顔をたくさん後に、アズを引っ張っていく。こうなったら何がなんでもクリアして全員見返してやるっ!
こうして生まれて初めてで一生に一度クラスのチャレンジが始まった。