第十八話『服を買うのはもはやクエストです』
視線が痛いです。炎魔導士の視線が、そいつの繰り出す魔法よりも熱く感じます。
「わかった、行く。行くから早く選んでね?」
といっても正直クリューよりは早く選んでくれそうだと思ってる。
とりあえず歩き出した俺たち。フュールたちはどうするんだろ。
「ふっふっふ、甘いですねニーヴェさん。プノよりも甘いですよ?」
そのプノの森の焼却未遂をしたのは誰かな? そんな人がプノについて語るなんていくらなんでも棚に上げすぎでは?
「甘いとは? その言い方すっごく腹立つから俺が沸騰しすぎて蒸発する前に続きを言ってね」
それを聞いてイグナはにんまりとした笑顔で再び口を開く。ようしその調子だ。
「では蒸発してください」
「ふむふむなるほど……って、違ぇっ! 続きじゃなくて呪いの文言が返ってきた?! イグナってそんな人だったっけ?!」
なんかアズと同じことしてきてない? 人を傷つける前の笑顔とかそっくり。
「冗談です。私そんな何かを傷つけたいなんて思ったことないですから」
あれ、森で大虐殺したの忘れてる?
「もしかして二重人格?」
「なんですかその話の飛び方。すぐ話を脱線させる人は嫌われますよ?」
は? こいつ自分が投げたブーメランに何かしらの方法で往復ビンタされ続けてね? しかもこの話の本線は「甘いとは」っていうすごく哲学的な内よ――嘘です調子乗ってました。哲学者に怒られるぞこれ。
「それで、俺の何がプノよりも甘いの?」
「えっとですね。コホン――ふっふっふ」
「ふっふっふ」好きだな。なんで咳払いまでしてそっから始めたんだよ。意識高い系か。
「私は既に欲しいローブを決めているんですよ!」
なんだそんなことか。それなら早く動けて助かる。
「あの、ニーヴェさん? 驚かなくてもいいんですか?」
「今のどこに驚くところが?」
「あ、ありましたですよ?」
おい、焦りすぎて文法がデタラメになってんぞ。
「いや、ないな。イグナは欲しいものくらい俺を連れていく前に決めてるって信じてたから」
「そ、そうでしたか……」
イグナは自分の髪と同じくらい顔を赤くする。自信あった驚かせ方が全く効かなくてそんなに恥ずかしくなるもんか?
「信じて、くれてたんですね…………あの、ニーヴェさん、私、ニーヴェさんのこ」
「あ、ここじゃない?」
ごめんイグナ。なんか話してたけど何言ってるかわかんないしどうせまた脱線してそうだからちょうど店の前に着いたし話を切ってみたよ。
「とが……あれ? あ、あはは、そ、そうですね! ここです! さぁ入りましょう!」
なんでこいつこんなにハイテンションなんだろ。
「えーっと、私が探してるのは……あった! これです!」
前のと同じ黒いローブ。色とかどうでもいいけど。
「前と同じなんだな。サイズは? ダボダボじゃないかちゃんと確認した?」
そう言うとまたイグナは赤面する。熱でもあるの? それか炎魔法の練習? 自分の体温上げる魔法とか。誰得だよその魔法。
「大丈夫です! 見た感じはですが……そんなに心配なら、試着してみてもい」
「よぉしじゃあそれ買って戻ろう! ほら早く!」
そんなことされたら俺はただ時間を無駄遣いしちゃうじゃないか。
「なんでですか?! 女の子と二人で服の買い物ですよ?! 試着くらい見てもらってもよくないですか?!」
「…………雨が降ったあとのあの独特な匂いってぺトリコールって言うらしいよ」
「どうでもよっ! なんですかその超絶不自然な脱線のさせ方! 不自然すぎて言うなれば脱線事故ですよ?!」
上手いこと言ってんじゃねぇよ。自分が自然にできる――たぶん無意識だけど――からってマウントとるんじゃねぇ。
「もう……私のローブには興味ないんですね」
当たり前だよ誰が他人のローブに興味持つんだよ。あのブカブカの時はすっげー気になったけどな。目障りって意味で。
「それなら……ローブ買った時のお釣り全部ニーヴェさんにあげま」
「さぁ試着しよう。イグナのローブが気になって気になってしょうがないよ」
「う、嘘とはわかっていてもいざ言われると気持ち悪いですね……」
なんだよ。どっちだよ。今だいぶ傷ついたわ。メンタルの薄皮が破けて中からドロドロの液体が七割くらい流れ出たわ。
「気持ち悪い妄想してそうな顔やめてください。するだけなら勝手だとしてもせめて顔に出すのは」
ひどい。しかもなんか誤解されてる気がする。たぶんイグナが想像してるのは不純な妄想だろう。
確かにそれはイグナにとっては気持ち悪い妄想だけど、今のメンタルのイメージは俺にとっても気持ち悪い妄想だった。
恨むぜ俺の想像力。普通メンタルをあんな風に想像しないでしょ。吐きそうだわ。
「してないからな? なんなら何想像してたか言ってやろうか?」
「嫌です。たとえ私の想像しているものじゃなくても気持ち悪いものであることは疑いようがないので」
合ってます。俺も言わなくて助かったかもしれない。
というかイグナが急に辛辣なのがちょっと怖い。そして辛い。
「…………」
「…………あ、少し言い過ぎたかもですね。ごめんなさい。とりあえず試着してきますので終わったら見てくださいねっ!」
語尾に星が付きそうな言い方。まぁイグナが言い過ぎた方が面白い……のかもね。俺は傷つくけど。
『また登場人物の分際でそんなこと言っちゃって〜』
うるさい、天使。帰ってくれ。今の俺は三割のメンタルでお前に対応することになるんだ。そんなの無理だ。絶対に足でまといになる! だから……くっ、俺を置いていけ……ッ!
『何さりげなくボロボロの仲間っぽく言ってんの。ドロドロ三割とか全然人の心動かす要素じゃないからね?』
黙れ天使ぃっ! 今の俺が何を待っているかわかるか?
『連れの着替えでしょ? 哀れだね』
チッチッチッ、否だ。連れの女の子の着替えだ。お前にはそんなことできないだろう?
『君がやってりゃ勝手に僕もやってることになってるよ』
ホントだっ! くそっ、天使賢いなっ! 認めたくないけど!
『君ってなんてバカなんだろうね。脳内の提供主なのに僕とは大違いだ』
天使まで俺に辛辣っ?! どうしよう。悪魔と契約を結ぶしかないというのか……?
『呼んだ? 俺はいつでも暇だから相手するぜ?』
いやぁぁぁ! お呼びでないです! もう疲れました! 二人とも帰って!
『はーい』
『へいへい。俺は出落ちかよ』
脳内が落ち着くって幸せだな。
「――さん。ニーヴェさん」
「ふぁいっ?!」
急に話しかけてくるのやめていただきたい。せっかく脳内平定後の余韻に浸ってたのに。
「ふふっ、すごいリアクションですね」
イグナの方を向くと、彼女は黒いダボダボのローブに身を包んでいた。
「いや、これはファイヤーって言いたかっただけだから。炎魔法唱えてただけだから」
「ニーヴェさんって炎魔法使えませんよね?」
しらー。そんなことより。
「待て、目に慣れすぎててツッコむのが遅れたけど、またダボダボじゃねぇかっ!」
「あ、本当ですね! 私も慣れすぎてて気づくの遅れました!」
いやお前は気づけよっ! 着てるんだから!
「すみませーん」
慌てて店主を呼ぶ。
「これより小さいのあります?」
「あぁ、はい。ありますよ」
「助かります」
そう言ってイグナは小さいローブをもらい、再び布の奥へと消えていく。
それを見送りながら思う。うーんなんだか意識が遠のくような……?
「――ヴェさん。ニーヴェさんっ! 起きてください!」
「ふぁぁぁぁいやぁぁぁぁっ!」
くらえ俺の炎魔法! もちろん使えないけどね。というか俺、寝てたのか。
「ほら使えないじゃないですか。それよりこれ、どうですか?」
早くも見るのに飽きてきた黒いローブは……ちょいダボといった感じだろうか。
「店主さん! あと一回り小さいのをお願いします!」
「えぇっ?! ほんとだ! まだ大きいですね! えへへ」
えへへじゃねぇよ。もうそろそろ深夜なんだよ。ねみぃよ。てかなんでこの店開いてんだよ。色々おかしいよもう。
「あのぉ、もうそろそろ閉めたいので一回り小さいのを即ご購入と言うことでよろしいでしょうか?」
「もうそれでいいっす」
「いいんですか?!」
さすがに今度こそはピッタリっしょ。
「ありがとうございましたぁ!」
さて購入して店を出たところで。
「それでは私の体が隠れるくらいの手頃な草むら探しましょう!」
「そうしよう。テキパキいこう」
そろそろ寒いからローブ返して欲しい。




