第十五話『怒りは発散するものです』
今ここにいるのは、おそらくボスザルと、お付きの下っ端二匹と、身分高めのサル三匹。
どう考えても白魔導士一人で切り抜けられる状況じゃない。こうなった時、俺は何をするか? 交渉という名の命乞いをするしかない。
「ボスザルさん、名前なんて言うの?」
「ウッホ。ウッホ、ウッホ」
「へぇ、そうなんだ。ボスザルさんかっこいいね。筋肉ムキムキだし。鍛えてんの?」
もうどんな話題でもいいからとにかく褒めて褒めて褒めちぎるんだ。そうでもしないといつ殺されるかわからない。
「ウッホ、ウッホ。ウッホ、ウッホ……」
「へぇ。てかクソどうでもよ――ゴホンゴホン、鍛えようとしなくてもそんなに筋肉付くんだね。スピーテコってすごい」
「ウッホ?」
「うんうん」
全然そんなこと思ってないけど頷いておく。
「ちなみになんだけど……俺これからどうなるの?」
「ウッホ、ウッホ、ウッホ」
タイマンで話すとさらによくわかることが一つ。「ウッホ」に対応する人語がデタラメすぎる。
というか人間、ここで尊い命を失わないように慎重に動いてくれよ?
はぁ。俺サルとも話せないほどに陰気だからなぁ。交渉なんて論外だし、まずどんな話したらいいかも全然わかんな――
「ウキッ! ウキッ! ウホウホウホ!」
静かな交渉の舞台をブチ壊し、たくさんのスピーテコが火だるまになりながら警鐘を鳴らす。
どういうこと?! 火災?! あいつらは?!
「ウッホ! ウッホ?!」
いやぁ「ウッホ」でそこまで伝わるのってすごいよね。これがボスの威厳か。
「ウキ?」
伝わってねぇっ! ボス、情報伝達能力低かったのかよ?! さっきの俺の感心返せ!
こいつよくここまでボスやってこれたな。
「ウキ、ウホウホ、ブフッ、ウホウホウホ、ウキッ」
今笑ったな?! 完全に笑ったよな?! どうなっても知らねぇぞ?!
「ウッホ。ウッホ」
え、ボス優し――あ、さっき笑ったやつの首根っこ掴んだ。あ、火の中に投げ込まれた。
「ウッホ――ウッホ」
こ、怖ぇ……俺殺されてないの奇跡じゃない?
というか、こんな火事起こしたの誰だよ? む、前方にものすごい殺気。目を凝らして見ると、なんとあのブカブカローブを九割方失ったイグナちゃんがいるではありませんか。
やっぱりあのローブない方が強いじゃん。
『そうじゃないでしょ! あれは怒りとか恥じらいとかもろもろ含んでの強さだよ! 限界突破だよ!』
やっぱり女の子って怖いね。でもどんなに怒っても環境破壊はダメだと思うよ?
『またそんなにいい子ぶりやがって。好感度上げたいだけだろ?』
うるせぇ。そんなこと頭の片隅でしか考えてないやい。
『それで充分考えてんだよ!』
バレた。やっぱり脳内に住まれると誤魔化し効かないからやだな。
おろ? イグナが何か呟いてる気がする。
「殺す……殺しきる……あなた達全員ッ!」
あれ、イグナさん? ローブもだけど理性も九割失いました?
「ウッホ。ウッホ!」
「させないッ!」
炎の渦を発生させるイグナ。これ他のみんなとっくに死んでない? 大丈夫かな? 別に焼かれたくないからとか考えてないけど、あの人たち探すために一旦退散しようかな?
「ウキーッ!」
火が強すぎておサルさんが溶けた。えーやだあの子。絶対俺の強化じゃないって。だから俺関係ない……よね?
「ニーヴェさんのお陰で全員焼き殺せる……っ!」
現場はニーヴェ氏有罪の様相を呈しておりますが。
「ちょっと待ったイグナ! 確かにクエスト攻略は大事だけど……森焼くのは違うと思うなぁ……なんて思ってたりもする!」
なんてはっきりしない主張。完全にビビってんぞ俺。
「いえ、あのおサルさんたちは私の裸を見たんです。というか見るためにローブも剥いできたんです。ダメです、焼きます。焼かなきゃ気が済みません」
冷静に聞こえるけど言ってる内容だいぶ頭おかしいからね?
「と、とりあえず落ち着こ? 大丈夫、まだ間に合うから!」
水魔導士であるルアクがいるなら、間に合う可能性はある。
その可能性に、絶対間に合わないって思いながら言って少し経ってから気づいた。要するに俺の断言は少しも当てにならないのです。
「森はいくらでも再生できますが、変態ザルはどれだけ経っても更生しません」
確かn――うおっとぉ?! ちょっと待った! 森を再生できる魔導士とか聞いたことないぞ?! ただし後半は全面的に認める。
「……と、とりあえず俺はみんなを探しに行ってくる」
「その必要はありませんよ。私の炎に驚いたフュールが、見たことない逃げ足で他の二人も巻き込んで森の外に行きましたから」
あいつ、今回の手柄それだけかよ。というか俺が逃げる名目潰しやがった! 俺にとっては邪魔しかしてねぇっ!
「あ、逃げちゃう」
「ウボッ」
炎でサルを囲もうとしたらちょうどその壁に激突した一匹が燃えて今まで聞いたことない鳴き声を上げながら消し去られた!
長い。ツッコミどころ満載すぎて俺では処理が追いつきそうにないぞこれ。
こちらニーヴェ、ただちにツッコミ役の増援を求む。
………………まぁ来ないわな。逆にこれで来たら奇跡通り越して――奇跡だわ。別に奇跡通り越すものないわ。
「ウボッ」
「あの、イグナさん?! おサルさんバーベキューとか誰得ですか?! あの断末魔キショいんでやめてもらっていいですか?!」
「ウキーッ!」
やっぱうるさいからさっきの頼み撤回しようかな。
「嫌です。エロザルは一匹たりとも生かしておけません」
「ウキーッ!」
「よしわかった。もう俺は何も言わないから存分にやっちゃって」
言い終わる前に右手を掲げて火炎弾を追加しようとする環境破壊者に、慌てて追伸。
「おっと、俺が逃げるまで三秒くらい待って」
イグナが頷いたのを見て全力ダッシュ! いーち、に――
「一、二、三!」
「ぎょえーっ! カウント早すぎだろ! 秒じゃなくて刹那で数えてんのか?!」
爆風で吹き飛ばされながらツッコんだけど、これ着地どうしよう。
結果、空中で見つけたあの三人に向かって空を泳ぐように落ちていって、アルテにキャッチされたので無傷。
しかし……
「ニーヴェ、大丈夫か? 吐きそうな顔――いや、三度吐いた後まだ吐き足りない時のような顔しておるぞ?」
そりゃあ慣れない空中に何秒かいて、その間にボスザルが溶けたの見たらそんな顔にもなるっしょ。
「うぇぇ、あ、そうだ……ルアク、この大火事、おえっ、鎮火してくれない?」
「え〜、吐きながら言われてもなぁ〜」
お前の顔を吐瀉物に塗れさせてやろうか。
こっちは環境維持費とか請求されちゃあ困るんだよ。
「な〜んかニーヴェ、嫌なこと考えてそうだから気は乗らないけどやる〜」
「なんでバレたか知らないけどとにかくありがと」
ということでルアクは火が盛んなところに行った。
「はぁ、ニーヴェさん、あの炎が怖くなって逃げてきたんですね。だらしないなぁまったげべぼっ!」
思い切り助走をつけてからの鉄拳制裁。テメ誰に口聞いてんだフュールさんよぉ。
「ごめんなさいごめんなさい、僕が一番動けてませんでした。今度からは気をつけますね。ところで僕の右半身あります?」
そんなに威力出たっけ。
「全然あるけど?」
「そうですか。その程度ですか。まぁ僕に勝とうなんざ百年はや」
「だらっしゃあぁぁぁっ!」
「ごぶしっ!!」
まだやるとはお前、ファイティングスピリットが間欠泉から湧き出てくんのか?
「フュール、調子に乗りすぎじゃ」
「べあぁぁぁっ!」
ちょっとちょっと、斧の腹で殴んのは――今なら許す。なんなら切っても良かった気がする。
「ちょっとちょっと男子勢、何遊んでるんです?」
「消火かんりょ〜」
なんだ女子共。今来るとはタイミングの悪い。最低でもこいつをあと三発殴らなきゃ気が済まないんだが。
「フュールを殴って顔の面積を三倍にしようっていう遊びなんだけど、混ざる?」
「なんですかその危険かつセンス皆無な名前?! それにうちのパーティの女子は平和主義ですからそんなの参加しませんよ!」
ルアクはとにかくとしてイグナは平和主義じゃないと思う。
「何があったか知りませんが、この人全く働いてないので一発殴らせてもらいます」
「さんせ〜」
「こいつらが平和主義とでも?」
「……もはや返す言葉もございません」
鈍い音が二度、鎮火の終わりサルの鳴き声も聞こえなくなった森に響いた。




