第十話『白魔導士は半人前です』
飢え死にしそうな俺とアズ。そんな俺たちがレストラン経営者という今一番必要な人間を見つけ、さらに「お礼がしたい」と言って貰えたら、そりゃついて行くしかない。
お礼は快く受け取っておこう。こんないつ魔獣に殺されるか分からない世界で、謙遜とか遠慮とかは人生を損する為のコンテンツに過ぎないんだから――個人の見解です。
とはいえ。
「ちょっと遠くない?」
「アズ、ちょっとどころじゃないだろ。もうそろそろ夜が明けそうだし」
グリアに文句を言うお礼してもらうサイド。
本当に夜明けちゃうよ。ほら、もう東の空はダークブルーに染まってまだまだ夜が続きそうな様相してる。
「まあまあ、もう少し我慢してくださいよ。こっちだって意地悪でご案内してる訳じゃないんですし。それに、ソロップって言ったって広いんですから」
「え、ヒロイン?! どこ、どこにいるの?!」
今確かにグリアは「ひろいん」と言ったはず。でも辺りを見回してもグリアとアズしかいない。まさかアズが俺のヒロインなわけないし――俺のヒロインってなんだよ。
「ヒロインなんて言ってませんけど?! 頭おかし――頭がどうにかなってるんですか?!」
だから言い直しても変わってないんだって。
「ニーヴェ、『ヒロイン』じゃなくて『広いん』。寝不足だから頭回ってないんだね」
なるほどそういう事か。寝不足とは不覚。早く寝たいのはやまやまだけどお腹すいたしなぁ。
「寝不足でもやらなきゃならないことはある」
「もしかして先にお腹満たすつもり?」
そのつもりですがなにか? 眠いのはまだ我慢できるけど空腹はもう我慢の限界なんだよぉ。
「早くそいつ捌いてくれる?」
「ギャプッ! ギャプッ!」
調理するのはもう少し後でいいからとりあえず黙らせて欲しい。何がとは言わないけど気になってしょうがない。
「もう少しで着くのでそこまで我慢してください。せっかく生きてるんだから目的地まで歩いてもらわないと」
「ギャプッ!」
なんでこの子今から殺されるってのにこんなに従順なんだろ。
さらに少し歩いて。本当に少しだった。別にグリアを疑ってなかったことは微塵もなかったけど。つまり疑ってた。
街並みがもう少しで終わるというところで、グリアは足を止める。
「はい、着きましたよ。お待たせしました」
「おう待ちまくってお腹と背中がくっついて身体が真ん中で折れ曲がりそうだよ」
「要約すると『腹減った』です」
アズ、ナイスフォロー。
「ギャプッ! ギャプッ!」
「まあまあ待ってよ。そんなにせがまなくても今から調理してあげるんだから」
違ぇよ、そいつは懐いてんだよ。あんたサイコパスか。
そんな俺のやばいものを見るような目もすり抜けて、グリアはキッチンと思わしきところに入りながら言う。
「じゃあ今からステーキにしますね」
「それ肉を見せながら言うやつ! 生き物見せて言う言葉じゃないから!」
そんなサイコ発言ばっかりするから、このネッセスに同情が募りに募ってしまって「よだれが出切って干からびるほど食べたい」から「よだれが洪水になってこの店をよだれ浸しにしそうなほど食べたい」に食欲がランクダウン。
よだれ浸しって気持ち悪いな。
というか歩いてる間に俺もサイコ発言してたわ。これからは気をつけよう。変な人だと思われると困る。
「ニーヴェ、何一人で頷いてんの? 変人じゃん」
既に思われていたという悲劇。よし今からこのレストランの隅っこに行ってしゃがみこんで泣きじゃくりますか。
やっぱやめとこう。それこそ変人だわ。
ということで代わりに俺が変人じゃないという証明をしよう。「クソ真面目作戦」開始。
敬礼。
「私ニーヴェは十七歳、王都郊外のごく小さな村に生まれ王都レウコンに育ち、白魔導士として邁進を続けている次第であります。私の実績は、初陣の雑魚魔獣討伐への援助に始まり、三大闇脅威という大したことのない魔獣などの討伐・平定への援助、財宝をこれでもかと貯め込み得意顔で眠りこけていた巨龍の討伐への援助、街を占領し一日一回その市民を食べていた暴食闇魔獣の討伐への援助、年中雨を降らしていた水属性魔獣の討――」
「うるさい、しつこい、しかも自慢ばっかり! しかも全部援助! しかも『私』とか気持ち悪い! 急に敬礼するし、ほんっとニーヴェって変人だよね!」
「黙れこの『しかも』モンスター! 俺だって変人って言われて傷ついたから真面目になってみようと思ったんだぞ? そしたら変人って重ねられるなんてもううんざりだ! 俺は帰る!」
どこに? そんで腹減ってんのに? という先程の自分の考え無しでの発言に対するセルフツッコミ。
「悪口白魔導士が急に真面目白魔導士になったらそりゃまくし立てるほどツッコみたくなるよ!」
「あぁそんだけツッコミがマシンガンのように来たら嫌でも俺は真面目キャラじゃないってわかるよ。俺が悪うござんしたぁ。俺がこれまでの輝かしい戦績を並べてったのが悪かったんだねっ」
他にも色々問題点はあった気がするけどおそらくアズが一番ムカついたのは戦績並べ。なんか「戦績並べ」ってアナログゲームの名前みたい。ちなみに反省する気はこれっぽっちも――これって言ってもわからないだろうけど――ない。
「そんな気持ちの密度スカスカな反省したって済まないんだからね? ニーヴェのステーキ半分食べちゃ――」
「そのステーキが出来上がりましたよ〜。全くあなた達、深夜なんですからもっと静かに――」
「――うるせぇ! 今論争中なんだから部外者は黙っとけ! ちなみにアズが俺のステーキ半分食うなら俺はアズのステーキ全部食う!」
そう言えばステーキできたってことは――うっ……あいつのことはもう考えないでおこう。
「そんなめちゃくちゃしょーもない論争どうでもいいですから冷めて固くならないうちにお召し上がりください!」
「はぁ?! 冷めて固くなるようなステーキ作るんじゃねぇ!」
「ひどいっ! ステーキって冷めたら固くなるもんですよ?! 逆に固くならなかったらなんか薬品入ってますよ!」
確かに。もう疲れててそんなこともわからなかったわ。とりあえず冷静に。
「ニーヴェ、それはただの文句だよ? せっかく作ってくれたんだし、ハーフステーキをじっくり味わって食べなよ」
「あくまでも俺のステーキ半分食うつもりなのな!」
ダメだこれじゃ冷静になれない。とりあえず目の前に出された料理を見る。
「う、美味そう……」
見ればアズも唾液が出るのを我慢している。
俺もここは理性を働かせて我慢しないどばどばどばどばどばどばどば。
「ちょっと! この水っぽいけど少しばかり粘性のある液体は何ですか?! 魔法で出したんじゃなければ完全に唾液ですよね?!」
おっと食欲が。俺の紙一枚のような理性を突き抜けた名槍のように鋭い食欲が。要するに俺の理性って欲望からしたら相手じゃないのよ。
「ごめんごめん本当に洪水起こしちゃうとは思わなかった。大丈夫、ステーキは濡れてないから」
「そういう問題? 私べちょべちょなんだけど?!」
びしょびしょじゃなくてべちょべちょという表現を使うあたり唾液感がある。
それよりそろそろミイラになるので水を恵んでください。意識が突風に乗ってフルスピードフェイダウェイ中です。
「あの、ニーヴェさん? 死ぬほど干からびてますけど?! み、水持ってきます!」
「それと拭くもの持ってきて! こんな汚物の大洪水の中食べると絶対気分悪くなっちゃうから!」
「了解しました! この汚物早く処理しないとですね!」
意識が風に乗って世界を一周して帰ってきてから。
「んくっ、んくっ、ぷはぁ」
いやぁお水ってこんなに美味しいのね。一クエスト終わったあとの水プラス一かける三百くらい美味しい。なんでプラス一したかって言うと、比べる対象がゼロだから「何倍」とかで言えないかなって思って。
「よしっ、処理完了!」
そうだった。こいつらに言わなきゃならないことがあった。
「お前ら俺の聖水を汚物とは失礼すぎやしない?」
「なんでだろ、今ニーヴェが自分のよだれを聖水って言った気がしたんだけど」
こいつ馬鹿なのに勘だけはいいのね。まぁ俺もなんだかんだ馬鹿なんだけど。
「あ」
「どうしたの?」
「ステーキ、どうなった?」
「私は自分の分を先に食べたけど、ちゃんとニーヴェの分は残してあるよ」
いやぁ素晴らしいですねアズさん。やっぱり俺にハーフステーキパターンは避けてくれましたか。ほんと腹減ってるからやめてねそういうの。
さてさてちょっと冷めて固くなってるだろうけどそれは俺の聖す――よだれのせいとして、ようやくステーキを堪能するとしますか。
……あれ?
「あの、アズさん? なんでステーキがハーフなのかな?」
もうその理由は何となくわかっているけど。
「え、だから、『私の分は』食べたって言ったじゃない」
やっぱり。
「くそぉぉおおおっ!」
俺の叫び声は深夜のソロップ郊外に悲しく響き渡りましたとさ。
そして半人前のステーキは白魔導士が美味しくいただきました。




