プロローグ『ある白魔導士』
伝説、英雄譚、魔王討伐。光り輝く勇者の剣、全てを灼き尽くす炎、どんな魔法も跳ね返す盾。御伽噺はみんな、そういう派手な概念に彩られてる。
でも、俺は違った。
もちろん現実の話だ。御伽噺じゃないから違うはずなんだけど……そういう事じゃなくて。闇の魔王は何人だっていたし、まだ姿を隠しているだけか産まれてないだけで、これからも姿を表すかもしれない。
英雄だって何人もいた。そういう人たちのパーティにはいくつも加えてもらったし、この世界に眠る至宝とか世界を破壊し尽くさんとする魔獣とか、たくさん見つけてきたし、討伐してきた。
でもそれは俺自身の偉業じゃなくて。俺はただただ、その横で呆然と立ち尽くすだけだったよ。
でもさ、俺だって……。
「俺だってすごいことしたいよっ!!!」
不意に出てしまった自分の願望を高らかに発する大声に、自分自身もパーティの仲間も驚く。
「これからあるわよ、すごいことっ」
驚嘆の顔を早くも捨て去り、笑顔を振り撒いてこのパーティのムードメーカーの魔法使い少女が言った。
「そうそう、これから俺たちドラゴン倒すんだぜ?」
これのどこがすごくないことなんだ? とでも言いたげに、いやもはやその声が聞こえてくるくらいの調子で、王国で一二を争う剣士のパーティリーダーは言う。
「これのどこがすごくないことなんだ?」
いや結局言うんかい。
「それもさ――」
先程まで薄暗い洞窟を歩いていたが、急に視界が開けて黄金の光に目を眩まされる。
金銀貨、輝く装飾品、宝剣。
そしてそれらに囲まれた、超絶動きにくそうなゴミ屋し――宝窟の主は、中央で寝ているとてつもなくデカい龍だった。
いや知ってたよ、こんな洞窟何回も来たことあるし、あれよりデカいドラ公見たことあるし。んなこと言葉に出したら、横で下顎落っことしそうなパーティの仲間たちに何されるか知らないから死んでも言わないけど。
「――こ、これだけの財宝持ち帰れるんだぜ?」
下顎を何とかレスキューして言葉を紡ぐリーダー。わかった、わかったから早く涎拭こ? 女子たちが引いてるよ? あそこのドラ公じゃあるまいしはしたない。
「幸いまだ起きてないみたいだから、さっさと討伐しよう。メロ、ベル、行くぞ」
メロ――ムードメーカーは、ショートソード二本分もない自分の体と同じくらいの長さの杖を、持ちにくいので抱き締めながら龍を起こさないように歩く。
ベル――自分の見える範囲の物は何でも撃ち落としてしまう天才弓使い少女は、龍殺しの矢という龍ならば一撃で仕留められる魔法がかかった超絶チートアイテムを万一のために矢筒いっぱいに仕込み、メロと同じように忍び足で歩く。
あそっか、バカだからこっからベルに撃たせるっていう考えも浮かばないのね。俺は今日は日雇いの身なので、何も言わないでさっき来た道の視界が開けた辺りに立って準備体操しておく。いざとなったら逃げるが勝ち! ってね。
そんな、俺に逃げる一択のみを考えさせるほどの信頼しか寄せられていないリーダー・ストナは、お宝に目が眩んで忍び足も忘れている。もうダメだこりゃ。
「はぁー」
自然と溜息が出る。いくら強くても、こんな誰も勝てないようなクエストに行くもんじゃないよ。この財宝はさ、同じように目が眩んだ腕に自信のある騎士が、弓士が、魔導士が、身ぐるみ剥がされてここに、もしくはこの世に置いてったやつだよ、たぶん。だからさ、今ならまだ間に合うからこっちに戻っ――
――荒い鼻息。蒸気を浴びたかのように暑い。いや、実際浴びている。地鳴り。宝の山が崩れる。もうそのものを見なくとも、周辺の変化だけで理解出来た。
「龍が……起きた……」
あ、もう間に合わんわ。じゃあね皆さん、お元気で。俺はお元気なうちに退散するんで。
風よりも早いスタートダッシュで勝利を掴もうと思っていたところに――
「おい、ニーヴェ! お前の溜息のせいだろ!」
ストナの声。それも怒声。
「あ、バレた?」
てへぺろ。
「当たり前だろ、めちゃくちゃ聞こえたわ! さぁその罪を償ってもらおひゃあっ!」
思い切り炎を吐かれるストナ。うーん確かに、これは俺に非があった。まぁ見てるだけってのもつまらないし――だから逃げる準備をしてたんだけど――やるか。
吟遊詩人が一つの物語を語るかのような長さの呪文を、できるだけ早く終わらせたいので噛まないようにめちゃくちゃ遅く読む。
「ちょっ、おい! 早くしてくれっ!」
煩いな、助けて貰ってるんだから文句言わないでくれよ。これ、噛んだらもっかい初めからだかんね?
「危なっ! ねぇニーヴェ君、まだ?」
うん、ごめんまだ。逃げ回る三人にはこう言うしかない。頑張れぇ。
龍は炎を吐き、ストナの剣をチョップで容易く折り、メロの一呼吸の詠唱で済むような簡単な魔法を軽々いなし、ベルの放つ龍殺しの矢すら効かないご様子。
なんで龍殺しの矢が効かないかって? 答えは簡単。詐欺られた、これに尽きる。この事実に関しては俺もさっき知ったんだけど。
さてと、俺が詠唱してる間に自己紹介でもしますか。まぁ親愛なる仲間たちから呼ばれている通り、名はニーヴェ。この国の、言ってもわからないくらい小さな辺境の街で生まれて、はや十七年。そんで俺の役職は――
「あ、詠唱かんりょー! ストナ、剣でそいつ斬ってみて!」
「アホか! まず間合いに入れねぇよっ! それと剣折れてるし! 見てたろ、お前!」
どっちがアホなんだよ。
「まぁ、脚に力込めて走ってみろって! そんでその刃折れの剣でいいから、斬るモーションだけでもしてみろ!」
ストナは俺を横目で見るというより視線で殺すかのように睨みつけ、走ろうとする。いや、あんたらが殺されかけてんだよ? あ、そうそう、一歩目を踏まんという瞬間には、もう龍に剣が届く範囲まで迫っていた。
要するに、彼の動きが速すぎて見えなかった。そしてそのまま刃折れの剣を振り下ろそうとする。
するとその剣は元通りの状態――よりも鋭くなり、本物の龍殺しの魔法が付与いたかのようにドラ公の巨大な体を両断する。
そ、俺の役職は白魔導士。人の強化とか、武器の強化とか、魔法の強化とか、薬の強化とか――強化しかしない。攻撃もできなければ、治癒もできない。防御もできなければ、相手を口汚く罵倒することも――それはできたわ。(この世界では、治癒は水魔導士の仕事、防御は土魔導士の仕事である)
そして、この世の白魔導士の中でも、ほとんど聞いたことない種類のやつが俺。なんと、自強化ができない。
だから、こうしてパーティを転々として、生活費を稼いでいるわけですな〜。前に隣人に、「お前はあと人生百回分くらいは遊んで暮らせる」って言われたけどしーらない。
でもお宝集めには、もう正直飽きた。だから――
「なぁニーヴェ? お前の凄さは巷で聞いてたけど、まさかここまでとは……。お前は命の恩人だよ。この財宝、どれくらい欲しい?」
――もう宝要らない。
「三人で好きに分けといて。じゃあね」
「おい! 待ってくれよ! なぁ、俺たちのパーティに入らないか? どうだ?」
龍に会った時と同じくらい冷や汗をかくストナ。
入ったところで、王に報奨を貰うのはその身を賭して戦った戦士たちのみ。俺は何も貰えない。しかもそんな名誉、要らない。さらに言えば、この人たちと組んで、わざわざ命を危険に晒すまでもない。
だって俺は――
「――一人がいいんだ。じゃあね」
だから、日雇い契約とか、長くてもクエスト一つクリアとか、終わりの見えてるものしか結ばない。つまらないけど、ノロノロやってて何も達成しないのもつまらない。
なぁ、神様――いるんならだけど――俺に一人ででっかいクエストクリア、させてくださいっ!
それから俺は、長い長い旅をすることになった。




