新しい恋、こんにちは。
「もう、いい加減にしなよ?かんとく。あんなに騒いで。連れて行かないんだから……?」
外に出て、そばのベンチに腰を下ろした小針は、大橋の言葉なんて耳に入っていないのだろう。
大きくため息を吐いた。
「あの、菜花さんって若いのかな……」
「あの人は4月から配属された人だよ。市役所職員じゃなくて、県庁の人なんだって。おれは事情は分からないけど、葱市は中核市でしっかり運営しているから、勉強してこいって追い出されたんだって」
「追い出された」という表現は適切ではないが、大橋は志田から聞いた難しい話をそう解釈しているらしかった。
「そうなんだ。いつまでいるのかな」
「さあね。元々は県庁の人なんでしょう?そんなに長くはいないんじゃないの」
「そうだよな。そうだな」
「ってかさ。お前の嘘酷すぎ」
大橋は口を尖らせる。
「な、なんでだよ」
「本好きそうな顔しやがってさ。漫画しか読まないくせに。しかもなに?あれ。仏像の本なんて読むのかよ」
「よ、読むさ!仏像は大好きさ!大好きさ〜!」
小針はメガホンを持ち上げると大声で叫ぶ。
そばを通っていく親子が不審な目で見ていた。
「ママ。あの人、変なもの持っているよ」
「見るんじゃありませんよ」
「ああ、もう!かんとくといるとだからヤダ。おれまで変人扱いじゃん」
「すまん。とわ。つい。興奮してしまって……」
小針はしゅんとした。
本当に嫌なところ。
自分でもわかっているのだ。
興奮すると何を仕出かすかわからない。
この気持ちを持て余すので、大声で叫んでしまうのだ。
「だけど。あの人と出会った瞬間。バッハが降りてきて、これは『運命だ』と確信したのだ」
「それって、この前も言っていたじゃん」
「……ぐ。この前はこの前だ。今回は違う!断じて違うのだ」
「はいはい。0勝50敗の記念すべきお相手が菜花さんだとはね」
「失恋するとは限らないじゃないか」
「あのね!かんとく」
大橋は真面目な顔で小針を見る。
「世間一般とおれたち葱高校は違う訳。いい?普通の恋愛って男と女の関係なんだよ?男と男なんて葱高校の中だけの常識なんだから。そんなこと、他所でやってみなよ。本気で変人扱いだからね!」
「とわ……」
「おれたちがどんなに苦労しているか分からないだろう?もう。嫌になっちゃうし」
彼はそう言い放つと立ち上がる。
「ほら。帰るよ。電車の時間になっちゃう」
「本当だ。……とわ。すまない。また配慮のない言葉だった」
小針は素直にそう謝る。
そう。
大橋は、白木とお付き合いをしている。
二人は、1年生の頃から仲がよかった。
それは小針でも承知のことだったが、二人がいつからそういう関係になっているのか、小針には分かり兼ねる。
しかし、現時点で恋人の関係であることは理解していた。
白木はずっと大橋を見守っていた。
いつか報われるといい。
そう陰ながら応援していたのだが、3年生になる頃から、二人が纏っている雰囲気が変わってきたのに気が付いた。
きっと、それは二人の関係が変化した証拠だったのだろう。
だけど、大橋たちには大橋たちの悩みがあるようだ。
いつも恋はするけど、結局は実ったことのない小針には理解のできないことであるが……。
「別にいいよ。悪気がないのはわかっているしね」
大橋は、ふと笑みを見せると自転車置き場への向かう。
「帰ろう」
「そうだな」
夕焼けの空は燃えるように赤い。
小針の新しい恋の幕開けは突然だったのだ。
第一部終了です。お付き合いいただきまして、本当にありがとうございます。