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幸せの王子、恋をする  作者: 雪うさこ
第41代目部長
7/9

菜花さん。



よかったのだ。

あれで。


だって、自分はそんなに読みたい本でもなかったから。

ただ、目に入ったから手に取ってみたいと思っただけだ。

あの人は、本当に嬉しそうに本を借りていったのだ。

なんだか、申し訳のない気持ちでいっぱいになった。


すると、ふと肩を掴まれた。

はっとして振り返ると、そこには大橋が本を抱えて立っていた。


「なにしてんの?かんとく?珍しく本借りる気?」


不審げな視線にどう返答しようか迷っていると、「ご予約の方どうぞ」と男の声が響いた。


「予約?」

大橋は更に不審そう。


だが、小針は咳払いをしてカウンターに歩み寄った。

男は頭を下げる。


「お待たせして申し訳ありませんでした」


「い、いえ。別に」


「それではご予約の手続きをとらせていただきますので、カードをお願いします」


「か、カード?」


目を瞬かせると、隣に立っている大橋は小針の横腹を肘で突いた。


「普通、貸し出しカードってあるでしょうが」


「は?そんなの知ってるし」


「嘘だ〜。知らない顔じゃん。ってか、図書館のカードもないなんて、カッコわる」


「うるさいな」


言い合いになりかけたその時、男の隣から中年の女性が顔を出す。


「こらこら。大橋くん。静かにね」


「あ、志田さん。すみません。こんにちは」


「こんにちは。また来たんだね」


彼女は、男と同じように緑の名札をぶら下げている。

それから、男を見る。


菜花なばなくん、何事なの?静かにさせないと。高校生はこれだからね」


彼女は顔をしかめる。

小針は目を輝かせた。


そうか。

男の名前は『菜花』というのか。

可愛らしい名前だと思った。


「すみません。志田さん。あの。借りたい本を譲ってくれたんです」


菜花はそう言うと、小針を見る。


「え?読みたい本なんてあるの?」


大橋は目を丸くするが、最後まで言い終わらないうちに彼の口を塞ぐ。


「え、ええ。それで予約処理をしてくれるというので……でも。すみません。おれ、図書館は……いえ。ここの図書館は初めてなものですから。カードがないんですよ」


志田は、菜花と小針を交互に見つめてから苦笑する。


「じゃあ、菜花くん。新規登録やってみようか」


「は、はい」


「やってみようかって……実験ですか」


小針は思わず突っ込むが、志田はしらっとしている。


「うるさい高校生くん。ここの図書館は初めてのようだから教えて差し上げますけど、図書館ではお静かにね?」


彼女は愛嬌たっぷりに笑顔を見せる。

志田は肩下まで黒上をくるりんと巻いてふくよかな女性だった。

年の頃は40くらいだろうか?

左の薬指に光る指輪は既婚であることを示している。

そんな彼女に押されて、菜花はおろおろと紙を取り出す。


「あの、こちら、こちらに必要事項を記載していただけますか」


「あ、はい」


「おいおい。緊張しすぎだろう?」


志田はツッコミを入れた。


「だって……初めてのお客様です……」


菜花は嬉しそうに頬を染める。

そんな様子に、小針も赤面した。

「初めてのお客様」なんて言われたら、ドキドキして心臓が口から飛び出しそうだ。


「じゃあ、こっちは菜花くんに任せてと。大橋くんのは私が処理してあげましょうか」


「お願いします」


「そうそう、面白い本入ったんだけど、どうする?」


大橋は目を輝かせる。


「ぜひ、お願いします」


「そう言うと思って、特別に取り置きしておいてあげたんだから」


大橋は完全なる常連らしい。

小針はそんな二人の会話を横目に記載事項を埋めていく。


なんだか緊張して字も下手だ。

いや、そもそもが下手なのだ。

大橋たちには「ミミズ文字」と呼ばれているが、どうにもこうにも下手なものは仕方がない。

本当に恥ずかしい。

こんなことなら、字の練習をしておけばよかった……。

そう思うが、菜花は笑うことなく、じっとその用紙を注視しているだけだ。

余計に緊張する。

そんなプレッシャーの中、やっとの思いで、氏名や住所、電話番号などの基本情報を記載し終わる。


「ありがとうございます」


いつもありがとうございます。

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