勝敗0勝49敗0引き分の男。
夏休み初日。
せっかくの夏休みではあるが、音楽部は忙しい。
なにせ、8月末にはコンクールが控えているからだ。
9時に始まった練習は、16時まで続いた。
夏休みはほぼ1日の練習が相場だ。
後輩たちが帰宅した後、主要メンバーは集まって反省会を行う。
残っているのは各パートマスター、通称パーマスたちと部長、副部長、学生指揮長だ。
男声合唱団は、パートは四つに分かれる。
高音部から順に、トップ、セカンド、バリトン、ベースだ。
その四つのパートの代表がパーマスであった。
「セカンドの1年、少し譜読みが遅れているんじゃないか」
「その通りだ。ピッチ上げるように2年には指示しているのだが、なかなか」
「今年は楽譜読めないやつがセカンドに集中しているからな」
「明日からはおれが担当する」
「それがいいな」
「それよりも、ベースの高橋、少し声質おかしいぞ」
「そうだな。注意しているのだが。変な癖つき始めている」
「じゃあ、それはおれが直しておく」
こんな感じで細かい調整をこなし、役割分担を行うのだ。
「で、かんとく。全体の反省は?」
佐野の促しに、小針はみんなを見渡した。
「そうだな。全体的に出遅れている。このままだと練習を増やさなくてはいけない可能性も出てくる。みんな、1年生が遅れを取らないよう、なんとか気にかけてやってくれ」
小針の言葉に一同は頷いたが、ふとバリトンパーマスの秋月が声を上げた。
「しかし、そういうお前もなんとかしとけよ」
「へ?おれ?」
「そうだよ。お前のソロ、ひどいもんだ」
秋月のコメントに、大橋も笑う。
「本当、本当。かんとくソロ、一番ダメダメだよね」
「う、うるさいな〜……」
「偉そうなこと言っちゃって。自分が一番できてないんじゃない」
ベースパーマスの津守も茶化す。
「お前だってな……」
一同は顔を見合わせて苦笑いするしかない。
今年の自由曲では、各パート一人ずつソロで歌う部分があるのだ。
トップは大橋。
セカンドは佐野。
バリトンは小針。
ベースは津守。
顧問に選び出されたメンツはこの4名だ。
しかし、それぞれに問題は多い。
大橋はともかく緊張に弱い。
極度のあがり症なのだ。
ひどい時には、吐きながらステージに立つという強者だ。
次に佐野。
彼は、3年生になってから体調が悪いようだ。
なにか持病があるようだが、小針は詳しくは知らない。
学校も休みの時が時々ある。
さらに津守。
彼は体力がない。
ともかく息が続かないので、よく顧問には怒鳴られている。
そして、自分。
このメンバーの中では比較的安定しているほうなのかもしれないが、なにせ思春期。
惚れやすく振られまくりの小針は、気持ちの楽さが激しい。
恋愛中、いや片思い中だとテンションマックスで調子も全開だが、失恋するとあっという間にどん底行きだ。
まあ、彼の場合、失恋は日常茶飯事なので立ち直りも早いのだが。
つい先日、告白した回数49回目を達成。
そして、勝敗は0勝49敗0引き分。
小針結助、17歳。
お付き合い経験ゼロという完全童貞野郎である。
小針の心配事は、コンクール近くなって失恋しないこと。
それに尽きるのだった。
いつもありがとうございます。