グラディエーター
~~~数時間後~~~
「おい……おい、大丈夫かい? 平気なら、そろそろ起きなよ」
誰かの声。それと同時に、身体を揺さぶられる。
まだ寝ていたい気分だが、あまりにも続くため仕方なく起きることにした。
何度目かの瞬きの後、やっとの事で視界が定まる。
と、そこへ――
「お目覚めかい? あんまり反応しないもんだから、死んでるのかと思ったよ」
どこか軽く感じる口調。反射的に振り向けば、そこには一人の男が壁に背を預ける形で座っていた。
「それで、身体の方は大丈夫かい?」
問い掛けられ、全身をチェックしてみる。見た目にも感覚的にも、怪我をしている様子はなかった。
「あ、ああ、何とか大丈夫だ……」
「そうか、そいつは良かった」
言いながら笑う男。どうにも緊張感のない様子に呑まれていたが、俺は聞かなければならないことに気付き、座りながら問い掛けた。
「ここは何処だ?」
見た目的には倉庫か物置といった感じだ。しかし、そうした場所特有の埃臭さが感じられない。大きな窓もあるし、どういった場所なのか見当がつかないのだ。
「駅地下の空きテナントさ。そこに閉じ込められてるってわけ」
閉じ込められてる――その言葉に、意識を失う前のことが頭に呼び起こされる。つまり、ここへ強引に連れてこられたというわけだ。
「……逃げられないか?」
「無理だね。奴等、そこまで甘くない」
「奴等?」
「俺達を此処までエスコートしてきた奴等さ。俺は3日前から居るけど、逃げる隙はなかったな」
「そいつらの目的は?」
「悪趣味なパーティーの開催さ」
どういうことだ――そう聞こうとした俺だったが、それより早く入り口のドアが開けられた。
「おい、お前! 出番だ!」
高圧的に言いながら俺を指差す男。その様子は苛立つものだったが、相手は武装しているので反抗するわけにもいかなかった。
「さあ、早く来いッ!」
言うが早いか、男は乱暴に俺の腕を掴むと無理矢理に立たせる。そして、背中から銃口を押し付けると、俺を先に歩かせた。
「情けも容赦もいらないぞ。どんな手を使っても勝つんだ」
去り際、そんなことを男が言った。どういう意味かを聴き返す前に、俺は空きテナントから出ることになった。
銃口を突き付けられながら歩いていると、よく見る駅構内の店舗群が並んでいた。どうやら、あの男が言っていた《駅地下》という言葉は偽りじゃなかったようだ。
しかし、当然ながら普通じゃないところもあった。
何より異常なのは、地上へと続く出口が全て封鎖されているということだ。車で塞がれ、その後ろには武装した男達が立っていた。
(ここを根城にしてるのか……)
理には適っている。出入口さえ封鎖してしまえば、それだけで広大な敷地が手に入るのだから。
と、そんなことを考えていると――
「止まれッ!」
地上へと続く階段の前――そこにある大きなスペースで止められる。辺りを見渡せば、数十人の人間が階段に座り込んで こちらを見ていた。
そして、目の前には何やら険しい顔をした一人の男。その背後には、俺と同じく武装した男が立っていた。
「よし、パーティーの始まりだッ!!」
会場内の誰かが叫ぶ。
同時に巻き起こる手拍子。何が行われるのか分からない俺は、ただ周りを見渡すことしか出来なかった。
「奴を倒せ」
俺の後ろから銃口を突き付けていた男が耳元で言う。
「……どういう意味だ?」
「殴り合って、俺達を楽しませろって言ってるんだよ。お前達は、そのために連れてこられたんだからな」
つまり、この下らない余興のために、適当な人間を集めているというわけか。
(腐った連中だ……)
そう心の中で呟きながらも、俺は目の前の男と対峙した。
この状況下で逆らえば、すぐに命を失うのは火を見るよりも明らかだからだ。
「ヤルしかねえな……」
覚悟を決めて前に進むと、俺は固く拳を握り込んだ。
「試合…………開始!!」
どこから持ち込んだのかゴングが鳴らされる。それと同時に、観客の歓声が大きくなった。
「悪いが本気で行くぜ!」
そう宣言すると共に地を蹴る。
低い姿勢から一気に懐へと入り込むと、サイドステップで視覚から外れつつ渾身のフックを放つ。
「……………………ッ!!」
決まった――と思ったのだが、相手も喧嘩慣れしているのか、ヒットする寸前に身を逸らして躱された。
「チッ……これならどうよ!?」
再び間合いを詰めると、今度は両手を首の後ろに回して固定する。そうして身動き出来なくしたところへ、連続で膝蹴りを打ち込んだ。
「ウグッ……!!」
ガードはされたが、それで全ての衝撃が殺せるわけではない。男は苦鳴を上げて表情を歪めた。
(チャンスだ……!)
膝蹴りの防御に夢中で意識が下に向いている。
俺は即座に相手を突き放すと、全力で拳を突き出した。
「グアッ……!」
俺のストレートをモロに受けて、男が後方へと吹き飛ぶ。
それで力が尽きたのか、男は倒れたまま起き上がることはなかった。
「いいぞ、新入り!」
「ヤルじゃねえかッ!」
湧き上がる歓声。しかし、当然ながら喜びなどはなかった。
「よくやったな。次の試合まで休んでな」
そう言うと、武装した男は来た時と同じように、俺の背中に銃口を突き付けて歩かせ始めた。
―――*―――*―――*―――
「ゆっくり休めよ」
言いながら空きテナントに押し込むと、男は出入口に鍵を掛けて去っていった。その後ろ姿を見届けながら、俺は疲労感から座り込んだ。
「やあ、何とか勝てたみたいだね?」
そこへ、男が声を掛けてくる。そんな彼に対して鼻を鳴らしつつ、身体の向きを変えた。
「当たり前だろ。俺は喧嘩に負けるのが大嫌いなんだよ」
いつか小百合に言った台詞。だが、その負けん気の強さが、今回ばかりは助けになったようだ。
「ハハッ、そりゃいいや……頼りになりそうでね」
「……どういう意味だ?」
どこか含みのある言い方に、俺は眉を寄せて問い掛けた。
「なぁに、ちょっとした計画を練ってたからさ――脱出のためのね」
「脱出? 出来るのかよ? さっきは……」
「君が使える人間かどうか、まだ分からなかったからね。奴等に痛ぶられた結果、脱出の計画を喋られたら堪らないだろ?」
「チッ……しっかりしてやがるぜ」
だが、その用心深さは好感が持てる。それに、3日前から居て生き延びてるということは、腕も相当に立つということだ。協力関係を築けるなら、頼もしい存在になるかもしれない。
「フフフ、悪いね……っと、そろそろ自己紹介しとくよ。俺の名前は根岸 将吾って言うんだ。よろしく」
「あ、ああ、俺は――」
こちらも名乗り、互いの自己紹介を終える。
だが、それが本題ではないので、俺は将吾の隣に移動しつつ、脱出の計画とやらを聞くことにした。
「奴等、この悪趣味なパーティーを毎夜のようにやってるからか、朝方は大人しいんだ。見回りにも来ないし、話し声も聞こえない」
「つまり、出るなら朝一がいいってことか」
「その通り。一応、鍵も壊れる寸前までにしてある。出るのに苦労はしない」
「でも、これだけ広いのに見付からず逃げられるか?」
「さすがに奴等の真っ只中を突っ切るつもりはないさ。パーティー会場に行く途中、パイプ室って言うか配管のための空間に行くドアがあるんだ」
そこから逃げるということか。
「そこの鍵は開いてるのか?」
「ああ、ぶっ壊れてたよ。多分、連中が何の部屋かと思って強引に入ったんだろうね」
「ふうん……でも、そこがパイプ室だって、どうして知ってるんだ?」
湧き上がった疑問。一般人であるならば、駅構内のパイプ室などパッと見で分かるはずがない。
「俺の父親が、仕事の一環で そこの整備をやってたんだよ。子供の頃、あそこを通る度に《父さんは、あそこに入ったことがあるんだぞ》って自慢してたんだ」
「なるほどね……で、そこから外に出られるのか?」
「外は無理だ。でも、配管の都合上 地下鉄の線路まで続いてる。そこまで行ければ、後は隣駅から出ることが出来るさ」
「そうか……」
将吾の言葉に頷きながら、俺は視線を前に戻した。
計画としては大丈夫なように思える。
しかし、幾つか問題点もあるのは事実だ。
まず、こちらが手ブラだということ。
それに比べて奴等は武装をしているし人数もいる。もし見つかった場合には対処も出来ずに殺されるだろう。
もう一つは、無事に線路まで出られたとしても、そこが安全かどうかが分からないということだ。向かった挙句にゾンビだらけなんてことになってたら、それも生きてはいられない。
(でも、動かなければ どっちにしろ……)
奴等の楽しみのために死ぬのは間違いない。
だったら、賭けでも将吾の話に乗るしかないだろう。
「……分かった、乗るぜ」
「そう言ってくれると思ってたよ」
将吾が笑みを浮かべる。どことなく憎めない その表情に、俺も気がつけば笑っていた。
「それじゃ、今日は休もう。明日の朝が決戦だ」
将吾の言葉に頷くと、俺は適当な場所で横になり目を閉じた。
必ず華菜たちのところへもどると決意を固めながら――