別離
「さぁてと、どうすっかなぁ……」
ダイニングの椅子に腰掛けながら、俺は誰に言うともなしに呟いた。
結局、昨日は あれから近場の家に籠る事となった。色んな意味で中を掃除して、これからの事を話し合おうとしたのだが、何だか全てが面倒になって さっさと寝ることにしたのだ。
なので、今日の予定は何一つとして決まっていない。景色が景色だけに、気怠い休日を連想させる。
「どうすっかなぁ……って、アイツ等をブッ飛ばすんじゃないの?」
「そうしたいのは山々だけどな」
華菜の言葉に、思わず苦笑を浮かべる。彼女ほどにストレートな物の考えが出来たら、もしかしたら この狂った世界でも生き残れるかもしれない。
「ブッ飛ばすにしても、武器と弾薬を手に入れてからですね。井川の奴、適量なんて言ってましたけど、あれでは微量ですよ」
確かに、雅也の言う通りだった。井川から渡された武器は、ハンドガンが三丁に小銃が一丁。各種の弾薬が少々と言ったところだ。生き抜くには心許なさすぎる。
「それに、食料もだな。生活必需品は集めなきゃいけない」
どんな状況になろうと、人間が必要とする物に変化はない。いや、生産が為されないため、需要の意識は より高まっていると言えるだろう。
「何か、今まで通りだね」
「ははっ、そうだな」
事態は一変したと言えるのに、やることに変化がない。まあ、余計なことに気を取られない分、楽ではあるのだが。
「では、繁華街の方まで出張りましょう。あそこでなら、とりあえず日用雑貨と食料は手に入る」
1日で生活リズムを正したトニーが進言する。その案に不満のなかった俺は、否定することなく頷いた。
だが、その直後――
『―――――――――ッ!!!』
突然の銃声と共に、窓ガラスが派手に砕け散る。
襲撃された――そう理解すると同時に、俺は後ろ腰から銃を抜き取る。トニーも銃を構えつつ、テーブルを引っくり返して即席の遮蔽物とした。
「早く隠れてッ!」
怒号にも似たトニーの声に、俺たちは揃ってテーブルの後ろへと隠れた。
「クソッ……一体、どこの馬鹿だッ!」
毒付きながらも、俺はテーブルから少しだけ顔を覗かせて、銃弾が撃ち込まれたリビングへと視線を向ける。すると、窓から見える通りには見たことのある車が停まっていた。
(まさか、アイツ等が?)
元グループメンバーの車に違いないシルエットに、思わず動揺してしまう。
「騙されないでくださいッ。僕たちの動揺を誘ってるだけです!」
雅也の言葉にハッとする。さすがに昨日の今日で襲えるほどの連中ではなかったはずだ。となれは、別の連中――恐らく、井川の手の者だろう。
「別に誰でもいいけどさ、どうすんの?」
俺以外の人間ならば誰でも同じな華菜らしい言葉。しかし、それに対する答えを すぐに提示することは出来なかった。
その理由として、まずは武装の違いが挙げられる。井川の手下となると、俺たちが所持していた武器を持っているということになる。つまり、こちらとは比べ物にならないということだ。
「徹底抗戦ってのは馬鹿らしいな」
導き出された簡単な答え。撃ち合えば、確実に負けるからだ。
「そうですね。何とかして逃げましょう」
トニーの言葉に、俺は頷いた。
だが、次の瞬間――
『―――――――――ッ!!』
玄関の方からドアを叩く音が聞こえてきた。
こんな時に空気を読まず訪ねてくるのは、ゾンビ以外に有り得ない。
(チッ……どうするかな?)
予期せぬ挟み撃ちに、俺は頭を悩ませる。
だが、迷っている時間はない。すぐにでも答えを出さなければ。
(放っておくのは得策じゃないか……)
一瞬、ゾンビなど無視しておくかと思ったが、何気なく振り返ってみると奴等の放った銃弾がリビングのドアを貫通して玄関にまで被弾していた。まだ大丈夫だが、このままだと侵入されるかもしれない。
「トニー、奴等を牽制しててくれッ。俺がゾンビを片付けてくる!」
「了解ッ!」
言うが早いか、トニーが応戦を開始する。
それに続き、俺は床を這うようにしてダイニングから出た。
すると、そこへ――
「あああうぅああ……ッ!!」
いきなりゾンビが襲い掛かってきた。
俺は混乱しつつも、何とか横っ飛びで突進を避けつつ、距離を開けるため思い切り前蹴りを叩き込む。
そして、体勢を崩したところへ銃弾を頭に撃ち込んでやった。
さらに―――
『―――――――――ッ!!』
他に群れていたゾンビも銃撃で一気に片付ける。
だが、これで終わりではない。本当に面倒なのは これからだ。
「兄ッ!」
華菜の声に振り向くと、雅也と一緒に こちらへと駆け寄って来るところだった。
「どうかしたか?」
「奴等がリビングに入り込んできました。今はトニーが抑えてくれてますが、このままだと押し切られます」
「兄、どうしよう?」
雅也の報告と華菜の質問を受けて、俺は頭を働かせる。
一瞬、このまま目の前にある玄関から出ればいいのではと思った。
しかし、それすらも読めない連中ではないはずという思いが脳裏に過る。
(もしかして……罠か?)
トラップではないにしても、脱出路を見逃しているとも思えない。ここは、玄関から出るのは諦めたほうがよさそうだ。
しかし、リビングへの侵入を許してしまった現状では、トニーも長くは持たないはずだ。何処かに逃げなければならない状況なのは変わらない。
「……二階に行くぞ。とりあえず、時間を稼ぐんだ」
悪足掻きになってしまうが、今は それぐらいしか思い付かない。俺は雅也にトニーへの連絡を頼むと、華菜を伴って二階へと上がった。
俺たちが入ったのは、3つほどあった部屋の一つだった。元は男性が使っていたのか、機能的と言うかシンプルな作りだった。
(しかし、どうするかな……?)
このままではジリ貧だ。どうにかして打開しなくては。
悩む俺。だが、その時、ベランダが俺の視界に映る。位置的にもリビングの真上になるため、様子を探るにはいいかもしれない。
頭を出さないように注意しながら、ベランダまで移動する。そして、ゆっくりと下を覗くと、奴等が攻め込んできた通りが見えた。
今のところ、車以外に人影は見えない。周囲にも人気がないところを見ると、奴等さえ排除できたら こちら側は安全なのかもしれない。
(でも、どうやって……?)
振り出しに戻る思考。
だが、窓に取り付けられてるカーテンを見た瞬間、俺の頭に打開策が浮かんだ。
「華菜、手伝ってくれッ」
そう言うが早いか、俺はカーテンを取り外す。華菜も必死に背伸びをして外してくれた。
それを受け取り、端と端を結んで一本のロープにする。それを腰元に巻きつけると、もう片端をベランダの手すりに固く結んだ。
(よし……行くぞッ!)
迷ってる時間も恐れている暇もない。俺は一気に手すりを飛び越えると、逆さまになりながら落ちていく。
そして、地面スレスレで止まると――
『―――――――――ッ!!!』
狙いも定めずに撃ちまくる。これで外れていれば、ブラ下がっている俺はタダの的だ。即座に殺されるだろう。
だが――
「グッ……アアアァァッ……!」
「痛えッ……痛えよぉ~ッ……!」
無闇矢鱈に放たれた弾丸は、襲撃者の肩と足を撃ち抜いていた。
華麗にヘッドショットとはいかなかったが、もう動くことは出来ないだろう。
「ボス……」
まだ抗戦していたのか、トニーがダイニングのほうから姿を現わす。
「無茶なことをしましたね」
「ハハハ……たまにはな」
苦笑する俺に笑みを返すと、トニーはぶら下がったままの俺を開放してくれた。そんな彼に礼を述べると、俺は華菜と雅也を呼び寄せた。
「よし、長居は無用だ。さっさとズラかるぞ」
「ええ、そうしましょう」
「うん、行こう行こう」
同意する二人に俺も頷き返すと、奴等が乗ってきていた車を頂戴することにした。予想通りキーは差されたままになっていたため、俺たちは急いで車を発進させた。
だが、その時――
『―――――――――ッ!!!』
追いかけてきた車から、容赦ない銃弾が浴びせられる。
やはり、他の場所にも潜んでいたらしい。
「トニー、銃を――」
「ダメです、弾切れですッ!」
ならば、ハンドガンで抗戦するしかないか。
そう思ったが――
『―――――――――ッ!!』
追跡者の放った弾丸がタイヤを撃ち抜く。
瞬間、制動を失った車体が大きく横に滑った。
「クッ……!」
それでも、何とか雅也はクラッシュしないように横向きになりながらも車を停める。しかし、安心はしていられない。俺たちは即座に車を降りた。
そのまま、駆け足で身を隠せる場所へと向かおうとする。
しかし、そんな俺たちの動きを遮るように、銃弾が地面を抉る。そのせいで、俺だけが通りの逆側へと追いやられてしまった。
「兄ッ……!!」
華菜の悲痛な呼び声。
アイツのところへと行ってやりたい気持ちはあるが、敵の銃が狙っている状態では、それもままならない。俺は歯噛みしながらも、近くの塀の陰に身を隠した。
そこへ、間断なく銃弾が撃ち込まれる。これでは駆け寄るどころか迂闊に動くことも出来ない。
しかし、このままでは いずれ近付かれて撃ち殺されるだけだ。何とかしなければならない。
「ボスッ!!」
そこへ、トニーが声を張り上げてきた。何事かと思って視線を向けると、彼は俺たちが乗っていた車を指差した。
(なるほど……そういうことか)
彼が何を言いたいのか、すぐに理解できた。
タイヤのパンクからスピンしたせいで、車は横向きに止まっている。つまり、俺たちの位置から給油口が見えているのだ。そこを狙おうと言うのだろう。
少しばかり危険だが、現状を引っ繰り返す案は それしかない。
俺はトニーに向かって頷くと、後ろ腰から銃を抜き取った。
「……今だッ!!」
大声で合図を出すと同時に、俺は身を乗り出して給油口を狙い撃つ。
『―――――――――ッ!!!』
刹那、いずれかの弾丸が給油口を貫き、派手に車が爆発する。その衝撃と熱波は、俺たちでさえも軽く吹き飛ばした。
それでも何とか体勢を立て直し、追跡者が どうなったかを確認した。すると、死んではいないものの、衝撃で全員が気を失っていた。
(ふう……上手くいったか)
安堵から、思わず笑みが浮かぶ。
しかし、それも長続きしなかった。
「ううけけけぇ~ッ!!」
「人間人間…………肉肉肉~ッ!!」
近くの建物の二階から、二体の半熟が飛び降りてきた。
ここに来て最悪の敵だ。
しかも、半熟だけではなく、多数のゾンビが通りの向こうからゾロゾロと現れ始めた。
さっさと逃げるべきだ――そう判断したが、半熟が邪魔で合流が出来ない。銃弾も切れてしまったため、倒すという案も無理がある。
(仕方ない……)
心の中で決断を下すと、俺は三人に向き直った。
「みんな、行けッ! この先で合流するぞ!」
ゾンビが闊歩する街で、合流できる保証など何処にもない。しかし、今は そうするしかないのだ。
「でも、兄ッ……!」
華菜が否定の意を表す。しかし、それは俺も雅也も予想していたこと。俺が彼に目配せすると、雅也は頷いて華菜の腕を掴んで立たせた。
そんな三人の姿を確認して、俺も立ち上がる。ゆっくりとしていられる状況ではないのだ。
「絶対に無事でいてくださいッ! あのデパートで待っていますからッ!!」
辺りに響く雅也の声。そんな彼に頷きを返すと、俺は最後に笑みを浮かべながら手を振ると、みんなとは別方向に走り出した。
―――*―――*―――*―――
「はあっ……はあっ……!」
ゾンビを避けて、殴り、掻き分けながら走り続ける。
そして、どこかの商店街に辿り着いたところで、俺は足を休めた。
「ここまで来れば大丈夫だろう……」
息を整えながら呟く。
だが、その瞬間――
『―――――――――ッ!!』
全身に走る強烈な痺れ。刹那、意識が急速に遠のいていく。
何事かと後ろを振り向けば、スタンガンを手に不敵な笑みを浮かべる男が立っていた。
(舐めた真似しやがって……)
声にならない悪態を吐きながら、俺は意識を手放した――