追放
「う……ううん……」
霞む意識の中、俺は薄っすらと目を覚ましていった。
『~~~~♪ ~~~~♪♪』
耳に届く軽快なメロディー。しかし、それに反して俺の感覚は濁ったままだ。唯一、ハッキリしているのは、やたらと後頭部が痛いということだった。
(天井が動いてる……?)
ハッキリとしない視界に映る天井が、何故か後ろ後ろへと流れていく。車に乗って地面を見ているような感じだ。
だが、すぐに自分が誰かに引き摺られているから、そのようなことになっているのだと理解できた。
しかし、そうなってくると一つの疑問が浮かび上がる。誰が、俺を引き摺っているのかということだ。
『―――――――――ッ!』
その時、軽い衝撃と共に俺の足が地面に落ちる。どうやら、何者かが俺の足を持って引き摺っていたが、目的地に辿り着いたので下ろしたらしい。
「おい……おい、起きろ……」
誰かが声を掛けてくる。それに導かれ、俺の意識は完全に覚醒していった。
だが、その直後――
「!!!!!!!!!!!!!」
いきなり目に飛び込んできた光景は、俺の予想どころか常識さえも飛び越えてきた。
「なっ……なな……」
あまりの衝撃に言葉が出てこない。
血に塗れた豚人間――目の前で俺を見詰める存在を一言で表すなら そんな感じだ。
醜悪なまでに太った身体。
ドッキリアイテムの豚の仮面。
手に持たれた無骨な鉈。
それらの全てが赤黒い血に染っているのだ。
漂う鉄錆の臭気は強烈で、目覚めたばかりで感覚の鈍っている俺でさえ吐き気を催すほどだった。
「あ……ああ……あ……」
未だに痺れている言語能力。人間、本当にパニクった時は何かを語ることなど出来ないらしい。こんな状況で悟りたくなかったが。
「良かった、生きてたか。強く殴っちゃったから、死んだかと思ったよ」
見た目に反した柔らかい口調。
しかし、俺が気になったのは そのトーンではなく内容だった。
(そうだ……俺、いきなり殴られて……)
蘇ってくる記憶。俺は混乱を鎮めるためにも、順に思い出していった。
今朝、俺は沙苗と交渉することにして彼女と話し合いの場を設けた。
その結果、物資を補給してくれるなら協力するという結果になったのだ。その案を受け入れた俺は、車両・武器の管理を警備隊の半数に任せ、残りで近くのスーパーに物資を調達しにきたのだ。
戦闘を覚悟していた俺たちだったが、予想外にゾンビも人間もいなかった。拍子抜けする展開に肩透かしを食らいながらも、楽なことは歓迎なので そのまま調達を行った。
しかし、そこで気を緩め過ぎた。みんなと離れてドリンクを物色していた俺は、いきなり何者かに襲われたのだ。
強烈な一撃を後頭部に食らった俺は、そのまま意識を手放してしまった。その後はーー今の状況というわけだ。
「どうかしたかい? ちょっと、強く殴り過ぎちゃったかな?」
「い、いや……大丈夫だ」
刺激しないように言いながらも、俺は脱出できないかと身体を動かす。しかし、ロープで縛られているらしく、手足を動かすことが出来なかった。
「ゴメンね。ちょっと聞きたいことがあったからさ」
豚の仮面の奥――そこから漏れ聞こえてくる くぐもった声には、本気で申し訳なさそうな色があった。まあ、手に持った物騒な鉈が、それを打ち消してしまっているが。
「聞きたいこと……?」
「うん、そうだよ――って、そう言えば まだ自己紹介もしてなかったね。僕はツネオって言うんだ。よろしくね」
「あ、ああ……俺は――」
「あっ、言わなくていいよ。名前を聞いちゃうと、面倒臭いから」
どういうことだ――そう聞きたかった俺だが、口を挟むのも危険な気がして、奴のペースに乗ってやることにした。
「聞きたいことって言っても、そんなに難しいことじゃないんだ。僕の行動が おかしいかどうか、君に判断してもらいたいんだ」
「アンタの行動?」
「うん、そうだよ。僕の行動――アレについてさ」
そう言いながら、奴は自分の後ろを指差した。
そこには――
(こ、こいつ……ゾンビを食ってやがるのかッ!?)
切り刻まれたゾンビの肉体――その欠片が、辺り一面に散らばっている。しかも、それだけではなく、近くに携帯用のガスコンロも設置されており、明らかに調理された形跡があった。
「僕はお肉が大好きでさ。ママからは野菜も食べなさいって怒られたけどね。でも、やっぱり食卓に一品は好物が欲しいじゃないか」
だからと言って異常だ――その言葉は衝撃のあまり出てこなかった。
「それなのに、このスーパーには もう食べられるお肉がないんだ。僕が食べ過ぎちゃったのがいけないんだけどね」
少し照れ臭そうな口調。場違いなトーンが、俺の背中を更に寒くさせた。
「だから、僕は彼等を食べることにしたんだ。だってさ、ズルイと思うでしょ? 彼等だけ僕たちを食べるなんてさ」
飛躍しすぎだ。どうやら、まともな話し合いなど通じそうもない。一刻も早く、この状況から抜け出さなくては。
「でも、最近 疑問に思えてきてね。ゾンビになっちゃったとは言え、元人間の彼等を食べるのはどうなのかなってさ」
思い掛けない言葉。少しは倫理観が残っていたということか?
「だから、君に聞こうと思ったんだ。僕は おかしいのかどうかさ」
言いながら、一歩だけ俺の方へと近付いてくる。その姿に恐怖感を抱きながらも、俺は ここが正念場だと思った。
これから何を聞かれるのか分からないが、その問答を上手くこなさなければ俺の身が危なくなるだろう。それだけコイツはイカれているのだから。
「それじゃ、僕の質問に答えてね」
その言葉に、俺は一度だけ目を閉じて気持ちを落ち着かせた。
「まずは簡単な質問からね――どうしても食べたいものがあるけど見つからない時、君ならどうする?」
問われ、俺は自然と好物を思い浮かべてしまった。
しかし、今となっては口にするのも難しい。このような世界になる前なら、金さえ出せば幾らでも食せたのに。
「まあ、諦めるしかないだろうな。無い物ねだり出来る状況じゃないんだからよ」
「そうか……君は、そう思うんだね」
納得してるのかしてないのか、複雑な感じで頷くツネオ。
「では、次――弱肉強食とか食物連鎖とか、そういうものって この状況下だと本能として呼び覚まされるものなのかな?」
元は人間も一匹の獣。
極限状態になれば生存本能に根差した行動を取るのは自然なことなのかもしれない。
だが、このような状況だからこそ獣に戻るわけにはいかないのだ。長い年月を掛けて築き上げてきた社会性を失うのは愚に過ぎる。
「いや、理性が勝つだろ。本用に従うのは馬鹿だよ」
だから、言い放つ。己にも言い聞かせるように、
「ふむふむ……じゃ、次ね――好きだけど汚いもの、嫌いだけど綺麗なもの。君なら どっちを選ぶ?」
これは簡単だ。
答えは決まっている。
「そりゃ、綺麗な方が良いな。好き好んで汚いものを近くに置きたい奴はいねえだろ」
「そういう考えもあるか……っと、次ね――やっぱり、ママの言うことって守ったほうがいいかな?」
親の話――それは俺の苦手とするところだ。
華菜と同様、俺もロクに顔を合わせていなかったからだ。
「……自立してれば自由にやっていいんじゃないか? 少なくとも、俺はそうしてきたぜ」
だから、経験談を話す。
それ以外に方法はなかった。
「なるほど……じゃあ、次の質問だよ――僕達と彼等の違いって何だと思う?」
「それは……やっぱり、意思の有無じゃないか」
ただ人間に襲い掛かり喰らう――そこに意思などあるはずがないし、あったとしても認めることは出来ない。この世界で生き抜くためには、奴等の意志を否定しなければならないのだ。
「そうか……それじゃ、最後ね――僕が彼等を食べることについて どう思う?」
「普通じゃないな」
キッパリと言い放つ。
これだけは賛同することなど出来ない。
人間である以上、超えてはならない一線があるからだ。
「ううん、そうか……なんか、君の言葉には色々と考えさせられるね」
何やら得心したような口調。考えていることは分からないが、俺の答えが気に入ったのは確かなようだ。
「いや、初めてだよ。君みたいに僕のことを理解しつつ、ちゃんと諭してくれたのは」
初めて――その言葉に引っかかりを覚えた俺だったが、敢えて口を挟むことはしなかった。
「うん、やっぱり彼等を食べるのは止めないとな……あっ、そうだ。そのためにも彼を自由にしてあげよう」
言うが早いか、ツネオは近くの貯蔵庫に駆け寄る。
そして、その大きなドアを勢い良く開けた。
だが、その直後――
「あうあああぁぁぁッ!」
貯蔵庫の中から飛び出してきたゾンビが、ツネオの肩口に食らいついた。そのまま、もつれ合うようにして床に倒れ込む。
「ははっ……ハハハッ……ダメだよ、人のまま食べちゃ。せめて君の仲間になるまで待たないとさ。ハハハッ……」
まるで、友人に語りかけるようなトーン。だが、それも次第に聞こえなくなっていった。
(……って、見てる場合じゃねえッ!)
心の中で自分を叱咤すると、俺は拘束しているロープを切るための道具を探した。すると、足元にツネオが手にしていた鉈が転がっていた。
それを何とか手繰り寄せると、手を縛り付けていたロープを切断する。続けて足を自由にすると、未だツネオに食らいついているゾンビの後ろに立った。
『―――――――――ッ!!』
一撃で仕留める。その感触と音が、この狂った空間からの脱出を意味していた。
―――*―――*―――*―――
『~~~~♪ ~~~~♪♪』
連れていかれた食糧貯蔵庫から売り場に戻ると、再び爽やかなBGMが俺を出迎えてくれる。
「あっ、兄ッ!」
そこへ、華菜が俺の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「兄、どこ行ってたの? 見当たらないから心配したよ」
「あ、ああ、ちょっとな……」
いちいち語ることでもないと判断し、俺は曖昧な返事で済ませた。
「ところで、食料は確保できたのか?」
「うん、もうバッチリッ」
親指を立ててみせる華菜。どうやら、当初の目的は果たせたようだ。
その時、弾けるような音を立てながら、華菜が運んでいたのか食料を満載したカートから何かの缶詰が転げ落ちる。足元に転がってきたソレを、俺は何気なく拾い上げた。
「ミネストローネ……か」
野菜を使ったスープだ。
缶の表面にも、そうした絵が刷られている。
「ああ……私、あんまり好きじゃないんだよなぁ」
誰に言うともなしに呟く華菜。
「ちゃんと野菜も食べなさい。じゃないと――変なものが食べたくなるぞ」
そう言いながら、俺は華菜の頭を撫でた。彼女は「何のこと?」とでも言いたげな表情をしていたが、俺は苦笑を浮かべて誤魔化した。
―――*―――*―――*―――
~~~1時間後~~~
「ふう……やっと戻ってきたな」
労力は然程でもないが、俺にしてみればサイコ男を相手にした分、疲れは倍増だった。
「あっ……おかえりなさい」
そんな風にして力を抜いていると、小百合が歩み寄ってきた。口調こそ常と変わらないが、何やら表情が硬い。
「……何かあったかのか?」
「うん、生存者が来たの。ちょっとの間で良いから置いてくれって」
「ふうん……それで?」
「その人達も武装してて、下手をすると撃ち合いになるかもしれないからって……」
「受け入れたのか」
俺の言葉に、小百合が少し怯えたような表情を浮かべながら頷く。彼女にしても学校にいた連中にしても、俺たちに協力すると言っておきながらの勝手な判断となったため、気分を害したと思っているのかもしれない。
しかし、俺としては間違っているとは思っていなかった。武装した連中が相手なら、とにかく穏便に進めるのが第一だ。まあ、それで一気に強奪しようとする輩も多いので、一概に良い案とは言えないが。
「兄、どうするの?」
「ん? とりあえず会って話すさ。それしか出来ないからな」
「そうですね。排除するかどうかは、その後で考えましょう」
雅也の言葉に頷くと、俺たちは小百合を伴って生存者がいるという三階へと向かった。
だが、事態は俺が思っているよりも急展開をしていたようだ――
「―――――――――ッ!!」
部屋に入った瞬間、多数の銃口が俺たちに向けられた。
思いも寄らなかった光景に、さすがの俺たちも驚きに身を固めてしまった。
「……どういうつもりだ?」
心の動揺を押し殺しながら、銃を構える連中に問い掛ける。
よく見れば、見たことのない顔以外にも、この学校の生徒であろう連中や、俺たちのグループに所属していた奴等までが銃を手にして俺達に向けていた。
「君がリーダーを解任されたということだよ」
聞き覚えのない声。反射的に視線を向ければ、そこには一人の男が立っていた。
キチッと着込んだダブルのスーツ。
丁寧に後ろに流されたオールバックの髪型。
そして、一見 温和そうに見えて、その奥に狂気を覗かせる鋭い目元。
その全てが、コイツは危険だと警鐘を鳴らす。
「誰だ、アンタ?」
「失礼、自己紹介が遅れたね。私の名前は井川 良美。元ではあるが、政治家をしていた者だよ」
人によっては洗練されたと感じる語り口調。しかし、俺には嫌悪感しか抱かせなかった。
「そうかい……それで、俺がリーダーを解任ってのは どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。ここに居る全員が、君にはついていけないと感じたわけだね」
だから、解任というわけか。
しかし、どうして急に そんな話になったのだろうか。
そんな疑問が表情に出ていたのか、井川が勝ち誇ったような笑みを浮かべながら口を開く。
「何でも、君は強奪紛いの方法で物資を調達することもあるそうだね。最近も、襲撃されたとは言え、制圧を完了した相手から武器・食料を奪ったそうじゃないか?」
小百合が所属していた一派のことか。まあ、事実としては、それ以外にも強奪と呼べるようなことはしてきたが。
「他にも、残酷な手法で仲間を処断することもあったと聞いたよ。ゾンビの群れる場所に、足を撃ち抜いて放置したとか」
その言葉に、武器を奪って逃げようとした田山とかいう奴の姿が頭に浮かぶ。
しかし、どうしてコイツはグループのメンバーでなければ知らないようなことを知っているのだろうか。
「どうやら、彼の仕業みたいですね……」
俺の隣で雅也が呟く。
つられて視線を向けてみれば、見知った顔が井川の側近の如く傍らに控えていた。
(修一……お前か)
井川が どんな話術で懐柔したのか分からないが、すべての話は修一から渡ったようだ。俺を嫌うアイツから得た情報は、さぞ他の連中を取り込むのに役立ったことだろう。
「とにかく、そんな君をリーダーとしてトップに置いておきたくないというのが、皆の意見なのだよ。だから、解任なのさ。分かっていただけたかな?」
「それで、俺の後釜にアンタが収まるってのか?」
「望まれれば、そうなるね」
すでに、こうして人員を動かしているのだ。そうなるのは間違いないだろう。どうやら、政治家の話術というのは、不安になっている人間を取り込むことなど容易いようだ。
と、そこへ―――
「ちょっと、オッサン。何を勝手なことばっかりホザいてんのよッ!」
華菜がキレて突っ掛かった。相変わらず、着火の早い奴だ。
「いきなり現れて兄を解任だの何だのって、調子に乗るんじゃないわよッ!」
「ハハハッ、元気の良いお嬢さんだね。しかし、これは私一人の意見ではないのだよ。みんなが同じように思ったから、こうなっているのだよ」
「ふうん、みんなが……ね」
言いながら、華菜の目が据わっていく。それは本気でキレる直前の合図だった。
「だったら、その「みんな」ってのを消しちゃえばいいわけだ」
放たれる尋常ならざる殺気。その場に居た全員が、声もなく顔色を失った。
「華菜、止めておけ」
彼女の手が後ろ腰のハンドガンに伸びる寸前、俺は牽制の言葉を掛ける。さすがの華菜でも、これだけの人数を相手には勝ち目がないからだ。
「でも、兄ッ……」
「いいんだよ……どうやら、俺らの負けみたいだからな」
言いながら、俺は背後に迫り来ていた気配に振り向く。
そこには、トニーの部下である警備隊の面々が銃を構えて立っていた。
「お前達ッ……!」
意外な光景に、トニーが驚きとも怒りとも取れる声を上げる。
そんな彼に対し、警備隊の面々は視線を逸らしながら口を開いた。
「すみません、隊長……もう、自分達は限界なんです」
「夜毎、何十人もの命を背負うのは辛過ぎます」
「腑抜けたことを……」
そう言いながらも、トニーは二の句が継げなかった。彼にしても、警備隊員の心労は分かっていたのかもしれない。
「さて……どうするかね? 共存という道もあるにはあるが――」
「冗談は面だけにしろ。アンタと同じ空気なんて吸ってられるか」
「ほう、それは詰まり?」
「出て行くってことさ。それ以外の選択肢なんて考えてもないだろ?」
「ふふっ……どうかな」
白々しい奴だ。まあ、今となっては どうでも良いことだが。
「だが、車と物資 武器・弾薬は貰って行くぞ。丸裸で出て行くつもりはない」
キッパリも言い切る。本来ならば、完全なる負けが確定している俺に こんなことを言う資格はないのだが、俺の「残酷な処断」とやらを否定することで支持を得た井川に、この申し出を断ることはできないからだ。
「もちろん、用意するさ。適量だがね」
「ふんっ……適量ね」
それが どれほどのものか分からない俺は、皮肉っぽく笑ってやることしか出来なかった。
―――*―――*―――*―――
~~~30分後~~~
一通り、荷物を車に積み終えた俺たちは、裏口近くの部室棟前に来ていた。
「それにしても、してやられましたね。政治家の話術も侮れないものです」
「そうだな。まあ、独裁し過ぎてたってのも事実としてあるけどな」
「そんなことない。兄は、ちゃんと皆んなを守ってたもん」
ありがたい言葉。しかし、俺のやり方に恐怖や不安を抱いていなければ、このような事にならなかったのは事実だ。
「申し訳ありません、ボス。自分の部下達が寝返らなければ、もしかしたら――」
「気にすんなよ、トニー。彼等に甘えてたのは本当のことさ。そのプレッシャーにも気付かずな」
自衛隊員――その肩書きに、彼等を等身大以上に頼もしい存在だと思い込んでしまったのだ。そういった意味では、彼等を苦痛から解放することは出来たとも言える。
「さて……そろそろ行こう。長居するには胸くそが悪すぎる」
言いながら、俺は車に乗り込もうとする。
だが、そこへ――
「リーダー君、待って!」
掛けられた声に振り向けば、楓・小百合・沙苗が駆け寄ってくるところだった。
「リーダー君、ごめんなさいッ。修一が井川さんに協力したせいで、こんな事になってしまって……」
本当に申し訳なさそうな表情と口調。どことなくノホホンとしたところのある楓だけに、この展開は予想すらしていなかったのだろう。
「私からも、お詫びします。アナタは約束を守ってくれたのに、追い出す形になってしまって、本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げる沙苗。真面目な彼女らしい言動だ。
「あ、あの、私……」
何かを迷うような素振りを見せる小百合。そんな彼女の真意を悟った俺は、こちらから声を掛けることにした。
「気にしないで残れよ。お前は、安里の無事だけ考えてればいい」
「……………………ッ!」
言いたかったことと、認めて欲しかったことを俺の口から言われ、小百合が衝撃に身を震わせる。しかし、それ以上のことは感情を抑えるのに必死で出来ないのか、小さく一度だけ頷いた。
「それじゃ、俺たちは行くよ。あんまり湿っぽいのは得意じゃないんでな」
そう言うと、俺は敢えて三人の顔を見ないようにして車に乗り込んだ。続くようにして、運転席に雅也 助手席にトニー 俺の隣に華菜が乗り込む。
「じゃあな、元気でやれよ」
最後に、窓を開けて それだけ言うと、雅也に合図して車を発進させる。
徐々に遠ざかっていく校舎を眺めながら、俺は後部座席に身を沈めて目を閉じた――