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拠点を求めて


『―――――――――ッ!!』


 朝食の後、ゾンビもいない駅前広場に銃声が響き渡っていた。


「うう~……全然 当たんないよ」


 ハンドガンを片手に、小百合が拗ねたように呟く。彼女が銃の訓練をしたいというから付き合っているのだが、どうにも上手くいかないのだ。


「トリガーを引く時にビビりすぎなんだよ。だから照準がブレるのさ」


 そんな彼女の傍らに立ちながら、俺は以前にトニーから言われた言葉を そのまま小百合に送る。


「それは分かってるんだけどさぁ……怖いんだもん」

「そいつを克服しないと、銃なんて扱えないぞ。どいつも音と衝撃は大きいからな」


 海外にでも行かないと実銃に触れることなど滅多にない日本人にとって、それらは未体験なものだ。なので、慣れるのにも時間が掛かるのは仕方ないことではある。


「こんなの簡単じゃん。軽く狙って撃つだけだもん」


 俺の隣で小百合の練習を見ていた華菜が、気軽な口調で言うと同時にヒップホルスターからハンドガンを抜き取る。そして、大して狙いもせずにトリガーを引いた。


『―――――――――ッ!!』


 連続して撃たれた3発の銃弾。

 それは、狙い違わず並んでいた空き缶を撃ち抜いた。


「凄い……」


 華菜の妙技に小百合が固まる。

 だが、それも仕方がない。あんな早撃ち、俺にだって出来ない。


 どういうわけだか、華菜は銃器の扱いを すぐに習得した。分解・清掃もお手の物で、よくトニー達に頼まれて手伝っている。

 だが、何よりも得意なのは射撃だった。俺たちの師でもあるトニーすら舌を巻く上達振りで、〝間違いなく才を持って産まれた〟と言わしめたほどだ。

 なので、戦闘力としては申し分なく頼もしい存在だ。

 しかし、華菜独特の ちょっとした傲慢さと集中力の欠如が、俺にとっては不安要素なのだ。だから、なるべく戦闘には参加させないようにしているのである。


(雅也と足して2で割れば丁度いいんだけどなぁ)


 思慮深く、頭は切れるが運動能力に欠点のある雅也と、運動能力に恵まれているが落ち着きに欠ける華菜――まあ、そんな二人だから馬が合っているとも言えるが。


「さて、そろそろ移動するぞ。これだけ騒いでると、奴等を引き寄せちまうからな」


 他のメンバーは、すでに車へと乗り込んで移動の準備を終えている。それが、銃の訓練をする時の決まりごとだった。


「は~い」

「ううん……一発ぐらいは当てたかったなぁ」


 決められて嬉しそうな華菜と、決められずに悔しそうな小百合。

 そんな二人に苦笑を浮かべながら、俺は踵を返す。


 だが、その時――


「うあっ…………ああぁッ…………!!」

「ぬうおッ…………あえあぁッ…………」


 一歩 遅かったようだ。反射的に声のした方へと視線を向けると、数体のゾンビが こちらへと向かってきているところだった。


「ど、どうするの……?」

「……行くぞ。相手にすることもない」


 時間と銃弾の無駄だ。そもそも、こういう状況になった時のために移動の準備を終えているのだ。無理に相手する気は最初からない。

 華菜も小百合も異論はないのか、それぞれ車に飛び乗った。俺も続いて乗り込むと、運転席に座っていた雅也に目配せで指示した。


『―――――――――ッ!』


 多少のスキール音を響かせながらも、スムーズに車が発進する。後ろを見れば、ゾンビがヨロヨロとした足取りで追い掛けているのが見えた。


(ふう……大丈夫そうだな)


 心の中で呟きながら、俺はシートに身体を預けて目を閉じた。



 ―――*―――*―――*―――



 ~その日の昼過ぎ~



(ううん……どうするかな?)


 雅也の運転する車の後部座席に身を沈めながら、俺は腕を組んで考え込んでいた。


 思案事項は、今朝の昼食時に出た提案だった。

 落ち着ける場所で休みたい――そう一人が提案したことで、賛同者が続出したのだ。

 確かに俺がリーダーになってから、3日と定住したことがない。

 理由は単純。そうすることでゾンビの襲撃を避けることが出来るからだ。

 奴等は どんな鼻をしてるのが知らないが、人間の群れる場所を確実に見つけてくる。そのため、一箇所に長く留まると、どうしても奴等との戦闘を避けられないのだ。

 銃弾も人員も有限だ。定住に拘って双方を失うわけにはいかない。

 今までは、その理屈に全員が納得してくれていたのだが……。


「今のグループの大元が出来上がって1ヶ月……我々と長い人は3ヶ月近くを移動し続けですからね」

「ゆっくり休みたくなるのも仕方ない……か」


 雅也の言葉に、俺は頷きながら呟いた。

 こんな状況だ。誰だって〝安定〟を手に入れたくなるだろう。


「ううん……私は好きだけどなぁ、旅っぽくてさ」

「確かにね。でも、全員が華菜みたいにバイタリティー溢れるわけではありませんよ」

「ははっ……そうだな」


 軽く笑みを浮かべて相槌を打ちながらも、俺は思考を中断してはいなかった。


 まず、定住するとなると色々な条件をクリアしなければならない。それら全てを満たさなければ、長居をしても生き残れないだろう。


 条件は大きく分けて二つ。

 まず一つ目は、ゾンビの襲撃に耐えられること。強度があり、排除がしやすい場所が望ましい。

 二つ目は、食料を含む物資の備蓄が豊富、若しくは、調達が容易なこと。生活に必要なものは、どうしても切り離せないからだ。


(それらを満たせる場所ねぇ……)


 またも、深く考え込んでしまう。

 容易に答えは掴めそうにないが、群れのリーダーとして放り出していい案件でもないのだ。


「おっと、そろそろ燃料が切れそうですね」


 そんな風にして頭を悩ませていると、雅也がメーターにチラリと視線を向けながら言う。俺も何気なくメーターに目を向けると、確かに結構な減りだった。


「それじゃ、適等な場所で止めて給油しよう。雅也、無線で連絡しといてくれ」


 言いながら、俺は窓の外へと視線を向ける。人数が多いだけに、開けた場所がないと給油もできないのだ。


 と、その時――俺の視界に馴染みのある建物が映った。

 白く、清潔感を抱かせながらも、どことなく威圧感も醸し出している特徴的な建物。それは、誰にとっても馴染みのあるものだった。


(学校か……)


 目の前の光景と、昼食時の議題が重なる。

 建物自体は頑丈なコンクリート造り。周りは塀で囲まれているため防衛の面でも不足はない。正面口と裏口があるため、緊急の脱出時にも困らないだろう。籠るには、ある意味で理想的だ。


「雅也、この辺に物資を調達できる場所はあるか?」


 俺の質問に、雅也が辺りを見渡す。


「大丈夫そうですよ……奪われてなければの話ですけどね」


 言いながら、雅也が右前方を指差す。そこには、大型のデパートがあった。繁華街に面しているため、探せばコンビニもあるだろう。


「決まりだな……」


 そう呟くと、俺は雅也にスケジュールの変更を伝えた。

 これからの予定を、学校の制圧にすると。



 ―――*―――*―――*―――



 ~~~10分後~~~


 現在、就寝中であるトニー達 警備隊を除いた戦闘メンバーで車を降りる。全員が銃を手にしているのは、正面の校門が開いていたためゾンビが入り込んだ可能性を考慮してだ。

 だが、そんな用心が霞むような光景が、俺たちの前に広がっていた。


「何だ、こりゃ……?」


 思わず、そんな呟きが口から漏れる。それだけ、俺の目に映ったものは意外だったのだ。


 まず、目に付くのはガッチガチに固められた正面入り口だった。

 ガラスの部分を覆い尽くすように机やら椅子やらが内側に積み上げられている。所謂、バリケードというやつだ。

 近くにある廊下側の窓も確認したが、そこも同じような状況だった。ロッカーを置いていたり、板を打ち付けていたりと封鎖が徹底されている。

 恐らく……というか、確実にゾンビ対策だろう。それも内側から施されているということは、中に生存者がいる可能性が高い。


(もしくは《いた》かだな)


 このような状況になってから半年以上。初期の頃から隠れていたとしたら、もう人間ではない可能性も出てくる。


「どうするの、兄?」

「ノックでもしてみますか?」


 華菜の質問にも、雅也のジョークにも、すぐに応えることが出来なかった。


「……とりあえず、入り口を探そう。完全に封鎖はしてないはずだ」


 物資の補給なり逃走経路なりで、どこかに出入口があるはずだ。初めて訪れる場所だが、馴染みのある施設でもあるので、当たりを付けるのは難しくないだろう。


「では、裏の方に回ってみましょう。正面は入れそうもありませんからね」

「ああ、そうだな」


 雅也の言葉に頷くと、俺たちは警戒しながらも裏へと回った。

 そして、校舎裏の奥へと着いた時、またも予想外の光景が俺たちの前に現れた。


「あれは……血か?」


 恐らくは運動部の部室棟なのだろう建物――その一室へと向かって血痕が続き、ドアにもベットリとした血が付着していたのだ。


「兄、どうする?」


 放っておいてもいいが、ここを居城とするなら調べるしかない。気になる部分を残しておいては、安心して休むことなど出来ないからだ。


「雅也、開けてくれ」


 指示を出しながら、俺はドアに向かって正面より少しだけ斜向いとなる位置に立つ。

 雅也の動向を見守りながら、俺は銃をホルスターに戻してナイフを鞘から引き抜いた。そして、ドアノブを握った雅也に頷いてみせる。

 すると――


「うああああぁぁッ……!!」

「あうああぁぁッ……!!」


 雅也がドアを開けた瞬間、二体のゾンビが いきなり襲い掛かってきた。


 突然のことではあったが、予期していたことでもあったので、俺は焦らずに一体目のゾンビの側頭部にナイフの切っ先を叩き込んだ。


『―――――――――ッ!!』


 腕を突き抜ける衝撃。

 そこに勝利の確信を得ながらも、すぐに刃を引き抜いて構え直す。直後、その光景を見て、もう一体のゾンビが襲い掛かってくる。

 だが、それも予想していた行動。俺はサイドステップで突進を避けると、ガラ空きの横っ面に拳を叩き込む。

 渾身の一撃で体勢を崩したところへ、逆手で握ったナイフを眉間に突き刺した。


「ぐげっ…………げはあぁ……」


 聞き苦しい声を上げながら、ゾンビが糸が切れたように倒れ伏す。

 久しぶりの格闘戦ではあったが、何とか上手く処理することが出来た。俺は誰にも分からないよう、小さく安堵の溜め息を吐いた。


「他にはいないか?」

「ええ、大丈夫そうですよ」


 中を覗き見た雅也が笑顔で頷く。とりあえず室内の掃除は済んだということだ。


「よし……それじゃ、入口探しに戻るぞ」


 そう言って、俺たちは歩みを再開した。

 そして、5分後。俺たちは裏口に辿り着いた。改築でもしたのか、ここだけ真新しいイメージが強かった。

 だが、そんな感じなど、すぐに気にならなくなった。何故なら、裏口のドアが開いているからだ。


(誘い込まれてるのか……?)


 一瞬、そんな考えが頭に浮かぶが、どうにも違う気がする。罠という言葉の持つ粘着質な空気が感じられないのだ。


(まあ、入ってみれば分かるか)


 心の中で呟くと、俺は率先して中へと乗り込んだ。


 裏口からほどなくして見えてくる下駄箱の群れ。どうやら、この学校は学年によって下駄箱の位置が違うようだ。つまり、正面だの裏口だのと言った概念自体がないのだろう。


(だから、あんな気合い入れて改築してたのか)


 今となっては どうでもいいことに納得しながら、俺は足を進めていった。

 だが、次の瞬間――


「うああああぁぁッ…………」

「あうああぁぁッ…………」


 奴等の声が聞こえてきた。ドアが開いていたから覚悟はしていたが、実際に聞くと疲労感が強まった気がする。


「どうしますか?」


 雅也の問い掛けに、俺は解を求めて頭を働かせた。


 下駄箱から先は左右に通路が分かれている。この状態で片方へと全員で進めば、もう片方から襲撃されたら逃げ道がなくなる。そうなると、答えは一つしかない。


「手分けして排除するぞ。俺と華菜のグループは右。雅也のグループは左から頼む」

「了解しました」

「1階 上るごとに合流して安否の確認をする。何かあった場合は、すぐに無線で連絡しろ」


 仲間の方へと振り返りつつ指示を出すと、全員が反論もなく頷いた。それを見届けてから俺はグループ割りを行い、華菜と共に右側へと歩き出した。

 華菜に背を任せるような、彼女を守るような形で廊下を進んでいく。何処となく郷愁にも似た思いを抱くのは、もう学校に通うこともないと思っているからだろうか。


「あぁああぁぁ…………!」

「えあぁあぁああ…………!」


 そうして感傷的になっていると、近くの教室から二体のゾンビが出てきた。


『―――――――――ッ!!』


 その直後、俺が動くより先に華菜が見事な早撃ちにより、ゾンビの頭を吹き飛ばしてくれる。その射撃術は本当に素晴らしいものだった。


「どう? どう?」


 褒めてオーラを前面に放ちながら華菜が問いかけてくる。


「ありがと、助かったよ」


 だから、俺は頭を撫でて褒めてやった。

 しかし――


「でも、人の耳の近くで撃つのは止めような~?」


 キンキンと鳴る耳を感じながら、俺は頭を撫でていた手で頬っぺたを引っ張った。


「いひゃいいひゃい~」


 両手をバタバタとさせて、頬の解放を訴える華菜。俺は最後にピンッと引っ張りながら離すと、探索を再開した。


 一階の見回りを終え、俺たちは階段へと辿り着いた。

 だが、その直後――


「うけけけけ……けっけけ!」


 不気味な呻き声が響き渡る。

 聞き間違えようがない。半熟の声だ。


(チッ……どうするかな?)


 頭を悩ませつつ、俺は銃を握り直す。


「華菜、お前は皆んなを連れて先に行け。雅也のグループと合流するんだ」


 半熟の面倒さは、ショッピングモールでの戦闘でも分かる通りだ。下手にゾロゾロと引き連れていけば、犠牲者を出しかねない。

 かと言って、銃の練度が低いメンバーを対処に当てるわけにもいかない。華菜ならば問題ないかもしれないが、半熟の相手をさせるのは気が引ける。奴との戦闘は冷静な判断力も必要になるからだ。

 なので、華菜たちを先に行かせるのが最善だと判断したのだが……当然のように、華菜は納得してくれなかったが。


「ヤダッ、私も一緒に行く!」

「頼むから行ってくれ。お前が一緒に来ることで、余計に危なくなる」


 ストレートな言葉。しかし、だからこそ華菜の心に届いたようだ。


「分かった……でも、兄が戻ってくるまで待ってる」


 最大の譲歩――そう言わんばかりの視線に、俺は折れざるを得なかった。

 華菜に向かって無言のままに頷くと、他のメンバーから自動小銃を借りて声のした方へと向かった。

 そして、先程通ってきた教室の前に差し掛かる。


「うけけけけ~!!」


 その時、半熟が姿を現した。

 相変わらずの姿と悪臭に、思わず緊張感を高めてしまう。


(一気に決めてやるぜッ!)


 気合いを入れて小銃を構える。

 だが――


「ううけけけぇ~!」


 危険を察知したのか、半熟が横っ飛びで教室の中へと入ってしまった。


「クソッ……」


 吐き捨てながら、俺は次の行動を考えていた。

 半熟の運動能力を考えると、下手に狭い場所での戦闘に持ち込むのは危険だ。ここは、なるべくリスクを減らすべきだろう。


(だったら、まずはプレゼントからだ)


 心の中で呟きながら、俺は小銃のセレクターをフルオートへと変更する。そして、ストックを しっかりと肩口に押し当てると、ドア越しに掃射を開始した。


『―――――――――ッ!!』


 木製のドアが銃弾の威力によってボロボロに崩れていく。

 そして、たっぷり弾倉一個分の弾丸を撃ち込むと、俺は銃口を下ろした。

 だが、まだ中には入らない。奴が焦って行動した挙句、ドア付近でバッティングなどシャレにならないからだ。


「……………………」


 しかし、そんな俺の思いに反して、中からは何の音も聞こえてこなかった。ならば、そろそろかと思い、俺は慎重に教室の中へと足を踏み入れた。

 すると、そこには俺がバラ撒いた弾丸に当たった半熟が倒れていた。狙いなど定めてはいなかったが、見事に頭を撃ち抜いていた。


「ふう……上手くいったか」


 誰に言うとも無く呟くと、俺は教室を出た。



 ―――*―――*―――*―――



 ~~~2時間後~~~



 一階から順に全部の教室をクリアリングして行き、やっと最上階の3階に辿り着いた。裏口から大量に侵入したのか、途中、幾度となくゾンビとの戦闘を強いられたが、何とか此処まで来ることが出来た。

 しかし、そこで俺たちは足を止めていた。今までとは雰囲気が異なっていたからだ。


「これはまた……随分と厳重だな」


 呟きながら俺が視線を向けたのは、一番奥にある教室だった。

 そこにはロッカーだの机だのがドアの前に山積みされていた。恐らく、内側から設置して、その後で中に篭ったのだろう。


「どうします?」


 雅也の問いに、俺は考える。

 部室棟の時と同じ答えになるが、ここを根城にするならば安全面に対する疑問は解消しなければならない。つまり、放っておくことは出来ないということだ。


「まずは様子を見るか」


 言いながら、俺は銃をドアの上部に向けた。

 そして――


『―――――――――ッ!!』


 試しに2発ほど撃ってみる。ゾンビにしろ人間にしろ、反応はあるはずだ。


「~~~~~~~ッ!」


 狙い通り、中から恐怖に息を呑む気配が伝わってきた。どうやら、隠れているのは人間らしい。


 さて、どうするか。

 ゾンビが相手ならバリケードを退かして倒すだけだが、人間が相手では そうもいかない。少なくとも、交渉もせずに殺すという選択肢はリーダーとして選ぶわけにはいかない。


「雅也、頼む」


 振り返りながら言うと、雅也は嫌な顔一つせず頷いてくれた。


「ゴホン……えっと、すみませんがお話を聞いて頂けませんか?」

「……………………」


 常と変わらぬ穏やかな口調で話し掛ける雅也。しかし、相手方からの返答はなかった。


(まあ、それも仕方ねえよな)


 階下で幾度となくドンパチを繰り広げていたのだ。そんな人間の話にホイホイと乗ってくるなど、この状況下では有り得ないだろう。


「私たちに害意はありません。ただ、話をしたいだけです」

「……………………」


 これまた、返答なし。予測していたことではあったが、こうも暖簾に腕押しという感じだと、次第に苛立ちも頭を過ってくる。


「ふう……仕方ないですね」


 そう呟くと、雅也は表情を引き締めた。


「遠回りな説得は止めて、ハッキリと言いましょう。貴方達に拒否権はありません」

「……………………ッ」

「そちらが決められるのは、穏やかな話し合いか、銃口を突き付けられながらの尋問になるかの2択だけです」


 感情の見当たらない淡々とした口調。それであるが故に、相手の感じる恐怖感は倍増していることだろう。


「さあ、これが最後の交渉です。話し合う気があるなら、すぐに返答してください」


 その言葉を最後に、雅也がドア前から離れる。言葉の通り、これ以上の交渉をするつもりがないのだろう。

 そんな彼の肩を叩くと、俺は一歩 前へ出た。もし反応がないのなら、俺の仕事だからだ。


 だが、そこへ――


「……本当に、危害を加える気はありませんか?」


 バリケードの奥から届けられた か細い声。そのトーンから、女性であることは理解できた。


「そのつもりなら、とっくに踏み込んでるさ」

「……………………」


 またも、沈黙。だが、今までの後ろ向きなものとは違い、前向きな検討を行っているからだということが伝わってきた。


「分かりました。出て行きますから、乱暴な真似はしないでくださいね」


 その言葉と同時に、何やら足下からガタガタと物音が聞こえてきた。何かと思って視線を下に向けると、ドアではなく壁の下部に作られていた引き戸が動いていた。


「すみません、お待たせしました」

「……………………」


 なんとも意外な場所から姿を現したのは、理知的な印象のあるブレザー姿の少女と、オドオドとして覇気の感じられない制服姿の男だった。


「えっと、あの……」


 少女が辺りを見渡しながら、戸惑ったような声を上げる。

 恐らく、彼女の中では階下での出来事と目の前にいる俺たちの姿が重ならないのだろう。まあ、断続的に銃声が聞こえてきていれば、もっと危険そうな連中を想像してしまうだろう。


「初めまして。一応、俺がグループのリーダーだよ」

「えっ……あ、すみません」


 慌てて頭を下げる少女。まあ、銃を手にした人間相手に粗相をしてしまったかもしれないのだから、当然の反応だろう。


「私、萩田 沙苗って言います。よろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げる少女――沙苗。この状況下でも声に震えがないところを見ると、意外に肝は座っているのかもしれない。


「それから――」


 沙苗が、言葉と視線で隣の少年に挨拶を促す。


「……和田 隼人です」


 沙苗とは違い、オドオドとして怯えた口調。どうやら、進んで俺たちの前へと姿を現したわけではないらしい。


「よろしく――それで、隠れてるのは君たちだけか?」

「いえ、まだ居ます」


 正確な人数を言わないのは、まだ俺たちを信用していないからか。


「じゃあ、君たちが代表ってわけだな?」

「はい、私も和田くんもクラス委員長だったから」


 日常の役職を、こんな状況下にまで引き継がなくてもいいと思うが……まあ、俺が口出しすることでもないか。


「それで、どうして こんな所に隠れてたんだ?」

「それは――」


 別に隠すことでもないのか、沙苗は これまでの経緯を語ってくれた。


 沙苗たちは、最初から この学校を拠点にしていたらしい。ここは災害時の指定避難所になっているため、結構な量の食料や衣料品を常備していたそうだ。

 それを目当てに、最初こそ大勢の人たちが避難していたらしいが、待てど暮らせど救助がこないことに不安が募り、徐々に離れて行く人たちが増加したそうだ。

 それに加え、残り少なくなった食料を巡り奪い合いが発生。その時の混乱でゾンビが入り込む事態にまでなり、ここの防衛体制は崩壊したらしい。

 以来、沙苗たちは この教室にバリケードを築き、物資調達など必要な時だけ出て行くようにしたそうだ。


「なるほどね……どこでも同じようなことが起こるんだな」


 少しばかり感傷の色合いが込められた口調で呟く。だが、今は そんな感情に浸っている場合ではないと思い直し、俺は沙苗たちに向き直った。


「これからのことは、考えてるのか?」

「……分かりません。正直、何も考えられなくて」


 生きることに必死ということだ。まあ、それについては俺たちも同じだから人のことは言えないが。


「そうか……俺たちは、ここを根城にしようと思ってる。先客の君たちには申し訳ないけどね」


 俺の言葉に、沙苗と隼人の表情に不安が宿る。武装した人間が近くにいるのは勘弁と言ったところか。しかし、沙苗の方には、僅かばかりの安堵が見て取れた。


「何か言いたいことはあるかい?」


 そう質問はするが、反論などないことは分かっていた。今の彼等に、逆らう気概も力もないだろう。


「特に意見がないなら、寝泊まりする部屋を決めさせてもらうよ。出来る限り離れた場所にするから安心してくれ」


「は、はい……あ、でもゾンビが――」

「大丈夫。全部、始末してきたよ」


 言いながら、銃を軽く掲げてみせる。それで納得したのか、沙苗も隼人も口を閉ざした。



 ―――*―――*―――*―――



 ~~~その日の夜~~~



「いい場所を見つけましたね、ボス」


 いつもの昼寝から目を覚まし、一通り学校内を見て回ったトニーが笑顔を浮かべる。


「トニーに認めてもらえて良かったよ。反対されたら途方に暮れてた」


 制圧するまでの労力と、消費した銃弾――それらは申し訳ないの一言で済むものではなかったからだ。


「ただ、順風満帆というわけでもないですけどね」

「先住民たちか?」

「ええ。敵にはなり得ませんが、居城に自分たちの意が届かない人間を置くべきではありません」


 僅かな《狂い》も認めない雅也らしい言い分だ。


「兄に逆らわなければ、どうでもいいじゃん。邪魔するなら殺っちゃえばいいんだし」


 こちらはこちらで、俺中心主義の華菜らしい言い分である。


「ボスは、どうなさるおつもりで?」


 話を振られ、考える。

 だが、答えは一つしか浮かばなかった。


「……アイツ等を取り込む。この学校の生徒ってことは、地理にも明るいはずだ。味方に付けといて損はない」

「OK、ボス」

「承知しました」

「兄が言うなら何でもいいよ」


 三者三様の返答を聞くと、俺は彼等に頷きを返す。同時に、交渉は明日に回す事として、寝床を作るために腰を上げた――

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