キシュ-2
「嘘つき…嘘つき!!」
その言葉は繰り返し繰り返し
だんだんと大きな声に変わっていく。
サマーティーは否定も肯定もしなかった。
そう思われて当然だと思っていた。
ボロボロと涙を流すマリアンヌ。
揺れる地面。
…助けて…
地面が水面に変わり飲み込まれる。
水中の中でもこだまする消え入りそうな声に心で応える。
- 助ける…。絶対に…
気がつくとあたりは真っ赤に燃えている。
ここは初めてキシュと歩いた草原。
あたりには何もない。誰もいない。
あるのは真っ赤な夕日と自分の影だけ。
あてもなく歩いた。
目印を探して歩く。ただただひたすらに。
「サマーティー」
音のない世界に溢れる鈴の音。
生唾を飲み込む音がいつもよりも大きく響く。
ゆっくりと振り向いた先にシャザンヌが立っていた。
思い出の中でいつも輝く変わらぬ姿。
その優しい声はサマーティーに問いかける。
「ねぇ、どうしてマリアンヌを助けるの?」
「…助けたいから」
「なんで?あんな我儘な子ほっておきなよ。」
「…ほっておけない。」
「あの時はほっておいたのに?」
その言葉に驚く。
– あの時?
全く見当もつかなかった。
「ほら。覚えてない。そのくらいあなたにとって、マリアンヌはどうでもいい存在なのよ。」
何もかも見透かす瞳で見つめられ口がどもる。
本当に覚えがなかった。
「あなたの記憶は私でいっぱい。マリアンヌはいないのよ。それなのに助けたい?嘘はダメよ。」
シャザンヌが手を握る。
懐かしい。
悪さをしたらいつもシャザンヌに言われていた。
その言葉。瞳。口元。
疼く胸。
その全てが愛おしかった。
そう…
愛おしかった。
知らぬまに手を振りほどいていた。
そのかわりにシャザンヌをまっすぐ見つめる。
「たしかに…俺の中にいるマリアンヌは影が薄く存在も忘れていた女の子だ。でもキシュは違う。」
「キシュ?偽物の人格じゃない。あれは絵本の中の主人公。マリアンヌはそれを演じているだけに過ぎない。哀れな私の妹。その役も演じきれない愚か…
「違う!!!」
突然の大声に目を丸くするシャザンヌ。
少しの間が空き、優しい声が返ってくる。
「何が?」
「演じていたとしてもそれはキシュだ。キシュ以外の何でもない!悲しみ、悩み、怒り、全ての感情が溢れていた!!あれが演技?キシュは虚像なんかじゃない!マリアンヌにキシュ…呼び方が変わっただけだろ?!」
シャザンヌはニッコリ笑った。
「たくさん見てるんだね。ねぇそれじゃ私は?」
その答えはもうわかっていた。
瞳を見つめ応える。
「シャザンヌ…君は僕の理想だ…。それこそ俺の作り上げた幻。」
その言葉にシャザンヌはニコリと微笑み
「助けてあげて。」
その言葉を耳にするなり、景色が一変した。
何が起こったのか全く理解できない。
辺りを見回すも今まで訪れたことのない場所だった。
真っ白な廊下にポツリとサマーティーは立っていた。
両脇に扉がある。
開けようと扉の前に立つもとってがない。
みたことのない扉。赤く光るランプに指を押し当ててみる。何も反応しない。その反対側の扉をみるとランプは緑だった。
反対側の扉の前に立つといきなり扉は開いた。
恐る恐る中へと入る。
空間が把握できないくらい真っ暗が続く。
すると突然目の前にスポットライトが光る。
見たことのないデザインの椅子が一脚、宙を浮いている。何かの力が働いてるのか、サマーティーは自然とその椅子に腰掛けた。すると光は消え、目の前に映像が流れる。
カウントダウンがはじまる。
5…4...3...2...1...
ガコン
広がるノイズ。
女の子が笑う。
空気の泡があがる。
混沌とした映像が流れる。
シャザンヌに似た女性がでてくる。泣いている。
止めなければ。間違っていた。止めなければ。
強く願っているのがなぜだかわかった。またノイズが広がる。チャンネルを変えるような断片的な映像ではなく、継続的な映像がながれる。先ほどの女性と眼鏡をかけた男性が大きな実験室らしき場所で話し合っている。
「これが、この二ヶ月で採取したレリア様と私の受精卵です。」
男の手にはカプセルが。
「これ大事にもっておいて。」
「レリア?」
「ジョシュア…この子たちを守って。」
「なぜ?」
次の言葉を発する前に、レリアはジョシュアを止める。
「すぐわかるわ。」
またノイズが流れる。
違和感を感じずにはいられなかった。レリアという名前…。レルエナ帝国の女帝。暁の女帝レリア。存在していたといわれるのは、はるか3500年前。あの衣類はたしかに、その時代のもの。
受精卵の摘出?体外受精??
あの時代にあるはずがない技術が繰り広げられている。信じられない。この映像はキシュの妄想なんだろうか?
ノイズが終わり映像が流れ始める。
荒い映像と音声。
今のサマーティーと同じ年くらいの男女が映る。ジョシュア。そしてグビドとそっくりな男性。自分とそっくりな男性。その隣にイザナに似た女性と母に似た女性。笑い声。
一瞬一瞬映る荒い映像。
もっと詳しく見たい。止まってくれ。
思いは虚しくも届かない。
またノイズがあたりを覆う。
破壊音が鳴り響く。
先ほどの研究室がめちゃくちゃになっている。
その中心にレリア。
そのすぐ隣でイザナに似た女性が術をかけているようだ。
「これから、あなたを消滅させます。……本当にこれでいいのですか??」
「えぇ。これしかとめる術はない…。私という『箱』がなくなればしばらくはこの世界は守れる。…イリナ…お願い。」
流れる涙をぬぐう。
グビドを先頭に先ほどの男女が慌てて降りてくる。
「イリナ!!!!!」
「グビド…ごめんなさい。」
「レリア!!!!!!」
ジョシュアが叫ぶ。
「お願い!!!この世界を…あの子たちを守って!!!!」
イリナが呪文を唱え始める。
術が起動し誰も二人に近づくことができない。
レリアの悲痛の叫びがこだまする。
ジョシュアがレリアの名前を叫ぶ。
あたりを光が包む。
目を開けるとそこにはレリアの姿はない。
あるのは炎の宝珠だけ。
「イリナ!!」
力はてて倒れこむイリナを抱え込むグビド。
辛うじてまだ息がある。
「ごめ……ね。あた…し、さ…きに…い…」
言葉を言い切る前に鼓動が止まった。
イリナはもう動かない。
グビドはありったけの声で彼女の名前を呼び続ける。
ふらふらとレリアが居た位置まで歩くジョシュア。
彼女の形見となった宝珠を手にしようとした。
「まって。」
声の先に居たのはイリナとそっくりの少女。
「イザナ!どうして?」
「説明は後回しよ。イリナがやり残した仕事を済まさせてもらうわ。」
つかつかとジョシュアのもとへ進む。
宝珠に対して術をかける。
「イリナのやり残した仕事?」
「見ての通り宝珠の封印よ。」
「どういうことだ?」
サマーティーに似た青年が剣先をイザナに向け、鋭くにらみ問う。
「やめろゼティア」
グビドがゼティアを睨む。
「二度とこんな悲劇を起こさないためよ…」
映像が乱れ始める。
こんないいところで画面はノイズに埋め尽くされる。
「おい!!ちょっ…!!」
明かりがつく。
驚いて当たりを見廻すと男性が扉の横に立っている。
「あんたは…」
男性はにこりと微笑んで答えてくれた。
「はじめまして。私はジョシュア。マリアンヌとシャザンヌの父親だよ。」
頭が混乱する。
さきほどの映像に写っていた青年であることはわかる。サマーティーは何が何だかわからず答えることすらできない。
そんな姿を見てジョシュアはくすりと笑う。
「混乱するのは仕方が無い。わたしは大昔のヒトだ。」
「あんただけじゃない。グビド…それにゼティア…あれは俺の父親じゃないか…」
「そう…。私、グビド、そして君の両親は3500年前に生きていた。しかしソーサの命を受け継ぎ、現代まで生きているんだよ。」
「…そんなこと不可能じゃ…?」
「ソーサの術で可能となった。」
「そんな…ソーサの魔術だけで人の寿命の伸び縮みができるはず…」
「ソーサだけの力では無理だ。」
「…じゃぁ…」
「神の力だよ。」
フウゼツの言っていた事を信じきっていなかったサマーティーの呆れた溜息が漏れる。
「またかよ…」
少し反抗的な言葉はジョシュアに苦笑いを運ぶ。
「君はミュタの言葉を信じてないのかい?」
「神だの…何だの…目に見えないものは信じれない。」
「それじゃ、君はソーサーやソリティアの存在をどう説明する?」
その言葉はサマーティーに神がいるという事実を立証するのに充分だった。納得した事を感じ取り、ジョシュアは語る。
「私たちはあれを壊せなかった。ソーサーの力を持っても…。だから隠したんだ。第2のレリアが生まれないように。」
「第2の…?」
「そう。レリアはアレに操作されていたに過ぎない。」
「あの宝珠が?ミュタのやつはアベドに操作されたって…」
「宝珠こそがアベドだよ。」
ジョシュアの言葉はサマーティーを驚かせるのに十分だった。けれどもジョシュアの口は止まらない。
「宝珠はこの世界に四つ存在する。それらは私達が扱うことのできない莫大な力を備え持っている。当たり前さ、神なのだから…。けれどアレ1人ではどうしてもデミノアを目覚めさせることはできない。だから宝珠集めをより効率的にこなすため、種族間の揉め事をやめさせたにすぎない。アレにとって我々はどうでもいい存在でしかないんだ。」
「どうでもいいって…」
「新たな世界に、我々はいない。」
「どういう…。」
「私達が消されるということだよ。そして一からこの世を作る。」
「そんな…。神様ってのは俺たちを救ってくれる存在じゃ…
「ない。」
「けど…アベド教は…」
「そんなもの適当な嘘だよ。あの時の嘘が今もなお信じられてるなんて笑える…」
ジョシュアは断言した。
もう何が何だかわからない。フウゼツから受けた説明よりも具体的で、より危機感が高い。
「アレはより自分が動きやすいようにレリアの心を蝕んだ。けれどレリアはアレの動きに気がつき己を消滅させてまで止めた。」
「ちょっと待てよ!…今まで俺らが宝珠を持ってたけどそんなことは…。」
「宝珠の力はすでにシャザンヌの心を蝕んでいたんだ。」
「!」
「君が知るシャザンヌの死んだあの日、宝珠によって心を完全に蝕まれた。」
「そんな…」
「最悪だったのは、アレがレリアの一件で学んでいた事だ。アレはシャザンヌを完全に支配した。」
「それじゃ…シャザンヌは…」
「ただの『箱』だ。あの子の魂はかろうじてこの世にはあるけれど、戻ることはない。アレを止めるにはマリアンヌが必要だ。あの子にしかアレを止められない。しかし、あの子は自分の殻に閉じこもった。」
「何で…何でキシュなんだ…」
「あの子もまた私の子だから…としか言えない。」
そんな理由で納得なんてできなかった。
けれどもそれ以上は答えてはくれないことはわかる。
「君はマリアンヌを何があっても守ってくれるかい?」
「あぁ。」
「それじゃ、剣をとりなさい」
「え?」
「私が君を認めるほどの力を持っていれば、キシュに合わせよう。」
「けど。あなたはキシュの心の一部で傷はつけれない…」
「安心しなさい。こことマリアンヌの心は別領域だ。」
「どういう…」
「さぁ。みせなさい!君の心を!」
ジョシュアはサーベル剣を手にとり、サマーティーに振りかざす。




