キシュ-1
目の前に広がる暗闇。
月と星の光りで辛うじて自分が森の中にいることがわかった。
- 聞こえますか?
頭の中に響くイザナの声。
「はい。」
- 術は成功しました。あなたは今キシュの精神の上層にいます。ここから深部へ移動しキシュを探してください。
「深部へはどうすれば行けるんですか?」
- 何かしらの目印があるはずです。けれどそれがどういったものかは私にはわかりません…
「…わかりました。」
- あなたとのやりとりもこれが最後です。後はよろしくお願いします
そう言って一方的にイザナの声は消えた。
- なんらかの目印…
そんな抽象的なことを言われて何ができると言うんだ…。無理難題を押し付けられ嫌な気分だった。
「!」
突如向けられた殺意。
恐ろしい何かがやってくる。
言い様のない恐怖はサマーティーを襲う。
それがなんなのか全く分からない。
ただただ逃げなければ自分が殺されてしまう。
そう思うと体は一人でに動き出す。
逃げろ逃げろ。
全力で走る。
それはだんだんと近づいてくる。
振り向いていられない。
ただただ道が続く限り走った。
『助けて…助けて…』
小さな声が聞こえた。
目の前に人影。
力の限り走りそれに触れた瞬間目の前を膨大な光が襲う。咄嗟に出る腕で目を守っても、耐えれるものではなかった。光が落ち着いてしばらくしてようやく瞬きをすると、景色はネオンが光り輝く街中に変わっていた。その街並みは見覚えがある。
「ここは…ハッキム…?」
夜のネオン街。
賑わう実態のない影達。
ここは自分の知る場所なのにどこか違う。
先程の殺気はどこにも感じられなかった。
- 別の階層に来たということなのだろうか?
ぼんやり安堵の息をこぼし思った。
- あの殺気はキシュの心理なのだろうか?俺を排除しようとする…
背筋が凍りそうになる。
自分はこれほどまで拒絶されているのだろうか?
これまでに感じたことのなかった殺意に胸が苦しくなる。
ふと軒先きで映像が流れていることに気がつく。
ノイズばかりが流れているなか、たまに映る映像には今までの自分たちが映し出されていた。
楽しそうに
眩しそうに
笑ってちょっかいを出す自分の姿が見えた。
その時罪悪感が襲った。
- 一体自分は何を考えていたんだ…。
映像を虚ろな瞳で見つめ考えた。
なんで嫌がっていたのに、あそこまで手を出していたか?
- 可愛かったんだ。顔を真っ赤にして怒るところ。シャザンヌに似てた。
- いつもいつもあの顔が見たくてたまらなかった。
嫌がっているのも承知だったけど止められなかった。
- 好きなんだ。
- あの顔。
その答えに行き着くと嫌悪が襲いかかる。
「!」
突然の視線に驚き、慌てて後ろを振り返る。
そこには小さな男の子が立っていた。
この男の子が誰なのかサマーティーは知っている。
そう。これは自分だ。
幼い頃の自分。
「お兄ちゃん何してるの?」
向けられるシンプルな質問。
こんな簡単な問いに答えられない。言葉が喉の近くまで来ているのに詰まる。
そうこうしていると、人が集まってくる。
それも異常なほどに
そして人々は問うのだ。
「何をしに来たの?」
沢山の同じ問いが投げられる。
答えられない。
自分は何をしにキシュの中に来たんだ?
なんのためだ?
簡単じゃないか。
世界の危機を救うため、俺たちが立ち上がるんだ。
そのためにキシュが必要なんだ。
だから連れ戻しに来た。
そう言えばいい。
そう言えばいいじゃないか。
でも言えない。
それを知った時のキシュの顔が眼に浮かぶ。
寂しげな視線に作り笑い。悲しさを押し殺すそんな辛い顔なんて見たくない。
それじゃなんなんだ?
頭は混乱を極め、考えるのを拒容み始めた。
- 自分は何をしたくてここに来たんだ?!
人に言われて渋々きた…そんな最低な俺に何ができる!!
「…やめろ…やめてくれ…」
「やめてくれ!!!!」
容赦なく襲いかかる問いから逃げ出した。
人という人をかき分け逃げる。
ようやく抜け出せ勢いよく走り出す。
けれども目の前には雄のトロンタが道を阻む。
背中の剣に手が伸びる。
『傷をつければキシュの精神に傷がつく。』
その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間に手が止まる。
- どうして…どうして…
もうどうでもいい…死んでもいいと思えた。
ただただ夢中でトロンタの下を走ると、驚いたことにトロンタは襲ってこず、あっさりと逃げきれた。
どれだけ走ったのだろうか?
気がつけば景色はまた変わり、ネオンの光は星の光へと変わっていた。
魔物討伐の途中に立ち寄った村だ。
静まり返り、あかりのつかない寂しい村を彷徨う。
そして自分たちが利用していた宿にたどり着き、中庭にあったベンチに腰掛けた。
始めて自分が涙していることにサマーティーは気がついた。
- 違う。違うんだ。
- シャザンヌを重ねてた。
- けれども変わったんだ…。
- 初めこそはそうだった。
- 重ねてた。
- けれどもキシュをこの時始めて認識した。
- 強く、まっすぐな気持ち。
- 自分が捨ててしまった理想。それを大切にする彼女を懐かしく感じた。守りたいと思った。
- けれども…
ー 何故俺は否定する?
- 俺はシャザンヌが好きなんだ。
ー 何故俺は認めない?
- 俺は1人の女性を思い続けている。
ー 本当か?
自問自答が繰り返される。
「ねぇお兄ちゃん何してるの?大丈夫?」
声の方に目をやると、幼い自分がまた姿を現していた。
「大丈夫…。」
「ねぇお兄ちゃんはなんで泣いてるの?男なのに。」
「わからないだ…。自分が。本当の自分が。」
「どういうこと?」
「認めれば今までの自分がいなくなりそうで怖いんだ…」
「今までの自分??」
「信じてたもの。…信念。」
自分からの問いにわかりやすく答えようと考えるうちに自分が何かに縛られていることにようやく気がついた。
それはただの理想だ。
理想の男。
こうでなければいけない理想の自分。
そしてもう一つ。
悲劇に酔いしれる自分。
呆れてしまった。
自分は冷静に考えるのが得意だったはずなのに、この特別な感情には疎かったということだ。
そんなことにも気がつかなかったとに勝手に笑いが溢れる。
「今度は笑ってるの?どうしたの?」
驚く幼い自分に謝る。
そして両の手を思いっきり頬に当てる。
「ありがとう。少し靄が晴れた。」
「え?」
「俺はここからキシュを連れ戻しに来たんだ。俺の大切な人だから。」
「嘘つき」
幼い自分が言い放つ言葉。
いや。違う。
これは幼い自分ではない
そう
マリアンヌ
誘い頃のキシュだ。




