〓思い出-1〓
皆寝てしまったのだろうか。
静かな部屋で月の明かりを頼りにサマーティーは本棚
の本を指をなぞりながらぼんやりと思った。
壁一面びっしりと詰まった本。
腰を落とし、下の段に指を落とす。
滑らかに動く指がピタリと1つの古びた本に止まった。
そっと引き出すと、ワインレッドの表紙に可愛らしいお花の装飾が描かれた一冊の児童書だった。
歴史書や公文書の多い本棚には似合わない可愛らしい本。探していものだ。記憶から消えていたもの。
〈花物語〉
− あぁ…俺にとって君はあの時どうでも良かったから…
ページをめくり軽く目を通すとサマーティーの瞳から涙が溢れる。
「…なんで……」
時は遡る
これは全てが幸せで
ただ守られている時の話。
「シャザンヌ!もっと遊ぼうよ!」
だだをこねるサマーティー。
困った顔で優しくなだめるシャザンヌ。
「ダメだよサマーティーくん?家ではマリアンヌが1人なんだもの。可哀想でしょ?」
− 可哀想なのは僕だ!
心でそう叫ぶ。けれどもそんなことを言えば、シャザンヌをより困らせてしまうし、男らしくない。グッと自分の気持ちを抑えてサマーティーは渋々シャザンヌの言葉をのみ、シャザンヌの家へと向かう。
黄緑に光る草原。
さえずる鳥達。
森にぽっかりとあいた空間。
そこがシャザンヌの家だった。
「ただいま帰りました〜」
「おかえり。」
ニッコリと優しい笑顔で迎えてくれたのは、シャザンヌの父親のジョシュア。
「早く手を洗ってきなさい。お菓子を用意しているよ。」
その言葉に2人は元気に返事し手を洗いに急ぐ。
10歳年の離れたシャザンヌはとても優しく、幼いながらにその美しさに魅了された。
2人は手を洗い終え台所へ向かい、用意されたお菓子とお茶をお盆にのせ、2階へと向かった。
「ごめんね。ノックしてもらえる?」
優しい声に応え、閉ざされている扉をノック
小さな返事が返ってきたので、ノックした手で扉を開ける。
沢山の本に囲まれ、窓際に配置されたベッドで外を見る小さな女の子・マリアンヌが出迎えてくれた。
「今日はアップルパイ?!」
嬉しそうな声に喜ぶシャザンヌ
「正解!マリアンヌの大好きなアップルパイ!さっ!食べましょう!」
机と椅子をすぐさまセッティングしたサマーティーにお礼をするシャザンヌ。
楽しいお茶の時間が始まる。
「いいな…。私もお外で遊びたい…」
その言葉はシャザンヌを悲しい顔にさせた。
「だめよ。マリアンヌ…。無理をしたら熱がまた上がっちゃう…」
サマーティーはいつもいつも繰り出されるマリアンヌのこの言葉が嫌で仕方なかった。
どう考えたって、外では遊べないのに毎回毎回言ってる。無理だと言うシャザンヌの身にもなればいいのにと思っていた。
シャザンヌがマリアンヌのティーカップにお茶を注ぐと、ポットの中は空になってしまい、急いでおかわりを持ってくると言って下へ駆けて行った。
2人きり。
何度も遊びに来ているが、実際のところマリアンヌとはあまり喋ったことはない。病弱でよく熱を出す彼女とは遊ぶことは滅多になく、こうしてお茶をする時にだけ顔を合わせる存在だった。
沈黙が広がる。
それに耐えきれないサマーティーは苦し紛れに口を開く。
「君は本が好きなの?」
突然の言葉に驚くマリアンヌは恥ずかしそうに首を縦に振る。
この行動にサマーティーは苦手なイメージを持った。基本喋らない子はあまり好きではなかったのだ。
「君のおススメって何なの?」
言葉を返さないといけないので質問を投げかける。
少し困っているマリアンヌはベッドをそっと降りて本棚へ向かった。
そして一冊の本を持ってきてサマーティーに差し出す。
手に取った本はワインレッドの表紙に可愛らしいお花の装飾が描かれた一冊の児童書。
「花物語?」
そういうとマリアンヌはコクリと頷く。
ペラペラとめくるページ。
挿絵の入っている本など文字を書き始めた頃には卒業していたサマーティー。
現実的ではない夢物語などには全く興味が湧かなかった。何も感じない。
「あ…あのね。」
小さな声が聞こえる。
サマーティーはページを見つめながら答える。
「なに?」
「私ね、このお話にでてくるキシュが大好きなんだ…」
「へー。そうなんだ。」
「すごいんだよ!女の子なのにね!すごく強いの!大きなドラゴンだってやっつけるんだよ!」
急に意気揚々と話し出すので驚いてサマーティーは本からマリアンヌの方へ視線を移した。
そこで初めてサマーティーはマリアンヌの顔を見た。いつも俯いていたから見えなかったけども今ははっきりと見える。シャザンヌよりも幼い顔つきだが似ていた。楽しそうに物語を語ってくれるマリアンヌはキラキラしていた。あまりの豹変っぷりに思わず笑ってしまった。
「え??あ!」
そこで初めてマリアンヌは自分がペラペラと1人で話していることに気がつき恥ずかしくなってしまった。
「君すごいね。めちゃくちゃ喋るじゃん。」
「マリアンヌ。」
「え?」
「君じゃないもん。マリアンヌだもん…」
「ごめんごめん。マリアンヌ。この本貸してくれる?」
「うん!」
嬉しそうに返事をするその表情はシャザンヌに似ている。姉妹なのだから当たり前なのだけど。
シャザンヌは会話が終わったのを見計らって部屋へ戻ってきた。
その日からシャザンヌ・マリアンヌ・サマーティーでよく遊ぶようになった。調子がいい時はマリアンヌも外に出てお茶をしたりした。
本は一瞬で読めたものの、やっぱり自分には面白さがわからなかったし、心にも残ることはなかった。平凡な感想とともに本を返し、それ以来マリアンヌとは何もなかった。
けれどもマリアンヌは本の続きを貸してくれた。全く進まない読書。本棚に刺したまま忘れていた。
「あぁ…マリアンヌ…お前はキシュを演じていたのか…」
時をかけ、今本棚から出された本を読む。
そこにはキシュがいた。今まで共に旅をした彼女が。
自分にとってどうでもよく忘れていた物語がマリアンヌにとってどれほど大切なものだったのかがわかる。
強く
宝物に目がない
厳しく
冷静
自分が接していたキシュがそこにいた。
− 気がつかなくてごめん…マリアンヌ…




