彼女の目的-2
帰り道はなかった。イザナの魔法により、気がつけばそこはすでにサマーティー家の門前だった。
何事もなかったように優しい木漏れ日と鳥の美しい囀りが迎えてくれた。
誰も口を開こうとしない。
けれどもグビドだけは違った。
抱き抱えるキシュの消え入りそうな儚く繰り返される自問を聞いていた。
涙で溢れる焦点の定まらない視線。今にも砕けてしまいそうなほどに弱り切ったキシュをただ強く抱きしめることしかできなかった。
魔力を感知して少ししてから、家で待っていた全員が息を切らしこちらへ向かってくる。
はじめに到着したイースは弱り切った母に驚きを隠せなかった。ここまで魔力を消耗しきった母を感じ取ったことはなかったのだ。
「母上!!」
「だいじない。それよりも…」
イザナはキシュに目をやると後からやってきたアリナと共にグビドからキシュを受け取ろうとする。
けれどもキシュは決してグビドから離れようとはしない。触れようと手を伸ばしただけで甲高い泣き声が響いた。
「キシュ…」
キシュを心配そうに見守る事しかできなかった。祠でサマーティがキシュをおぶろうとしたが、拒絶された。
泣いて
叫んで
力の限り押しのけ、サマーティーを拒む。
その行動は全て仕方のない事だとサマーティー自身も理解していた。けれども辛かった。
ゼルベルダをおぶっていたグビドの代わりにサマーティーが父を背にした。
冷たくなった父の体は鉛のように重い。
ほんの少し前まで暖かかったその体に触れるだけで瞳から涙が溢れる。
遅れてやってきたメグはすぐさまに異変に気がつく。
「グビド!その傷!…ゼーダは?!ゼーダはどこ?!!」
サマーティーがおぶっているゼーダを見つけると血相を変え駆け寄った。
母に父の顔を見せるため背負っていた父の体を下ろした。同時にメグの腰も力なく落ちる。
大きな瞳からは大粒の涙が溢れる。けれどもメグは取り乱すことはなかった。口に当てた両方の手をそっとゼーダの両頬に当てた。
「いつもの『なーんちゃって』…じゃないのね…」
イザナがメグの傍に歩み、深々と誤った。
「私の力が及ばなかったせいで…」
涙を拭い首を振った。
「いいえ。…イザナ…あなたのせいじゃないわ。それにシャザンヌが目覚めた時からこうなることは覚悟していたから。」
「リリアノイ…ごめんなさい…」
メグは瞳の閉じたゼルベルダの大きな胸に顔を押し付ける。もう感じない温もりにお疲れ様でした。とこぼした。
そしてすぐに全員を館に入るよう促した。
グビドはキシュを二階の客室に。その後をイザナ達が追っていった。
サマーティは父を寝室へ運び、メグはお湯と布をもってきていた。
二人は無言でゼーダの傷と汚れを落とす。サマーティは父に付いた地を拭う度に、昔のことを思い出してしまった。いつからだろうか、気が付いた時には涙が溢れ、声を上げ泣いていた。
「サマーティー…」
「なんで…なんで親父なんだよ…。なんで…」
サマーティーの肩を優しくメグの腕が包む。
子供のようになくサマーティの頭を撫でるメグも涙を流した。
そして夜
グビド達はいっこうに二階からおりてこなかった。部屋へ入ろうとするサマーティは拒まれ、自分の部屋で考えるしかできなかった。
そして、頭を整理し始めた。
愛おしかったシャザンヌが生きていた…けれどなんで…死んでるって…どういうことだ…
うんびゃく年前にいた絶頂期のレルエナ帝国を統一した暁の女帝レリア…。イザナが知っているのはなんとなくわかる。ソーサーの寿命は俺たちの何倍もある可能性は高い…。じゃあ、なぜ俺たちと同じ寿命のグビドが知っているんだ?そして、母は一体何者なんだ??イザナはリリアノイと呼んでいた。…リリアノイ…古代のパソナ人に多い名前。なんなんだ?
そして…。
キシュ。惹かれていたことは本当なんだ…。でもそれはキシュのどこかにシャザンヌを重ねていたからだと思う…。今思えば納得だ。そりゃそうじゃないか…キシュはシャザンヌの妹のあのマリアンヌなんだから…
頭をかかえる。
行き着く答えは1つしかなかった。
キシュをシャザンヌの代わりとしてみてた。
肯定したくない。けれどもそうだ。
そうなのだ。自分の愛した人はシャザンヌだけなんだ
「俺にとってキシュは…」
わからなかった。考えようとすればするほど拒む自分がいる。霞のかかった問題など目を背けたかった。
時はサマーティーがキシュ達の部屋をノックする少し前に遡る
とにかくキシュを落ち着かせるのに、全力をつくすグビド。しかしキシュの涙と自問は止まらない。イザナはみかねて、キシュに眠りの魔法を唱え眠らせた。
2人の重いため息が溢れる。
グビドは抱えた頭をゆっくりと持ち上げ、上着の胸ポケットからタバコを取り出し口にくわえ火を灯す。
勢いよく白い筋が口から吐き出される。
イザナはそんなグビドを咎めることもなかった。
「あの時は、記憶を封印したんだっけか?」
「えぇ。でも、もう無駄ね。シャザンヌを見た瞬間に封印がとけたのだから…」
「…どうすりゃいいんだ!!」
頭をぐしゃぐしゃとして投げ出す口調でグビドはいった。けれどもイザナはいつも通り。
「…現実を受け入れてもらうしかないわ。」
「!!お前!んなことした…」
「それしか方法はないのよ!」
歯を食いしばりキツイ瞳で睨むグビド。
閉じた瞳で睨むイザナ。
「今キシュは心の奥底で現実に背を向けているわ。こっちに向かせる必要がある。心に潜りキシュを連れ戻すの。」
「わかった!俺が…!」
「何がわかってるの!あなたどれだけ自分がキシュを大事にしてるか分かってるの?!」
「はぁ?!娘が大事なのはあたりめーだろう!」
「…あのね…。キシュは自分の力で乗り越える必要があるのよ。あなたが行ったらいつものように、助けるでしょう?」
返す言葉もない。
「じゃあ、どうすんだ?」
「サマーティにまかせましょう。」
「?!正気か??今のあいつはキシュを追い詰める存在だぞ?」
「だからよ。現実を乗り越える存在としてサマーティは適任だわ。」
「…そうだな…。」
「ふふ。あなた本当にわが子のように育てすぎじゃない?」
「なんだ?!何が悪い!」
「子供の巣立ちを暖かく見守るのも親の喜びなのよ?」
「うるさい!」
「ふふふ」
ほんの少し談笑で張り詰めた空気は和らぐ。外ではサマーティが部屋に入ろうとしているみたいだが、イースが拒んだ様子。
「…さて…実際キシュの心に入るっていってもどうするんだ?」
「心の中に他人が入るには、相当の魔力が必要になるわ…それと、入る者の精神・忍耐力も。失敗すれば、命はないわ…」
「お前の魔力でなんとかなるのか?それ?」
「無理ね。一度この術を試したことがあったけど、相当周りに助けられたわ。」
「ってことは、場所を選ぶってことか?」
「えぇ。そうよ。しかも場所は限られてる…」
「どこだ?」
「氷結の神殿よ。」
「氷結の神殿…懐かしいな…」
「…そうね…。」
「って?!ソーサーの地でやるのか??」
「えぇ。それしか方法はないわ。今回はあの時以上に特殊よ。許可はいらないでしょう。」
二人が部屋を出ると、イザナはイースにこの事を告げる。流石のイースも今までに経験したことのないことに困っている。
「とは言いましても母上…、一応報告はしとかないといけませんね…兄上に伝えておきましょうか?」
「そうね。」
「兄上の所は私1人で。アリナは母上と一緒にきてもらい、合流いたしましょう。」
「そうね。よろしく。」
イースは急ぎ、ソーサーの地に戻った。
「さて…皆にこの事をつたえましょうか。」
「あぁ。」




