憶いで(仮題)
2枚組アルバム 『The BEATLES』(White Album)
古びて曇りガラスのようになったプラ製フィルムのケース
もともとは落ち着いた上質感のある白色にエンボス加工でThe BEATLES
1968年発売から幾多の刹那を吸い込んで50年。
古びたアルバムから仄かに立ち昇る懐かしい香り。
杉材や薪ストーブや開け放した時の庭の空気までもを感じさせてくれる
そんな風に感じるのは遠くに想いを馳せているからだろうか。
そもそもアルバムの中身を確認してみようと思ったのは、
レコードプレイヤーもないしヤフオクにでも出してみようかと軽い気持ちから。
いつかやってくる旅立ちの時に思い出の品々がゴミとして処分されないように。
『The BEATLES』(White Album)
2枚組のジャケットを開くと、表は大きな4人のコラージュポスター、裏はsida1~side4の歌詞。
ジョン・ポール・リンゴ・ジョージ それぞれのポートレートが1枚ずつのオマケがいっぱいの2枚組アルバム。
レコード盤が1枚足りないことはこれを持ち帰った2年前に気がついていた。
あの家を手放した時、たった1枚だけ残っていたアルバム
念のためもう1度確認してみる
side1,2、黒い紙のレコードケースは空だ、やはり無い。
side1には Back in the U.S.S.R:Dear Prudence:Glass Onion:Ob-La-di,Ob-La-da:Wild Honey Pie:~8曲
side2には ~:Black bird:Why Don't We Do It in the Road:I Will:Julia:9曲
これまでずっと避けてきた。
忘れることも逃れることもできない、
あの瞬間に想いを巡らせ心に刻む覚悟はすっかりできているのだから。
もう戸惑わずゆっくりと時間を戻してみたい気がしてきた。
彼はたぶん、おそらくロックが好きだった。
レッド・ツェッペリン 、ディープ・パープル 、クィーン、ドアーズ、ドゥビーブラザーズ、ZZトップ
吉祥寺五日市街道沿いの賃貸住宅は比較的しっかりした造りで、隣室の音もさほど気にならなず
レコードやビデオもほどほどの音で楽しめる環境だった。
ワタシといえばロックが苦手で。
「ライブビデオは一人で楽しんでね」などと
全くもって失礼極まりない言葉を吐きキッチンで何やらゴソゴソやり始めるしまつ。
そのうちに彼は周到な作戦をコツコツ積み重ね苦手なワタシが
ドゥビーブラザーズ来日の折には東京・横浜へ追っかけるまでになっていた。
作戦は実にうまく練られていた
「落とせないオンナはいない」くらいのことをサラリと口にする人だから
自然にスムーズに心地よく引き込まれついつい観てしまったライブビデオ。
ワタシの趣向するジャズフージョン系寄りの曲調でどれも野外で大自然の中で湖前や青空の下。
くぐもった声のマイケル・マクドナルド、Wドラム、スタイリッシュなサウンド
ドゥビーブラザーズってこんなだっけ、ビールやバーボン片手に歌ったり踊ったり、すごく楽しそう
ロックの印象が大きく覆る。
当時のワタシはフージョンジャズ一辺倒、チックコリア、ハービーハンコック、アル・ディメオラ
やっぱりドラムはスティーブガットだなどと。
超絶テクニックギタリスト、ディメオラやジャズヴァイオリン、ジャンリュックポンティのライブでは
一人で来ている唯一の女子でマニアックな男性ファンから好奇の目を向けられていたりしたのです。
ところで彼の作戦は。
真夏の暑い盛り、休日の昼間に窓をしっかり締め切り緩めのエアコン温度設定、
凍るほど冷やしたグラスにキンキンに冷えたビールやワイン
TVの前なのにライブ映像の中に参加しているような錯覚
「いつか行きたいねぇホノルルライブ」思わずそんな言葉が。
そしてこれまで毛嫌いしていたことを後悔してみたりさせるのです。
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8月だというのに爽やかな風に吹かれ体の中が浄化されるような心持ち、初めての軽井沢。
友人が病院勤めで、院長別荘をお借りできるという。
それも「an・an」で特集していた軽井沢、専門学校生にとっては夢のような夏休み。
あの頃は「an・an」で軽井沢や鎌倉、小京都の特集が組まれたりして、明らかにそれとわかるファッションの若者たちが各地に増えつつありました。
その日
別荘から自転車で旧軽井沢に向かい、旧軽銀座でソフトクリームを食べたりブティックで洋服見たり。
イベント会場のステージ、ロック系のバンドがライブの最中。
軽井沢には少し場違いなロックバンド、こんなこともやってるのね。
「帰ろう」連れのボーイフレンドに促されその場を離れようとしたその時、ステージの右端。
視線の先に懐かしい顔を発見した「うわっ」思わず言葉を飲み込む。
きゃーとか言われているロックバンドのベースでヴォーカル、知り合いだなんてことを知られると面倒かもしれない。
すかさずイベント会場告知ポスターの日程をチェック。
後日、一人で訪れステージ終了後の彼に声をかけた。
彼は大げさなほど喜び、ファンと思われる女子達にも大切な友達なんだとアナウンスする。
夏の軽井沢以来、電話で話す機会が増えて。
愚痴を聞いてくれる、オススメの曲を教えてくれる、落ち込んだ時に励ましてくれる。
そして「うちのドアはいつでも空いているからね」などとジゴロっぽい言葉を操ることもあった。
彼のオススメ曲「New Kid In Town」ニューキッドインタウン
「ホテル・カリフォルニア」からシングルリリースされたイーグルスの曲
どことなく切なくて沁みてくる気分ですっかり気に入ったのです。
イーグルス初来日の武道館
仕事が詰まっていて開演すぎに走り込み、ドアを開けたと同時に
ホテルカリフォルニアのイントロが始まりクラクラッ!
さぁやっと生で聴けると小躍りした。
アンコール〜が終わった。
でも「New Kid In Town」は演奏されなかった。
隣り合わせた同世代の女性も「えっ?やらない・・・・」
見知らぬ同士が顔を見合わせた、同じことを考えていたんだ。
2011東京ドーム イーグルス
[Long Road Out Of Eden Tour]
やはり「New Kid In Town」を聞くことはできなかった。
ワタシの脳の中ではあの切ないメロディーがグルグル巡り続ける。
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ライトグリーンのプッシュフォーンが着信音を響かせた。
あれ?忘れ物でもしたのかなぁ。
受話器を取ると「あーよかったまだいたんだね」彼の上司からの電話だった。
すでに出かけたと伝えると「・・・・えっ一緒じゃなかったの?」
ラスベガス〜グランドキャニオン ハーレーダビットソンバイクツーリング
男のロマンらしいですよ。と応える。
どことなくスッキリしない上司の返答だけれども、仕事に関わることかしらと。
これまで想像したこともないアメリカ横断的バイクツアー。
バイク雑誌の企画で、我が家にとってはそこそこの金額だった。
でも行きたいというものだから、
最新のビデオカメラ・ツーリング用ウェア・シューズ・バックやらなど揃えて送り出した。
ワタシは起業して少し経ち、収入も増えつつあった頃。
帰国した彼は録画してきたテープの編集に勤しんだ。
ドライブインの駐車場にずらりと並ぶバイク、アメリカっぽいレストランの端ポールにたなびく星条旗。
The Long And Winding Road〜〜 The Beatlesが流れる、星条旗からバイクのエンジン部分に、
バイクの全景と影だけの人。
ビデオを回しながら、すでに彼の中にはThe Long And Winding Road〜〜が流れていたのかもしれない。
まるで映画を見ているようだった。
その年の秋、近所のご夫婦と一緒に1泊ドライブに出かけることになった。
行き先は群馬県。
我家の仲人親が釣り好きで、神流川沿いの小さな村が空家などを貸出した折、運良く当選。
温泉宿の囲炉裏付きの離れを共有管理し足繁く通っていた。
企画契約しているマンションメーカー(当時小さなアパレルははこんな風に呼ばれていた)から預り、使用していた
三菱ミラージュワゴンにご夫婦&ワンコとワタシ、青梅街道からウラトコ(浦和所沢)秩父を経て国道299号線。
細い九十九折の峠を越えると上の村。
食料とタバコは必ず村のお店で購入すると決めている。
村に入ってすぐの商店に挨拶がてら立ち寄ると
「あれっ旦那は?」
今日は用事があって・・・・
まるで村人のように接してくれるのがいつも嬉しい。
村の中心部を過ぎ、神流川沿いに299号線を少し進むと川の分岐点。
右に折れて支流の塩之沢川とともに下仁田上野線へ入る。
神流川は上流をさらに進むと神流湖、東京電力神流川発電所。
さらに進むと御巣鷹山がある。
未曽有の事故が起こらなければ、ひっそりと訪れる人もまばらだったはず、
以前神流湖へ向かった時、1台も対向車に合わなかった。
さて、塩之沢川沿には山肌にへばりつくように段々畑が点在する。
蒟蒻芋を育てているのかなと思ったりしている。
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『「思う」「想う」の類語には「憶う」が当てはまります。「憶う」とは、「心におもうこと」を意味しており、ものや人に対する感情を表します。
「記憶」や「追憶」などの熟語に「憶」が使われていることから、「忘れられないほどの思い」を伝える状況で使用しましょう。』TRANS.Biz Ms.hana writing
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物語を綴り始めてから、時折押し寄せる心の揺れ、
細波はざわざわと身近に迫り大きくなり、1年の時を経て自分を支配し始めていた。
そして立ち止まったまま考え倦ねる日々。