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ハッピーポッピンロリポップ  作者: タケウチタケシ
第一章 コルトゥーラ
8/277

7『すげぇきもい』

【あらすじ】ようやくバトル展開がきた。

      7


 まるで怯まず、エイリーは盗賊集団を見据えている。

「排除、ねぇ……。そっか、」

 だけど、盗賊集団の方もよっぽど自信があるのか、口調に余裕が見える。

「じゃあ俺らも、頑張らねぇといけねぇなぁ──いくぞ、テメーら!」

 男達の『おう!』という怒号が聞こえた瞬間、地面がずん、と突き上げられた。そして──

「……うわっ!」

 地面に穴が開いて、そこから大量の水が大砲のような勢いで吹き出した。

 頭上から降り注ぐ、大雨のような水……いや、お湯?

「間欠泉……ってやつ……?」

 えっと……。

 つまりはあれか、温泉引き当てたようなものか。

 まぁ力としてはすごいけど……だから何だって話だ。

 足場はぐちゃぐちゃだし服もびしょ濡れだけども……別に、ねぇ?

 よし、エイリーさん、こんな奴ら召喚獣でぱぱっとお願いします!

「よし、エイリ……え、エイリー……?」

 振り返った視線の先にいたのは、

「……え?」

 自信に満ちたメイドさんではなかった。

「エイリー、どうしたの……?」

 うずくまり、何かに怯えるように自分の身を抱く、ただの女の子だった。

「えっ、ちょ……え、ぇえ!?」

 さっきまでの威勢はどこいったの!? エイリーさん!?

「さぁて、一瞬で終わらせてくれるんだよなぁ? お嬢さん?」

 ローブで顔は見えないけど、卑下た顔をしているのは声で分かる。

「エイリー、どうしたの!? 何で反撃しないの!?」

 何だ、もしかすると、どさくさに紛れて殴られたりしたのか? それとも精神的な攻撃を受けたとか?

 遠くを見ると、国王夫妻がこちらを立ち止まって見ていた。

 ここに俺がいるせいで、下手に手を出せないんだろう。

「ふん、さすが王族といったところか。賢いな。無鉄砲で突っ込んでくるような馬鹿じゃないようだな」

 リーダーは大きな声でそう言うと、地面に手をかざした。するとエイリーの周りの地形が見る間に形を変えていく。

 そして、なぜかただの女の子になってしまったエイリーは、熱湯の海の中の、小さな小島に取り残された。

 とはいっても、多少は熱いかもしれないけど別に深くないし、泳いで渡ってこれるんじゃないだろうか。

 ましてや、エイリーって召喚術師なんでしょ? こんな池早く飛び越えてこればいいのに、何をしてるんだろう。

 やっぱり精神的な攻撃を受けたのか……?

「おっと、動くんじゃないぜ」

 突如現れた巨大なヘビが、こっそりと駆け付けてきていた国王夫妻の動きを止めた。

「さっき、賢いって誉めてやったばっかだろ?」

 ヘビ土でできている。地中から頭を出して、本物みたいに体をうねらせている。

 ……どうしよう。

 エイリーは謎のフリーズ、国王夫妻は俺の身に危険が及ぶようなことはできない、そして肝心の俺は丸腰の無能力者、と。

 これ、もしかして結構ピンチなのか?

「このッ……!」

 国王が短く悪態を吐いた。

 瞬間、周囲の風がだんだんと鋭く重くなっていく。びゅうびゅうと、刃物のような風が吹き始めて──

「だから動くなって言ってんじゃん」

 気が付くと俺の背後にローブの男の内の一人がいて、乱暴に羽交い締めされた。

「きゃあっ!」

「やめろ! その子に手を出すな!」

 農作業をしていた他の幼いメイドさん達が、不安そうな顔をしているのが見える。

 本来なら真っ先に向かってきそうなエイリーは、熱湯の中の小島でおろおろしている。

 それより俺は、自分の喉から発せられた『きゃあっ!』があまりにも女の子らし過ぎてドキドキしている。ロリコン冥利に尽きた。

「国王夫妻よ。そして従者共よ。抵抗をやめてお前達の命を捧げろ。そうすればその娘は助けてやろう」

 リーダーらしき男は、その、と、俺をあごで指す。このぞんざいな扱い、懐かしい。

「おいおい、その子はこの国を実力で治める、霊獣級能力者の実の子どもだぞ? お前らどうせ、ほとんどが妖精級、リーダーのお前でも霊獣級程度だろ? 勝ち目はないぞ?」

 そうだ、言ったれ言ったれ! ハッタリかましてやれ!

 国王の言葉に、俺もしたり顔で頷く。

 それを見て、盗賊達はふっと吹き出し、クスクス笑いだし、ついにはゲラゲラ笑いだした。

「おいお前ら、俺らも馬鹿にされたもんだな。こんな小さい──無能力者のガキにすら勝てないって言われてるぜ?」


 え──


 軽口を叩いた国王も、王妃も、メイドさん達も、そして恐らくエイリーも、みんな表情が固まった。


 ──何で俺の無能が、部外者にバレてるんだ?


「そのリアクションだと、どうやらマジみてぇだな。国王よ」

 しばらくの沈黙の後、

「あぁ、そうだ、」

 あ、このオヤジ開き直りやがった──

「その子には能力がない。だから、俺達が守る。それだけのことだろ?」

 ……と思ったらかっこいいことを言い放った。

「んー、やっぱよ、」

 国王は頭をかきながら、笑う。

「俺は、国王である以前に、一人の父親なんだよな」

 そして、俺を見て『心配すんな』と親指を立てた。

「子どもっていうのはよ、王族だろうが農民だろうが、無条件で宝物なんだよ。だから──死んでも守る」

 国王の手に、いきなり剣が現れた。身長ぐらいありそうな大剣だ。あれも風の能力なんだろうか。

「だから無理なんだって国王。俺らの盗聴にすら気付けなかった間抜けに、無能力者抱えて戦うなんて器用なマネ、できっこねぇよ」

 盗聴?

 この世界に盗聴機なんてものがあるのか もしくは能力を使った盗聴なのか?

 どうやら国王夫妻は俺の無能についてどこかで語り、それをこの男達に、盗み聞きされたようだ。

「盗聴か。確かにぬかったな」

 国王はため息混じりに続ける。 

「この世界、どこに耳があってどこに目があってもおかしくない。コルトゥーラが平和過ぎて、すっかり忘れてたよ」

「まぁ、たっぷり反省して死んでくれや……いやそうすると地縛霊とかになりそうだし、俺の新しい城に化けて出られても困るから、何も考えずに阿呆のまま死んでくれや」

 部下がゲラゲラ笑う。国王も、

「いや、我ながらまったく阿呆で困るな」

 と、おかしそうに笑った。

「それにしても、昨晩うちの子どもが無能力者と聞いて、今日いきなり作戦を実行したのか? 賊にしてはよく訓練されてるし、度胸もあるな」

 国王は、敵である盗賊を手放しで褒める。

「だろ? 国王。俺達はよく訓練された小隊みたいなもんさ」

「それは認めざるを得ないな。でも、相手が悪いぜ? 俺の剣は、お前の心臓が脈を打つ前に、お前の心臓を止めるぞ」

「多少の犠牲は仕方がないさ。だが、お前の剣が俺の心臓を止めたら、俺の仲間がそいつの心臓を食い千切る」

 そいつ、と俺を見る。

「妖精級がよく吠えるなぁ……やってみろよ」

「妖精級? もう俺らはそんな次元じゃねぇんだよ」

 よかった、一番弱い階級があんなでかいシャチを出せるとか勘弁してくれとかちょっと思ってた。

「へぇ、じゃあちょっとはマシな連中なのか?」

「まぁ、ここじゃ言えねぇし、言う必要もねぇ。そうだろう?」

「その通りだが、どうせ俺達王国の人間はここでお前らに殺されちまうんだろ? なら冥土の土産に教えてくれよ。せっかくこれだけメイドがいるんだからよ」

 国王のつまらない冗談に、

「いや、だめだね」

 とリーダーは首を振る。

「ザコっていうのは、こういうところで自分の手の内を晒しちまってやられるんだよ。俺らはそんなバカなマネはしねぇ」

「まったく立派だな。なぁ、うちの城で傭兵でもしないか? 今よりはいい生活させてやるぜ?」

「俺は傭兵じゃなくて王になりてぇんだよ。それにしても国王、どうやら雑談がお好きなようだから、俺も一つ、雑談をしてやろう」

「ほう、楽しみだな」

「能力には相性っていうのがあるよな」

 相性?

 まぁ火が水に弱いとか、地面に電気は通らないとか、そういう物理法則上の関係はあるのかもしれないけど、それ以外にあるんだろうか。

「あぁ、あるな。あるある」

 国王はしみじみと頷きながら続ける。

「昔世界中を旅してた時、サンダーのやつらはやりづらくて仕方がなかった」

「はは、だろ。俺らは見ての通りグランド属性だ。これは今更隠す必要もねぇ」

 そう言いながら、土のシャチをぽんと、叩く。砂がぼろぼろと音を立てて少しだけ落ちた。

「俺らグランドは、グラスに弱い。土に貯めた魔力をグラスの連中が植物で吸い取っちまうからな」

 国王が、一瞬だけ眉を上げた気がした。

「ほう。それは厄介だな。分かるぞ、その苦労」

 だけど、すぐに何もなかったかのように軽く返す。

「だろ。グランドのサモンがせっかく召喚獣を召喚しても、急成長した植物に縛られると、何にもできなくなっちまう」

「経験があるみたいだな」

「あぁ、あるぜ。ひでぇ目に遭ったさ。だがよ、お互いが取る作戦によっちゃあ、それは逆転するんだよな」

 国王が黙る。

「俺らグランドはよ、土を操作する。だがそれだけじゃねぇ。土の中の些細な震動、動き、全部手に取るように分かるんだよ──


 ──だから、やめな」


 リーダーが手を挙げた瞬間、大地がひび割れる。

 それと同時に──


大地に根付く母なる大樹よ

豊穣の大地に感謝を捧げ

愛の果実を実らせよ

豊穣(フェルティ)果実(リータ)』!


 ──王妃の足元から、巨大な木の根が現れた。

 触手のように何本も現れて鞭のようにのたうち回り、しかし正確な動きで盗賊達に襲いかかり──

「──だから、そういうの全部分かってるっつーの」

 呆れたように、リーダーが言う。

「やれ」

 その声と共に、地中から巨大な土の化け物が大量に現れて、木の根をずたずたに破壊した。

 植物が破壊された青臭さと土の臭いが、むなしく周囲に漂う。

「……はい、終了」

 リーダーは、吐き捨てるように続ける。

「おい国王、まだ何か隠してるか? 暗くなる前には制圧終わらせたいから、あるなら早めに頼むぜ」

 きっと、国王は無駄な話をしながら、王妃が能力で植物を急成長させる時間を稼いでいたんだろう。

 その、とっておきの隠し玉がこんなにさっくりと攻略されるっていうのは、かなりまずいのかもしれない。

 きっと俺は泣きそうな顔をしているだろう。すがり付くように国王の方を見る。

 国王も絶望的な顔をしているかと思ったら、何だか不思議そうな顔をしていた。

「お前ら、本当にただの盗賊か……? 何か、やけに強くねーか?」

 え、今そこ?

 まぁ確かに、さっきのエイリーの話を聞く感じだと、盗賊ってそんな強いわけじゃないんだよな。

 だけど、何でこいつらはこんなに強いんだ? 王妃の相性のよさそうなグラスの能力も、一瞬でずたずたにされたし……。

「まぁ、お前らを徹底的にチェックメイトするまでは教えてやれねぇな」

 というわけで、と。

 盗賊がエイリーに手を向ける。

「まずはお前から──"排除"、してやるよ。お嬢さん?」

 リーダーの腕の周りに、土や岩がぼこぼこと音を立てて集まっていく。

 それは見る間に巨大なアームを作り上げていった。

「この国の新しい王自ら、あの世に送ってやるぜ! ──っらあぁあ!」

 何かに吊り上げられたように飛び上がったリーダーは、エイリーに向かって真っ直ぐに巨大なアームを降り下ろし──

「──あぁっ!」

 ──見ていられないほど、痛々しく直撃した。

 爆音の中の、悲痛な悲鳴。

「エイリー!」

 大爆発が起きて周囲に再び土が飛び散る。しばらく大地が揺れ続けるほどの衝撃だった。

「エ、エイリー……」

 砂煙が収まると、そこにはぐったりとして動かないエイリーの姿があった。

「はは、」

 エイリーの髪を乱暴に掴んで無理矢理立たせながら、リーダーは国王を睨む。

「思いのほか楽にいけそうで安心してるぜ。でも、俺達は絶対に油断しねぇ。お前らがあと百個何かを隠していたとしても、絶対に攻略してみせる」

 絶対にだ、とさらにきつく睨んだ。

 あぁ、あいつらも本気なんだ。

 そりゃそうだよな。人生かかってるもんな。

 だけどさ、だからって、あんな小さな、あんなに怯えているただの女の子を、全力で殴り付けていいわけあるか? いいわけないだろ?

 あんなに乱暴に髪を掴んでいいわけあるか? いいわけないだろ? 髪は女の子の命なんだぞ?


 あぁ、俺が無能じゃなかったら。


 少しでも能力が使えたのなら。

 どうして、自分をああも無条件で信じて、守ってくれる人を、俺は守れないのだろう。

 悲しくて涙が出る。

「さぁ! 俺達の栄光の国作り! その第一歩がお前の死だぜ!」

 やめろ。

「この国の教科書には、勇敢に戦った戦士として名前を載せておいてやろう。嘘っぱちだけどな! ありがたく思いな!」

 やめろ!

「せめてもの慈悲だ。首を一発で飛ばしてやる」

 巨大な土のアームが鋭い鎌のように形を変える。それがエイリーに向かって振りかざされて──


「やめろォーッ!」


 細い喉から警報のような叫び声が飛び出した。

 自分の声だった。

 裏返っている。

 空気が震動したのを感じた。


「やめ──あれ?」

 やめ、やめ…………………………あれ?

「は?」

 ……えっと……ん?

 え、ここどこ? え?

 さっきまで俺、畑のど真ん中に……あれ?

 エイリー? 国王は? あれ? 盗賊もいない。

 本当に一瞬だった。まるで、編集ミスをした動画を観ているかのようだった。

 一瞬にして、俺は不思議な空間にいた。

 薄いピンク色の空がどこまでも広がっている。

 足元にはこちらも薄いピンク色の雲がどこまでもふわふわと続いていて、ところどころ原色ばりばりの謎のオブジェ(お菓子だったり植物だったり)がある。

 空中には、こちらも原色ばりばりの不思議な鳥らしき何かや猫らしき何かが飛んでいた。

「……は?」

 何だ?

 いったい何が起きた?

 さっきまで生きるか死ぬかの瀬戸際だったというのに……あ、あぁー。

「なるほど! 俺、死んだのか!」

「ううん、しんでないよ」

「──!?」

 声にならない悲鳴すら上げる間もなく、俺は声のした方から全力で離れるように飛び去り思いっきり後ろ向きに転んでくるりと回って薄いピンク色の雲にぽふりと包まれて止まった。

「誰!?」

 がばっと顔を上げて声の主を見る。

「えっと……本当に、誰?」

 そこには、無表情……というか何だか眠たそうな女の子……女の子? がいた。

 (パーチェちゃん)と同じぐらいの年齢の子どもだった。

 ふわっとしたショートカットで、白いワイシャツと、濃いグレーをしたパンプキンパンツを履いている。

 まぁ可愛いんだけど、何だろう、パーチェちゃんが完全に女の子に見える男の子なのに対して、この子はどこまでも中性的に見える。

「ひみつ」

「何が!?」

 あ、あぁ、『誰!?』に対しての答えね。

 秘密っておい……まぁいいや。

 それより。

「えっと、ここはいったいどこ? 私、さっきまで結構危機的な状況だったんだけど……」

「あはは」

「今笑うとこ!?」

 おいコイツ話分かってんのか!? 今笑うとこじゃないだろ!

 まぁ、目を細めてけたけたと笑う姿が可愛いと言えなくもないけど……。

「わらうとこでしょ。あはは、おとこなのに、わたし。おかしい」


 ……え?


「わ、私が男だって分かるの?」

 よく分かったな……我ながらどう見ても女の子なのに。

「うん、わかる。だからおかしい」

 そして、謎の子どもは言った。


「じゅーろくさいのおとこが、わたし。おかしい」


 あはは、とまたけたけた笑う。

 対して俺は、あまりの衝撃に動けなくなっていた。

 じゅーろくさいのおとこ。

 十六歳の、男。

 高校二年生の俺、という人間を知っている……?

「ねぇ、君は誰なの? 俺がこの世界に来たことと何か関係あるの? 君は何か知ってるの?」

「ひみつ。しらない。しらない」

 三つの質問に対して、三つの答えを返してきた。いったい何なんだこの子は。

「ここがどこかも教えてくれないの?」

「ひみつ」

 参ったなぁ……。

 俺自身の謎もすごく気になるけど、それより早く帰らないとエイリーが危ない。

「ねぇ、俺さ、守りたい人がいるんだよ」

 俺、と自分ことを言うのが、物凄く懐かしく感じた。もう違和感すらある。

「その人はメイドさんでさ、凄い強いんだけどさ、何か急に敵の攻撃にビビっちゃってさ。今ピンチなんだよ」

 子どもは、何も言わない。

「君の言う通り、俺は十六歳の男だよ。これぐらいの歳になるとさ、好きな女の子にいいところ見せたくなるんだよ」

「すきな、おんなのこ?」

 子どもが不思議そうに首を傾げる。

「えいりー、まだちいさい、こども。じゅーろくさいが、えいりーすきになる?」

「あぁ、好きになるよ」

 俺は胸を張って即答した。

「かっこいいところも可愛いところも、大人びたところもたまに見せる子どもっぽいところも好きだ。だって俺は──」

 可愛いものが好き。

 汚れを知らないきれいなキャンパスが好き。

 踏み荒らされた雪原より、誰も踏み入ったことのない静まり返った銀世界を愛しく思う。

 咲き乱れた花より、膨らみかけのつぼみを愛でる文化。

 それの何が悪い。


「だって俺は──ロリコンだから」


 あぁ、そうだ。俺はロリコンだ。

 胸を張ってそう言おう。むしろここで胸を張って言えないようじゃ、可愛らしい、成長途中の神秘的なつぼみ達に失礼だから。

「あはは、」

 子どもは笑った。

「すげぇきもい」

「んんん!? お、おい言葉を選べ!」

 こんな可愛い顔をした子から『すげぇきもい』とか言われると、すげぇへこむ。すげぇへこむと同時に何かに芽生えそうだ。

「わかった」

「うん、もうちょっとソフトな言葉にしようね」

「ちがう」

「え?」

「じゅーろくさい、えいりーすきなのわかった。まもりたいの?」

「え? そ、そりゃあ……そりゃそうだよ! 守りたい!」

 俺は無能だけど。

 その気持ちだけは──女の子を守りたいという気持ちだけは、負けないつもりだ。

「俺は前にいた世界でイジめられてたんだ。誰からも必要とされなかったし愛されなかった」

 いきなり、心にセメントがどろりと流れ込むように、嫌な思い出が数えきれないほどぶり返してきた。

 それに反応するように、目の前の薄いピンク色の世界がどろりと溶けて、目の前に嫌な思い出がたくさん現れた。

 目を逸らしたい。逃げ出したい。恥ずかしい。情けない。消えてしまいたい。何だよこれ。やめてくれよ。倒れそうだ。


 でも、今ここで負けちゃだめなことぐらい、分かってるつもりだ。


「今の俺には、無条件で俺を愛してくれてる人達がたくさんいる! 俺はその想いに応えたい!」

 あはは、死ねよ。キモい。来んなよ。くせぇんだよ。病原菌。出来損ない。お前母親がキチガイなんだよ。クソ野郎。落ちこぼれ。反省しろよ。生まれてきたことを謝れよ。

「うるさい。うるさい……」

 イジめられた。担任に相談した。

『へぇ。どうやってやり返すの?』

 担任はそれだけ言い残して歩き去った。もう俺には何の希望もないんだと分かった。

「やめろ……俺は変わるんだ……」

 隣の席の女の子の消しゴムが俺の机の下に転がり込んできた。拾ってあげたら泣かれた。病原菌が触ったから泣いたんだとクラスメイトから殴られて蹴られてめちゃくちゃにされた。担任に事情を話したら『お前が悪い』と思いっきりビンタされた。鼻血を吹き出しながら倒れる俺を見て、クラスメイトは爆笑した。

 嫌な思い出が、目の前をどろどろと通り過ぎていく。濁流に飲み込まれていく。息ができない。このまま倒れていきそうだ。

 でも。

「俺は、行くんだ……助けに、絶対に、今、行くんだ……!」


 もうさ、お願いだから、死んで?


「うるせぇ!」

 どろどろに溶けた空に向かって吠える。

「俺は生きる! 生きて、会いにいくんだよ!」

 目の前の嫌な思い出にばりばりとヒビが入っていく。

 体に、潰されるような重圧がかかる。

 こんなもの。

 こんなもの──!


「エイリーが──少女が、俺を、待ってんだ!」

 ──こんなもの、跳ね返す!

「だから、そこを──どけえええええぇぇええぇぇぇえええええ!」


 ばん、と、世界が弾けた。

 至るところから白い光が獰猛に差し込んで、再び薄いピンクの雲の上にぽふりと降り立った。

 頭がくらくらする。

 全力で叫んだからだろうか。でも、それ以外は何ともない。悪夢から目覚めた後の感覚に似ているけど、それよりはるかに気持ちがいい。

「ろりこん」

 振り向くと、さっきの子どもがいた。

「ろりこんの、こどもがすきなきもち、すげぇ、わかった。すげぇきもい」

「だ、だからすげぇきもいっていうのはやめて──」

「だけど──」

 だけど、と、俺の言葉を遮って、とても子どもだと思えないような視線で、真っ直ぐ俺を見据えながら続ける。

「だけど、まもりたいきもちも、すげぇ、わかった。それ、すげぇかっこいい」

 かっこいい……?

 呆然とする俺の横で、薄いピンクの世界が音もなく、白い空間へと溶けていく。

「ろりこん、あさ、あめがあったでしょ?」

 雨? ……あ、アメ、か。あった。あのキャンディのことを何でこの子が知っているんだろう。

「うん、朝起きたらキャンディがあったけど……それが?」

「ろりこん、あめ、なめて。そしたら……」

「そしたら?」

 子どもは、白く溶けていく世界の中で、拳を突き出して、ぐっと親指を立てた。


「そしたらきっと、つぎにいける!」


「エイリー! 逃げろ!」

 国王の怒号が聞こえる。

 土の臭い。散らばった樹木の青臭さ。爽やかな風。震えるエイリー。

 降り下ろされる、巨大な土のアーム。

 ──戻ってきた!

 五感がそれを気付かせてくれた瞬間、羽交い締めにされていた俺は、思いっきり頭を後ろに振った。

「──んぐっ……! コイツ!」

 俺を羽交い締めにしていた男のみぞおちに、思いっきり頭をぶつけてやった。

 後頭部のあまりの痛さにふらふらする。けど倒れてる時間はない。

 一瞬だけ羽交い締めが緩む。一瞬でいい。充分だ。

 朝、ポケットに入れたキャンディを手に取る。

 包装を破り捨てる。

 口に放り込む。

 これに何の意味があるのかは分からない。

 だけど今は、信じるしかない。

「おい君……そこまでしてアメ舐めたかっ」


 ぎゅん、と世界が加速した。


 今まで聞いたどんな爆発音より凄まじい、雷が目の前に落ちたかのような振動と音量が耳を襲う。

 巨大な土のアームが、エイリーへと降り下ろされた音だ。

 しかしそこにエイリーはいない。

「ひ、姫……?」

 エイリーは……怯えきった小さな女の子は、今ここに──俺の腕の中にいる。

「うがあああっあっがが……あぁぁ……うわあああああ!」

 俺を羽交い締めにしていた男が悲鳴を上げた。

 片腕がなくなっていた。真っ赤な血が吹き出している。

「へぇ……無能っつうのは、嘘だったってことか? え?」

 ローブの男達のリーダーが、エイリーを抱えている俺を見て、さっきより威勢の弱まった声で言う。

 俺はそれを無視して、エイリーを暖かい草の上に寝かせた。

「ひ、姫。姫……」

 エイリーが何を言いたいのか分からない。だけど今、エイリーが怯えているということだけは分かる。

「いや、無能っていうのは嘘じゃねぇな。ということはお嬢さん、俺の推測じゃあお前、今ちょうど覚醒したってとこ──」

 ずばん、と、俺の怒りがリーダーの髪を数本散らしていった。

「──うるさいな」

 自分でもぞっとするほど、冷たい声だった。

「お前は、幼い女の子を傷付けた──」

 リーダーの横を通り過ぎた俺の怒りが二枚、ブーメランのようにきれいに手元に返ってくる。

 それをキャッチした勢いを殺さないように、そのままもう一度二枚、投げた。


「──もう、何があっても許さないから」


 ずどんずどん、と二発連続で、俺の怒りがリーダーの後ろにいた巨大なシャチに当たる。

 空気を固く揺らす大爆発が起きた。

 シャチは化け物のような咆哮を上げて倒れたものの、すぐに傷を修復して復活する。

 まだいける。もっとやれる。

 何だ、この感覚は。

 怒りなんだけど、それとは別に、体に凄まじいエネルギーが溜まっていく。熱中症になった時に点滴を打たれたような感覚だ。

 あれの比じゃないほど分かりやすくて明確で、何よりエネルギーの勢いが違う。

 頭がぼーっとする。全細胞が歓喜する。白熱している。溶けて千切れて、弾けて廻って爆発しそうだ。

「何だあいつ! リーダーの能力を破壊しやがったぞ!」

「どうなってんだ! パワータイプか!?」

「何でもいい! ここで勝てなきゃ俺達に未来はねぇんだ! 奪い取るしかねぇんだ!」

 盗賊達の言葉も頭に入ってこない。頭の、いや、身体中の至るところで、ネズミ花火が宇宙に轟くぐらいに大規模になったやつが、無数に弾け回っている。

 そして今の俺ならこの爆発を──確実にコントロールできる。

「うろたえるんじゃねぇ!」

 リーダーが吠えた。

「どうせまぐれだ! いきなり能力をコントロールなんざできるわけがねぇ!」

 そう言って俺を見て、自嘲気味にため息をついた。

「昔っからよぉ……俺の人生ってやつはあと一歩で、何つーか、『届かねぇ』んだよなぁ」

 分かるぞ、その気持ち。

「まぁ、生まれてからずっと平和に育ってきたお嬢さんには分からねぇだろうな。だけど今は、届かせないといけねぇんだ。そうしないと俺達は生きていけねぇんだよ! ──かかれ! 総力戦だ! 徹底的に! ぶっ潰せ!」

 思わず、ふっと笑ってしまった。


「全員おいで──まとめて相手します!」


 巨大な弾丸が滑り落ちるように一直線に向かってくる。それは巨大な土のネズミだった。いきなり分裂して三体になって突っ込んできたのを、いつの間にか手に持っていた何かで三体とも真っ二つにしつつ飛び越え、着地と同時に迫ってきた牛の脚を四本とも吹っ飛ばす。その脚が空中に舞う姿に一瞬だけ目を奪われた虎のその目を手に持っていた何かで殴り潰し、殴った反動で思いっきり身を翻し背後に立っていた兎の胴体を、右脇腹から首の左側にかけて真っ二つに切り上げる。と、視界が真っ暗になった。何かに飲み込まれたらしい。土臭い。面倒くさい。体から溢れる何かを全力で解き放つと再び明るくなる。汗をかいた顔に風が当たって気持ちがいい。俺を飲み込んだ何かは蒲焼きみたいになって横たわっている。と、その真っ二つになった蒲焼きが二匹のヘビになって襲いかかってきたが、手から手裏剣のように飛び出していった何かに、まるで包丁に切られた巻き寿司のようになって沈黙。その巻き寿司を踏み散らしながらやってきたバスみたいな巨大な馬を両腕で止める。脚からガチャリガチャリと音がする。いける。まだいける。まだ火力が出る。もっと出る。いける! 腹の底から叫びながら馬を持ち上げて後ろから来ていた何かを叩き潰した途端、足首を何かに捕まれた。地中から手が出ている。足を思いっきり蹴りあげると地中から猿が飛び出して真上に飛んでいった。飛んできた鳥に当たって落ちてきたところを猿共々かかと落としで土に還してやる。今まで蹴散らしてきたやつらの残骸を食っている犬がいた。そいつは俺を見付けると涎を垂らしながら滑るように走ってきた。ぶつかる瞬間、右手を犬の頭に置いて飛び越える。犬の後ろから手に持っていた何かを手裏剣のように投げ付けると滅茶苦茶に爆裂して消滅した。

「このッ……! いっけぇおらァ!」

 リーダーが叫ぶ。大地が軋む。地面がぐねぐねと波打ち形を変えて、ぼこりと一つの巨大な塊になった。ダンプカーみたいな大きさだ。巨大な猪だった。

「ぶっ潰れろ!」

 大地を揺らしながら迫りくる巨大な猪を見ても、なぜか恐怖はなかった。

 体中からエネルギーが満ち溢れてきて止まらない。

 まだいける。

 全然いける。

 最大出力で。

 全速力で。

 ──最大火力で!

 目の前に展開した巨大な何かに──金と白を基調とした何かに、俺は一言、命じる。


「──唸れ。『操獣(ベースティア・)機巧(フェローチェ)(トッピング)』」


続く

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