15『彼の選んだ道』
【あらすじ】イゼルとルトフィの『幼馴染み感』に嫉妬するロリコン。
幼馴染みの二人にはもう一人、ベルクという友人がいたが、マフィア『ジュベイルファミリー』の一員となってしまったようだ。
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現アスクワーディ国王、イゼル・バラミール。
現アスクワーディ自警団団員、ルトフィ・カルカヴァン。
そして、現ジュベイルファミリー幹部、ベルク・トゥルナゴル──
今では大きく身分や立場の変わってしまった三人の少年少女は、当時はみんな、ただのいたずらっ子であった。
三人は兄弟のように常に行動を共にし、共に遊び、喧嘩もし、そして何よりよく笑い合っていた。
いたずらっ子とはいえ人を傷付けるようなことは決してせず、むしろ困っている人がいれば進んで手を差し伸べるような子ども達であった。
そんな彼らだからこそ住民からは愛され、多少のいたずらは許され、一つの町の風景として仲良く暮らしていた。
しかしその日々も、ある日を境目に終わりを告げる──
「んー、間違いありませんなこれは。お母さん、ベルク君は無能力症です」
首都病院の一室。
医者が白いあご髭をさすりながらカルテに視線を落とす。
「私も首都病院で長いこと医者やっとりますがね、ここまで見事に分かりやすく、確実に無能力症だと診断できるのはお宅のお子さんが初めてですわ」
「そ、そんな……」
顔を青くするベルクの母親に、医者は容赦なく続ける。
「発動条件が分かりづらいナインとして発現する可能性も、まぁ絶対にないと断言できますな。そもそも、体内に魔力を貯蔵することができないようです」
「何とか……何とかならないんですか? 例えば、その、私の臓器か何かを移植するとか──」
「──能力というのは、古くは『天恵』などと呼ばれていたこともありました。要は、天界にいらっしゃる神々からの贈り物なんですよ、お母さん」
つまりは、無理です。
懇願する母親の希望を、医者は容赦なく切り捨てた。
「貴重なサンプルとして『黒翼の医師団』にカルテを送っていいですかな」
一応断りを入れながら、近くにいた看護師にカルテのコピーを取らせる。
「おばさん、『むのーりょくしょー』って、なぁに?」
一緒に病院にきていたイゼルが、ベルクの母の青くなった顔を除きこむ。
小さなイゼルには、顔色の青い理由が分からないし、そもそも青くなっていること自体に気付かない。
「せんせー、こいつ、どっかわるいの? こいつ、すげーげんきだよ?」
同じく一緒に病院にきていたルトフィが、退屈そうに丸いイスの上でぐるぐると回っている。
「そうだなぁ……坊や、君の能力は何だい?」
そう問われたルトフィはイスを回すのをやめて目を輝かせた。
「おれ? おれね、おれ、でんき! ばちばちってだせるんだぜ!」
そう言って、自慢気に手から小さな電気を出して見せる。
「せんせー、せんせぇ! あたし! あたしにもきいて!」
「はいはい、お嬢ちゃんは?」
「あたしはね、かぜ! びゅーってね、でるの!」
幼いイゼルの出した風は、医者の少なくなった髪の毛を揺らす。
イゼルもルトフィも、この頃から周りの子ども達より魔力の総量が多かった。
本気で能力を発動させれば大変になることが幼いなりに分かっているので、今のはかなり自重した上での披露である。
「うんうん、二人ともすごいね」
医者は作った笑顔で頷いてから、
「お友だちのベルクくんにはね、それがないんだよ」
と、ゆっくり言った。
「それ、って……のーりょくのこと?」
そう、と頷く。
「たとえば私はホーリーのウィザードで妖精級なんだ。ベルクくんのお母さんは──」
「ほのお! ほのおだすやつ!」
「ほのおでねー、ぱんやくんだよぱん!」
矢継ぎ早な二人の言葉を『そうだね』と受け止めてから、
「ベルクくんにはね、能力がないんだよ」
と言い聞かせるように言った。
しかし、幼い二人には意味が理解できない。
「のーりょくがないって……のーりょくって、だれにでもあるんじゃないの?」
「ないってどういうこと? ないとどうなるの? どうして?」
「──どうしてっ……この子がっ……!」
ついに泣き崩れたベルクの母親を見て、医者は苦々しくため息を吐いた。
「なくても、どうなることもない。むしろ、"どうにもなれない"んだ」
「どういうこと……?」
ただならない雰囲気を感じ取ったのか、幼いイゼルは少し不安げに訊ねる。
しかし先生がその問いに答えることはなかった。
「イゼルちゃん、ルトフィくん……先生からお願いがあるんだけどいいかな?」
代わりに俯きながら、泣き崩れたベルクの母親を無理矢理視線から追い出しながら、ぽつりと言う。
「……なぁに?」
「ベルクくんとは、これからも変わらずお友だちでいてあげるんだよ」
※
「せんせー、へんなこといってたなぁ」
ベルクくんと外でお話ししておいで、と言われて病院の廊下に出た三人は、診察室から追い出されたことに気付くにはまだ幼すぎた。
「ねー? べつにあたしたち、ともだちだもんね?」
努めて明るく話そうとするイゼルだったが、先程診察室で感じたただならない空気に少し怯えていた。
しかし、この頃はイゼルより子どもらしかったルトフィはそれに気付かない。
「おいべるく、おまえきょうぜんぜんしゃべんねーじゃん!」
ルトフィは構わずベルクの肩をばんばん、と叩く。
いつもだったらベルクが『いてぇな!』と怒ってじゃれ合いが始まるのだが、今日は視線すら動かさない。
まるで、魂が抜けてしまったように。
「あ! あたし、いいことおもいついた!」
今まで見たことのない、友人のただならぬ致命傷から目を逸らすように、イゼルは大げさに手を打った。
「お、なんだよ」
「『うちみず』ってしってる?」
「なんだそれ?」
「ままがいってたんだけど、ひがしのほうの『うるー』ってくににある……ぎしき? なんだって!」
「ぎしき!? すげぇじゃん、やべぇよ! やろうぜ、いず! どうやってやんだ?」
「ふんすいひろばあるでしょ? あそこのみずを、さんにんでおもいっきりばしゃばしゃすんの!」
「すると、どうなるんだ?」
「えっと……すずしくなる……らしい!」
「すげぇ! やろうぜ! おい、べるくも──」
「──おれは、いい」
思えばその瞬間から何かが大きくズレはじめてしまった、とイゼルは思う。
「なんでだよ! おまえもこいよ!」
「いいよ、おれはいかない。おれ、びょうきだし」
「びょうきだと、なんなんだよ?」
ベルクはもう、何も言わなかった。
何かが致命的に壊れてしまった瞬間、自分はとても心細い顔をしていただろうとイゼルは今になって思う。
そんなイゼルの顔をちらりと見てから、ベルクは静かに立ち上がる。
そして──
※
「そして、ベルクはもう帰ってこなかったの」
「まさか──」
エイリーが手で口を押さえた。
「えぇ。ベルクは恐らく、病院から抜け出した時にジュベイルファミリーに連れ去られたんだと思う」
「それは、無理矢理働かされてるってこと……?」
だとしたら恐ろしいことだ。
能力がないと診断された上に、小さな子どもがマフィアに誘拐されて親と離ればなれになるなんて。
だけど、
「ううん、たぶん違うと思うの」
イゼルは首を振る。
「ベルクは……自分でジュベイルファミリーを選んだのよ」
続く